伝統や精神世界をテーマにした展覧会

2016年6月12日号

白鳥正夫

「茶の湯釜」に「和紙」、そして「神と仏」や「神獣」といった歴史と美、日本人の心に深く息づく伝統や精神世界をテーマにした展覧会を取り上げます。奈良時代から近世までの茶の湯釜の変遷をたどる夏季特別展「極 大茶の湯釜展 −茶席の主−」はMIHO MUSEUMで7月31日まで、明治に大きく変化した日本の紙について関連資料を通じて紹介する特別陳列「和紙 −近代和紙の誕生−」は奈良国立博物館で7月3日まで、それぞれ開催されています。また神仏習合に関わる神と仏、それにまつわる仏教美術の「神々の姿 神と仏が織りなす美」展が香雪美術館で7月24日まで、式年造替奉祝「御出現!春日大社の神獣−800年を経て御本殿獅子・狛犬初公開」が春日大社景雲殿で6月30日まで開かれています。いずれも普段お目にかかれない文化財ばかりです。暑さも忘れ堪能できる伝統美の世界へ誘ってくれます。

●「極 大茶の湯釜展 −茶席の主−」 MIHO MUSEUM
 茶の湯釜の名品、重文指定の全9点含む約100点


重文・芦屋
「霰地真形釜」
(室町時代、個人蔵)

重文・天明
「極楽律寺尾垂釜」
(南北朝時代、
大阪市立美術館蔵)

与次郎作
「阿弥陀堂釜」
(桃山時代、個人蔵)

二代大西浄清作
「鶴の釜」
(江戸時代、
大西清右衛門美術館蔵)

「大茶の湯釜展」は、茶の湯釜研究者の原田一敏氏(東京芸術大学大学美術館教授・元東京国立博物館金工室長)の監修により、福岡県の芦屋釜と栃木県の天明(てんみょう)釜に加え、千利休の釜師であった辻与次郎の釜など初期の京釜や、江戸時代の釜にも焦点を当て、計約100点を展示しています。重要文化財に指定されている釜9点すべてが、初めて一堂に会し、信長・秀吉・利休・織部などが愛でたと伝わる釜も勢ぞろいするなど、まさに千載一遇の機会となっています。

日本での釜の起源は奈良時代まで遡り、寺や神社の神事行事や、湯沸かしや飯を炊くなど日常的な道具として使われていました。お茶をたしなむ風習が中国より伝わり、室町時代以降は座敷でも使われ、次第に美しい釜が鑑賞されるようになったと考えられています。そして利休による「侘び茶」の大成から茶の湯が形式化され、釜は「茶の湯釜」として、茶人の審美眼に合うように形や文様が変遷したとされています。

茶会を催すことを「釜をかける」というほどに、釜は茶の湯における重要な道具の一つです。今回の展覧会のタイトルに謳われている「茶席の主」とは、本格的な茶会で、客が茶室に入った時から退出するまで、席中に常時あって替わらない茶道具は、釜だけなのです。いわば、釜が茶の湯の主人公の位置にあるといってもよいだろうとの趣旨です。また主催者あいさつ文で、熊倉功夫館長は「茶の湯釜は、日本金属工芸の極(きわみ)というべきものです」と、強調しています。

展示は「茶の湯釜以前」から始まり、「芦屋・天明・京釜の名品」をプロローグに、各釜の変遷が続き、最後に「江戸時代の釜」まで7章で構成されています。展示品には、釜だけでなく、釜師が造った梵鐘や鰐口(わにぐち)、重要文化財の「善教房絵巻」、千利休筆の書状などの関連作品も紹介されています。

代表作品として、まず重文の芦屋釜「霰地真形釜(あられじしんなりがま)」(室町時代)は、個人の所蔵でこれまで展示される機会がなかったとのことです。同じく重文の「極楽律寺尾垂釜(ごくらくりつじおだれがま)」(南北朝時代、大阪市立美術館蔵)は制作年がわかる最古の天明釜です。利休が与次郎に注文して造らせたと伝わる名品「阿弥陀堂釜(あみだどうがま)」(桃山時代、個人蔵)なども並べられています。


釜や鰐口が展示された会場

 

●「和紙−近代和紙の誕生−」 奈良国立博物館
 製紙用具や各種紙製品、朱印状・経典などの名品約20件

「和紙展」は、奈良博が昨年開催した「和紙−文化財を支える日本の紙」に続く第2弾です。今回は約20件の展示からなり、江戸時代までの手漉(てす)きの紙が明治の技術革新で「近代和紙」に改良された変遷を、「江戸時代までの和紙」「近代和紙の誕生」として製紙用具や各種紙製品、和紙にしたためられた願文や朱印状を展示し、「紙質調査と文化財修理」として修理された経典などを展示しています。


吉井源太が改良した大型の製紙用具の「簀桁」
(明治時代、高知県・いの町教育委員会の所蔵)


「豊臣秀吉朱印状」
(安土桃山時代、
奈良・談山神社蔵)

「法華経(巻第二)」
(平安時代、奈良国立博物館蔵)

楮(こうぞ)や三椏(みつまた)などの樹皮の繊維をもとにつくる手漉(てす)きの和紙は、伝統的な素材と技に支えられ、古くから経典や文書、絵巻の料紙として重宝されました。同時に掛軸の裏打や経巻の繕(つくろ)いなど、文化財の修理に欠くことのできない材料としても広く用いられてきました。

和紙は明治に安い洋紙の輸入などにより危機に瀕しました。土佐藩の御用紙漉きの家に生まれた吉井源太は、製紙用具や製紙技術の改良、新しい和紙の開発などを行いました。また、海外の博覧会へ和紙を出品するなどのマーケティングを行うことで、和紙は日本の主要な輸出品となりました。海外でも高く評価され、ユネスコは2014年に「日本の手漉和紙技術」について無形文化遺産に登録することを決めたのでした。

主な展示品としては、伝統的な製紙道具の「御用手漉き桁」(江戸時代)、江戸末期に紙の需要拡大を見込んで吉井源太が改良した大型の製紙用具の「簀桁(すげた)」(明治時代)や吉井源太の日記などが並んでいます。これらは高知県・いの町教育委員会の所蔵です。また高知県立紙産業技術センターから楮や三椏、雁皮、麻なども出品されています。
 
「豊臣秀吉朱印状」(安土桃山時代、奈良・談山神社蔵)は多武峰(現在の談山神社)が秀吉の戦勝を祈願し、祈祷の巻数・帷子(かたびら)を送ったことに対する礼状です。さらに重文の「七大寺日記」(鎌倉時代)や「華厳経 巻第七十奈良国立博物館蔵」、「法華経(巻第二)」(平安時代、いずれも奈良国立博物館蔵)など和紙で修理した文化財も見逃せません。

●「神々の姿 神と仏が織りなす美」展 香雪美術館
 神々を造形化した神像や曼荼羅・先師……52件

「神々の姿展」は、神々を造形化した神像や曼荼羅、神の威徳と霊験をまとめた縁起、神社の境内を描いた絵画や工芸品、また偉業を成し遂げたことから信仰された先師などにスポットをあて、神仏習合に関わる神と仏が織りなす美と歴史を、「神々の姿」「神と仏の習合」「神々にまつわる美術」「先師を称える」の4つのコーナーに分け、52件の展示品で紹介しています。


重文の「聖徳太子像」
(鎌倉時代、
香雪美術館蔵)

「春日鹿曼荼羅」
(室町時代、
香雪美術館蔵)

ずらり並んだ「神像」
(平安〜鎌倉時代)

開催の趣旨は、香雪美術館のパンフレットによると、「いにしえより日本では山や海、雨や雷などの自然の中に神の存在を見出してきました。その後、仏教が伝来してくると神社に付属する神宮寺が建立され、神々が仏法守護の善神とされるなど、神と仏は影響しあって『神仏習合』という新たな信仰が生み出されました。そして、仏像の影響を受けながら神の姿を造形化した神像が制作され、神は仏が人々の前に仮に現した姿であるとする『本地垂迹(すいじゃく)説』が広まっていきました、記しています。

前期(〜6月25日まで)に重文の「聖徳太子像」(鎌倉時代)、後期(6月28日〜)には「春日鹿曼荼羅」(室町時代、いずれも香雪美術館蔵)を展示。この展覧会には春日大社が協力していて、「春日権現記絵(春日本)巻17・18」(江戸時代)も巻替えで特別出品されます。

●「御出現!春日大社の神獣
 −800年を経て御本殿獅子・狛犬初公開」 春日大社
 「獅子・狛犬」(4対8体)を初めて一般公開


「獅子・狛犬」(4対8体)」の公開

「榎本神社獅子牡丹図」(近代)

春日大社では昨春から今年11月まで20年に一度の式年造替が営まれており、今回は60回目のご造替となります。「春日大社の神獣展」はその奉祝行事の一環です。その御本殿の神前を約800年間お護りしていた「獅子・狛犬」(4対8体)を初めて一般公開されることになったのです。これに合わせ獅子・狛犬の史料・絵画や獅子関連宝物、神鹿や神馬関連宝物など約20件が特別開陳されています。

春日大社の御本殿は国宝で、皇族や神職といった限られた方のみ立ち入りが許された神域です。神体山である御蓋山(みかさやま)の中腹に四棟の神殿(御本殿)があり、四柱の神様がお祀りされています。これまでのご造替では、「獅子・狛犬」は、基本的に新調することなく安置されてきましたが、今回の式年造替で新調されることになり、奈良国立博物館で調査がなされました。


重要美術品
「流鏑馬木像」
(鎌倉時代)

それによると、8体のうち6体は、約800年前の鎌倉時代まで遡ることが判明しました。また現在神社境内・参道横にみられる狛犬の多くは石造ですが、この春日大社御本殿の「獅子・狛犬」は、木造彩色金泊で古い様式を残す貴重なもので、歴史的・芸術的価値が非常に高いことが明らかになったのです。

今回の特別公開は、春日の神様を護る「獅子・狛犬」の他にも、春日明神がお乗りになる神様の使い「神鹿(しんろく)」や神様の乗り物である「神馬(しんめ)」などの「神獣」をクローズアップしています。春日大社御祭神を守護する「獅子牡丹図」(平安時代)や、神鹿にまつわる「春日明神像」(江戸時代)、絵馬の原型と言われている「神馬牽引図絵馬」、重要美術品「流鏑馬木像」(鎌倉時代)などがお披露目されています。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
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発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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