戦国時代展と京展80年の歴史

2017年3月15日号

白鳥正夫

戦国時代といっても、争いばかりに明け暮れていたわけではありません。室町幕府の衰退に伴って、群雄割拠した戦国武将たちは列島各地に個性的な文化を根づかせました。上杉謙信、武田信玄、毛利元就、織田信長など有力な大名たちはそれぞれの領国での統治に力を入れるようになります。戦国の世にあっても、狩野派絵師や様々な職人たちのすばらしい美術工芸品が生まれていたのです。戦国武将たちの「夢」をテーマにした展覧会「戦国時代展−A CENTYRY of DREAMS−」が京都文化博物館で4月16日まで開かれています。西洋絵画の展覧会が花盛りですが、私たちの祖先が築いてきた歴史展に目を向けてみましょう。当時の事情現代に伝える日本の伝統文化のすばらしさに気づかされることでしょう。同じ京都で京都市美術館が「美術館リ・ボーンに向けて『市展・京展80年記念展』〜2016京展〜」を再整備前の最後の展覧会として3月23日まで開かれていますので、紹介しておきます。

「戦国時代展−A CENTYRY of DREAMS−」
群雄割拠で列島各地に文化の花開く


重文《真如堂縁起 下巻》部分
(1524年、
京都・真正極楽寺蔵、後期)

そもそも日本における戦国時代とは、享徳3年(1454年)に関東で始まった「享徳の乱と、応仁元年(1467年)に京都で勃発した「応仁・文明の乱」をきっかけに始まります。そして天正元年(1573)の織田信長による15代将軍・足利義昭追放の頃を安土桃山時代の始まりとされていることから、後世この間の100年余を戦国時代と位置づけています。今回の展覧会でも、この時代を網羅的に捉え、各地で花開いた文化を取り上げ、歴史資料や美術工芸品など国宝36点・重要文化財30点を含む約180点余を前期(〜3月20日)と後期(3月22日〜)に分け展示しています。


《川中島合戦屏風 米沢本》部分
(18世紀末―19世紀初、
米沢市上杉博物館蔵、前期)

従来、この時代は相次ぐ戦乱によって国の秩序が大きく乱れた時代だとイメージされ、文化的な側面は見落とされがちでした。しかし天皇や足利将軍家の権威が残る中、京の都では茶の湯や芸能が盛んに行われ、その成熟した文化が各地へもたらされ、新たな地域文化として再生産されるようになったのです。戦国時代は列島規模で各地に豊かな文化的や、経済的な実りをもたらした時代ということができるのです。

展示内容は序章から終章まで6章構成です。図録やパンフレットを参考に章ごとに主な展示品を列挙します。序章の「時代の転換」には、戦国時代の幕開けとなった応仁・文明の乱を描いた重文の《真如堂縁起 下巻》(1524年、京都・真正極楽寺蔵、後期)や、戦災により焼かれ破棄された《天龍寺旧境内出土 焼瓦片》などを展示しています。


《軍貝(法螺貝)》
(室町時代、毛利博物館蔵、前期)

第1章は「合戦−静寂と喧騒−」で、合戦の光景などを描いた屏風をはじめ戦闘の指揮に使った武具、陣中における兵士の膳碗具などが展示されています。上杉謙信軍と武田信玄軍が北信濃の支配権を巡り5度対決した川中島合戦は4つの屏風が前後期に分けて展示されます。《川中島合戦屏風 岩国本》(17世紀、岩国美術館蔵、前期)は、高さ約1.5メートル、幅約5.5メートルの大作で、両雄の一騎打ちする場面が大迫力で描かれています。
 
合戦図では、《姉川合戦図屏風》(1837年、福井県立歴史博物館蔵、前期複製・後期原本)《芸州厳島合戦之図》(江戸時代、山口文書館蔵、後期)も。NHKの「真田丸」で話題になった真田家伝来の《陣鐘》や《法螺貝》(後期)、《山科本願寺旧境内出土遺物》(16世紀、京都市考古資料館蔵)なども並んでいます。


ずらり展示された武将の肖像画

第2章は「群雄−翔けぬけた人々−」で、戦国時代で活躍した大名や武将たちの肖像画や甲冑や刀剣などの武具、遺品、書状などが各地から集められました。肖像画では、《織田信長像》(17世紀頃、京都・大雲院、前期)はじめ謙信や信玄像も複数あります。武具も《縹糸威最上胴丸具足》(16世紀、埼玉県立歴史と民俗の博物館蔵)や《色々威腹巻》(室町時代、林原美術館蔵、後期)、重文の《大太刀 伝倫光作》(1341年、上杉神社、後期)など見ものです。


《縹糸威最上胴丸具足》
(16世紀、
埼玉県立歴史と
民俗の博物館蔵)

この章には、国宝の《上杉家文書》(米沢市上杉博物館蔵)が、前期と後期に分け22点も展示されます。旧米沢藩主・上杉家に代々伝えられた古文書群で、2001年に武家文書としては初めて国宝に指定されたものです。日本の武家文書の様式や形態、機能などを研究する上で貴重な資料です。

第3章「権威−至宝への憧れ−」では、京都の政治的な位置付けは大きく後退したものの、京都で蓄積された美術や制度・秩序は、列島各地に多様で豊かな文化を生み出します。今回の展覧会の目玉でもある狩野永徳筆による国宝《洛中洛外図屏風 上杉本》(16世紀後半、米沢市上杉博物館蔵、3月12日まで原本、14日から複写)は、約2500人もの人物をちりばめた名作です。


《色々威腹巻》
(室町時代、
林原」美術館蔵、後期)

期間限定ながら土佐光信による重文《北野天神縁起絵巻》(1503、京都・北野天満宮蔵、前期)や、狩野正信の重文《山水人物図》(15世紀後半、九州国立博物館蔵、4月2日〜15日)、牧谿筆の重文《老子図》(南宋時代、岡山県立美術館蔵、3月19日〜4月1日)などの名品も出展されます。
 
第4章は「列島−往来する人と物−」。戦国の世ではありましたが、多くの人々が列島を旅するようになります。北方ではアイヌ社会と、西国では中国や朝鮮などと交流し、やがて南蛮貿易につながる東南アジアとの交易も。また西国では色鮮やかなアジアからの陶磁器が室内を飾り異文化が普及しました。


重文《北野天神縁起絵巻》部分
(1503、
京都・北野天満宮蔵、前期)

重文の《真如堂縁起 上巻》(16世紀、京都・真正極楽寺蔵、後期)には、日明貿易に出帆する遣明船のイメージが描かれています。また重文の《八坂法観寺塔参詣曼荼羅(16世紀、京都・法観寺蔵、3月28日〜4月16日)は、八坂の塔の由緒や伝承を分かりやすく絵解きしています。

このほか《寺町・大雲院跡出土 一括出土銭》(16世紀、京都市考古資料館蔵)や、《華南三彩五耳壺》(16−17世紀、国立歴史民俗博物館蔵)など伝来した陶磁器なども多数並んでいます。


《寺町・大雲院跡出土 一括出土銭》
(16世紀、京都市考古資料館蔵

終章は「新たなる秩序」で、将軍や大名らの思惑で多くの合戦が起こった戦乱の背景で多くの人々はいったい何を望んでいたのだろうかと問いかけ、その一端として神仏に平安を願った心の中にあったのではと結んでいます。ここでは《東照大権現像 日光山東照宮御像》(前期)・《東照大権現像》(後期、いずれも徳川記念財団蔵)や、《武家諸法度》(1635年、江戸東京博物館蔵、後期)などが出品されます。
 
この展覧会は江戸東京博物館でスタートし、京都のあと米沢市上杉博物館に巡回します。3会場合わせると総数264点もの展示になります。展示品の図録も400ページを超します。壮大な展覧会を企画した江戸東京博物館の齋藤慎一・学芸員は図録の末尾に次のようなコメントを掲載しています。

不思議なことに戦国時代の概念を追究した結果、「戦国」という言葉が醸し出す゛乱れたイメージ゛とは異なり、秩序ある時代が当時の様相であったと論じることとなった。それを踏まえれば、あるいは戦国時代という時代区分名称も変更すべきなのかもしれない。


美術館リ・ボーンに向けて『市展・京展80年記念展』
〜2016京展〜

 再整備工事前の美術館本館最後の企画展示


茂苅希美さんの
《walking to far
and sleeping》

酒井沙織さんの
《うえのほうの
おしごと》

独創的な彫刻作品も並ぶ
京展会場

京展は新人作家の登竜門とされる総合公募展として、日本画、洋画、工芸、彫刻、版画、書の6部門にわたって入選、入賞した作品を毎年展示しています。京都市美術館では、再整備工事前の美術館本館最後の企画展示「2016京展」を「市展・京展の80年」と併設して開催しています。2016年の優秀作品と共に、過去の市展・京展の受賞作や美術館が買い上げた作品などによって、市展・京展の80年の歴史を振り返っています。
 
まず「2016京展」には6部門で685点の応募作から418点が入選しました。
市展・京展80年記念賞と洋画部門京展賞に木津川市の茂苅希美さんの《walking to far and sleeping》が、京都市美術館賞と工芸部門市長賞に大和高田市の酒井沙織さんの《うえのほうのおしごと》がそれぞれダブル受賞。会場には独創的で鮮やかな感性が光る品が各部門の優秀作品とともにずらりと展示されています。

戦前の1935年に全国に先駆け公募した「市展」は、戦後の1945年に「京展」と改称し、京都市在住以外にも応募資格を広げ新人作家の登竜門となってきました。と同時に中堅作家の育成をめざしてきたのでした。これまでに多彩な美術家を輩出しており、今回の記念展には、須田国太郎や北脇昇、菊池契月、池田遙邨、八木一夫らの作品も展示されています。

なお京都市美術館は昭和8年の開館以来、80年以上の歴史を有し、老朽化に伴う本館の大規模改修や新館建設に着手するため4月から3年間本館が休館します。現在の本館は近代建築として高い評価を得ており、外観を保存・継承しつつ、展示・収蔵機能の拡充・強化やアメニティ機能の充実、バリアフリー化など現代のニーズに応じた美術館へ再整備を行うことになっています。東京オリンピック前の2019年度中に竣工、リニューアルオープンの予定です。

3年間休館の京都市美術館。
過去の展覧会ポスターなど表示

リニューアル後の
南東鳥瞰図

 



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
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内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
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発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
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発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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