代表作を網羅、横山大観展

2018年6月13日号

白鳥正夫

近代日本画壇のゆるぎない巨匠の「生誕150年 横山大観展」は、京都国立近代美術館で7月22日まで開催されています。40メートルを超す日本一長い画巻の重要文化財《生々流転》をはじめ、絢爛豪華な代表作の《夜桜》と《紅葉》や、約100年ぶりに発見という《白衣観音》の公開など本画約80点、習作・資料約10点の大回顧展です。明治、大正、昭和の3時代を生き、新たな絵画の創出を目指した大観の代表作を網羅した生誕記念展だけに、見ごたえたっぷりです。


日本画の近代化を志し、斬新な着想


横山大観ポートレート
(昭和8年頃)
写真提供:
横山大観記念館


横山大観(1868-1958)は、日本に新たな政府が誕生した激動の明治元年に水戸藩士の長男として生まれます。本名は秀麿。はじめ東京英語学校に学び、1889年の東京美術学校の開校とともに入学し、岡倉天心、橋本雅邦らの東洋絵画の指導を受けました。1895年に京都市美術工芸学校の教諭、翌年には東京美術学校の助教授となりますが、天心とともに辞職し、日本美術院の創立に参加します。

日本画の近代化を志し、菱田春草とともに、色彩の濃淡で空気や光を表現しようと「朦朧体(もうろうたい)」と呼ばれる、西洋画の手法を大胆に取り入れた試みをします。一方でインドや欧米の旅行によって、東洋精神の優位を確信します。

1907年に開設された文部省美術展覧会(文展)の審査員に就任。1913年には、活動が途絶えていた日本美術院の再興し、以後は日本画壇の中心的存在として、斬新な着想による作品を次々と発表しました。

大観の作品を意識して見たのは、もう30年も前のことです。島根に旅した際、足立美術館に立ち寄り、《紅葉》や《神州第一峰》などに出合いました。その後も石川県立美術館や熊本県立美術館、ひろしま美術館、西宮市大谷記念美術館の常設展などで所蔵作品を鑑賞していました。まとまった作品は、2004年に今回と同じ京都国立近代美術館で開かれた「近代日本画壇の巨匠 横山大観展」でした。ここで初めて《生々流転》を目にしたのです。さらに2008年には国立新美術館で「没後50年 横山大観―新たなる伝説へ」に、《生々流転》が会期を通して全巻展示されていたのには驚きました。  
《生々流転》や約100年ぶり《白衣観音》


横山大観《無我》
(1897年、
東京国立博物館、
7月3〜8日)


今回の記念展は没後60年でもあり、10年ぶりの大規模な回顧展でもあります。展示は生きた3つの時代ごとに章立てしています。まず1章が「明治」の大観で、25〜44歳までの作品です。この時期、新しい火本画を求めて、描こうとする人物の感情や主題を画面全体で表現しようと取り組んでいます。朦朧体」への試みや、さらに型破りの手法で色彩表現を探るなど時代を先取りした作品が見られます。会期中展示替えがあり、前期は7月1日まで、後期は3日からです。(特記しない作品は通期展示です)。

《無我》(1897年、東京国立博物館、7月3−8日)は、川辺に佇むあどけない童子を描いています。タイトルは悟りの境地に達した高僧の姿を思い浮かべるが、大観は童子の姿に無心の境地表現しようとした29歳の時の出世作です。同じ構図で小ぶりな作品が足立美術館と水野美術館にもあります。

《屈原》(1898年、厳島神社、後期)は、中国の伝説的詩人・屈原が都から追放される姿を、東京美術学校を追われた師の岡倉天心と重ね合わせ得あいた作品です。《無我》とともに何度も見ている作品ですが、青年期の気鋭が感じられ、印象深いです。


横山大観《屈原》(1898年、厳島神社、7月3日〜)



横山大観《白衣観音》
(1908年、個人蔵)



横山大観《山路》
(1912年、
京都国立近代美術館、
〜7月1日)

《白衣観音》(1908年、個人蔵)は、105年前に刊行された『大観画集』(芸艸堂、1912年刊)にモノクロで掲載されて以降、行方が分からなかった大作です。観音が水辺の岩場に腰掛けて、足を組んでいる姿を精密に描いていますが、1903年にインドを訪れており、題材を石窟壁などから得ています。

《山路》(1912年、京都国立近代美術館、前期)は新しい岩絵具を使い油絵タッチの描法を取り入れ、第5回文展で話題になったそうです。同じ題名の《山路》(1911年、永青文庫[熊本県立美術館寄託]、後期)と入れ替え展示です。

2章は「大正」の大観で、天心が亡くなった翌年の1914年に有名無実化していた日本美術院を再興し、若手を率いる立場に身を置きます。この時期の作品には、中国の水墨画や琳派、やまと絵などの伝統的な技法や構図の影響が明確にうかがえます。大観は自身の作品を装飾的な彩色画と水墨画に二分化し、それぞれに古画に学んだ成果を発揮しました。

チラシや図録の表紙になっている《群青富士》(1917年、静岡県立美術館、後期)は、1500点以上も描き残していますが、異色の富士山です。明快な色彩とデフォルメされた形態からデザイン性も注目されます。


横山大観《群青富士(右隻)》
(1917年、静岡県立美術館、7月3日〜)



重要文化財の《瀟湘八景》(1912年、東京国立博物館、7月3−8日)はじめ、《洛中洛外雨十題》(1919年、株式会社 常陽銀行、前期)、《霊峰十趣》(1920年、今岡美術館など、後期)などシリーズの一部も出品されます。

この時期の代表作は、冒頭にも触れた《生々流転》(1923年、東京国立近代美術館、巻き替えあり)です。画巻は山間に湧く雲に始まり、一粒の滴が集まって瀬となり、川を流れます。川は山々や動物、人々の生活を潤しながら次第に川幅を増し、やがて海へ。荒れ狂う大海には龍が躍り、水は雲となって天へと昇るという壮大な自然のドラマを描ききっています。大観の水墨技法のすべてが注ぎ込まれている作品なのです。


横山大観、重要文化財《生々流転(最初の部分)》
(1923年、東京国立近代美術館、巻き替えあり)




横山大観、重要文化財《生々流転(最後の部分)》
(1923年、東京国立近代美術館、巻き替えあり)


3章は「昭和」の大観で、59歳から最晩年までです。大観は京都の竹内栖鳳と並んで、名実ともに画壇を代表する画家になります。とりわけ1930年にローマで開催された日本美術展では作家総代を務めています。この日本展に描きおろしたのが、《夜桜》(1929年、大倉集古館、7月1日まで)です。 燃え盛る篝火に夜桜が浮かびあがり、夢幻の世界へといざなう構図で大観渾身の作といわれています。


横山大観《夜桜(右隻)》
(1929年、横山大観、大倉集古館、〜7月1日)




横山大観《紅葉(左隻)》
(1931年、横山大観、足立美術館、〜7月1日)


横山大観
《紅葉》と《夜桜》の
壮観展示(〜7月1日)


会場に隣り合わせで展示されているのが、《紅葉》(1931年、足立美術館、7月1日まで)で、二つの大画面が見渡せる展示は「これぞ大観」といった風情です。《紅葉》は第18回院展の出品。朱色の紅葉が鮮明に散りばめられた絢爛豪華な作品です。日本画材の美しさを最大限に引き出しています。

84歳で描いた《或る日の太平洋》(1952年、東京国立近代美術館)は、到達した画境を誇示するかのような構図です。荒れる海から龍が遥かな富士に向かって昇る姿を大胆なタッチで捉えています。


横山大観
《或る日の太平洋》
(1952年、東京国立近代美術館)




院展を再興し画壇をリードした大観芸術


横山大観
《風蕭々兮易水寒》
(1955年、名都美術館、
〜7月1日)


明治から昭和に至るまで常に画壇をリードし続けた大観の芸術は、近代日本画史上確固とした地位を築きました。今回の記念展では会期中に展示替えがありますが、代表作を集めており、新出作品や習作などの資料を合わせて展示し、制作の過程から大観の芸術の本質をあらためて探っています。

余談になりますが、展覧会開幕前日の内覧会とレセプションでは、「横山大観」生誕150周年記念酒「名誉醉心 純米大吟醸」が振る舞われました。大観は酒豪として知られ、人生後半の50年は飯をほとんど口にせず、酒と肴で済ませていたといわれています。飲んでいた酒は広島の「醉心」で、これは昭和初期に醉心山根本店の社長・山根薫と知り合い、無償で大観に送られていたとのことでした。一般の方には、大観の知られざる一面でもあります。

大観の著した『大観画談』(昭和43年、講談社刊)で「酒と言えば、世間では私のことを大酒飲みと思っている人があるかも知れませんが、それは違います。私はただ酒を愛するだけです」と言い訳をしています。若い頃は下戸だったそうですが、大観の師の天心は日に2升ともいわれる酒豪であり、「酒の一升くらい飲めずにどうする」と叱咤されたためとも伝えられています。

私が企画展コーディネーターで関わっている平山郁夫は生前、酒を嗜まれませんでした。下戸ではなく、大観との出会いのエピソードがありました。別冊太陽の『気魄の人 横山大観』の巻頭に、平山が前田青邨に伴われ大観宅を訪ねた時に酒を勧められ、コップ酒を3杯も飲み干し、青邨から足をつつかれたエピソードが紹介されています。これが断酒のきっかけになったそうです。

大観が再興した院展は、初代理事長に安田靫彦が就任し、奥村土牛、小倉遊亀、そして平山郁夫らが引き継がれたのでした。

最後に、再興院展に出品された最晩年の作品《風蕭々兮易水寒(かぜしょうしょうとしてえきすいさむし)》(1955年、名都美術館、前期)について触れておきます。後期も同名、同制作年の作品が出品されます。司馬遷の『史記』に由来した作品で、易水のほとりで再び帰ることのない主人の壮士を見送る寂しい作品です。明治の気骨とロマンを貫いて無窮の芸術に戦いを挑んできた老大観の心境がしみじみ伝わってきます。



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。

シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。

玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。
シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!
 

 

もどる