今春とびきりの展覧会2題、京都で開催

2018年4月15日号

白鳥正夫

サクラ散る季節ですが、「美術の春」は満開です。関西の美術館では一斉に展示替えしています。なかでも京都だけ開催の必見の展覧会2題を取り上げます。京都国立博物館の特別展「池大雅 天衣無縫の旅の画家」は、天才南画家85年ぶりの大回顧展です。京都国立近代美術館では、絶品、日本の意匠と謳う「明治150年展 明治の日本画と工芸」が開催中です。いずれも5月20日までですが、とびきりの企画内容です。この機会に鑑賞をお勧めします。


京都国立博物館の特別展 「池大雅 天衣無縫の旅の画家」
 85年ぶり最大規模の回顧展に約160件


国宝《十便十宜図》のうち
池大雅筆《十便図》
(江戸時代1771年、
公益財団法人
川端康成記念會)


池大雅(1723−76)は、円山応挙(1733−95)、伊藤若冲(1716−1800)と並び江戸時代中期の京都画壇を代表する三巨匠の一人です。また与謝蕪村(1716−83)とともに「南画の大成者」でもあります。京博では、これまで1995年に「円山応挙展」を、2000年に「伊藤若冲展」を開催していますが、「池大雅展」は1933年の「池大雅遺墨展覧会」以来、実に85年ぶりとのことです。

今回の特別展では、大雅の初期から晩年にいたる代表作約160件を一堂に集め、合わせて、その人となりや幅広い交友関係を示す資料を通して画家の全貌に迫っています。とりわけ期間中に大雅の国宝3件と重要文化財13件すべてが展示され、過去最大規模の展覧会であり、絶好の機会です。


国宝の池大雅《楼閣山水図屏風(右隻)》
(江戸時代、東京国立博物館)




国宝の池大雅《楼閣山水図屏風(左隻)》
(江戸時代、東京国立博物館)


 


重要文化財の池大雅
《洞庭赤壁図巻(部分)》
(江戸時代[1771年]、
京都国立博物館)



重要文化財の池大雅
《五百羅漢図》
(江戸時代、京都・萬福寺)

大雅は京都両替町銀座の下級役人の子として生まれます。幼少時に父を亡くします。しかし6歳で素読を始め、7歳から本格的に唐様の書を学び始めています。習い始めたばかりの頃、萬福寺で書を披露し、その出来栄えに僧たちから「神童」と絶賛されます。

15歳になった大雅は、扇屋を営みながら、中国渡来の画譜などを参考に、扇に絵を描くなどして生計を立てていたのです。まだ10代の大雅を支えたのは、多くの人々との出会いでした。大和郡山藩の重臣で文人画家の柳沢淇園は、大雅の才能を見抜き、物心両面にわたり支援しました。また篆刻家の高芙蓉や書家・韓天寿らと交流します。

大雅は20歳代の後半を中心に、筆の代わりに指を用いて描く「指墨画」を多く制作します。大雅は画家としてだけでなく、書家としてもその名を馳せました。当時流行した、唐様と呼ばれる中国風の書風を基礎に置きつつ、伸びやかで格調高いスタイルにその魅力があります。

絵画作品では、中国の故事や名所を題材とした大画面の屏風、日本の風景を軽妙洒脱な筆致で描いた作品など、作風は変化に富んでいます。大雅は中国渡来の画譜類のみならず、室町絵画や琳派、さらに西洋画の表現を取り入れ、独自の画風を確立したのでした。

展示は、「天才登場―大雅を取り巻く人々」「中国絵画、画譜に学ぶ」「指墨画と様式の模索」「大雅の画と書」「旅する画家―日本の風景を描く」「大雅と玉瀾(ぎょくらん)」「天才、本領発揮―大雅芸術の完成」の7章構成となっています。中でも大雅が日本各地を訪ねた「旅の画家」であることをふまえ、旅が絵画制作に果たした役割についても検証している点が注目されます。


池大雅《風雨起龍図》
(江戸時代[1746年])


主な代表作を紹介します。まず川端康成の蒐集品として著名な国宝《十便十宜図》(江戸時代[1771年]、公益財団法人川端康成記念會、通期展示・場面替え)は、蕪村との夢の共作です。中国・清の李漁の『十便十二宜詩』に基づき、山荘での隠遁生活の便宜を画題に、大雅が「十便図」、蕪村が「十宜図」を担当した画帖です。

同じく国宝の《楼閣山水図屏風》(江戸時代、東京国立博物館、5月2日〜展示)は、40歳代の円熟期の作品です。総金字に墨で伸びやかに描かれ、わずかに青と赤の絵具をアクセントとして用いています。

以下の作品は通期展示です。重要文化財の《洞庭赤壁図巻》(江戸時代[1771年]、京都国立博物館)は、中国の名勝を画譜を参考に描いていますが、数多くの楼閣や家屋が俯瞰的に細かく描き込まれています。「旅する画家」では、38歳の時に友人の高芙蓉・韓天寿とともに白山・立山・富士山の三霊山を踏破した《三岳紀行図屏風》(江戸時代[1760年]、京都国立博物館)なども展示されています。


池大雅作品が並ぶ展示室

このほか重要文化財の《蘭亭曲水・龍山勝会図屏風》(江戸時代[1763年]、静岡県立美術館)や《瀟湘勝概図屏風》(江戸時代)、さらに《五百羅漢図》(江戸時代、京都・萬福寺)、無指定ながら《渭城柳色図》(江戸時代[1744年]、新潟・敦井美術館)、《風雨起龍図》(江戸時代[1746年])などが出品され、見ごたえがあります。

展覧会を担当した京都国立博物館の福士雄也研究員は、図録の中で「大雅の絵画芸術は、40歳を過ぎた頃に最も充実した時期を迎える。伸びやかな筆線、デリケートな色彩の扱い、確かな画面構成力など、大雅のキャリアにおいて最も魅力にあふれるのが40歳以降の時期である。(中略)まずはできるだけ多くの方々と大雅の魅力、そして画面の面白さを共有したいと考えている」と、語っています。

京都国立近代美術館「明治150年展 明治の日本画と工芸」  
  海外からも高評、美と技術誇る約190件  



竹内栖鳳《羅馬古城図》
(明治34年、
京都国立近代美術館)


池大雅が活躍した江戸時代から下り、今年は明治元年から150年目を迎えます。明治維新後、政府主導のもと殖産興業や輸出振興政策が推し進められ、海外での日本美術への関心が高まったのでした。京都では、技芸の継承と美術の発展を願って京都府画学校が設立され、多くの日本画家が工芸図案制作に携わることで、時代に即した図案の研究が進められました。「明治150年展」は、京都府画学校と日本画、そして超絶技巧がブームの明治の工芸を軸に約190件の大展観です。  

展覧会は、「京都府画学校と同時代の日本」と「明治の工芸」の二つのコーナーから構成されています。それぞれの内容と主な作品を、図録などを参考に紹介します。  


幸野楳嶺《春秋蛙合戦図》
(文久4年/元治元年頃、
京都国立近代美術館)


京都府画学校は、都が東京に移り、人口が減って地場産業が衰退する危機感を覚えた京都では、技芸の継承と美術の発展を願って開校したのでした。高い芸術性を持った日本画家たちの描いた図案は輸出用の工芸品に用いられ、そのクオリティを更に高めるとともに、海外でも高い評価を受けることになったのです。当時、京都画壇でも活躍した竹内栖鳳、幸野楳嶺、都路華香、今尾経年、岸竹堂らの優美な作品が展示されています。


ゴットフリート・ワグネル
《釉下彩葡萄図陶板》
(明治23−29年、
滋賀・信楽窯業技術試験場)


竹内栖鳳(1864−1942)は明治33年、パリ万博視察のため渡欧し、ヨーロッパ各地を巡遊します。西洋写実画法を吸収し、《羅馬古城図》(明治34年、京都国立近代美術館、〜4月22日展示)もその成果です。花鳥画譜で知られる幸野楳嶺(こうのばいれい、1844−95)の《春秋蛙合戦図》(文久4年/元治元年頃、京都国立近代美術館、4月24日〜展示)や、都路華香(つじかきょう、1871−1931)の《雪中鷲図》(明治34年、4月24日〜展示)など味わい深い作品が並んでいます。

「明治の工芸」には、目を見張ります。明治政府は外貨獲得のため輸出振興に力を注ぎ、『温知図録』を作成し新図案をもとに、全国の作家たちに革新的な制作を奨励したのでした。京都では錦光山宗兵衛や帯山与兵衛らが、金彩や色絵を大胆に施した輸出用陶器の生産に舵を切ったのでした。

19世紀後半になると、万国博覧会において日本の文物が紹介され高評を得て、文化国家としての認められるともに、輸出増につながったのでした。とりわけ鮮やかな色彩と細密かつ正確無比な絵付けや、わずか数ミリの高低差を付けた透かし彫りによる文様などをあしらった超絶技巧を生かした陶磁器は特に高い人気を得たのでした。


並河靖之《桜蝶図平皿》
(明治時代、
京都国立近代美術館)


ドイツ出身のお雇い外国人ゴットフリート・ワグネル(1831−92)は、釉下に日本古来の絵画描法を施した低火度焼成陶器である「旭焼」を生み出し、日本の窯業技術の改良に大きく貢献しました。《釉下彩葡萄図陶板》(明治23−29年、滋賀・信楽窯業技術試験場)は、日本画の繊細さを存分に生かした透明感あふれる作品です。

日本を代表する七宝家の一人で、京都を中心に活躍した並河靖之(1845−1927)の《桜蝶図平皿》(明治時代、京都国立近代美術館)は、花や蝶が華やかに描かれています。並河工場の下図「桜蝶文皿」(明治時代、並河靖之七宝記念館)も出品されていて興味深く鑑賞できます。


安藤緑山
《仏手柑牙彫置物》
(大正−昭和時代、
京都国立近代美術館)


超絶技巧の作品では、安藤緑山(1885−1959)の《仏手柑牙彫置物》(大正−昭和時代、京都国立近代美術館)、は鮮やかな黄色の果実をリアルに再現した立体作品です。このほか上良寛(初代)の《高浮彫群猿花瓶》(明治時代、愛知・横山美術館)や、武蔵屋大関の《金蒔絵芝山花鳥図飾器(明治時代、京都国立近代美術館)などが目を引きます。

パリ万博会場をイメージしたコーナーが設けられています。ここには加藤杢左衛門の《染付花唐草文大燈籠》(明治時代前期−中期、個人蔵[瀬戸蔵ミュージアム寄託])など多数出揃い圧巻です。さらに千總、川島織物、象彦、京都燗屋などの美と技術を誇る工芸品も展示されています。


《染付花唐草文大燈籠》など
パリ万博会場をイメージした展示コーナー


 



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。

シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。

玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。
シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!
 

 

もどる