長い伝統に裏打ちされた日本美の展覧会

2016年2月17日号

白鳥正夫


志村ふくみの最新作
「母衣曼荼羅」
(2016年)

立春も過ぎ、お水取りの季節。春もすぐそこです。この時期、関西の美術館では長い伝統に裏打ちされた日本美の展覧会がオープンしました。草木からの自然染料で染められた糸によって織りあげられた作品で知られる「志村ふくみ ―母衣(ぼろ)への回帰」展が京都国立近代美術館で3月21日まで、花の御寺の本尊両脇侍が初めて出開帳となる「長谷寺の名宝と十一面観音の信仰」展が大阪のあべのハルカス美術館で3月27日まで、それぞれ開催中です。また奈良国立博物館では、東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)の時季にあわせて「お水取り」と「伊豆山神社の歴史と美術」が3月14日まで併催されています。

92歳での至芸「志村ふくみ」展に約90点


志村ふくみ
「秋霞」
(1959年、
京都国立近代美術館蔵)

志村ふくみ
「紅襲(桜かさね)」
(1976年、
滋賀県立近代美術館蔵)
後期展示

志村さんは1942年、滋賀県近江八幡市生まれ。31歳の時、若い頃に柳宗悦の民芸運動に共鳴して織物を習っていた母の小野豊の影響で、織物を始めます。1957年の日本伝統工芸展に初出品で入選し、4度も受賞を重ねます。1990年には田舎の手仕事だった紬織を「芸術の域に高めた」と評価され、人間国宝の保持者に認定されました。また随筆の名手としても知られ、1983年度には『一色一生』で大佛次郎賞を受賞しています。昨年には文化勲章を受け、92歳の現在も嵯峨の工房で染織を続けています。

今回の展覧会は文化勲章受章記念で、沖縄県立博物館・美術館と東京の世田谷美術館にも巡回します。蚕の糸や草木など自然を素材に制作する志村さん代表作を中心に新作16点を含め、初期の作品から最新作まで約90点を展示し、60年におよぶ創作の歩みを紹介するとともに、独自の境地を拓いた志村ふくみの魅力とその芸術の核心に迫っています。

会場に入るなり目に留まるのが、本展に合わせ制作した最新作「母衣曼荼羅(まんだら)」です。志村さんの母が残した糸で紡いだ縦3・8メートルに及ぶ大作です。中近東のタイルなどをイメージして、青い格子状のデザインが施されています。着物の三部作「青湖」「雪炎」「蘆刈」(いずれも2015年)は、創作の原点としている色彩の藍、白、黄金色でそれぞれ染め抜かれて、印象的です。

手によってすべての仕事が行われる。
手の中に思考が宿るといってもいい。
私の掌のなかで色は次第に、
自己を確立し、主張し、 一色で立ち上がろうとする。

『志村ふくみの言葉 白のままでは生きられない』

立体展示の会場風景

内覧会で披露された
ファッションショー

こうした志村さんの言葉が会場の随所に掲げられています。展示構成は時系列でなく、むしろ新作から逆に初期作品へ、テーマごとに分けられています。古里・滋賀の琵琶湖の情景を藍の深い色で表現した紬織をはじめ、文学や美術、音楽の要素が溶け込んだ着物が立体展示され目を引きます。

志村さんの出発を後押しし支えた、陶芸家の富本憲吉や木漆工芸家の黒田辰秋らの名品も着物に合わせた形で展示され、彩を添えています。内覧会では、志村さんの創作したドレスを着たギタリスト村治佳織さんが演奏を披露し、紅花や藍で染めた着物を身に纏ったモデルが紬織の魅力を披露するファッションショーも催されました。

この展覧会を企画した松原龍一学芸課長は、志村さんの織り過程での変化や偶然性による美に着目しています。そして図録の最後に「民藝から出発した志村氏の仕事は、織物の中の宇宙に広がり、さらに遠くへ進んで行っている。今後どのように展開するのかたのしみである」と結んでいます。

本尊脇侍初出展、長谷寺などの名宝約70件


重文「難陀龍王立像」
(鎌倉時代、長谷寺蔵)

重文「雨宝龍王立像」
(室町時代、長谷寺蔵)

長谷寺は、牡丹の名所である奈良県桜井市の初瀬山の中腹に本堂が建ち、「花の御寺」と称されています。「長谷寺」を名乗る寺院は奈良や鎌倉の長谷寺をはじめ日本各地に多く240寺も数え、いずれも十一面観音を本尊としています。「大和国長谷寺」は、真言宗豊山派の総本山で西国三十三所観音霊場の第八番札所でもあり、日本でも有数の観音霊場として知られています。

その長谷寺の出開張の展覧会では、「観音の信仰」「長谷寺の宝物」「浮世絵・絵図に見る長谷寺」と三つの章に分け、観音の美術や、長谷寺式十一面観音像の作例、長谷寺で育まれてきた多彩な美術、また長谷寺とかかわり深い豊山派寺院の名宝約70件が紹介されています。とりわけ門外不出であった、「十一面観音立像」の脇侍である頭上に龍飾りと唐冠を被った「難陀(なんだ)龍王立像」(鎌倉時代)と、頭に冠飾りの「雨宝(うほう)童子立像」(室町時代)が初めて初瀬の地を離れ、出展しています。いずれも重要文化財です。

また本堂では、本尊と背中合わせに壁を隔てて「裏観音」(江戸時代)と呼ばれる「十一面観音像」も出品されています。高さは約172センチメートルで、本尊と同じように錫杖を持っています。昔は本尊が開帳されない日は、この観音さまをお参りしていたそうです。

奈良国立博物館に寄託保管されている国宝「長谷寺銅板法華説相図」(白鳳〜奈良時代)には思い出があります。かつて朝日新聞創刊120周年記念事業で開催した「西遊記のシルクロード 三蔵法師の道」展で借用したことがありました。銅板の表面に『法華経』見宝塔品に説かれる宝塔出現の光景が図相化されています。銅板の下方には銘文があり、「敬造千仏多宝仏塔」とあることから、本銅板を「千仏多宝仏塔」とも呼ばれる名品です。その銘文の左下が欠落していましたが、展示品を見ると補足されていて感慨深く鑑賞しました。


国宝「長谷寺銅板法華説相」
(白鳳〜奈良時代、長谷寺蔵)
撮影:森村欣司


ずらり並ぶ
「長谷寺式十一面観音像」

また日本最大の塑像である岡寺の「如意輪観音像」の体内に納められていた重文の「如意輪観音半跏像」(奈良時代、岡寺蔵)や、彩色寄木造りの重文「不動明王坐像」(平安時代)、目と口を大きく見開き迫力ある「閻魔王像頭部」(奈良時代)なども見ごたえがあります。さらに「長谷寺式十一面観音像」がずらり並ぶ展示は壮観です。

このほか国宝の「丸文散蒔絵経箱」(室町時代)や重文の「如意輪観音像」(鎌倉時代、宝厳寺蔵)、現在の本堂が再建された後の1653年に奉納された「繋馬図絵馬」(江戸時代)、二代歌川広重による「諸国名所百景」(江戸時代)、「長谷寺牡丹品種画帖」(江戸時代)など多彩な展示です。

「お水取り」と「伊豆山神社」に伝わる名品


「二月堂曼荼羅」
(東大寺蔵)

「二月堂縁起(上巻、部分)」
(東大寺蔵)

お水取りは東大寺二月堂で行われる仏教行事で、正式には修二会(しゅにえ)と言われますが、春を告げる風物詩でもあります。3月1日から14日間にわたる本行では、心身を清めた僧が十一面観音の前で宝号を唱え、荒行によって懺悔し、天下安穏などを祈願します。

この時季開催される特別陳列「お水取り」は、奈良博の恒例企画で、法会で用いられた法具や、歴史と伝統を伝える彫刻、絵画、書跡や古文書、工芸品、考古遺品などを展示。今年は重要文化財17件を含む65件が出陳されています。

主な出陳品に「二月堂曼荼羅」(室町時代)があります。修二会の本尊である十一面観音が、雲に乗って上空に飛来する様子や主要伽藍を配し、右下の閼伽井屋(あかいや)付近には黒・白二羽の鵜が小さく描かれています。また「二月堂縁起」(室町時代)は、修二会の創始から二月堂観音の利益(りやく)までの説話を表した絵巻です。

このほか「華厳経」(奈良時代)「二月堂時導師法則」(江戸時代)、「錫杖」(江戸時代)や重文「香水杓(こうずいしゃく)」(鎌倉時代)、重文「二月堂神名帳」(室町時代)など、「お水取り」に関連した由緒ある文化財をかんしょうすることが出来ます。

「伊豆山神社」展は、奈良博で2012年に開催された特別展「頼朝と重源―東大寺再興を支えた鎌倉と奈良の絆―」に借用した銅造の「伊豆山権現立像」(鎌倉時代)の修理を記念しての陳列です。修理後初公開するとともに、伊豆山神社伝来の貴重な宝物の数々を関西で初めて一堂に展示しています。


「伊豆山権現立像」
(伊豆山神社蔵)

「伊豆山権現立像」は、全身に広がる腐蝕が著しく、面相部を覆う分厚い錆が像容を不明確にしていたため、奈良文化財研究所の協力のもと保存修理を実施したのでした。像表面の錆を落としたところ、下層から造立当初の威厳ある顔立ちが現れ、またまばゆい輝きを放つ鍍金が多く残存していることが判明するなど、特筆すべき成果を得ることができた、とのことです。

重文の「男神立像」(平安時代)は等身大を優に超える大きな男神像です。 個性的な表情などから、一説に朝鮮半島から来臨した神とされる可能性も。「男神立像・女神立像」(室町時代)は一対の男女神像。尊名不詳ながら、像内に天台の思想を表した梵字(ぼんじ)や最澄の著作から引用した墨書があるそうです。

その他、「阿弥陀如来坐像」(平安〜鎌倉時代)や重文「紺紙金字般若心経」(室町時代)と「法華曼荼羅」(鎌倉〜室町時代)、「経筒」(平安時代)や「扁額」(江戸時代)なども展示されていて、現地に行ってもまとめて見ることの出来ない鑑賞の機会です。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。

シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。

玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。
シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!
 

 

もどる