やきもの至高の美、青磁水仙盆と樂家一子相伝

2016年12月20日号

白鳥正夫

やきもの芸術が到達した至高の美の逸品が大阪と京都で、正月を挟んで鑑賞できます。「人類史上最高のやきもの海外初公開、初来日」と謳う特別展「台北 國立故宮博物院―北宋汝窯(じょよう)青磁水仙盆」が、大阪市立東洋陶磁美術館で3月26日までのロングラン開催です。もう一つが利休の愛した美の流れを伝える「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」で、京都国立近代美術館で2月12日まで開かれています。いずれも定評の有る美術館が総力を挙げて取り組んだ展覧会だけあって、内容は宣伝文句の看板に偽りなしです。二つの展覧会に共通するのは、二度とお目にかかれない希少性と、やきものの魅力を存分に伝えていることです。

●史上最高のやきもの《青磁水仙盆》
 海外初公開含む6点が初めて一堂に


《青磁無紋水仙盆》
(北宋時代・
11世紀末〜12世紀初、
台北 國立故宮博物院)

《青磁無紋水仙盆》の裏面。
乾隆帝自作の詩が
刻まれている


口径26.4センチの
《青磁水仙盆》
(汝窯/北宋時代・
11世紀末〜12世紀初、
台北 國立故宮博物院)

《青磁水仙盆》
(汝窯/北宋時代・
11世紀末〜12世紀初、
大阪市立東洋陶磁美術館
住友グループ寄贈/
安宅コレクション)

《倣汝窯青磁水仙盆》
(景徳鎮官窯/清時代・雍正〜
乾隆年間[18世紀]、
台北 國立故宮博物院)

《汝窯青磁盞》
(汝窯/北宋時代・
11世紀末〜12世紀初、
個人蔵)   
以上、作品画像は
《青磁水仙盆》と
《汝窯青磁盞》を除き
Copyright (C)
National Palace Museum,
Taipei. All Rights Reserved.
写真:六田知弘

「北宋汝窯青磁水仙盆」展は、台北の國立故宮博物院から、汝窯の最高傑作であり、中国陶磁の名品中の名品といわれる《青磁無紋水仙盆》をはじめ北宋《青磁水仙盆》4点と、清朝の皇帝がその一品を手本につくらせた景徳鎮官窯の《倣汝窯青磁水仙盆》1点が揃っての出品で、3点が海外初公開。さらに開催館の大阪市立東洋陶磁美術館所蔵の《青磁水仙盆》を加えた6点が世界で初めて一堂に展示され、まさに千載一遇の機会といえます。展示はこの6点のみですが、世界初公開の《汝窯青磁盞(さん)》(個人蔵)を含む館蔵品を中心とした特集展「宋磁の美」も併催されています。

そもそも汝窯は中国の北宋(960〜1127年)末期の徽宗(きそう)皇帝のころ、宮廷の命で作られ、清朝乾隆(けんりゅう)帝が自身の書斎に飾ったとされています。しかし作られた場所が特定できず実態が不明でした。1986年に河南省宝豊県清涼寺で伝世品と同様の陶片や窯道具が発見され、2000年なって、この地が窯址であることが確認されたのです。生産期間はわずか約20年といわれています。北京の紫禁城、故宮博物院に伝えられ、戦後これらは蒋介石によって台北の故宮博物院に運ばれたのでした。

台北の國立故宮博物院には、いま世界にわずか90点余りしか残っていないといわれる北宋の汝窯青磁が21点収蔵されています。現地で2006年から07年にかけ「大観 北宋汝窯特別展」で一括展示されています。2013年に台湾を再訪した時に、汝窯青磁の何点かを見たものの、有名な《翠玉白菜》など他の名品に目を奪われていました。

2014年に東京と九州国立博物館で開催の特別展「台北 國立故宮博物院−神品至宝−」に、《翠玉白菜》や《肉形石》、汝窯の覆輪付きの《青磁水仙盆》も《青磁楕円盤》の作品名で《青磁輪花碗》とともに出展されていました。しかし國立故宮博物院の水仙盆が揃って海外に出るのは初めてです。

さて汝窯磁器は、緑がかった青色に、控えめに輝く淡い光沢を帯びています。「雨過天青雲破処」すなわち雨上がりの雲間の空の色のようだ、とさえ称されています。汝窯磁器の釉色は極めて独特なのです。神秘でユニークな澄み渡る青空のような釉色については、宋代の文献に、汝窯には豊富な瑪瑙末が含まれていると記載されています。

汝窯青磁でも際立つ水仙盆は小さな楕円形の皿で、底に短い足が四つあります。中国では春節の頃、水仙の球根を室内で育てて瑞々しい花と香りを鑑賞する習慣があり、水仙の球根を生けたのではないかと推測されていますが、「子犬のえさ入れ」「猫のえさ入れ」と俗説もあります。しかし清朝の全盛期を築いた乾隆帝が好み、優雅で端正な造形から、文字通り水仙を入れた容器と考えたいものです。

展示品解説などによると、目玉の《青磁無紋水仙盆》(台北 國立故宮博物院蔵)は、高さ6.7センチ、口径23.0×16.4センチの大きさです。「天青色」の青味を帯びた釉は、瑪瑙の粉末を原料に用いていて、無紋です。底部には乾隆帝自ら詠んだ詩(御製詩)を刻ませ、紫檀製の豪華な台座も作らせています。台北の國立故宮博物院が誇る「神品至宝」の一品です。

他に《青磁水仙盆》(台北 國立故宮博物院蔵)が3点あります。大きさは微妙に違い、口径26.4×18.6センチのサイズのものや、乾隆帝御製詩や台座の無いものもあります。いずれも柔らかな曲線の造形美を誇り、「神々しさ」を感じさせます。

大阪市立東洋陶磁美術館所蔵の《青磁水仙盆》は、安宅産業株式会社旧蔵の「安宅コレクション」の主要品の一つで、希少で貴重です。口縁部には、銅製の覆輪(ふくりん)装飾が施されています。内面に使用痕があるものの底面は汚れもほとんどない美品です。国内で現存する汝窯磁器は、わずか3点。開催館の《青磁水仙盆》と川端康成が愛蔵し、東京国立博物館所蔵の《青磁盤》と、新たに確認され、今回「宋磁の美」の特集展示に出品されている《汝窯青磁盞》で、高さ5.2センチほどの小さな碗です。

担当の小林仁・主任学芸員は図録に、「汝窯青磁ほど神品という言葉がふさわしい陶磁器はないと言っても過言ではない。とりわけ、汝窯独自の器形である水仙盆の数少ない伝世品は、いずれも神品レベルであり、なかでも台北の國立故宮博物院蔵の無紋水仙盆は伝世品唯一無二のものであり、汝窯の最高峰を示すものであり、神品中の神品と呼ぶにふさわしいものである」と記しています。


「樂家一子相伝の芸術」をたどる
長次郎から吉左衞門まで約160点


初代長次郎の重要文化財
《二彩獅子》
(1574年、樂美術館)

初代長次郎の重要文化財
《大黒》
(桃山時代、個人蔵)


初代長次郎の重要文化財
《太郎坊》
(桃山時代、裏千家今日庵)

「茶碗の中の宇宙」展は、桃山時代に樂家初代長次郎によって創始された樂焼の初代から当代に至る、歴代の逸品を一堂に集めた展覧会です。樂家では、代を継ぐ一人だけに技を伝えるという「一子相伝」で、現在の十五代吉左衞門まで、約450年にわたり受け継がれてきた伝統があります。日本陶芸史における重要な役割を果たしてきた樂焼の歴代作品に17世紀初頭に活躍した本阿弥光悦らの作品も加え、重要文化財12点を含む約160点で、樂焼の美的精神世界を通観する画期的な展示構成です。

樂焼は、安土桃山時代に織田信長と豊臣秀吉の茶頭として活躍し、「侘び茶」を大成した千利休の求めに応じて陶工の長次郎が作り出した茶碗です。その特徴は、手捏ねで形を作り箆(へら)で削ぎ落とす造形法と、鞴(ふいご)で火を調節しながら焼き上げる焼成法にあります。

その芸術が、一子相伝で伝えられたのです。必ずしも世襲とは限らず、それぞれの当代が時代の先端に立ち、自分なりの作風を作り上げてきたことです。この「不連続の連続」こそが、樂家及び樂焼の本質と言えます。展覧会はそれぞれの時代の歴代の創造によって試みられた作陶の「今」を伝えています。

タイトルに掲げられた「茶碗の中の宇宙」とは、全ての装飾や美しい形を捨て、手捏ねによる成形でさらに土を削ぎ落としながら造形を完成させていった茶碗によって引き起こされる無限の世界、いわば宇宙のように果てしなく広い有機的空間のことと捉えられています。

まず会場に入るなり、初代長次郎の作品がずらり18点も展示されています。最初期の《二彩獅子》(1574年、樂美術館)は、後の茶碗とは異なり、気迫の獅子の姿を捉えた激しい作風です。壁には重文の長谷川等伯筆の《千利休像》(1595年、表千家不審菴)も出展されています。


長谷川等伯筆の
重要文化財
《千利休像》
(1595年、表千家不審菴)

そして「利休七種」と冠される、利休が所持したと伝えられている七つの名碗のうちの一つ黒樂茶碗《大黒(おおぐろ)》をはじめ《俊寛》(三井記念美術館)、赤樂茶碗の《無一物》(兵庫・頴川美術館)、《太郎坊》(裏千家今日庵)など、いずれも重文です。利休が常にそばに置いていたという《禿(かぶろ)》(表千家不審菴)など、利休侘び茶の神髄を表現した名品にため息が出ます。

樂家と親しい関係で、徳川家や前田家などの将軍家や有力大名との関係を取り持ち、利休没後の樂家を支援した本阿弥光悦の作品も、重文の黒樂茶碗の《雨雲》(三井記念美術館)や赤樂茶碗の《加賀》(承天閣美術館)など茶碗6点が展示されています。会場にはやきもの以外にも、俵屋宗達の重文《舞楽図屏風》(醍醐寺)や《東山名所図屏風》(細見美術館)、《洛中洛外図屏風》(堺市博物館、いずれも17世紀)なども添えられ展示されています。


三代道入の重要文化財
《青山》
(江戸時代、樂美術館)

十五代吉左衞門の
焼貫黒樂茶碗
《暘谷》
(1989年、個人蔵)

二代から十四代まで歴代選りすぐりの名品が各代1点から9点並ぶ中、三代道入の黒樂茶碗《青山》は重文です。艶やかな黒釉に抽象的な黄抜けの文様が施されています。十四代覚入の《杉木立》(1972年、個人蔵)は黄土の化粧を施した現代絵画的な作品です。次期十六代篤人の作品も2点出ています。

会場の最後を占めるのは32歳で襲名した現在の十五代樂吉左衞門の作品で60点余が出品されています。代表作の焼貫黒樂茶碗の《暘谷》(1989年、個人蔵)は、太陽の昇る谷間、生まれいずるところという意味を持ち斬新な造形です。《?雲は風を涵して谷間を巡る 悠々雲は濃藍の洸気を集めて浮上し》(2003年、樂美術館)は自作詩の数行ずつが銘当てられたシリーズの作品です。

吉左衞門と言えば、佐川美術館に樂吉左衞門館がオープンした直後に茶室を見に行ったことや、すばらしい空間に焼貫黒樂茶碗が一点ずつ展示され、堪能したことが思い浮かびます。今回の展覧会の内覧会で、十五代目は「優れた長次郎作品をこれほど集められ、所蔵家に感謝するとともに、約450年の歴史をたどり感慨深い」と挨拶し、「私が生きている間に二度とこれほどの規模の展覧会は開催できない」との言葉を寄せています。

この展覧会はアメリカとロシアの3美術館で開催され約19万人を動員し、さらに内容を充実して京都に続き、3−5月に東京国立近代美術館でも開催されます。



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
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     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
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定価:1,680円(税込)
発行:三五館
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アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
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「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
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内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
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内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
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発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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