春を彩る日本古来の精神世界と文人画

2016年3月18日号

白鳥正夫

春の到来で、関西の美術館の多くは展示内容を一新です。なかでも日本古来の精神世界を表現した文化財を、独自の切り口で仕立てた二つの展覧会と、近代文人画の巨匠、鉄斎の生誕180年を回顧した展覧会も合わせて取り上げます。日本人の神仏文化と密接に関わった装飾に着目した春季特別展「かざり―信仰と祭りのエネルギー」が滋賀県のMIHO MUSEUMで5月15日まで、生命の根源である「水」に込められた祈りや願いをテーマにした特別展「水 神秘のかたち」が京都の龍谷ミュージアムで4月9日から5月29日まで、それぞれ開催。壮大で多岐にわたる作品で知られる「富岡鉄斎―近代への架け橋―展」が5月8日まで兵庫県立美術館で開かれています。


伊藤若沖「鳥獣花木図屏風(右隻)」
以下2点は
(江戸時代、エツコ&ジョー・プライスコレクション)

伊藤若沖「鳥獣花木図屏風(左隻)」

 

「かざり」展に若冲の「モザイク屏風」も


海北友賢「大渥繋図」
(江戸時代、
京都・清浄華院蔵)

「かざり」展は、きらびやかな仏教荘厳の世界や、伎楽や舞楽の色彩と歌舞の世界、信仰の中の動物たち、祭りのにぎわいなどを展観しつつ、「かざり」をキーワードに日本人の精神世界をひも解いていきます。3月末で退任する館長で美術史家の辻惟雄さんが監修した思い入れたっぷりの展覧会です。期間中に展示内容を入れ替えながら、国宝や重要文化財を含む約140点が出展されます。
 
展示作品の超目玉は、「モザイク屏風」として有名な伊藤若冲(1716〜1800)の「鳥獣花木図屏風」(江戸時代、マツコ&ジョー・プライスコレクション、4月17日まで展示)です。当初は「樹花鳥獣図屏風」(江戸時代、静岡県立美術館蔵、3月13日まで)との競演でした。2作品そろっての展示は約20年ぶりとのことでした。

「鳥獣花木図屏風」は、一双に8万3千個もの1センチの方眼を一つ一つ塗り込める「桝目描き」です。この奇想天外な手法で描かれた「モザイク屏風」には右隻に29種の動物や霊獣、左隻に46種の鳥が描かれています。気の遠くなるような細かな作業は、仏教に深く帰依した若沖の菩薩行だったのかもしれません。


「春日神鹿御正体」
(鎌倉〜南北朝時代、
京都・細見美術館蔵)

このほか若冲作品は、「竹梅双鶴図」、「旭日雄鶏図」、「虎図」(いずれも江戸時代、エツコ&ジョー・プライスコレクション、3月27日まで)から展示替えで、「雪芦鴛鶯図(せつろえんおうず)」、「紫陽花双鶏図」、(いずれも江戸時代、エツコ&ジョー・プライスコレクション、3月29日〜4月17日)、「白梅錦鶏図」(江戸時代、MIHO MUSEUM蔵、3月29日〜4月17日)なども出品されます。

海北友賢の「大涅槃図」(江戸時代、京都・清浄華院、4月19日〜5月15日)も見ものです。遷化する釈迦の周りに菩薩や明王、僧や大衆に加えて、109種もの禽獣虫魚が描かれています。若冲の屏風に通じる動物尽くしです。左右の下方に、鯨と象が描かれ、若冲の「象と鯨図屏風」(江戸時代、MIHO MUSEUM蔵)の対比をほうふつさせる構図です。作画には動植物もすべて人と同じように仏になる、との思想が読み取れ、興味深いところです

奈良・手向山八幡宮が所蔵する「唐鞍」(鎌倉時代、4月26日〜5月15日展示)はじめ、聖武天皇の詔により国分寺に安置された至高の経典で重要文化財の「紫紙金字金光明最勝王経巻第二」(奈良時代、MIHO MUSEUM蔵)や京都・細見美術館の所蔵する重文の「春日神鹿御正体」(鎌倉〜南北朝時代、3月27日まで)など名品が出展されます。


「金銀鍍金透彫光背」
(鎌倉時代、個人蔵)

「かざり」をテーマにしているとあって、仏像の後光を表現する光背を仏像から分離して展示しているのも見逃せません。大阪・四天王寺の重文「銀製鍍金透彫光背」(鎌倉時代、3月29日〜4月24日)「金銀鍍金透彫光背」(鎌倉時代、個人蔵)など、まさに超絶技術を施され見事です。

このように「かざり」は日常から、仏教の法要、法会、祭りなどの非日常へ転換する際にエネルギーを得る道具として役立ってきたのです。とりわけ祭りの場は、「かざり」と不可分です。地元の滋賀県で執り行われている水口曳山祭.大津祭、長浜曳山祭を彩る華麗な曳山懸装品も展示されています。また大津市の日吉大社山王祭の活気を写す祭礼図などもあり、民衆の神仏への信仰に根ざした「かざり」の世界も堪能出来ます。


「水 神秘のかたち」展に仏像など144件


「日月山水図屏風」
(室町時代、大阪・金剛寺蔵)

「水 神秘のかたち」展は、東京のサントリー美術館からの巡回です。1月下旬、京都に先駆け鑑賞しました。タイトルからは漠然としたイメージしか持てなかったのですが、古代から中世における水にまつわる神仏として、龍神や弁才天、住吉神などの神々を中心に、水の信仰に根ざした造形史を、国宝1件、重文31件含む144件(このうち京都会場のみ18件)が展示されます。水はあらゆる生命の源であるがゆえに、古くから信仰の対象となり、敬虔な祈りが捧げられてきました。そして龍宮伝説や龍宮信仰に反映し、とりわけ奈良・東大寺二月堂のお水取り神事が、1260年余も続けられているのです。

展覧会の構成は6章立てで、第1章「水の力」では、水の神秘的な力にまつわる造形作品を展示。水への祈りは太古からあり、銅鐸に表された流水文などは如実に物語っています。水を媒介とした神事、仏事はお水取りをはじめ湯立神楽みそぎ禊、滝行など数多く伝えられています。ここでは重文の「日月山水図屏風」(室町時代、大阪・金剛寺、4月9〜27日)や「長谷寺縁起絵巻」(南北朝時代、徳川美術館蔵、5月17〜29日)をはじめとした社寺縁起の名品を中心に、水の神秘的な力にまつわる造形作が見られます。


「弁才天坐像」
(鎌倉時代、MIHO MUSEUM蔵)

 


「春日龍珠(宝珠)箱
」(南北朝時代、奈良国立博物館蔵)

第2章の「水の神仏」では、水は造形化され神仏として祀られるようになります。仏教の弁才天、や住吉神などは、水の神あるいは海運の神として知られています。「弁才天坐像」(鎌倉時代、MIHO MUSEUM蔵)ほか、祈りの対象となった神仏の姿とそれにまつわる造形作品が展示されます。
 
第3章は「水に祈りて」。五穀豊穣や国家護持への祈雨(きう)の儀礼の中心的な本尊となったのが龍神です。龍神にかかわる文物として、重文の「春日龍珠(宝珠)箱」(南北朝時代、奈良国立博物館蔵、4月9日〜5月8日)や、国宝の「扇面法華経冊子 雨(きう)の儀礼の中心的な本尊となったのが龍神です。龍神にかかわる文物として、重文の「春日龍珠(宝珠)箱」(南北朝時代、奈良国立博物館蔵、4月9日〜5月8日)や、国宝の「扇面法華経冊子 観音賢経」(平安時代、四天王寺蔵、5月17日〜29日)などが出品されます。


「宇賀神像」
(大阪・本山寺蔵)

第4章「水の理想郷」では、龍宮城に代表されるように水に囲まれた様々な理想郷の姿を紹介。重文の「羅漢図」(鎌倉時代、京都・永観堂禅林寺蔵、5月10〜29日)は京都だけの出品。第5章「水と吉祥」では、岩井の場を飾るものです。この章では、円山応挙の「青楓瀑布図」(江戸時代、サントリー美術館蔵、4月9日〜5月8日)などの絵画、工芸、染織に渡って、人々の生活を彩ってきた吉祥の意味合いを持つ水の造形が紹介されます。
 
第6章は「水の聖地」で、京都における祇園祭のように、水にまつわる祭礼が行われる例もあります。ここでは「厳島天橋立図屏風」(江戸時代、サントリー美術館、4月26日〜5月8日)などの絵画作品を通じ、古代・中世の水の聖地とその後の姿を見ることが出来ます。

「鉄斎」回顧展は多岐・壮大な約200点


画室の富岡鉄斎
(70歳頃の写真)

一方、「鉄斎」展は、富岡鉄斎(1836〜1924)の生誕180年を記念しての大規模な回顧展です。89歳の生涯を通じ、日本全国を行脚して真景図や、文人の理想郷を描いた仙境図などの山水画、中国や日本の故事、古典に取材した人物画や神仙画、風俗画、花卉・鳥獣画など多岐にわたり、壮大なスケールの作品を遺しています。奔放な筆致と豊かな色彩で描かれた約200点の作品や資料を通して、「最後の文人画家」と呼ばれる巨匠の画業を紹介するとともに、絵画制作に貫かれた世界観を探っています。
 
鉄斎は京都で法衣商を営む商家に生まれ、幼少時より国学、漢学等の学問を広く修める傍ら、19歳ごろから絵を学び始めました。幕末の動乱期には勤皇学者として国事に奔走し、維新後は神官の公職を経て、文人画家として多くの書画を世に送り出しました。終生学者を自認し、すべての作品に古典や実景を典拠とした賛を添え、文人画家としての理想を追求し続け、後世の画家にも大きな影響を与えました。


富岡鉄斎「富士山図(右隻)」
(1898年、清荒神清澄寺・鉄斎美術館蔵)

富岡鉄斎「富士遠望図・寒霞渓図(左隻)」
(1905年、京都国立近代美術館蔵)


鉄斎の名作は、質・量とも随一のコレクションを有する清荒神清澄寺から各地の美術館に寄贈されていますが、再び集結し一堂に会するのも見どころです。主な作品としては、「富士山図」(1898年、清荒神清澄寺・鉄斎美術館蔵)、「富士遠望図・寒霞渓図」(1905年、京都国立近代美術館蔵)、さらに「群仙集会図」(1916年)や「富而不驕(とみておごらず)図」(1924年)、「猛虎図」(1917年、いずれも清荒神清澄寺・鉄斎美術館蔵)など。ただし前期4月10日までと後期4月12日からで、ほぼ作品が入れ替わります。


富岡鉄斎
「群仙集会図」
(1916、
清荒神清澄寺・
鉄斎美術館蔵)

展示構成は、第1章が「万里の路」で、雄大な山水画を中心。富士山を描いた一連の作品も紹介しています。第2章「万巻(まんがん)の書」では、中国・日本の故事、古典から取材した人物画、文人の理想郷を描いた山水画や神仙画などが出品されます。

第3章「以(もっ)て画祖となる」は、筆力に逞しさを増した70歳を過ぎてからの晩年の傑作を出品しています。第4章「文人・鉄斎の娯(たの)しみ」では、当時の名工たちによる工芸品に絵付けをした器や道具、自ら制作した陶器類をはじめ、所用印、筆録、書簡、そして愛玩の品々などを展示し、文人・鉄斎の多彩な活動を紹介されます。

最後の5章では「画家たちが見た鉄斎」で、鉄斎芸術に傾倒した梅原龍三郎や中川一政はじめ、正宗得三郎、鍋井克之、中川紀元、前田寛治らの言葉と作品を紹介し、鉄斎が近代の画家たちに及ぼした影響や、どのように受容されていたのかを考察し近代絵画史上での位置を再考しています。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
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第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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