ヨーロッパの名画、二つの展覧会

2016年7月18日号

白鳥正夫

芸術には普遍性があります。とりわけ名画は作家が没しても、その作品は生き続け、内外の美術館や画廊、コレクターらによって所蔵され、展覧会があれば一堂に会したり、海外へも旅をして、時代を超えて多くの人の目を愉しませてくれます。ヨーロッパの名画コレクションを誇る「デトロイト美術館展〜大西洋を渡ったヨーロッパの名画たち〜」が大阪市立美術館で9月25日まで開催。一方、太平洋を渡って日本の美術館に収まった「ベルギー 近代美術の精華展」が姫路市立美術館で8月25日まで開かれています。フランス絵画を中心としたデトロイト美術館展と、フランス絵画の影響を受けつつも独自の展開をたどったベルギー絵画展は、さまざまな絵画表現の妙味を堪能できます。

「デトロイト美術館展」に巨匠の52点
ゴッホとゴーギャンの自画像、ピカソも6点


クロード・モネ
≪グラジオラス≫
(1876年頃)
City of Detroit Purchase

ピエール・オーギュスト・
ルノワール
《座る浴女》
(1903−06年)
Bequest of Robert H.
Tannahill

フィンセント・ファン・
ゴッホ《自画像》
(1887年)
City of Detroit Purchase

ポール・ゴーギャン
《自画像》
(1893年)
Gift of Robert H. Tannahill

エルンスト・ルートヴィヒ・
キルヒナー
《月下の冬景色》
(1919年)   
Gift of Curt Valentin in
memory of the artist on
the occasion of Dr.
William R. Valentiner's
60th birthday

アンリ・マティス
《窓》
(1916年)
City of Detroit Purchase

パブロ・ピカソの
《肘掛け椅子の女性》
(1923年、手前)と
《読書する女性》
(1938年)

世界的な自動車の街に立地するデトロイト美術館は、年間約60万人が訪れるアメリカを代表する美術館の一つです。1885年の創立以来、自動車業界の有力者らの資金援助もあり、100を超すギャラリーにはアフリカ、アジア、オセアニア、イスラム、古代美術など幅広い展示で、古代エジプト美術から現代美術にいたる約6万5000点という世界でも有数のコレクション数を誇っています。

とりわけゴッホやマティスの作品をアメリカの公共美術館として初めて購入するなど、芸術の街としてデトロイトの象徴となってきました。ところが2013年、市の財政破綻を機に、財源確保を目的として所蔵品の売却が取りざたされたのです。しかし国内外からの支援や何より市民らの協力により、作品は1点も失われることなく存続し、美術館は憩いや学習の場として発展しています。

今回の巡回展では、危機を乗り越えたゴッホの「自画像」やマティスの「窓」をはじめ、モネ、ドガ、ルノワール、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、マティス、モディリアーニ、ピカソら近代ヨーロッパ絵画の巨匠たちの作品52点が出展され、うち15点が日本初公開です。ほか、近代ヨーロッパ絵画の名画を鑑賞することができます。

展示は4章建てで、19世紀後半から20世紀前半にいたる美術の潮流を俯瞰できるような構成になっています。まず第1章が「印象派」。印象派を代表する、モネ、ドガ、ルノワール、ピサロらの作品がずらり並んでいます。

印象派の名称のきっかけとなった作品《印象、日の出》(1872年)を発表したクロード・モネ(1840−1926)の≪グラジオラス≫(1876年頃)は、睡蓮を多作したジヴェルニーのアトリエのある邸宅ではなく、その前に住んでいたパリ近郊のアルジャントゥイユの庭での作品です。赤やピンクのグラジオラス咲き誇る庭の中景に立つ白い襟と青いドレスの女性はモネの妻カミーユです。平和な日常の幸せを色彩豊かに画面いっぱいに描いています。

この章では、ピエール・オーギュスト・ルノワール(1841−1919)の《座る浴女》(1903−06年)は、一見してルノワールと分かる代表作です。健康的で豊満な裸婦は生涯を通して描いたテーマです。カロリュス=デュラン(1837−1917)の「喜び楽しむ人々」(1870年)は、幼女を囲む一家団欒を描いた一作ですが、描かれた女性らの笑顔やテーブルの上の置物などの描写も細かく見飽きません。

第2章「ポスト印象派」では、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853−1890)の《自画像》(1887年)は出色です。数多く描かれた自画像の中でも名作とされるだけあって、力強い筆触と強烈な色彩に溢れています。晩年の作品《オワーズ川の岸辺、オーヴェールにて》(1890年)は、日本で初めてのお目見えです。

ゴッホと一時共同生活をしていたポール・ゴーギャン(1848−1903)の《自画像》(1893年)もあります。この作品はゴーギャンがタヒチに渡り、一時帰国時に描かれたとされ、懐疑的な表情は、ゴッホの作品と類似性があるように思えました。さらにポール・セザンヌ(1839−1906)の代表的な風景画《サント=ヴィクトワール山》(1904−06年頃)をはじめ、静物画、水浴画、肖像画の4点も出品されています。

第3章の「20世紀のドイツ絵画」では、ドイツ表現主義を代表するキルヒナーやヘッケル、ディクス、さらにカンディンスキーなどドイツを舞台に活躍した作家の秀作が紹介されています。中でもエルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー(1880−1938)の《月下の冬景色》(1919年)は、アトリエの窓からの風景を描いたということですが、フランス絵画とは一線を異にする表現の作品です。

最後の第4章は「20世紀のフランス絵画」で、アンリ・マティス(1869−1954)の傑作《窓》(1916年)の作品が出ています。デトロイト美術館がいち早く1922年に購入し、アメリカ人が初めて接したマティス作品です。まさに絶妙の構図と色調で描かれています。

この章では、初期作品のアルルカン、キュビズム、古典主義、表現主義などさまざまな時代でがらりと変化し、20世紀の絵画をも革新したパブロ・ピカソ(1881−1973)作品6点が展覧会を締めくくっています。デフォルメされた《読書する女性》(1938年)と具象的な《肘掛け椅子の女性》(1923年)と並び展示されていて興味を引きます。

デトロイト美術館展は豊田市美に続いての開催で、大阪市美の後、上野の森美術館に巡回します。なおデトロイト美術館内の多くのギャラリーでは、来館者による写真撮影が許可されていて、この展覧会でも8月末日までの火、水、木曜(祝日は除く)に限って、全作品の写真撮影がOKとのことです。

「ベルギーの近代美術の精華展」には
独自の展開をした国内所蔵の名品約70点


アルフレッド・ステヴァンス
《オンフルールの浜辺の少女》
(1891年、姫路市立美術館蔵)

コンスタンタン・ムーニエ
《坑夫たち》
(1890年代、
姫路市立美術館蔵)

ジェームズ・アンソール
《オルガンに向かうアンソール》
(1933年、メナード美術館蔵)

ジョルジュ・ミンヌ
《聖遺物箱を担ぐ少年》
(1897年、愛知県美術館蔵)

ポール・デルヴォー
《立てる女》
(1954−56年、
姫路市立美術館蔵)

ルネ・マグリット
《観光案内人》
(1947年、
姫路市立美術館蔵)
などの展示(右手前)

「ベルギー 近代美術の精華展」は、日本がベルギーと外交関係を樹立してから150周年を記念しての開催です。姫路市は1965年にとベルギーのシャルルロワ市との間に姉妹都市提携が結ばれた縁もあり、市立美術館が1983年の開館以来、ベルギーの近現代美術の作品を収集してきました。今回の展覧会は、約350点にのぼる姫路市立美術館のベルギー・コレクションを軸に、日本国内からベルギー近代美術の名品を集結させ、約70点を展示しています。

ベルギーは、 オランダ、ドイツ、フランスなどヨーロッパの大国と国境を接し「ヨーロッパの十字路」と呼ばれ、古くから多様な文化の影響を受けてきました。1830年のオランダからの独立後、急テンポな経済成長を遂げ、首都のブリュッセルにはEU(欧州連合)の主要機関の多くが置かれ、「EUの首都」とも言われるほどの発展をしたのです。

私事ですが、かつて朝日新聞社の企画部に在籍していた2000年8月、「ベルギーの巨匠5人展」を担当していて、ベルギーからの借用美術館など各地を訪ね歩いた思い出がよぎります。この展覧会にはアンソール、スピリアールト、ペルメーク、マグリット、デルヴォーの5人の巨匠の作品を取り上げ、その足跡と表現の世界を探るものでした。それだけに今回の展覧会は親しみ深く鑑賞しました。

ベルギーの美術は15〜16世紀に、写実の粋を極めたファン・エイク兄弟や、幻想的なボッスやブリューゲルが活躍し、17世紀にはバロックのルーベンスを輩出しました。2007年に国立国際美術館で開催された「ベルギー王立美術館展」にこれらの代表作が出品されていました。

今回の展覧会では独立後の近代美術に焦点を当て、フランス美術の影響下にありながら、独自の展開をたどった道筋を追っています。クールベに影響を受けたレアリスム、熱狂的にスーラを受容した印象派から、クノップフらを輩出した象徴派、重厚で激しいアンソールに代表される表現主義を継承しながら、デルヴォーとマグリットによるシュルレアリスムまでの流れが鑑賞できるように展示しています。

展示は4章構成で、第1章「いま見えているこの世界:レアリスムから印象派へ」では、アルフレッド・ステヴァンス(1823−1906)の《オンフルールの浜辺の少女》(1891年、姫路市立美術館蔵)が展示されています。夕暮れ時、犬を伴った女性が海辺から遠くの汽船を眺める雰囲気のある光景が描かれています。コンスタンタン・ムーニエ(1831−1905)の《坑夫たち》(1890年代、姫路市立美術館蔵)は貧しくも誠実に生きる労働者の横顔を捉えています。

第2章「幻想の世界:象徴派」では、展覧会のチラシ表面を飾るジェームズ・アンソール(1860−1949)の《オルガンに向かうアンソール》(1933年、メナード美術館蔵)が目を引きます。晩年、音楽へ傾倒したアンソールの聴衆を前に演奏する姿を描いていていますが、誇らしげに振り向いた様子を捉えています。アンソールの作品は、第1章と第3章にも一点ずつあり、計9点の出品です。

第3章「あふれ出る思い:表現主義」には、彫刻作品2点が展示されています。ジョルジュ・ミンヌ(1866−1941)の《聖遺物箱を担ぐ少年》(1897年、愛知県美術館蔵)と《墓場に立てる三人の聖女》(1896年、姫路市立美術館蔵)で、大理石と木で造られていますが、思索する人間の精神性に富んだ作品です。

第4章は「現実を超えて:シュルレアリスム」で、ポール・デルヴォー(1897−1994)の7点とルネ・マグリット(1898−1967)の5点+リトグラフ《『マグリットの孤児たち』より》の12点が出品されています。デルヴォーの《立てる女》(1954−56年)は邸宅の扉を飾った3枚の大作で、これまでも美術館で目にしていました。

マグリットの作品は昨年7月、京都市美術館の「マグリット展」で見たばかりでしたが、《観光案内人》(1947年)など、擬人化された特有のモチーフが面白く鑑賞できます。

この展覧会を企画した姫路市立美術館の山田真規子学芸員は次のようなコメントを寄せています 。

ベルギーは国家として独立した後に、目覚しい経済発展を遂げる。しかしその裏では、過酷な境遇を強いられる労働者の問題を生んだ。そのような中で、フランスよりもたらされた、社会の現実に目を向ける「レアリスム」が興隆した。フランスの印象派もベルギーにもたらされ、クラウスは強い光の表現を探求し、「ルミニスム」と呼ばれるベルギー独自の印象派を確立した。
西洋近代文明の主知主義への反動として、より精神的なものを求める傾向も生まれる。フランスの象徴主義文学がベルギーにももたらされ、20世紀に突入すると、フランスで生まれた「シュルレアリスム」はベルギーでも受容され、デルヴォーやマグリットといった、日本でも人気の画家たちが活躍した。
ベルギー美術は、自国の伝統に、ヨーロッパの他国からの影響を取り入れることで、複雑で豊かな独自の展開を示した。こうした流れに注目してほしい。



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
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