日本の精神風土に根付いた美の世界

2017年2月13日号

白鳥正夫

寒さがぶり返すこの時季、春を呼ぶ東大寺の修二会(しゅにえ)「お水取り」を迎えます。今回は奈良で開催中の二つの展覧会と、名古屋の日本画展を取り上げます。奈良ゆかりの三者が三様の美の表現を競う「祈りの美〜清水公照・平山郁夫・杉本健吉…」は奈良県立美術館で3月15日まで、伝統行事に合わせ恒例となった特別陳列「お水取り」が奈良国立博物館で3月14日まで開かれています。一方、名古屋市立美術館では「永青文庫 日本画の名品」が2月26日まで展示されています。海外からの名画展が目白押しの美術界ですが、古都・奈良そして日本の精神風土に根付いた美の世界への誘いです。

「祈りの美〜清水公照・平山郁夫・杉本健吉…」に約200点


清水公照、泥仏
《釈迦十大弟子》
(1980年)

清水公照、着色墨書の屏風
《十大弟子》
(1987年制作)

「祈りの美」展は、連綿と続く「お水取り」をはじめ奈良の風物に着想を得た作品のほか、遙か1300年の昔、シルクロードを経て奈良へと伝えられた仏教文化など、「祈り」をテーマにしています。20世紀の同時代に、それぞれの分野で活躍し故人となった清水公照、杉本健吉、平山郁夫の三人の絵画・書・陶芸など約200点を展示しています。

まず清水公照(1911−1999)は、兵庫県飾磨郡(現・姫路市)に生まれ、兵庫県立小野中学校(現・高校)を卒業後、東大寺塔頭宝厳院に入寺。清水公俊の下で僧名公照となり、龍谷大学文学部仏教学科を卒業します。その後、東大寺執事長などを経て、1975年に大僧正、華厳宗管長、東大寺第207世別当に就任しました。1980年には大仏殿の昭和大修理が完成し、落慶大法要を行っています。

公照は東大寺幼稚園の園長を務めていた1963年頃から、園児たちの自由な想像力に触発されて絵や焼物づくりを始めます。「昭和の良寛さん」と親しまれ、僧職の傍ら、数々の絵画や陶芸、著作を残しました。その作風は独特で、自由闊達な筆さばきで色鮮やかに描かれた《十大弟子》などの書画や、「泥仏(どろぼとけ)」と呼ばれる味わい深い造形の焼物など、人間味があふれています。


杉本健吉、油彩
《佛頭》
(制作年不詳)

杉本健吉、色紙・墨
《二月堂お水取り
「松明上堂」》(1945年)

公照の作品は、「姫路市書写の里・美術工芸館」で何度か見ていました。竹林に囲まれた館内に入ると、泥仏が階段にズラリと並び「ようこそ ようこそ」と出迎えてくれました。今回の展示では、「すみ・いろ・つち」と称した多様な表現作品に込められた「祈り」の心に触れられる構成になっています。とりわけ「お水取り」にちなんだ作品も並んでいます。

杉本健吉(1905-2004)は、愛知県名古屋市生まれ。1923年に旧制愛知県立工業学校(現・愛知県立愛知工業高等学校)を卒業。25年に京都に出向き岸田劉生の門下生に。岸田没後は梅原龍三郎に師事します。東大寺観音院住職の上司海雲師の知遇を受け、観音院の古土蔵をアトリエにしてもらい、奈良の風物を描き続けます。吉川英治作の『新・平家物語や『私本太平記』などの挿絵で評価を得ます。

私の手元に奈良県美で2003年に開かれた特別展「大和を描く―杉本健吉展」の図録があります。古都の風景や風物以外にも挿絵や花、芸能、海外風景など幅広く、表現方法も油彩はじめ水彩、墨、クレヨンと多種多様です。「奈良は道場だった」と語っていたという杉本の心根は「祈りの地」にあったように思われます。

今回の展示は、「博物館」「歴史・文化」「奈良・大和の風景」「東大寺観音院の静物」「会津八一との交流による作品」などに仕分けられていますが、『骨皮帖(こっぴちょう)』(1945年頃)と名付けられたスケッチの数々が注目されます。風物をテーマとした「お水取り」のコーナーに展示されている、『骨皮帖』より《二月堂お水取り(松明上堂)》(1945年)は、墨一色で光と影を交錯させ躍動的に仕上げています。


平山郁夫
《天山南路(昼)》
(1960年、
広島県立美術館蔵)

平山郁夫
《大仏殿の夜》
(1974年、
佐久市立美術館蔵)

最後に平山郁夫(1930−2009)は、広島県瀬戸田町生まれ。15歳の時、学徒動員先で原子爆弾投下により被爆します。1947年、東京美術学校(現・東京藝術大学)に入学し前田青邨に師事。2度にわたって東京藝術大学学長に就任したのをはじめ、日本美術院理事長、日本育英会会長、日中友好協会会長、ユネスコ親善大使などを歴任しました。

この間、1959年に玄奘三蔵をテーマとする《仏教伝来》(1959年)を描き、美術評論家の河北倫明氏から評価されます。その後の方向を決定付ける画期的な作品となり、それまで瀬戸内の風物や風俗を具象的に描いていましたが、幻想的な仏教絵画へ没入することになります。《天山南路(昼)》(1960年、広島県立美術館蔵)もその一作です。そして薬師寺の《大唐西域壁画》(2000年)に結実します。

平山は恩人となった玄奘三蔵の道の追体験としてシルクロードへ、日本文化の源流を求めて東西交流の道へ、そして奈良や京都、日本各地の美を追求する名作を生みます。本展にも「仏教」「シルクロード」「奈良」のテーマで、奈良県美所蔵作品のほか、《大仏殿の夜》(1974年、佐久市立美術館蔵)や、《結因の銀華(長谷寺)》(1986年、板橋区立美術館)なども出品されていて、見ごたえがあります。

担当の松川綾子学芸員は、「奈良の歴史・文化の特徴である『祈りの美』が、信仰の対象から「美」として捉えられるようになり、さらには今日の造形表現にも様々な形で影響を与えていることにも目を向けていただきたい」と強調しています。

「お水取り」の法具、二月堂本尊光背の頭光も


重文
《二月堂本尊光背 頭光》
(奈良時代、東大寺蔵)

《二月堂縁起 上巻》
(室町時代、東大寺蔵)

重文《二月堂練行衆盤》
(鎌倉時代、東大寺蔵)

修二会で練行衆が身につける
着衣などの展示

「お水取り」は天平の752年以来、東大寺二月堂で行われてきた仏教行事で、正式には修二会と言われます。毎年3月1日から14日間にわたる本行では、心身を清めた僧(練行衆)が本尊の前で宝号を唱え、荒行によって懺悔し、天下安穏などを祈願します。

特別陳列の「お水取り」展は、奈良博の恒例企画で、法会で用いられた法具や、歴史と伝統を伝える彫刻、絵画、書跡や古文書、工芸品、考古遺品などを展示します。今年は重要文化財20件を含む69件が出陳されています。

主な出陳品に重要文化財の《二月堂本尊光背 頭光》(奈良時代)があります。修二会の本尊である十一面観音は秘仏中の秘仏で、厨子に納まって一度も公開していません。江戸時代の寛文7年(1667)年に二月堂の火災で本尊が持ち出されたのでした。その際、光背は破損して、断片が残るだけになってしまいましたが、展示品は復元的に配置したものです。なお重文の《二月堂本尊光背 身光》の方は、なら仏像館で展示されています。

《二月堂縁起》(室町時代)は、修二会の創始から二月堂観音の利益(りやく)までの説話を表した絵巻です。写真の部分は、本尊に供える香水が湧き出た場面で、画面下の岩から白黒2羽の鵜が飛び出し、そこからでた香水を汲むことで「お水取り」と呼ばれるようになったとのことです。

また重文の《二月堂練行衆盤》(鎌倉時代)は、食事をとる際に用いた丸盆です。ケヤキの一枚板を成形し全面に黒漆を、表面は朱漆を塗り重ねています。さらに《香水杓》(鎌倉時代)や《鉢》(奈良時代)、《二月堂神名帳》(室町時代)などの重文、《二月堂曼荼羅》(室町時代)、《華厳経》(奈良時代)、《二月堂時導師法則》(江戸時代)、《錫杖》(江戸時代)、《鬼面文鬼瓦》(奈良時代)といった、「お水取り」や二月堂に関連した展示品がずらり並んでいます。

このほか杉本健吉の《修二会画帖》(1957年)も出品されていました。漆黒の闇の中で、炎によって浮かび上がる修二会の情景を、見事な筆さばきで仕上げています。「お水取り」の様子を順次撮った写真パネルも壁面に展示しています。

「永青文庫 日本画の名品」に見る確かな審美眼


菱田春草、重文《黒き猫》
(1910年、
永青文庫蔵
[熊本県立美術館寄託])

小林古径、重文《髪》
(1931年、
永青文庫蔵
[熊本県立美術館寄託])

白隠慧鶴《蓮池観音図》
(1767年、永青文庫蔵)

「日本画の名品」展は、旧熊本藩主細川家の16代目細川護立(もりたつ)が集め、永青文庫で保存されてきた菱田春草、横山大観、小林古径、上村松園、鏑木清方らの近代日本画34点と、江戸時代の名僧、白隠と仙pの禅画23点を一挙に公開展示しています。日本画の珠玉と時代を超えて愛される禅画・墨蹟をまとめて鑑賞できる絶好の機会です。

永青文庫は、細川家に伝わる歴史資料や美術工芸品を管理する公益財団法人で、東京都文京区の旧細川侯爵家の旧家政所(事務所)を美術館に改装し、1972年から文化財を一般に公開しています。所蔵品の数は約9万4000点におよび、国宝8点、重要文化財32点が含まれています。

今回は名古屋だけの展覧会で、前後期に分け展示替えをしており、菱田春草の重文《落葉》(1909年)や、横山大観の《山路》(1911年)は前期でしたが、7日からの後期に菱田春草の重文《落葉》(1909年)や横山大観の《山路》(1911年)は前期でしたが、7日からの後期に菱田春草の重文《黒き猫》(1910年)や小林古径の重文《髪》(1931年)の名品を、さらに全期間にわたって仙p義梵の《朧月夜図》(江戸時代)や白隠慧鶴の《蓮池観音像》(1767)などの名品が展示されています。

これらの名品について担当の保崎裕徳学芸員は図録に、「それぞれの代表作というだけでなく、近代の日本美術を代表する作品、その歴史をつくってきた作品である。また護立自身は自分のコレクションに、画家が世に出るきっかけとなった出世作が多いことを誇りにしていたようである。(中略)確かな審美眼を持った蒐集家であることの証左である」と記しています。


仙p義梵《虎図》
(江戸時代、永青文庫蔵)



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
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     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
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私たちは誰しも一人では生きていけな
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内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
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発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
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発売日:2004年12月1日
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内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
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発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
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定価:本体1,500円+税
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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