「熱き男たちによるドローイング」展

2017年7月12日号

白鳥正夫

まもなく梅雨が明ければ夏本番です。そんな季節に合わせたかのようなタイトルの美術展が神戸市のBBプラザ美術館で開幕しています。「拡がる彫刻 熱き男たちによるドローイング 植松奎二 JUN TAMBA 榎忠」展は、月替わりで3人のアーティスを順次取り上げます。そのスタートとなる「植松奎二展」(〜7月30日)を中心に、「JUN TAMBA展」(8月4〜27日)、「榎忠展」(9月3〜28日)の概要を紹介します。3人は前期高齢者ながら、熱き思いを持ち続け神戸を拠点に活躍中のアーティストです。三者三様の個性的な表現世界を鑑賞し、大いに刺激を受け、暑さを吹き飛ばしたいものです。


「植松奎二展」には、公開制作の《浮く石》


「熱き男たち」3人の会見
(左から植松奎二、
JUN TAMBA、榎忠)


BBプラザ美術館では、2011年秋、神戸ビエンナーレ2011の連携で「鉄に挑む熱き男たち 植松奎二+塚脇淳+榎忠」展を開催しています。この時は3人が同時に美術館の玄関ホールやビルの空間に彫刻作品を展示しました。なお塚脇淳は2015年から作家名をJUN TAMBAに改名しています。3人の個別展とは別に、ロビーには3人の紹介展示があり、2011年時の作品の一部もビル内に設置されていて鑑賞できます。

今回の企画展の共通のテーマは、「拡がる彫刻」です。一般的に、彫刻は木や石、金属などを材料として造形したもので、ドローイングは紙や布といった平面の支持体上に無彩または淡彩で描画したものとされています。こうした従来の概念を見直した展示を目指しています。なるほど彫刻作品を空間に配置するのも一種のドローイングであり、逆に紙に描いたドローイングが空間に配置されると彫刻作品のようにも見えます。まさに拡がる彫刻とドローイングの関係を再考する実験的な試みです。


《浮く石》公開制作する
植松奎二


まずT期は「植松奎二展」です。植松さんは1947年生まれで神戸市出身。神戸大学教育学部美術科を卒業後、1973年に第八回ジャパンアートフェスティバルで優秀賞、翌年には神戸市文化奨励賞を受賞するなど早くから頭角を現しました。75年にドイツに渡り、86年以降は西宮と箕面、そしてデュッセルドルフに居住しながら、創作と作品の発表を続け、88年にヴェネチアビエンナーレの日本代表に選ばれています。


ドローイング作品
《浮く石》

《浮く石》の展示会場

日本では西宮市大谷記念美術館で二度にわたって大がかりな個展が開催されています。97年の「知覚を超えてあるもの」で、初めて植松作品をまとめて鑑賞しました。木、石、布、金属などの素材を駆使してのユニークな造形でした。その後、06年に同じ会場の「時間の庭へ」や、大阪市内のギャラリーノマルでの「植松奎二展 螺旋の気配から―浮」、さらには兵庫県立美術館など各所で作品を見てきました。

植松作品の特徴は「見えないもの」を追求すると同時に、制作された作品は真鍮や銅などを使い円柱や螺旋を用い、造形的にも色彩的にも、とても美しい仕上がりです。一瞬の閃きで造形が形作られるのではなく、アトリエでその模型と図面の推敲に時間をかけ、綿密に設計していることが理解できました。

今回のメイン作品は《浮く石》。この作品は3月の一日、会場で公開制作されました。縦265センチ、横456センチの紙に、2H〜10Bまでの鉛筆十数種で濃淡を変えながら描写するプロセスは新鮮でした。しかしこの日だけでは完成せず、実質3日かけて仕上げたそうです。非現実的な描写ですが、見えることの無い重力や引力について考えさせる作品なのです。


《置−重力軸》の3点

1969年から1年1点の
ドローイング作品

また木炭で描いた《置−重力軸》の3点も新作です。縦1000センチ、横152.5センチもある大作で、会場の天井高に収まりません。さらに会場中央には、真鍮、石、ワイヤーによる立体作品《見えない軸−水平・垂直・傾》が設置されています。さらに周辺の壁面には、作家のアイデアの痕跡でもあるドローイング作品が1969年から今年まで年ごとに1作品計49点も並べられています。

植松さんは、「―僕達の感覚の根底には無意識のうちに重力感覚がある―目に見えない重力、引力を目で確かめることの出来る場をつくり出し、地球と宇宙、自然と人間の存在に関わる関係を示す様な小さな宇宙空間が出来たらいいなと思っています」との言葉を寄せ、「今は面白い思考をつくることに夢中です」と語っています。

鉄と対峙し挑戦し続ける「JUN TAMBA展」


出品予定の
《横たわる人》
(2016年、撮影:柳銀珪)

出品予定の
《樹下より》
(2015年、撮影:中西俊介)

《ワークショップ
「FROM THE EARTH PROJECT」
によるドローイング》
(2003年)

U期は「JUN TAMBA展」です。本名塚脇淳さんは1952年京都府南丹市生まれ。京都市立芸術大学彫刻科卒業後、現在は神戸大学大学院教授です。その傍ら作家活動を続け、画廊を中心に個展を開いています。この間、1985年には第1回三田コンペティション大賞、97年に兵庫県芸術奨励賞、2001年には朝来2001野外彫刻展IN多々木で優秀賞などを受賞しています。

JUN TAMBA作品は2009年の神戸ビエンナーレの「神戸港・海上アート展」で見て、驚いたものです。なにしろ鉄を素材にして自由奔放なデザインの彫刻作品に仕上げているのです。今回の展示は、新作の鉄の丸棒などを焼き曲げた《横たわる人》など立体4点と平面10数点を予定しています。

ロビー展には《JUN TAMBAアイデアソース》として、1980年代から今年にかけてのマケット作品26点や、2006年のプランドローイング《歩く人》などの平面作品が出品されています。

なお会場外の同じビル内の空間に《鉄のドローイング》(2009年)と、《地表より》(2011年)の彫刻作品が置かれています。こちらも合わせて見れば、時空間の広がりや深さをより理解できるのではないでしょうか。

TAMBAさんは、「ロビー展の小さな作品たちは、単なる作品のマケットではなく、私が頭の中で思い描いたイメージを実際に三次元的にしてみる大切な実験(ドローイング)なのです」と語り、「この展覧会では、等身のスケールにおいて、空間を常に感じながら、鉄を曲げはじめた頃に立ち返ってみようと思う」とのメッセージを寄せています。

「榎忠展」は祝砲とインスタレーション


制作中の榎忠
(撮影:高嶋清俊)

ロビー展示の
《PATRONE‐35》

出品予定の
《ギロチンシャー 1250》
(2011年、撮影:表恒匡)
(C)Chu Enoki

兵庫県立美術館に展示された
《FALCON C2H2》
(2011年、撮影:豊永政史)
(C)Chu Enoki

最終のV期は「榎忠展」です。愛称エノチュウさんは、1944年香川県生まれで、鉄鋼関係の工場で旋盤工として勤務しています。60年代後半から神戸を拠点に活動してきました。70年代は前衛的な活動の「グループZERO」を結成。とりわけ全身の毛を半分剃り上げた《ハンガリー国にハンガリ(半刈り)で行く》や、1979年に三宮の画廊で2日間だけ開催し、自ら女装してバー・ローズの女主人を演じた《BAR ROSE CHU》など伝説に残るパフォーマンスを行っています。

2009年の神戸ビエンナーレでは、神戸港に浮かぶドルフィンに「バー・ローズ・チュウ」などユニークな3作品を発表。兵庫県美でも新作の大砲《LIBERTY‐C2H2》を出品。実際に轟音の響くオブジェで、ビエンナーレ開幕の祝砲を発しました。またその2年後の2011年には同美術館で最大規模の個展が開催され、代表作の大砲をはじめ、重さ3トン以上の鉄管、旋盤など、何しろ素材の中心が鋼鉄で、総重量が数10トンになったといいます。

今回の展覧会で榎さんは会場空間に見合った新作のインスタレーションを予定しています。注目は開幕初日の9月3日、鉄の廃材からなる大砲《LSDF わが家の防衛対策》がBBプラザ2Fアトリウムに登場し、祝砲パフォーマンスで盛り上げるとのことです。奔放さとアナーキーな魅力たっぷりの「榎ワールド」は見てのお楽しみになりそうです。

会期前のロビー展示では、《ハンガリー国にハンガリ(半刈り)で行く》や《FALCON C2H2》などの写真や、フィルムカートリッジで作った《PATRONE‐35》、鉄の廃材を元にした作品《塊魂花》などを展示しています。

榎さんは「美術と出会い、廃材(スクラップ)と出会い、『剥ぎ、削り、磨き、切り、叩き』作品をつくっています。『難しいことをやさしく』『やさしいことを深く』『深いことを面白く』を基本に、唯一表現の自由という芸術の世界で、作品を造り、発表していきたいです」と抱負を語っています。

今回の実験的な展覧会の企画を進めたBBプラザの坂上義太郎顧問は、その意図についてテキストの中で次のように記しています。

当館の限られた空間を一ヵ月毎に全て入れ替え、三人の創作姿勢に焦点をあてました。三者三様の空間との関わりで提示される彫刻とドローイングから派生する世界を通じて、彫刻を単体で捉えるのではなくドローイングとしての空間の拡がりを体感できる機会を設けたいと思ったからです。

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年々歳々、数多くの作家や作品に出合える楽しみは格別です。見ていて心いやされる美しい作品の一方で、私たちが生きる時代にメッセージを投げかけられる作品があります。見れば見るほど、知れば知るほど豊かで奥が深いのです。アーティストたちが発信する美術表現の可能性は無限とも思えます。今回の展覧会では入場の際に3人の作品でデザインした缶バッチ(500円)の入館パスが販売されていて、会期中何回でも入館できます。既存の美術のあり方を考え直すきっかけになればと願います。



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
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定価:1,680円(税込)
発行:三五館
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発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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