大阪初の北野恒富展と開館1年の小林美術館

2017年6月22日号

白鳥正夫

大阪の女性たちを描き続けた画家として知られる北野恒富の大阪初の大回顧展「没後70年 北野恒富展 なにわの美人図鑑」が、大阪・あべのハルカス美術館で7月17日まで開催されています。これほど名前が知られ、所蔵美術館でいくつかの作品を見ていながら、なぜか回顧展が開かれなかったは不思議です。まして活躍した大阪で、初めての回顧展とは驚きです。その生涯を作品で辿るとともに、画塾「白耀社」などで恒富が関わった島成園や中村貞以らの作品を前期(〜25日)と後期(27日〜)合わせて182点が一挙展示されます。高石市羽衣に昨年オープンした小林美術館の開館1周年記念夏季特別展「夏色十色―山水の美」でも恒富作品が展示(〜9月3日)されていますので、美術館のことも紹介します。


浪花情緒あふれる恒富の美人画


北野恒富《道行》
(1913年、
福富太郎コレクション)



北野恒富《願いの糸》
(1914年、
公益財団法人木下美術館)

北野恒富《淀君》
(1920年、耕三寺博物館)

北野恒富(1880−1947)は、石川県金沢市十間町で加賀藩士・北野嘉左衛門の三男として生まれます。少年時代から絵を描くことを好み、小学校を卒業後に木版書画の版下製作の仕事を通じ、技術を研修するかたわら南画を学びます。17歳の時に画家を志して大阪に移り、月岡芳年門下の稲野年恒に入門し、明治32年には月刊新聞「新日本」の小説挿絵を描き、挿絵画家としてデビューします。

明治43年の第4回文部省美術展覧会(文展)で《すだく虫》が初入選後、巽画会展や現代名家風俗画展などに出品し、日本画家として名を知られるようになります。しかし第7回文展に出品した心中天網島を描いた《朝露(現在名は道行)》(1913年、福富太郎コレクション資料室)が落選して以降は、大正4年(1915年)の《暖か》(滋賀県立近代美術館)が最後となります。その後は、横山大観、下村観山によって日本美術院展(院展)が再興されるや、院展の同人となり、活動の舞台を移します。

恒富は画塾「白耀社」を牽引し、大正14年に門下の女性画家らが結成した創作グループ「向日会」の指導にあたるなど、大正から昭和にかけて後継者開育成に尽力します。終戦後もの昭和21年に大阪市立美術館に絵画研究所が開所されると、日本画講師として招かれ、一貫して大阪画壇のリーダー的存在として重きをなします。昭和22年に当時在住していた大阪・三野郷村(現在の東大阪市)の自宅で心臓麻痺のため67歳で急逝しました。


北野恒富
《いとさんこいさん》
(1936年、京都市美術館)



北野恒富
《いとさんこいさん》
(1936年、京都市美術館)

展示は六章で構成され、恒富の生涯を作品で辿っています。第一章は、「『画壇の悪魔派』と呼ばれて―明治末から大正、写実と妖艶さと―」です。ここでは《道行》はじめ《暖か》、図録の表紙を飾っている《願いの糸》(1914年、公益財団法人木下美術館)などの初期の代表作が出品されています。この時代は妖艶な女性の退廃美漂う作品が多く、京都の画家たちから悪魔派と呼ばれたそうです。


北野恒富《宝恵籠》
(1931年、
大阪府立中之島図書館)



北野恒富《星(夕空)》部分
(1939年、大阪市立美術館蔵)

第二章は、「深化する内面表現―大正期の実験とこころの模索―」で、それまでの洋画風の美人画から一転して、浮世絵なども参考に造形的な実験を展開します。この時期の代表作に《淀君》(1920年、耕三寺博物館)があります。落城寸前の場内の闇に立つ淀君の凄絶な姿を描いていますが、その情念まで伝わってくるような表現力です。同じ人物の娘時代の姿を描いた《茶々殿》(1921年、大阪府立中之島図書館)も出品されています。戦乱に生きる不安な表情が捉えられています。

第三章は、「大阪モダニズム『はんなり』への到達―昭和の画境、清澄にして艶やか―」で、鮮やかな色彩にモダニズムとしての現代風俗を描いた恒富ならではの「はんなり」とした画風を確立します。大阪なじみの《いとさんこいさん》(1936年、京都市美術館)や《宝恵籠》(1931年、大阪府立中之島図書館)、《星(夕空)》(1939年、大阪市立美術館)などの浪花情緒あふれる名品が並びます。

第四章では、「グラフィックデザイナーとして―一世を風靡した小説挿絵とポスターの世界―」を取り上げています。本格的な日本画家として活躍していて、遠ざかっていた挿絵を復活し、昭和5年に谷崎潤一郎との交遊から大阪朝日新聞に『乱菊物語』を連載します。さらにアール・ヌーボー調の妖艶な美人画はポスターとして人気を博します。

第五章は「素描」。スケッチブックと作品の元となった素描が出品されていて興味を引きます。画家の生の筆づかいや大作への着想のプロセスが見てとれます。また美人画だけでなく風景や仏像、古画なども収められています。


《星(夕空)》などの作品が
ずらり並べ展示された会場


最後の第六章は、「画塾『白耀社』の画家たち―大阪らしさ、恒富の後継者たち―」です。ここでは女性画家として評価の高い島成園(1892−1970)の《祭りのよそおい》(1913年)と木谷千種(1895−1947)の《をんごく》(1918年、いずれも大阪新美術館建設準備室)、恒富の息子である北野以悦(1902−71)の《春》(1931年、島根県立石見美術館)なども出展されています。


北野恒富
《ポスター原画:燗屋》
(1929年、燗屋史料館)

本格的な北野恒富展は大阪で初めてですが、私は平成15年2月に東京ステーションギャラリーで「北野恒富 浪花画壇の悪魔派」展を見ています。この時の図録を持っていて比べてみました。主要作品は重なっていますが、今回は章建てで構成され、作品数も増え、さらに島成園や木谷千種らの女性画家をはじめ、門下の中村貞以(1900−82)らの作品も展示し、恒富の魅力をより深く理解できました。

内覧会で今回の展覧会を監修された大阪大学総合学術博物館教授の橋爪節也さんに「なぜ大阪で展覧会が開かれなかったのでしょうか」と尋ねてみました。その答えは、「弟子の中村貞以が、師匠はそういうことをやってくれるな、と言っていたそうです」。その真偽はともかく「画商からのエピソードが伝説になったのでしょう」と付け加えていました。

あべのハルカス美術館担当の北川博子・主任研究員は「北野恒富は17歳から亡くなるまでの50年間、大阪の地で活躍しました。その大阪で、今回初めてとなる大回顧展を開催できたことを、大変嬉しく思っています。恒富が活躍した頃の大阪は『大大阪』と呼ばれ、文化都市として成長していました。大阪の先進的な文化が恒富を育て、恒富はその大阪を、主として女性を通して描いていったのです。展示されている作品や関連資料を通して、大阪の豊かな文化を感じ取っていただければ幸いです」と話しています。

文化勲章を受章した日本画家の作品収蔵


開館1周年を迎えた
小林美術館

あべのハルカス美術館で北野恒富展を鑑賞した同時期、小林美術館にも、恒富の一点《侠妓幾松之図》が展示されています。幾松といえば祇園の芸妓ですが、幕末期の長州藩士、桂小五郎(後の木戸孝允)を助け、妻となったのでした。恒富が幾松をモデルに何点か描いています。あべのハルカス美術館で展示の《幾松》は全身の立ち姿ですが、古林美術館の方は上半身です。上目遣いで口元を少し開き、襟元を合わせる仕草を艶っぽく捉えています。中村貞以の《初夏》や伊東深水の《晩涼》などの美人画もあります。


北野恒富
《侠妓幾松之図》

小林美術館は、塗料業に携わってきた小林英樹さんが昨年6月に開設した個人美術館です。染料を扱う仕事とあって、絵画の顔料についても学び、日本画の奥深さに魅了されたそうです。「文化勲章の栄誉を受けた日本画家全員の作品を収集する」という目標を掲げて収蔵し、竹内栖鳳はじめ、東山魁夷や平山郁夫ら、これまで文化勲章を受章した作家39人の日本画を全て揃えています。

明治以降の日本画が中心ですが、藤田嗣治や梅原龍三郎らの洋画も含め約250点を所蔵しています。3階はテーマを設けた特別展を、2階は季節に合わせた常設展を開いています。小林館長は「1階には中庭に面したカフェや、様々な絵画を揃えたギャラリーを併設していますので、気軽に立ち寄ってほしい」と話しています。


《侠妓幾松之図》などの美人画の展示会場


今回の「夏色十色展」は、山や森、海、川など自然を描いた作品を中心に23点を展示しています。日本画の代表的な画材である岩絵具をはじめ、水墨、版画など、様々な技法で描かれた風景画や人物画などを出品されています。

出品画家では北野恒富のほか、横山大観の《竹雨》、竹内栖鳳の《富嶽》、川端龍子の《那智》など故人となった大家の名品だけでなく、現在洋画家として活躍中の絹谷幸二らの作品もあり、力強い色彩の作品から重厚な水墨画まで、多種多様な趣の絵画をとおして、夏のうつろいを楽しめます。


横山大観《竹雨》

竹内栖鳳《富嶽》

川端龍子《那智》




しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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発行:三五館
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定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
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「大人の旅」心得帖
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発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
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発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
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定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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