実りの秋に開幕した充実の企画展

2015年9月20日号

白鳥正夫


有島生馬「鬼」
(1914年、
東京都現代美術館蔵)

猛暑が去って行楽の秋は、芸術の秋でもあります。関西の美術館の多くは展覧会の出し物替えの季節です。9月に入って開幕した3つの展覧会を取り上げます。この秋、第100回を迎える二科展を記念した「伝説の洋画家たち 二科100年展」が大阪市立美術館で11月1日まで開催中です。またクレー愛蔵の140点が集結する「パウル・クレー だれにも ないしょ。 」展が兵庫県立美術館で11月23日まで、日本美術の名品が里帰りする秋季特別展「ニューヨーカーが魅せられた美の世界 ジョン・C・ウェバー・コレクション」が滋賀県のMIHO MUSEUMで12月13日まで、それぞれ開かれています。いずれも日ごろお目にかかれない企画展であり、実りの秋にふさわしい充実した内容です。

傑作120点でたどる「二科100年展」


岸田劉生
「男の首(柏木氏の像)」
(1918年、個人蔵)

日展、院展と並ぶ日本三大公募展の一つとして知られる「二科展」は、文部省美術展覧会(文展、現日展)の監査に不満を抱いて分離した、在野の二科会によって1914年に創設されたのでした。若き気鋭の画家たちは、日本洋画の革新と創造を目指し時代を先取りした作品を発表し、美術界をリードしてきました。

有島生馬、坂本繁二郎、梅原龍三郎らの創成期のメンバーから戦局が厳しくなり解散せざるを得なくなる戦時中に活躍をした藤田嗣治、東郷青児らまさに名だたる日本人洋画家の活躍の場が二科展でした。過去100年の歩みを約120点の出品作によって回顧した「二科100年展」は、タイトル通り伝説に彩られた近代洋画壇の開拓者の傑作の数々を見ることができる企画展です。


小出楢重
「帽子をかぶった自画像」
(1924年、
石橋財団ブリヂストン美術館)

今回の展覧会は、草創期(1914〜1919)、揺籃期(1920〜1933)、発展そして解散(1934〜1944)、再興期(1945〜2015)の4期に分け構成しており、日本の洋画の歴史や流れをたどれます。また古い時代の目録や絵葉書、ポスターなどの資料も展示されています。さらに展示室の合間に、仮装行列やモデルを担いだみこしも繰り出された展覧会開幕の前夜祭の模様などのパネル写真も紹介されています。

主な作品では、草創期の第1回展に6点も出品したという有島生馬
の「鬼」(1914年、東京都現代美術館蔵)が目を引きます。大きな耳を持ち、毛皮をまとった半裸の異様な男の姿を描いています。二科会設立運動に関わり、「いざ戦わん」といった野心作です。


東郷青児
「超現実派の散歩」
(1929年、
東郷青児記念損保ジャパン
日本興亜美術館蔵)

岸田劉生は第4回展で二科賞を受けた「静物(湯呑と茶碗と林檎三つ)」(1917年、大阪新美術館建設準備室蔵)や「初夏の小路」(1917年、下関市立美術館蔵)などの絵画とともに、第5回展の「男の首(柏木氏の像)」(1918年、個人蔵)が注目です。二科展に初めて展示された彫刻作品であり、生涯2点しか作っていない貴重な彫刻です。
揺籃期では、小出楢重の「帽子をかぶった自画像」(1924年、石橋財団ブリヂストン美術館蔵、第11回展)と、「少女お梅の像」(1920年、ウッドワン美術館蔵、第7回展)が並んで展示されています。「帽子をかぶった自画像」は鏡に映した自分の姿を光と影のコントラストを巧みに際立たせた作品です。

この時期、二科会から離れていったメンバーもいます。佐伯祐三の「新聞屋」(1927年、個人蔵)は、パリの街角を描き、広告や看板、軒先の新聞まで題材に制作をしましたが、30歳で死去。この作品は死の20日後の第15回展に遺作として出品されたのでした。


岡本太郎「重工業」
(1949年、
川崎市岡本太郎美術館蔵)

二科会の再建に尽くした東郷青児の「超現実派の散歩」(1929年、東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館蔵)は第16回展出品作で、三日月を捕まえようとする夜空に浮かぶ男を描き、当時話題になったそうです。

発展そして解散の時期、第21回展に藤田嗣治が登場します。フランスを離れブラジルに滞在した藤田の「町芸人」(1932年、公益財団法人平野政吉美術財団蔵)と「メキシコに於けるマドレーヌ」(1934年、京都国立近代美術館蔵)の2点は、藤田らしからぬタッチで描かれています。

最後の再興期では、岡本太郎 「重工業」 (1949年 川崎市岡本太郎美術館蔵)が第34 回展に出品されています。パリで抽象絵画の創始者のカンディンスキーらと交友した岡本らしい作品で、1961 年に退会するまで前衛部門を代表する作家として活躍します。

国内70にも及ぶ美術館・博物館とギャラリーが所蔵する傑作を一堂に集めた展覧会だけあって、見ごたえ十分です。今でこそ名だたる顔ぶれの洋画家たちが切磋琢磨する研鑽の場として続いた二科展の役割を知り、巨匠らのデビュー時の作品やエピソードを学べる絶好の機会です。

秘密をキーワードに「クレー展」は約110点


「洋梨礼讃」
(1939年、
個人蔵、パウル・クレー・
センター[ベルン]寄託)
以下4枚(C)Zentrum Paul
Klee c/o DNPartcom


「透視―遠近法的な」
(1921年、個人蔵、
パウル・クレー・センター
[ベルン]寄託)

「柵の中のワラジムシ」
(1940年、パウル・クレー・
センター[ベルン]蔵)

「子どもの胸像」1933年、
パウル・クレー・センター
[ベルン]蔵

スイス出身のパウル・クレー(1879-1940)は、20紀を代表する画家の一人であり、リズミカルな線と色彩豊かな独自の画風で知られています。日本でもしばしば個展が開かれていますが、今回の 「クレー」展は秘密をキーワードに企画されたものです。主催者によると、クレーが何を描き、どうスタイルを展開させ、どのような手順で作品を作ったかという紹介をするとともに、クレーの謎を正面から考えます、謳っています。

「クレー」展には、故郷ベルンのパウル・クレー・センターおよび遺族コレクションからの94点に加え、国内のコレクションを含む約110 点を展示。この中で31点が日本初公開です。とりわけクレー自身が「特別クラス」とランク付け、例外的に高値を付けたり、非売とした愛蔵作品40点が集結しています。

クレーは、記号的なモチーフや格子などを変則的に組み合わせ、謎めいた作品を生み出してきました。近年の研究で、作品の下塗りや裏側に、別のイメージを意図的に埋蔵していたことが発覚しています。こうした成果を踏まえ、作品の裏側や内側に埋め込まれたイメージにも光を当て、裏と表を対比、または隠しイメージにフォーカスを当てた展示も行っています。

展示構成は時系列ではなく、「何のたとえ?」「多声楽―複数であること」「デモーニッシュな童話劇」「透明な迷路、解かれる格子」「中間世界の子どもたち」「愚か者の助力」といった6つのテーマに分けて、謎解きをしながら、作品を鑑賞できる工夫がこらされています。

例えば「何のたとえ?」では、矢印やフェルマータといった、繰り返し描かれた記号的モチーフをクローズアップし、「クレー・コ―ド」とも呼びうる記号と比喩の世界を読み解いていきます。「デモーニッシュな童話劇」では、作品を通して、魔的でどこか童話風の世界へ引き込まれるクレー作品を、モダンな抽象表現である「グリッド(格子)」の誕生との結びついている点などを紹介しています。

このようにクレーの特徴を各章で取り上げ、常にミステリアスな気配をまとうクレーの思考と感性に分け入ることも目指しています。ひと味違った今回の展覧会を通して、クレーの世界観を体感してみてはいかがでしょうか。

多彩な「ウェバー・コレクション」約160点


菱川師宣「吉原風俗図巻(部分)」
(江戸時代)
以下3枚 (C)John Bigelow Taylor

「ウェバー・コレクション」展は、トライアスロン世界王者でもある米国の美術愛好家のジョン・C・ウェバー氏(1938〜)が収集した美の世界です。縄文から近世までの陶磁器があれば、室町時代の水墨画や江戸時代の浮世絵、根来や蒔絵の名品、近世近代の着物など多彩な日本美術と、青銅器や唐三彩、俑などの中国・朝鮮美術、さらにはビザンティン美術、レンブラントのエッチングなど約160点が日本で初公開されています。


川瀬巴水
「十和田湖神代ケ淵」
(1920年頃)

ウェバー氏は、ニューヨーク・コーネル大学メディカルカレッジで解剖学と医療用画像処理の教鞭を執り、65歳を過ぎて始めたマラソンがきっかけとなり、トライアスロンへ挑戦し、ハーフも含め150回もの出場を数えます。「計画を立て、自分に厳しく追い求めていく。アイアンマンを極めたように、美術蒐集も同じこと。それは私の生き方である」と語っています。

幅広いコレクションは、すべてウェバー氏の審美眼によって蒐集され、中国の古代美術品やビザンティンの聖母像などはメトロポリタン美術館に寄贈されていますが、それらも含めての展示で、前後期で展示替えがあります。氏は現在もコレクションを続けており、報道内覧会で「素晴らしい展示空間となり喜んでいます。20年後に、ここに戻ってまたやりたい」と話していました。


「根来瓶子」
(室町時代、黒澤明旧蔵)

主な展示品では、菱川師宣の「吉原風俗図巻」(江戸時代)は江戸で唯一官許の遊郭であった新吉原のありさまを15の場面で描いています。吉原風俗史としても貴重な作品です。土佐光起の「吉野桜図」(江戸時代)は6曲1双の屏風で、両隻に満開の山桜を咲き競うように描かれています。

時代は下って、川瀬巴水の「十和田湖神代ヶ淵」(大正時代)は、江戸から東京へと変化する街の風景を多くの版画に残していますが、この作品は2曲1双の肉筆による作品です。透明感のある水面や奥行きのある山並みが見事です。着物姿の女性を描いた安井曾太郎の「技芸図」(昭和10年頃)や猪熊弦一郎の「妻図」(昭和時代)も出品されています。

多様な展示品の中に、映画監督の黒澤明旧蔵の「根来瓶子」(室町時代)もあります。瓶子は神に献酒するための神饌具で、黒澤監督は「蜘蛛巣城」のクライマックスの場面で象徴的に使用しています。「桐蒔絵盥」(桃山時代)も優雅な一品です。このほか着物コレクションも充実していて、江戸の火事袢纏や陣羽織、狂言装束、江戸から昭和期の染織品がずらり並んでいます。


「日月五峰図屏風」
(朝鮮王朝時代)
(C) Christie’s Images Limited 2015


日本美術品のほか、「日月五峰図」(朝鮮王朝時代)は、縦1メートル87センチ。横幅約4メートルもの8曲1隻です。天空の左右に日輪と月輪を配し、五峰は五行(木・火・土・金・水)を表しているとされています。レンブラントの「病人たちを癒すキリスト(百グルデン版画)」(1648年頃)は。銅版画の傑作です。福音書の複数のエピソードを同時に描き込んでいます。百グルデン版画とは、レンブラントが100グルデンで買い戻そうといった逸話に由来するそうです。

これだけ時代を超えて多岐にわたるコレクションを揃えたウェバー氏の財力に驚き、しかもそれぞれに自らの審美眼によって集めた情熱に感銘を受ける展示内容でした。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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第三章 生きているかぎり生きぬきたい

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第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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