地味ながら味わい深い3展覧会

2017年11月11日号

白鳥正夫

この秋、関西の美術館は、京都の国宝展をはじめ大阪の北斎展、神戸のボストン、エルミタージュ美術館展が競い合い華やかですが、地味ながら味わい深い展覧会も開催されています。アール・ヌーヴォーの旗手として知られる「ミュシャ展 〜運命の女たち〜」が、美術館「えき」KYOTOで11月26日まで開催。神戸ファッション美術館では、布がつむぐ暮らしの装い「美しいアプリケ 宮脇綾子展」が12月26日まで催されています。さらに大阪歴史博物館では、「世界に誇る大阪の遺産―文楽と朝鮮通信使―」展が11月26日まで開かれています。異なった分野の展覧会ですが、それぞれに身近なテーマで知っているようで知らない世界に触れ、大いに関心を深める展示構成になっています。


女性をテーマにミュシャ作品約150点


連作装飾パネル
《「花」「果物」「狩り」
「魚釣り」》
(1894年)



ポスター《ジスモンダ》
(1894年)

装飾皿
《ビザンティン風の頭部》
(1898年)

「《スラヴ叙事詩》展」の
ためのポスター
(部分、1928年)

アルフォンス・ミュシャ(1860−1939))は、チェコ共和国の小さな町に生まれます。19歳の時、ウィーンに出向き、舞台装置工房で働きながら、夜間にデッサンを学びました。1887年にはパリのアカデミー・ジュリアンに入学し、卒業後は印刷所で働きます。1894年末に、舞台女優サラ・ベルナールの公演ポスター《ジスモンダ》をデザインしたことで、翌年に彼女と契約を結び、ポスターや衣装から舞台装置まで手がけ、一躍大人気画家となります。

1900年には、パリ万国博覧会で活躍し、アール・ヌーヴォーの代表的な芸術家として成功を収めます。一時、アメリカにも住みますが、1910年に故国チェコに帰郷。20点から成る連載《スラヴ叙事詩》の制作に着手し、16年の歳月を費やし完成します。最大の作品は幅8メートルもあります。その全20点がチェコ国外で初めて公開された「ミュシャ展」が東京の国立新美術館で開催され、65万人以上が鑑賞しました。私も駆けつけ、その超大作に眼を見張り感銘を受けたのでした。

今回の展覧会では、ミュシャの初恋であり、人生の転機となったサラ・ベルナールとの出会いを始め、その生涯を彩った運命の女性たちに焦点をあてミュシャ芸術を紹介しています。ミュシャの生まれ故郷であるイヴァンチッツェ近郊に居住する医師ズデニュク・チマル博士の祖父母から3代にわたるコレクションに限って、リトグラフのポスターや装飾パネル、さらには水彩画、素描画など、約150点を展示しています。

展示は、ほぼ時系列に初期の素描や装飾デザインなどを手がけた「幼少期 芸術のはじまり」、サラ・ベルナールと出会い多くの作品を制作した「パリ 人生の絶頂期」、6年間滞在した「アメリカ 新たな道の発見」、スラヴ民族への愛にあふれる「故郷への帰還と祖国に捧げた作品群」の4章構成です。

図録などを参考に主な作品(いずれも豊田市美術館蔵)を紹介します。4点の連作装飾パネル《「花」「果物」「狩り」「魚釣り」》(1894年)は、出品室内装飾を専門とするホーム=デコ社のためにデザインされたシリーズで、数枚しか残っておらず、初めて4点そろって出品されていてハイライトともいえます。ミュシャならではの、いずれも女性を画面中央に描いた構図で、リトグラフながら、油彩のような仕上がりです。

出世作となったのが、サラ・ベルナール主演の舞台を飾ったポスター《ジスモンダ》(1894年)で、パリの街に貼りだされるやいなや大評判となり、一夜にして無名の挿絵画家は人気デザイナーとなったのでした。これ以降、流れるような曲線を描く長い髪、美しい花々やアクセサリーに装飾された優雅な女性像は「ミュシャ・スタイル」と呼ばれたのでした。


ポスター《椿姫》
(右端、1986年)などの展示
(美術館「えき」KYOTO)

ミュシャは多くの人に美しい芸術をと考え、リトグラフ(石版画)で作品を制作しました。装飾パネルは市民らに普及し、作品は印刷されたポスターやカレンダー、ポストカードなどに広がりました。磁器に印刷した装飾皿《秋》(1897年)や、リトグラフによるエナメル塗装の装飾皿《ビザンティン風の頭部》(1898年)なども出品されています。

《スラヴ叙事詩》を制作中のミュシャの写真なども展示されています。さらに「《スラヴ叙事詩》展」のためのポスター(部分、1928年)と、その構図のポーズをとるモデルの写真も出品されていて、興味を引きました。ミュシャは1939年春、ドイツ軍がチェコスロバキアを占領した時、「国民の愛国心を刺激する」として捕えられ激しい尋問を受けました。釈放後、その年7月にプラハで79歳の生涯を終えます。

詩情あふれる宮脇綾子のアプリケ創作


《切った玉ねぎ》
(1965年、豊田市美術館蔵)



《しゃけ》
(1973年、
豊田市美術館蔵)

《伊勢えび》
(1982年、
豊田市美術館蔵)

宮脇綾子(1905−1995)は、東京に生まれますが、22歳の時に名古屋で教壇に立っていた洋画家の晴さんのもとに嫁ぎます。戦争が終わり二男一女も育った40歳の頃、「何か自分でできることを」と、身近にあった古裂(ふるぎれ)で魚や野菜、草花などをモデルにアプリケの創作すること思い立ったのです。主婦の日常をテーマにした詩情あふれる作品は評判が良く、長く食の月刊誌『あまから手帖』の表紙絵を飾り、次第に有名になったのです。

1952年の初個展後は精力的な創作活動を繰り広げ、1962年には「アップリケ綾の会」を結成。アメリカのグレイターラフィエット美術館、ワシントン女性芸術美術館などでも個展が開かれ、その作品は「布切れの芸術」として海外でも高い評価を受けます。90歳で他界されますが、朝日新聞社の企画部にいた私は、「アプリケ芸術50年 宮脇綾子遺作展」を企画し、1997年春から約1年間に札幌から熊本まで15会場を巡回し約20万人に鑑賞していただいたのでした。
 
今回のアプリケ展は、「日常の美」「自然への愛」「人間・家族への愛〉をテーマに、初期から晩年までの代表作など約220件と、一人の主婦のたゆみない創作がしのばれる愛用品、洋画家の夫が描いた綾子の「竹林に立つ像」(1975年)も特別出品されています。

作品には「あ」という字の縫い取りがほどこされています。これは綾子の「あ」であり、アプリケの「あ」であり、自然のものをあっと驚く「あ」でもあり、感謝のありがとうの「あ」でもあったのです。代表作のいくつかを、綾子が作品に寄せた言葉とともに紹介します。
 
《切った玉ねぎ》(1965年)は、青地にタマネギの断面を取り上げた作品です。「タマネギの芽が出たのを縦に切ってみて、その切り口の面白さに引かれました。作っているうちに、内部にすき間ができて、また面白さが増し、同時にその精力にも感じいりました」とあります。


宮脇綾子の愛用品などが並ぶ会場
(神戸ファッション美術館)

《しゃけ》(1973年)は、高橋由一の《鮭》から着想されたのでしょうか、構図が似ています。「使っている布はすべて木綿です。吊っている紐は、戦前は藁でしたが、最近はビニールになってしまってガッカリ。私のシャケには、木綿の紐を使いました」と書き添えています。

《伊勢えび》(1982年)は、奄美大島から直送の伊勢えびをモデルに実物大で仕上げています。「自分でも予期しない色の効果が出て、気に入っている作品です」と記しています。
 
綾子が日課のように取り組んでいた、はり絵や色紙日記なども展示されていました。はり絵には水彩画や文章も添えられています。綾子の作品の基本は写生です。そして天性ともいうべき感性で、布切れを素材に、花や魚に千変万化させ、布から新たな命が生まれるように作品を仕上げました。綾子のアプリケは代を経ても多くの人の共感を呼ぶことでしょう。

ユネスコ文化遺産の文楽と朝鮮通信使資料


《文楽人形鬘見本 立兵庫》
(名越昭司製作、
大阪歴史博物館蔵、
名越惠美子氏寄贈)



《人形浄瑠璃ポスター
四ツ橋文楽座》
(大阪歴史博物館蔵、
中村知也氏寄贈)

江戸時代に大阪で育まれ、大阪の人々が支えてきた伝統芸能の人形浄瑠璃文楽は、1955年の重要無形文化財指定に続き、2008年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。同じく江戸時代に朝鮮から日本を訪れ、大阪に多くの足跡を残した朝鮮通信使は、今年10月、ユネスコ記憶遺産に登録されました。
 
大阪が世界に誇る二つの文化遺産をテーマにした展覧会は、大阪歴史博物館の館蔵品で構成されています。文楽は太夫(たゆう)・三味線・人形が一体となる総合芸術といわれており、近年寄贈を受けた人形鬘(かづら)見本や文楽の興行ポスターなどを通じて、舞台を支える裏方の活動や昭和の文楽史の一端を紹介しています。一方、朝鮮通信使は「朝鮮通信使に関する記録」として、記憶遺産に登録された資料(在日本209点、在韓国124点の合計333点)のうち11点を含む朝鮮通信使資料が展示されています。

主な展示品として、《文楽人形鬘(かづら)見本 立兵庫(たてひょうご)》(名越昭司製作、名越惠美子氏寄贈)は、遊女の中でも最高の格式をもつ太夫の豪華な鬘です。文楽人形鬘師・床山として活躍された名越昭司氏(1931〜2016)が後世に残すために制作した鬘見本ですが、実際の文楽人形の鬘は公演が終了するたびに解きほぐされ、新たに製作されるのだそうです。


《朝鮮通信使小童図》
(大阪歴史博物館蔵、
辛基秀氏寄贈)

《人形浄瑠璃ポスター 四ツ橋文楽座》(1941年、中村知也氏寄贈)は、文楽人形の研究者で画家の斎藤清二郎が描いた「碁太平記白石噺(ごたいへいきしらいしばなし)」新吉原揚屋の段の一場面です。四ツ橋文楽座は昭和5年(1930)に開場した洋風建築の劇場でした。
 
《朝鮮通信使小童図》1幅(江戸時代、辛基秀氏寄贈)は、馬に乗る通信使一行の小童に日本人が近づいて紙を掲げ、文字を書いてもらっている様子が描かれています。風俗画家として著名な英(はなぶさ)一蝶(1652〜1724)が1711年に来日した通信使を題材に描いた作品とみられており、ユネスコ記憶遺産資料です。
 
《朝鮮通信使御楼船図屏風》6曲1隻(江戸時代)は、通信使の一行を乗せて淀川を行く高殿付きの御楼船(ごろうせん)を中央に、楽人を乗せた船や供船がその前後に配置されています。御楼船は葵紋の幕を使用していることから幕府が提供した船で、その豪華さに通信使一行も驚いた様子が日記に書き残されているそうです。こちらもユネスコ記憶遺産資料です。


《朝鮮通信使御楼船図屏風》
(大阪歴史博物館蔵)




しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
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・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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