実りの秋、関西の展覧会も内容豊富

2017年10月12日号

白鳥正夫

この時季、美術館賞のベストシーズンです。関西の美術館は今年も「実りの秋」にふさわしい多様な展覧会を展開中です。その中からいくつかをピックアップして紹介します。滋賀のMIHO MUSEUMでは開館20周年を記念し全展示室を使ってコレクションの名品を12月17日まで展示しています。京都文化博物館は絵画を愉しむコツを伝えようと定評のウッドワン美術館所蔵の名品を12月3日まで、龍谷ミュージアムでは地獄のオールスターズ勢揃いのユニークな展示を11月12日までそれぞれ開催しています。いずれ劣らぬバラエティーに富んだ秋の献立てのどこから味わいますか。


開館20周年記念特別展「桃源郷はここ ―I.M.ペイとMIHO MUSEUMの軌跡」
 若冲や蕪村、仏像から古代美術の名品ずらり


伊藤若冲
《白梅錦鶏》
(江戸時代)



重要文化財の
《持国天立像》
(平安時代末−
鎌倉時代初)

加賀・前田家伝来
《耀変天目》
(南宋時代、大佛次郎旧蔵)

《隼頭神坐像》
(エジプト第19王朝初期、
B.C.1295-B.C.1213年頃)

《ディオニュソス・モザイク》
(ローマ 伝シリア出土、
3−4世紀)

MIHO MUSEUMは、ルーヴル美術館のピラミッドを手がけた建築家のI.M.ペイ氏が設計し1997年に開館。そのペイ氏が今春100歳を迎えたことと、「聖なるもの」「美しきもの」を求めて形成された名品コレクションの一挙公開もあって、「桃源郷はここ」のタイトルに。北館では日本古美術を中心に、新たに収蔵された作品から、会期後半にはグランド・オープン時の展示を再現します。南館ではエジプト、西アジア、南アジア、中国・西域など古代美術の名品が展示されています。  

桃源郷とは、陶淵明の『桃花源記』に描かれている桃林に囲まれた平和で豊かな別天地が語源とされ、俗界を離れた理想郷を意味します。中国では武陵桃源を指し、その地・武陵源は1992年に世界自然遺産に登録されており、私は9月に現地を訪れ、絶景に感銘を受けました。さて日本の桃源郷を自認するMIHO MUSEUMは、大自然に囲まれた30万坪もの広大な敷地に立地し、内外の名品を鑑賞できる、まさに別天地です。  

開館して間もなくのころ現地を初めて訪れましたが、レセプション棟から電気自動車で桜並木を縫いトンネルをくぐり吊り橋の先に展示館があって驚いたものです。ここ数年は特別企画展の度に出向いています。今回の展覧会で10月9日まで展示された伊藤若冲(1716−1800)の《象と鯨図屏風》(1795年)は、このサイト(2015年7月15日号)でも取り上げています。記念展の主な展示品を紹介します。  

若冲作品では、《白梅錦鶏図》(江戸時代、〜10月29日)は、白梅の香りに誘われたのか太い幹にとまった色鮮やかな錦鶏の振り向く姿を優雅に描いています。有名な《動植綵絵》と似た構図です。若冲と同い年の与謝蕪村(1716−1803)の作品《山水図屏風》(江戸時代、11月28日〜)は、珍しく銀箔を押した紙に描いた山水図です。  

仏像の名品も数多く所蔵されていて、いずれも重要文化財の《持国天立像》(平安時代末−鎌倉時代初)は興福寺伝来とされ、《地蔵菩薩立像》(鎌倉時代)は2015年に発見された像内納入品も展示されています。また室生寺伝来の《焔摩天像》(平安時代、10月31日〜11月12日)や、加賀・前田家伝来の《耀変天目》(南宋時代、大佛次郎旧蔵)も重要文化財です。

さらに南館に足を運ぶと、《隼頭(じゅんとう)神坐像》(エジプト第19王朝初期、B.C.1295-B.C.1213年頃)は高さが41センチほどですが、金、銀、ラピスラズリ、水晶などが散りばめられ存在感があります。このほか2.5メートルもある《仏立像(中央アジア・ガンダーラ、2世紀後半期)、《青銅馬》(中国・後漢、1-3世紀)、《ディオニュソス・モザイク》(ローマ 伝シリア出土、3−4世紀)、《メダイヨン・動物文絨毯(サングスコ・カーペット)》(イラン・ケルマーン サファヴィー朝、16世紀末期-17世紀初期)など見ごたえたっぷりです。

ウッドワン美術館コレクション 絵画の愉しみ、画家のたくらみ 日本近代絵画との出会い
藤田の大作《大地》、大観や龍三郎が描く富士山

なんとも長いタイトルの展覧会ですが、主催者の開催趣旨を分かりやすく反映しているのです。その意図はチラシに「正直、展覧会に行っても、どうやって絵を見たらいいのか、わからない。興味がないわけではないけど、ちょっと億劫に感じてしまう。そんな方にも、絵画を愉しむコツをお伝えしたい」と具体的に説明されています。ウッドワン美術館コレクションから横山大観をはじめ黒田清輝、岸田劉生、上村松園といった日本近代絵画の巨匠たちの名作86点を並べ、画家が描いた主題や題材、描き方の違いなどに焦点をあて、テーマごとに展示し、ひも解いています。


藤田嗣治《大地》(1934年)の展示。
以下4枚はウッドワン美術館所蔵


 


横山大観の《神嶺不二山》
(1938年)


ウッドワン美術館は、住宅建材メーカーである株式会社ウッドワンが所蔵する美術品約1000点を展示・公開するために広島県廿日市市吉和に1996年開館。近年、岸田劉生の《毛糸肩掛せる麗子肖像》のほか、ファン・ゴッホ作品《農婦》、ルノワールの《婦人習作》《花かごを持つ女》などを落札して注目を集めました。

今回の展覧会で、私にとっての愉しみは、藤田嗣治(1886−1968)の《大地》(1934年)との再会でした。2004年2月、大阪・なんば高島屋で初めて見たときに、藤田48歳の作で、巨大なカンヴァスに、モデルや下図もなく一気に描き上げたと知り、そのデッサン力には驚嘆し、画家としての非凡さに圧倒されました。


黒田清輝《木かげ》
(1898年)

《大地》は幅9.68、高さ約2.45メートルもある大作ですが、もともと幅15メートルを超す大壁画として制作され、東京・銀座の聖書館ビル(現在の教文館ビル)内のブラジルコーヒー陳列所に飾られていました。しかし完成して6年後に依頼主が30パーセントを切り取り本国に持ち帰ったのです。その後、残りがウッドワン美術館に所蔵されたのでした。

雑誌『改造』(1936年3月号)での藤田自身の寄稿によりますと、ブラジルのコーヒー王と在日大使館の依頼で着手し、朝の9時から夜の9時まで毎日12時間、ほぼ1ヶ月間もかけて仕上げたそうです。コーヒー農園を背景にリオデジャネイロの町に生きる労働者たちの姿を活写しています。画面には何と54人の人物と動物15匹を描かれています。パリからの帰国直前に立ち寄ったブラジルの印象があったと思われますが、依頼主の注文に応え、見事な作品を仕上げた画家のたくらみを感じます。


岸田劉生
《毛糸肩掛せる麗子肖像》
(1920)

展示は時系列や作家別ではなく描いたテーマごとになっています。例えば富士山だと、日本画では大御所として知られる横山大観の《神嶺不二山》(1938年)や、横山操の《暁富士》(1965)があれば、洋画の草分け梅原龍三郎の《富士山図》(1953年)や、林武の《赤富士》などが並び、比較して鑑賞できます。

このほか著名な黒田清輝の《木かげ》(1898年)や岸田劉生が娘を描いた《林檎を持てる麗子》(1917年)と《毛糸肩掛せる麗子肖像》(1920年)などの洋画、上村松園の《舞仕度》や、鏑木清方の《摘み草》などの日本画もテーマごとに展示されています。案内役のキャラクターれいこちゃんが、「すべての作品をじっくり見ると、疲れます。軽い気持ちで全体を見て、特に気に入った作品数点をもう一度見直すぐらいでも構わないんですよ」と、鑑賞のコツを教えています。

秋季特別展「地獄絵ワンダーランド」
 死生観や来世観とともに変遷し多彩な表現


《地蔵菩薩・閻魔・司命図》
(南北朝時代、愛知・地蔵寺)

古来から人間にとって死後のことは、永遠のナゾであり大きな関心事だったのでしょう。「死ねばどうなるか」は誰も知りえない世界ゆえに、人間の想像力は森羅万象を様々な手段で表現してきたのでした。地獄は罪を犯した人が苛烈な責め苦を受けるとされる場所ですが、日本人の死生観や来世観とともに変遷してきました。この展覧会では、中世から現代にかけて描かれた地獄にまつわる多彩な絵画や彫刻、工芸品約90件を集めて展示。怖さだけでなく、ユーモアのある作品も勢揃いしています。


《木造 十王坐像・
葬頭河婆坐像・白鬼立像》
(江戸時代、兵庫・東光寺)

約2500年前、インドの釈迦はこの世を生死輪廻が繰り返される世界と悟りました。日本では平安時代に恵心僧都源信が『往生要集』を著したことを契機に、来世のイメージが形成されました。仏教における6つの死後世界のうち、最悪とされる地獄をテーマに、地獄や六道の情景を表した絵画が数多く登場します。中国から伝わった初期の六道絵から水木しげるマンガまで、まさに「地獄絵ワンダーランド」が、5章の展示構成で展開します。

まず第1章の「ようこそ地獄の世界へ」では、日本の地獄・極楽のイメージの源泉となった《往生要集》(鎌倉時代)・《和字絵入往生要集》(江戸時代、いずれも龍谷大学図書館)や、重要文化財《六道絵》(南宋〜元時代、滋賀・新知恩院)などによって、地獄の様相が示されます。


《閻魔王図》
(江戸時代、
三重・両聖寺館蔵)

第2章「地獄の構成メンバー」には、冥界の王とされる閻魔大王をはじめ、十人の裁判官である十王、その眷属である司命・司録、亡者の衣服をもぎ取る奪衣婆らが登場します。《木像 閻魔王坐像(厨子入)》(閻魔王は鎌倉時代、大阪・正明寺)や《地蔵菩薩・閻魔・司命図》(南北朝時代、愛知・地蔵寺、10月17日〜)などが出品されています。

第3章は「ひろがる地獄のイメージ」で、地獄の様相は他の様々なジャンルの説話画に飛び火。日本では実際に地獄を見聞して蘇生した話が流布し、各地の寺社縁起絵や高僧伝絵に取り入れられました。《熊野観心十界曼荼羅 》(江戸時代、日本民藝館、10月17日〜)などが展示されています。


「地獄絵ワンダーランド」
の展示会場

第4章「地獄絵ワンダーランド」では、中世から近世に至り、愛嬌のある地獄絵や、パロディ化した読本が生み出され、民衆に受け入れられるようになります。《木造 十王坐像・葬頭河婆坐像・白鬼立像》(江戸時代、兵庫・東光寺)や、《閻魔王図》(江戸時代、三重・両聖寺)《水木しげるとのんのんばあの地獄めぐり》(現代、水木プロダクション)などが並びます。


最後の第5章は「あこがれの浄土」で、人々の憧れ、極楽浄土と極楽往生の様を描いた、浄土図や来迎図の優品をご紹介しています。《当麻曼荼羅》(南北朝時代)や《刺繍 阿弥陀三尊来迎図》(いずれも京都・誓願寺、10月17日〜)が展示されています。



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
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世界文化遺産登録記念出版
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定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

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第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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