寂聴小説の挿絵原画と二つの体感型展覧会

2015年12月20日号

白鳥正夫


内覧会で記者会見する
横尾さんと瀬戸内さん
(横尾忠則現代美術館)

今年最後の寄稿は、兵庫の横尾忠則現代美術館開館3周年記念展と、大阪で開催の二つの体感型展覧会を取り上げます。「横尾忠則 幻花幻想幻画譚」は、1974〜75年に新聞連載された瀬戸内晴美(寂聴)による時代小説『幻花』のための挿絵の原画を3月27日まで展示しています。一方、デジタルによる名画に触れて楽しめる「ダ・ヴィンチ!天才の遺産 レオナルドと歩む未来展」は、グランフロント大阪北館 ナレッジキャピタル イベントラボで2月14日まで、また光と遊ぶ体感型アートの「光のワンダーランド 魔法の美術館」は、あべのハルカス美術館で1月27日までそれぞれ開催されています。

「横尾忠則 幻花幻想幻画譚」に371点


展示会場での横尾さん

挿絵原画の拡大写真の展示

瀬戸内さんの『幻花』は第8代将軍の足利義政をめぐり、正室と妾が繰り広げるドラマや義政の愛と孤独など、室町幕府崩壊の一大ロマンを描いた長篇歴史小説です。横尾さんは、室町後期を舞台とするこの小説に対して、男女の姿や仏像、動植物などを繊細緻密なペン画で描写し、瀬戸内さんの肖像画も登場させるなど物語と無縁の現代的なモチーフも取り込み、自在に展開しました。

開幕の前日、報道内覧会があり、93歳の瀬戸内さんも駆け付け、会見がありました。原稿よりも先に描かれた挿絵まであったそうで、「随分遊ばせてもらった」と横尾さん。「技術的にも気力の面でも、今ではとても描けない」と40年前の仕事を語っていたのに対し、瀬戸内さんは「室町時代の小説なのにUFOが出てきたりして、びっくり仰天しました」と、当時を振り返っていました。

横尾さんの著書『ARTのパワースポット』に、瀬戸内さんから「やってみない」と、この新聞小説の仕事を持ちかけられた時の顛末が「瀬戸内さんの法力」と題して、次のように書かれています。

メディアが変わると何か特別なことをやらなければと考えがちだが、この時はそんな考えすら余裕なかった。だけど、ぼくはこのチャンスに自分のイラストレーションの総決算をしようと心に決めた。ひとつの様式に拘泥わらず、あらゆる視点から物を見ようと思った。従来の文章に従属した挿絵のあり方ではなく、挿絵からはみ出そうと考えた。そんな決心ができたのも瀬戸内さんの一言がそうさせた。(中略)要するに自由にやりなさい、ということなのだ。この仕事で自作から解放できればこんなに嬉しいことはないと思うと次第に自信ができて連載開始の日が近づくのが待ち遠しくなってきた。


ずらり並ぶ挿絵原画

横尾さんは1936年、兵庫県西脇市に生まれました。幼少の頃から絵画の模写に興味を持ち、高校時代には、地元の商店街や商工会議所のポスターを制作するなど、早くから美術やデザインに対する才能を開花させました。

1960年、日本デザインセンターに入社し、制作の拠点を東京に移すと、その活動の幅は広がりをみせます。独特なイラストとデザイン感覚にあふれる、代表作の「腰巻お仙」をはじめとする劇団状況劇場のポスターなどで、たちまち若い世代の支持を集め、大衆文化を具現する時代の寵児となったのでした。

横尾さんのグラフィック・デザイナーとしての仕事は、ポスターからイラストレーション、ブックデザインなど、様々な印刷メディアへと展開し、映画といった芸術分野にまで広がっていったのです。さらに1980年以降には画家宣言をしたのでした。『幻花』はその約5年前の仕事で、そろそろイラストレーションの総決算をと意図していたのかも知れません。


瀬戸内さんの肖像を描いた挿絵

会場では、挿絵の原画は小さいのですが、全371点の作品を一堂に並べられているのですから圧倒されます。要所要所に作品を拡大した写真が配置され、まさに横尾ワールドに迷いこんだ感じで鑑賞できます。


般若心経を描いた
挿絵の拡大展示

この展覧会担当の林優学芸員は図録でもある『幻花幻想幻画譚』(図書刊行会)の最後に、『一見自由奔放に見える横尾の挿絵は、じつは見えない部分で文章とシンクロし、呼応し合っている。挿絵が文章に従属するのではなく、かといって文章をまったく無視して展開するのでもない。文章に寄り添っているように見えて、時にそこからはみ出してしまうという「混乱」が、「幻花」挿絵の魅力であり、特異性なのではないか、それは、観る者の心をざわつかせ、奇妙さや違和感を生み、忘れがたい印象を残すのである』と締めくくっています。

この展覧会直前の10月、横尾さんは第27回高松宮殿下記念世界文化賞を受け、その受賞記念アーティストトークで、横尾さんは、「これからの僕の作品は僕の肉体が決める。肉体の声に従って制作していきたい」と話しています。名実ともに世界的な美術家となった横尾さんは約60年という半世紀を超す長い時代を、常に先駆的なイメージの創出と独自の斬新な想像力を失わずに、膨大な作品の創作を持続してきたのでした。そんな横尾さんのグラフィック・ワークの最高傑作の一つである『幻花』挿絵は見逃せません。

スゴ技の「ダ・ヴィンチ!天才の遺産」展


「ダヴィンチのアンドロイド」
(写真:小林信司)

「ダ・ヴィンチ!天才の遺産 レオナルドと歩む未来展」は、「最後の晩餐」や「モナ・リザ」の作者として知られるルネサンス時代の巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452−1519)にスポットを当て、「過去の天才」というだけではなく、「現代や未来の21世紀をともに生きる人」として、そのスゴ技と謎を迫っています。

ダ・ヴィンチは、絵画はもちろん、彫刻、建築、音楽、科学、数学、発明、解剖学など森羅万象に博識を持ち、画家として活躍をする一方で、天文学、航空力学、解剖学などにも活用される顕著な業績を残しています。

天才は思いついたことを実にこまめにメモやスケッチしていました。これは「手稿(しゅこう)」と呼ばれ、ダ・ヴィンチの頭脳と人生の詰まった遺産でもあります。この中には、現代のテクノロジーの礎となっているものも多く、当時奇抜すぎた発想も、時代を超えて今も現実のものとなっています。


「はばたき飛行機」(パリ手稿)

この展覧会では、科学者、技術者としてのダ・ヴィンチを「過去」「現在」「未来」の三つのゾーンに分けて紹介しています。「過去」ゾーンでは、「手稿」や、それを元に製作した奇想天外な機械や乗り物などを再現した模型作品を展示しています。

「現代」ゾーンでは、「空気より重い鳥が飛んでいるのだから、人間も飛べるはず」とカモメの翼や気流、水流の研究をしたダ・ヴィンチの発想が現代の航空力学に引き継がれていると言われています。このコーナーでは最新のジェット機、ロケット、大型客船などの模型が展示されています。


「自走車」

そして「未来」ゾーンでは、「人体」の仕組みに深く興味をもっていたダ・ヴィンチが21世紀を生きていれば、 必ずロボットの研究に取り組んだのではないかという発想のもと、最先端技術で製作した「アンドロイドとして蘇らせ展示しています。「しわ」や「ひげ」をはじめ表情、視線などリアリティに表現されています。

さらに注目される展示として、日立製作所が開発したDIS技術による「デジタル ミュージアムシステム 名画ナビ」では、「受胎告知」「東方三博士の礼拝」「キリスト洗礼」の3作品を超高精細の大型モニターで鑑賞できます。

光が織りなす「魔法の美術館」15作品


「七色小道」

「Immersive Shadow」

「SplashDisplay」

色とりどりに光がまたたき、不思議な影が動き出す――光が織りなす宇宙の広がりはまるで魔法にかけられたようです。「光のワンダーランド 魔法の美術館」は、音や光・映像で作られた変幻自在な作品の中に飛び込み、「見て、触れて、遊ぶ」といった新しい体感型の展覧会で、鑑賞者も参加して形づくられるアートの世界です。

国内外で活躍する気鋭のアーティストが、新素材や最先端のテクノロジーを駆使した15のアート作品が紹介されています。中でも人の動きに反応して変化する作品は、インタラクティブ(interactive=相互に作用する、対話型の意)・アートと呼ばれ、見る人が作品に入り込み、遊びながらアートに親しむことができます。
最新のデジタル技術によって創造されたメディア・アートの魅力は子どもから大人まで、世代を超え多くの人に楽しまれ、これまでに全国で約150万人を動員したという人気の展覧会です。

主な出展作品を紹介します。「七色小道」は金沢工業大学メディア情報学科卒業後、株式会社1→10designに所属する坪倉輝明さんの作品で、小道の上を歩くと、さまざな色や光があふれ出します。七色に輝く光と色で、自由自在にハーモニーを奏でます。時間の経過によって変化しますので、同じ模様は二度と現われません。

「Immersive Shadow」は東京工業大学理学部物理学科卒業(素粒子物理学)し、回路の設計制作していて、体験を重視した作品制作を行っている藤本直明さんの作品で、壁に映し出されたボールを、その前に立つ者の影ではじくと色とりどりのボールが共鳴し、飛び交い舞い上がります。

「SplashDisplay」は信州大学理学部生物学科卒業後、現在は電気通信大学情報メディアシステム学博士課程に在籍する的場やすしさんと、山野真吾さん、徳井太郎さんの合作作品で、手にしたキューブを無数の白く小さなビーズの海に投げ入れると光の噴水が出現します。立体的な光が目の前できらきらと変化してゆく様子が美しく表現されます。

このほか「がそのもり」は映像プロダクションを経て、東京芸術大学大学院映像研究科卒業後、主にCGを使い、デジタルにおける映像との関わり方をテーマに作品を制作する重田佑介さんの作品で、何も描かれていない本を持ち移動すると小さなピクセルの光で、童話や昔話の世界を描いていきます。


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。

シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。

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シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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