異能多才 岡本太郎と水木しげるの展覧会

2018年10月7日号

白鳥正夫

「芸術は爆発だ!」との強烈な言葉とともに画家をはじめ彫刻、建築、写真、文筆など多方面で活躍したマルチ芸術家の岡本太郎は、大阪万博のシンボルとなった「太陽の塔」をデザインし一躍注目を浴びました。一方、『ゲゲゲの鬼太郎』に代表される妖怪漫画で知られる日本漫画界の鬼才・水木しげるは、漫画のほか、短編や戦記物、人物評など多彩な水木ワールドを展開しました。展覧会『太陽の塔』は、大阪・あべのハルカス美術館で11月4日まで、秋季特別展『水木しげる 魂の漫画展』は、京都・龍谷ミュージアムで11月25日まで、それぞれ開催されています。活動の分野は異なるものの個性豊かな作品で、没後も語り継がれる異能多才な二人の世界をのぞいてみてはいかがでしょう。


あべのハルカス美術館で体感せよ!展覧会『太陽の塔』 
 万博当時見上げていた《黄金の顔》が間近に展示


会場に寝かせて展示された
万博当時の初代《黄金の顔》
(鉄板、ポリ塩化ビニルフィルム
大阪府蔵)



太陽の塔は、1970年に大阪府吹田市で開催された日本万国博覧会(EXPO'70・大阪万博)のテーマ館の一部として建造され、万博終了後も万博記念公園に残されています。高さ70メートルの塔で、頂部には金色に輝き未来を象徴する「黄金の顔」、現在を象徴する正面の「太陽の顔」、過去を象徴する背面の「黒い太陽」という3つの顔を持っています。博覧会当時は地下にも「地底の太陽」といわれる顔も展示されていました。

塔内は老朽化し非公開でしたが、大阪府が一昨年秋から総事業費約17億円をかけて再生事業を進め、今年3月に再び公開されました。これに合わせて岡本太郎が原生生物から人類の誕生までの進化をたどった高さ41メートルの「生命の樹」や、292体の生物模型のうち183体も復元・再生されたのです。さらに行方不明となった「地底の太陽」も復元されたのでした。


改修時に取り外された初代
《黄金の顔》-1
(1970年、
岡本太郎記念財団蔵)



太陽の塔をデザインし、生物模型を制作した岡本太郎は1911年、漫画家の岡本一平と、歌人で小説家・かの子との間に長男として生まれます。1930年から10年間、フランスで過ごし、抽象美術運動やシュルレアリスム運動など超現実的な芸術にも触れました。第二次世界大戦後、日本で積極的に絵画・立体作品を手がけ、縄文土器論や沖縄文化論を発表するなど文筆活動や、雑誌やテレビなどのメディアにも積極的に出演しました。数々の業績の中で、「太陽の塔」が1960年代後半メキシコに滞在していた頃、依頼された壁画の「明日の神話」(現在、渋谷駅に設置)ともに、代表的な作品となっています。  

今回の展覧会では、「太陽の塔」に関連する作品と精巧な模型に加え映像や音響など多彩なメディアを駆使し、岡本太郎の感性を大きなスケールで体感できる展覧会となっています。とりわけ失われた展示空間をジオラマや模型によって三次元で再現しています。閉幕から約半世紀、テーマ館全体の根源を表現した地下展示を追体験できるように工夫されています。  


開幕時の地下展示のジオラマ
《いのり》
(岡本太郎記念財団蔵)



一番の見どころは、万博当時の《黄金の顔》(鉄板、ポリ塩化ビニルフィルム 大阪府蔵)の出品です。万博記念公園の現地では、1992年から93年の改修工事で取り外され、現在の「太陽の塔」に取り付けられているのは、二代目(ステンレス製)となっています。初代の《黄金の顔》は、直径約11メートルと巨大です。顔正面と裏面の2枚からなり、長辺1〜1.5メートルのパーツ340枚を貼り合わせて作られていますが、そのうち顔正面のパーツ169枚を展示会場で再構成し、床に寝かせて展示しています。本来なら地上から見上げている《黄金の顔》が、間近で見ることができます。  


《地底の太陽(保存用原型)》
(1970/2017年、
岡本太郎記念財団蔵)




《愛撫》
(1964年、
川崎市岡本太郎美術館蔵)




《雷人》
未完
(岡本太郎記念財団蔵)




二番目の見どころは、万博閉幕後に撤去され失われた地下空間を知ることができます。「太陽の塔」内部へと続く地下展示ゾーンが、極めて細密なジオラマ《いのり》(岡本太郎記念財団蔵)や、模型で再現されています。展示空間の有機的なつながりが分かりやすく展示されています。万博閉幕後に行方不明となった「地底の太陽」も再生プロジェクトで制作された原型が公開されています。出品された主な展示品には、《地下展示全体模型》、《地底の太陽(保存用原型)》(1970/2017年)、《マスク》(1970年、いずれも岡本太郎記念財団蔵)などがあります。  

三番目の見どころは、「太陽の塔」にいたる作品多数が紹介されています。「太陽の塔」のプロジェクトに着手する頃の「呪術的」な絵画作品が並んでいます。主な作品では、《跳ぶ》(1963年)、《愛撫》(1964年)、《ノン》(1970年、いずれも川崎市岡本太郎美術館蔵)をはじめ、未完の《雷人》(岡本太郎記念財団蔵)などが目を引きます。  

1996年、85歳で没した岡本太郎にとって、絶筆となった《雷人》。「老いるとは、衰えることではない。年とともにますますひらき、ひらききったところでドウと倒れるのが、死なんだ」の言葉が投影された作品です。すさまじいエネルギーで突っ走った岡本太郎の芸術人生を垣間見る思いがします。  

この企画展と同時期の9月29日から、「巨大な塔はいったい何なのか?」その謎に迫るドキュメンタリー映画『太陽の塔』(関根光才監督)が公開されています。私は観賞していませんが、岡本太郎に影響を受けた人々ら総勢29人にインタビュー。彼らは芸術としての観点からだけではなく、社会学、考古学、民俗学、哲学などさまざまな角度からそれぞれの思いが語られているそうです。  

関根監督は、「経済成長とかいろいろあって、どんどんどんどん発展していったけれど、原発事故みたいなのがあって、それでもまだずっと岡本太郎が考えた日本人に対する問い掛けっていうのは、けっこう綿々とずっとあるんだなと思って。それでこういう映画が現代にあったらいいんじゃないかな」と語っています。この映画のメッセージは、「いま」も生き続ける岡本太郎であり、太陽の塔なのではないでしょうか。

龍谷ミュージアムの秋季特別展『水木しげる 魂の漫画展』  
『ゲゲゲの鬼太郎』など多彩な水木ワールド300点
 


なじみのキャラクターが
出迎えの
『水木しげる 魂の漫画展』の会場



「水木しげる」展は、これまでも随時開催されていて、私の本棚にも『水木しげると日本の妖怪』(1993−94年)、『大Oh!水木しげる展』(2004年)、『水木しげる妖怪図鑑』(2010年)などの図録が保存されています。これ以外の展覧会があり、しかも各地を巡回していて、それだけ根強い人気の証しでもあります。

今回の「水木しげる 魂の漫画展」も昨年から鳥取、岡山で催されています。生涯をかけ魂を込めて描き続けた作品に焦点をあて、生原稿・原画をはじめ、少年期に描いた貴重なスケッチなど、未公開作品を含む約300点が出品されています。とりわけ会場の龍谷ミュージアムは仏教総合博物館とあって、京都会場のみ仏教世界にまつわる直筆原画《常世国》や《往生要集の地獄》、《八大地獄の光景》、《決死の渡海 補陀落浄土』の4作品が出品されています。


《ゲゲゲの鬼太郎》
(1985年) 以下5点
(C)水木プロダクション



水木しげる(本名・武良茂)は、1922年に大阪市住吉区で生まれ、少年時代を鳥取県境港市で育ちます。絵を描くのが得意だった幼少期に、境港にある正福寺の《地獄極楽絵図》を見て心を奪われ、次第に目に見えない世界に関心を寄せることになります。その《地獄極楽絵図》の複製パネルも展示されています。

水木は太平洋戦争で激戦地ラバウルに出征し、爆撃で左腕を失って復員します。この時の生死をさまよった壮絶な体験から、ますます目に見えない異界の世界に思いを馳せ、魂や妖怪などの作品に反映されます。復員後、紙芝居画家を経て貸本漫画家となります。貸本で1960年『鬼太郎』シリーズ、その翌年『河童の三平』などを発表します。1965年には『テレビくん』で、貸本からメジャー誌へと発表の場を移し、同作で講談社児童まんが賞を受賞、一躍人気作家になります。代表作に『ゲゲゲの鬼太郎』、『河童の三平』、『悪魔くん』などがあり、『コミック昭和史』で1989年度の講談社漫画賞一般部門受賞。1991年紫綬褒章、2010年には文化功労者を授章しています。


《悪魔くん 妖怪大襲来》
(1986年)



展示構成は、プロローグの「水木しげる劇場〜波瀾万丈人生紙芝居〜」からスタートし、第1章「武良茂アートギャラリー〜少年天才画家あらわる!〜」、第2章「水木しげる漫画研究〜片腕で生み出す独自の画法〜」、第3章「水木しげる人気三大漫画〜鬼太郎/悪魔くん/河童の三平〜」、第4章「総員玉砕せよ!〜壮絶な戦争体験記〜」、第5章「溢れる好奇心 人物伝」、第6章「短編に宿る時代へのまなざし」、第7章「妖怪世界へようこそ」、第8章「人生の達人 水木しげる」と続き、水木の人生の歩みをたどりながら、作品を鑑賞できます。


《総員玉砕せよ!−聖
(セント)ジョージ岬・哀歌−》
(1989年)



主な展示作品では、なんと言っても第3章の《ゲゲゲの鬼太郎》、《悪魔くん》、《河童の三平》は、「妖怪ブーム」を巻き起こしたのでした。この3作品に共通しているのは、いずれも少年が主人公で、なんらかの宿業を背負い、人間社会と異界を自由に往き来して活躍する筋書きです。  

でも『鬼太郎』は1954年に紙芝居で初めて描いてから、貸本劇画、少年誌掲載の漫画、TVアニメ、映画、ドラマ、絵本、ゲーム、ミュージカルと多岐にわたって、半世紀以上も展開され続けているのです。貸本時代の『墓場鬼太郎』原稿など貴重な資料も出品されています。  


タイトルなど記載なし


『悪魔くん』も、初出は貸本劇画です。その後『少年マガジン』や『少年ジャンプ』、『コミックBE!』と掲載誌を変え、約30年にわたって断続的に連載されたのでした。 1万年に一人という天才少年が悪魔と十二使徒の力を借りて、争いも飢えもないユートピアを目指す物語は完結しないのです。  

第4章の《総員玉砕せよ!》は、悲惨な戦争を体験した水木が、「残さなければならない作品」との思いで描いたと言います。ほとんどが自らの体験で、激戦地で日本軍に玉砕命令が下され、生き残った者の悲劇や、最後には敵軍に突撃して散ってゆく様子が漫画によって、赤裸々に表現されています。


《妖怪たちの棲む森》
(1979年)



そのほか、タイトルの無い、窮屈な現代社会を生きるサラリーマン・死神106番の悲哀を描いた作品や、初出がLPレコード「妖怪幻想」の販促ポスター《妖怪たちの棲む森》など、多様な水木作品には、現代社会への風刺や時代の動きが盛まれ、子どもから大人まで楽しめます。さらに数々の作品の生原稿および原画、スケッチ、水木が所蔵していた愛用品やコレクションなども並んでいます。

水木は2015年、93歳で生涯を閉じますが、片腕のハンディを超え、全身全霊で描き続けた作品には、まさに「魂」が宿っているのではないでしょうか。イマジネーションあふれる水木ワールドが堪能できる企画展です。



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

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―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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