「春画展」中心に個性的な京阪神の3展覧会

2016年1月16日号

白鳥正夫


喜多川歌麿「歌まくら」
(浦上満氏蔵) 以下6枚、
トリミング画像

かの大英博物館で反響を呼び、東京の永青文庫で20万人の動員があったわが国初の本格的な「春画展」は、京都にお目見えします。細見美術館で2月6日から4月10日まで開催され、デンマークのコレクターをはじめ、日本の美術館・研究所や個人が秘蔵する鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿、葛飾北斎といった浮世絵師による「春画の名品」がそろって展示されます。神戸の兵庫県立美術館で、20世紀イタリアを代表する画家で17年ぶりの「ジョルジョ・モランディ ―終わりなき変奏―」展が2月14日まで開催中です。また大阪の国立国際美術館では、ラテン語で「この人を見よ」という意味のテーマ展「エッケ・ホモ 現代の人間像を見よ」が3月21日まで開かれています。新年初めての寄稿は「春画展」を中心に、京阪神の美術館で開催の個性的な3つの展覧会を取り上げます。

「春画展」に130点、オリジナルの魅力


鳥居清長「袖の巻」
(国際日本文化研究センター蔵)

鳥文斎栄之
「源氏物語春画巻」
([財]林原美術館蔵)

「春画展」は2013年秋から14年初めにかけてロンドンの大英博物館で特別展「春画―日本美術における性とたのしみ」が開催され、のべ約9万人が訪れ、その6割が女性であったことから話題になりました。その展覧会を本家で開催するとなると、日本の美術・博物館は敬遠し、会場探しが困難を極めたそうです。そんな状況下、風穴を開けたのが永青文庫でした。

永青文庫は、旧熊本藩主細川家伝来の美術品、歴史資料や、16代当主細川譲率の収集品などを収蔵していて、理事長は18代当主の細川護煕・元内閣総理です。細川さんは、「規模も小さく、至らないところの多い施設ですが、春画展日本開催への皆様の情熱と意義に応えて、及ばずながら、ご協力したいと考えた次第です」と、主催者挨拶で記されています。また芸術新潮のインタビュー記事で「今回の展覧会が起爆剤になって、扉を開くきっかけになれば、と願います」と話しています。

細見美術館は日本の古美術の収蔵で定評があり、琳派400年の昨年は、所蔵する俵屋宗達や酒井抱一ら琳派の名品が注目を集めました。今回の「春画展」は、春画展日本開催実行委員会からの要請もあり、館蔵品展を取りやめ急遽決まったようです。展示の約130点のうち、京都の西川祐信や大坂の月岡雪鼎、さらに九州の大名家に伝わる作品約10点を初めて展示します。同館では、「大名から庶民にまで広く愛された肉筆と浮世絵が一堂に揃うまたとないこの機会に、ぜひ春画の魅力をご堪能ください」と呼びかけています。

春画とは、江戸時代に登場し発展した絵画です。主に異性間や同性間の性描写を描いた版画の一種で、「笑い絵」などとも呼ばれたユーモラスで芸術性の高い肉筆画や浮世絵版画の総称です。人間の自然な営みである性を主題にする絵画は古今東西にわたって存在するものの、浮世絵春画は世界でも質量ともに群を抜き、早くから海外からも注目を集めています。


西川祐信「春宵秘戯図巻」
(個人蔵)

西川祐尹「春画帖」のうち
(個人蔵)

とりわけ19世紀末のジャポニスム時代以降、特に欧米で高い評価を得てきました。ところが日本では浮世絵展などで一部の作品が出品されていますが、春画をテーマにした展覧会はこれまで一度も開催されたことがなかったのです。このため春画を題材にした出版物など数多く出回っているのに、オリジナル作品は、まとまって鑑賞出来ない、という奇妙な状況にあったわけです。

大英博物館「春画」展がスゴイ――。こんなタイトルの特集記事が芸術新潮の2013年12月号に掲載されていて、興味を引きました。内容もさることながら、「よくぞ実現したものだ」と、驚いたのでした。それから1年有余経て「SHUNGA 春画展」が永青文庫で約3ヵ月間開催されたのでした。前後期に分け展示替えしていて、その前期に早速鑑賞しました。

「百聞は一見に如かず」で、浮世絵師の表現力に圧倒されました。歌麿や北斎が描いたものもあるのですから、「いやらしい」と「エロい」とかより、「わいせつ感をよせつけぬ絵画性」というか「とにかく美しい」のです。若いカップルが数多く来場していたのも不思議と納得がいきました。

展示構成は、永青文庫では5つの章に分けられ、「プロローグ」で、二人が接近して心を通わし、触れ合う情景を描いた作品を通し、徐々に春画の世界へと導いていました。第1章が「肉筆の名品」です。当初は版画のような印刷技術はなく、人の手によって線と色が描き出されたのでした。当然ながら春画は値が張り、大名家の大奥や富裕な商人らだけが享受してきたと思われます。


葛飾北斎
「喜能会之故真通」
(浦上満氏蔵)

第2章「版画の傑作」では、名だたる浮世絵師が筆をふるった版画の作品です。版画制作によって春画も広く普及しました。著名な浮世絵師のほとんどが、春画を制作しています。ここでは菱川師宣や鈴木春信、鳥居清長らの作品を見ることが出来ます。第3章「豆判の世界」では、縦9センチ×幅13センチほどの版型の、小さな「豆判」の春画です。値段もサイズもお手頃なので、かなりの数が制作されたと思われます。豆判春画は初公開でした。最後は「エピローグ」で、永青文庫が所蔵する狩野派絵師の「欠題十二ヶ月」(江戸時代)の名品が特別に陳列されていました。

細見美術館でもおおむね同じような構成ですが、プロローグとして「京都と春画」の章を設け、上方ならではの春画の魅力に迫り、狩野派や土佐派・住吉派と春画との関係も探ろうという趣旨です。ただし大博物館から里帰りしていた作品は出品されません。

京都会場での注目は月岡雪鼎の作品です。雪鼎と言えば、やはり芸術新潮の2015年1月号に「月岡雪鼎の絢爛エロス」が特集されていています。肉筆春画が部分拡大されて掲載されているのには抵抗もありますが、艶姿の巧みさに、さすが春画の名手と頷いたものです。その後、8月に横浜美術館で鑑賞した蔡國強(ツァイ・グオチャン)の「帰去来」展に出品されていた「人生四季」は、雪鼎の作品「四季画巻」から着想を得ていて印象的でした。

東京会場に出品されていた絵師不詳の「地獄草紙絵巻」(1796年、国際日本文化研究センター蔵)のキャプションには、「仲のよい夫婦が死後、閻魔大王の裁きで房事盛んの淫乱の罪で罰せられるが、性的イメージにあふれた六道をめぐって最後、阿弥陀の来迎で極楽浄土にそろって成仏するのを描く」とありました。そんな粋な解説がふさわしい春画作品を、気楽に眺めてみるのも一興です。またとない「春画展」ですが、18歳未満は入館禁止です。


終わりなき変奏「モランディ」展に100点


ジョルジョ・モランディ
「静物」(1948年)
以下4枚、
モランディ美術館
(ボローニャ)蔵

ジョルジョ・モランディ
「静物」(1946年)

ジョルジョ・モランディ
「静物」(1949年)

ジョルジョ・モランディ
「花」(1950年)

「ジョルジョ・モランディ」展は、まさに「春画展」とは対極にあるような絵画世界です。モランディの作品は、卓上の壜や容器、花瓶とか身近な風景を繰り返し描き、構図の研究を通して自己の芸術を追求しており、色彩やモチーフも禁欲的です。日本ではあまり馴染みのない画家ですが、2011年に巡回が予定されながら東日本大震災のため中止になったと聞いていました。正直にいって初めての鑑賞となりましたが、日本では3度目、17年ぶりの展覧会ということです。

ジョルジョ・モランディ(1890年− 1964年)は、生涯ボローニャを離れることなく独身で通し、ひたすら静物画を中心に芸術を探求し続けた孤高の画家です。さまざまな芸術運動が生まれては消えていった時代、初期には風景を多面体と認識したセザンヌのキュービズムに、一時デ・キリコらの影響を受けますが、独自の画法を確立し、20世紀の美術史において最も重視される画家の一人とされています。

今回の展覧会には、画家の故郷ボローニャにあるモランディ美術館の全面的な協力のもと、イタリアと日本の美術館、個人コレクションなどから約100点の油彩、水彩、版画、素描作品を展示する回顧展です。モランディの真骨頂ともいうべき同一モチーフによるヴァリエーション=変奏に焦点をあて、その生涯をかけた終わりなき探求を紹介しようという趣旨です。

展覧会では、静物画を中心に風景画や花を描いた作品も加え、モランディの絵画的探求を11の章立てで展示しています。各セクションには、年代や技法を超えて、同じ瓶や容器の登場する画面、あるいは風景を描いた作品ばかりを並べています。一見、似たように見える作品どうしを比べ見ることで、それぞれの作品がどれだけ違った魅力を湛えているか、ひいてはモランディが生涯をかけ追求した世界を、実感してもらおうという趣旨です。

「なぜふつうの壜に、こんなにも心が震えるのだろう」と、チラシに謳われるように、何の変哲もないごくふつうの瓶や容器を、さまざまに組み変え配置し直して描かれたモランディの静物画には、一見よく似て見えるものがありますが、しかし同じものはありません。同じ題材を扱いつつも、それぞれがまったく別の作品として完成しているのです。表面的には具象画でありながら、抽象画の匂いが深く立ち込める、奥行きの深い作品です。一点一点の作品に対する解説なんてことはとてもできませんので、ここは画家の生涯をたどりながら、色彩と形態とが繊細に響きあう静かで瞑想的なモランディの絵画世界に、たっぷり浸ることです。

「エッケ・ホモ」展は50作家の100点余


ゲルハルト・リヒター
「エリザベート」
(1965年、
東京都現代美術館蔵)
(C) Gerhard Richter 2016

ローリー・トビー・エディソン
「トレーシー・
ブラックストーン&
デビー・ノトキン」
(1994年、
国立国際美術館蔵)
(C) Laurie Toby Edison

マーク・クイン
「美女と野獣」
(2005 年、
国立国際美術館蔵)
(C) Marc Quinn 撮影:
福永一夫

「エッケ・ホモ」展は、人間を描かなかった「モランディ」展とは逆に、人間をどう描くか、人間の本質にどう迫るか、といった問題意識と真正面から向き合った展覧会です。宗教的または倫理的な教訓をこめた人間描写は、美術の主要課題とされていますが、第二次世界大戦以後は人間の描写と教訓的なメッセージが結ばれることはほとんどなくなったといいます。国立国際美術館では、様々な社会的矛盾や不合理に直面する中で生み出される現代美術の人間像を、所蔵作品を中心に振り返り、「現代の人間像を見よ」という趣旨です。
 
主題の「この人を見よ」とは、新約聖書の一場面で、罪に問われるイエス・キリストを指さし、この言葉は発せられ、イエスの受難をあらわました。また哲学者ニーチェが発狂の前年に著した最後の著作のタイトルで、時代とどう対決したといった問いかけでもあります。現代の芸術家たちとっても「エッケ・ホモ」は、人間の在り方を根本から問い直す重い課題です。
 
展覧会には、50作家の100点あまりの作品が展示されており、20世紀後半以降の人間像を俯瞰します。見どころとしては、近年購入したアルベルト・ジャコメッティの絵画作品「男」(1956 年)を公開しています。ジャコメッティの油彩作品を所蔵する美術館は国内唯一で、貴重な機会です。

またジャン・フォートリエの「人質の頭」(1944 年 、国立国際美術館蔵)や、山下菊二の「あけぼの村物語」(1953 年、東京国立近代美術館蔵)といった戦中戦後の虐げられた人間像を描いた作品から、アンディ・ウォーホルの「マリリン」シリーズ(1967 年、国立国際美術館蔵)やゲルハルト・リヒターによるイメージによる人間像、さらにはポスト・ヒューマンを予感させる田口和奈や小谷元彦による作品など、20 世紀後半以降の人間像などの作品が展示されています。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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第三章 生きているかぎり生きぬきたい

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新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
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発行:三五館
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第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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