先駆的な芸術表現を追求した2人のアーティスト

2018年3月10日号

白鳥正夫

時代の空気を鋭敏に捉え、先駆的な芸術表現を追求した2人のアーティストの展覧会を紹介します。「生誕120年 東郷青児展 夢と現(うつつ)の女たち」が、大阪のあべのハルカス美術館で4月15日まで、一方、神戸の横尾忠則現代美術館では兵庫県政150周年事業・開館5周年記念展「横尾忠則の冥土旅行」が5月6日まで、それぞれ開催されています。大胆で緻密、何より個性的な二人の才気に触れる機会です。


「生誕120年 東郷青児展 夢と現(うつつ)の女たち」
 初期の前衛から昭和モダンを彩る作品


59歳の東郷青
(撮影:石井幸之助)


東郷青児の貴重な作品を全国から集めた回顧展は、生誕120年を迎えた昨年夏から、福山を皮切りに東京、福岡を巡回し、大阪が最終会場です。東郷は日本最初期の前衛絵画から昭和のモダン文化を彩るデザインの仕事、さらには美と抒情を統合した女性像まで、様々な造形的挑戦を続けました。今回の展覧会では、「東郷様式」と呼ばれた独特のスタイルが確立する1950年代末までを中心に、作品約60点と資料約40件を展示し、画風の形成をひもといています。

東郷は1897年、鹿児島に生まれました。10代の後半、日本橋呉服町に竹久夢二が開いた「港屋絵草紙店」に出入りし、下絵描きなどを手伝います。また作曲家の山田耕筰にも眼をかけられ、東京フィルハーモニー赤坂研究所の一室で制作した作品で初個展を開いています。さらに有島生馬にも知遇を得て師事します。19歳の時に、有島の勧めで第3回二科展に《パラソルさせる女》初出品し、二科賞を受賞します。


東郷青児
《パラソルさせる女》
(1916年、
一般財団法人陽山美術館)



東郷青児
《サルタンバルク》
(1926年、
東京国立近代美術館)

1921年から7年間フランスに留学し、ピカソとも交流しました。帰国後、新しい洋画を志向する二科展で活動しながら、滞仏経験を活かした文筆や壁画、挿絵、装丁で人気を博します。 戦後は二科会の再建と国際交流を進め、1960年に日本芸術院会員、翌年二科会会長に就任しました。1978年、80歳で亡くなるまで洋画界に大きな足跡を残したのでした。

展示は、時系列で4章構成です。各章ごとに主な作品を紹介します。まず第1章の「内的生の燃焼 1915〜1928」では、二科展デビュー作の《パラソルさせる女》(1916年、一般財団法人陽山美術館)が出品されています。大胆なデフォルメは評者によって立体派(キュビスム)とも未来派とも呼ばれ、画壇に衝撃を与え、日本最初期の前衛絵画として話題になった作品です。

《サルタンバルク》(1926年、東京国立近代美術館)のタイトルは大道芸人のことです。自信作だったのか、画集(1931年)の中で、「この絵が出来上がった時は天下を取ったやうに嬉しかった。早速ピカソを僕のアトリエに引っ張って来て見てもらった。『自分の絵を見るような気がする…』これにはまいった」と書き記しています。この作品は1982年の切手「近代美術シリーズ第14集にも選ばれていて、私も大切に所持していて、懐かしく鑑賞しました。


東郷青児
《超現実派の散歩》
(1929年、
東郷青児記念
損保ジャパン
日本興亜美術館)

東郷青児
《山の幸》
(1936年、
シェラトン都ホテル大阪)

東郷青児
《バイオレット》
(1952年)

東郷青児
《若い日の思い出》
(1968年、
東郷青児記念
損保ジャパン
日本興亜美術館)

第2章「恋とモダニズム 1928〜1930年代」に、《超現実派の散歩》(1929年、東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館)があります。2015年に大阪市立美術館で開催された「伝説の洋画家たち 二科100年展」にも出品されていました。フランスから帰国後の第16回展から第19回展まで、同題での連作です。まさに造形的挑戦作と実は根家見受けられます。

第3章「泰西名画と美人画 1930年代後半〜1944年」には、藤田嗣治と百貨店に競作した対の壁画で、再発見された戦前の二科展出品作《山の幸》(1936年、シェラトン都ホテル大阪)が、藤田の《海の幸》(1936年)が並んで出展されていて注目です。同じ色調ながら、それぞれの微妙な表現技術が駆使されています。京都」・丸物百貨店の大食堂を飾っていた壁画だそうで、よき昭和の時代の名残を感じさせます。

この章では、もう1点、見逃せない作品があります。《扇》(1934年、久留米市美術館)は、第21回二科展出品以来83年ぶりの一般公開とのことです。

最後の第4章「復興の華 1945〜1950年代」では、展覧会のタイトルでもある「夢と現の女たち」の、いわゆる「東郷様式」と呼ばれる作品が並びます。《バイオレット》(1952年)と《望郷》 (1959年)、さらに《若い日の思い出》(1968年、いずれも東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館)など、時代とともに変化も見られますが、甘く憂いを秘めた女性像のオンパレードです。

大正ロマンで一世を風靡した「夢二美人」からひと味違った、昭和モダンを駆り立てる「青児美人」は、戦後の日本の主権回復とともに、1950年代末に一般の人々に人気が浸透していったのです。「私が女の顔を描くと何時も少女的な顔になって了ふのである。別に少女趣味と云ふやうなはっきりした理由がある譚でもないが私の好んで表現しようとする無表情、人間的な欲望の少しでもないやうな表情が、空想と哀愁を心の糧にする純粋な少女の空気と自然共通するのではないか」とは、作家の弁です。

会場には多くの油彩作品とともに、東郷が手がけた装丁本や、雑誌の表紙絵、舞台装置の写真など、昭和モダン文化を彩ったデザインの仕事も回顧しています。なかでも東郷が装丁や挿画を担当している本では、恋仲であった作家の宇野千代の『大人の繪本』(1931年、白水社)や、谷崎潤一郎の『まんじ』(1946年、新生社、いずれも東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館)など興味を引きます。このほか東郷の挿画が掲載されている『モダン日本』や、『婦人画報』、『別冊アトリエ』なども出品されています。  
東郷の足跡をたどると、ピカソや藤田をはじめ作曲家や小説家など多彩な親交があり 画家活動や生き方にも影響をもたらせていたことが窺えます。前衛からモダン美人まで、時代の変遷を見据え、画風を大きく変化させた先駆的なアーティストをあらためて検証する展覧会でもあります。

兵庫県政150周年事業・開館5周年記念展「横尾忠則の冥土旅行」  
  死後の世界見つめた作品、近作シリーズも
 


雑誌『平凡パンチ』の企画で撮影した
集団ヌード写真


兵庫県西脇出身の美術家、横尾忠則の作品コレクションや資料を集めた「横尾忠則現代美術館」が2012年秋に神戸市灘区の原田の森ギャラリー西館をリニューアルしてオープンして、はや5周年になります。年3回の企画展をほぼ見てきましたが、次から次へテーマの切り口に驚かされます。それだけ横尾の活動がマルチで、東郷青児に勝るとも劣らない先駆的な芸術表現を続けていることを示しています。さて今回のテーマはなんと「冥土旅行」です。  


横尾忠則《神曲》
(1994−2013年、
作家蔵・横尾忠則現代美術館寄託)


プレスリリースからその趣旨や主な展示内容を引用します。『「人は死んだらどこへ行くのか?」とは、いずれ死にゆく私たちが抱かずにはいられない謎に満ちた疑問です。「死」を自らの重要なテーマと位置づけ、様々な死のイメージを作品に投影してきた横尾忠則が、グラフィックデザイナー時代から現在にいたるまで一貫して関心を持ち続けたのも「死後の世界」のあり方でした』と、あります。

今回の展覧会では、横尾の作品を通じた死後の世界への、いわば冒険旅行の仕立てです。横尾は幼少期に西脇でさまざまな超常現象を経験し、死後の世界の存在を信じるようになったといいます。横尾はつねに死後の世界を想像し、「死の側から生を見る」ことで、自らの生き方を見つめてきたのです。こうした横尾のまなざしに焦点を当て、約100点が展示されています。


横尾忠則
《死の島でY氏の死の
幻想を見たターザン》
(1999年、
作家蔵・横尾忠則
現代美術館寄託)



横尾忠則
《落下する女3》
(2010年、
作家蔵・横尾忠則
現代美術館寄託)

横尾忠則
《ヒキガエルと女》
(2017年、作家蔵)

横尾忠則
《キャベツの女》
(2017年、作家蔵)

展示は大きく分けて4つのコーナーから構成されています。まず「神曲」の章ですが、横尾の愛読書というダンテの『神曲』は、主人公ダンテが生きながらにしてあの世へと迷い込み、地獄・煉獄・天国をめぐるという「冥土旅行」の物語です。横尾が1970年、雑誌『平凡パンチ』の企画で撮影した19人の女性たちの集団ヌード写真がえん八角形の壁面に引き伸ばして展示されています。森や湖、建設中の山荘、砂利道、和室など、富士山麓を舞台に繰り広げられた場面の中に、『神曲』のイメージが重ねられています。原初的な自然と裸体の女性とが組み合わされた楽園的風景にユートピアを見たのでしょうか。

『神曲』は、その後の横尾作品に影響を与えます。94年の旧作に加筆・改題した絵画《神曲》(1994−2013年)や、《Clear Light September(東京プランニング)》(1974年、いずれも作家蔵・横尾忠則現代美術館寄託)などにも反映されています。

次の章の「赤」は、1996年から始まった「赤のシリーズ」をはじめ、「赤」を基調とした横尾作品が約40点も展示されています。「赤」は、横尾の「死の中に生があり、生の中に死がある」を象徴する色でもあります。《死の島でY氏の死の幻想を見たターザン》(1999年、作家蔵・横尾忠則現代美術館寄託)や、《天の足音》1996年、作家蔵・広島市現代美術館寄託)などが出品されています。

3番目が「Back of Head」で、1980年代前半に人物の後ろ姿をモチーフとする一連の作品群を集中的に制作しています。顔のないポートレートというべきその非人格性と抽象性に惹かれ、水彩によるドローイングの連作があります。髪を下ろした女性の後ろ姿が色調や筆致を変化させながら繰り返し描かれています。顔の見えない女性像の系譜は、マルセル・デュシャンの《遺作》を下敷きにした連作《落下する女3》(2010年、作家蔵・横尾忠則現代美術館寄託)に見られ、印象的な作品です。

最後の章の「謎の女」は、昨年から今年にかけて制作された最新作のシリーズで21点を一挙公開しています。女性のポートレートを描いたシリーズで、横尾が少年時代に親しんだ故郷・西脇の播州織の輸出用反物ラベルの絵柄や映画のイメージなどから引用された女性像ですが、顔の一部をキャベツや石、本、トイレットペーパーといった日用品によって覆い隠され、不可解で謎めいた存在として描かれています。《ヒキガエルと女》や《キャベツの女》(いずれも2017年、作家蔵)といった具合です。

このミステリアスな作品群は、80歳を超えてなおも旺盛な創作を続ける横尾の真骨頂を発揮するものです。60有余年もの長い時代を、常に先駆的なイメージの創出と独自の斬新な想像力を失わずに、膨大な作品の創作を続ける横尾の今後の活動に注目したいと思います。




しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
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「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

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第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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