韓国の博物館を訪ねて

2004年9月5日号

白鳥正夫

 「冬のソナタ」のドラマで空前の韓国ブームにわく中、ソウルに行ってきました。旅の目的は高句麗研究の学会に出席するためでしたが、国立中央博物館のほか、ソウル大学と高麗大学の博物館をじっくり見学し、関係者らと懇談ができました。国立中央博物館は来年秋に龍山公園内に建設中の施設に移転し、オープンすることになっています。また高麗大学でも来年5月に新しい建物で新装開館します。歴史的に関西とも密接な関係にある韓国の美術界は、ますます施設も充実し注目されます。

移転前の韓国中央博物館外観



高句麗壁画の一部を実物展示

 国立中央博物館は、景福宮の敷地内にあり、景福宮はもちろん国立民俗博物館にも近接しています。もともと日本の植民地支配の象徴であった朝鮮総督府の建物を活用していましたが1996年に取り壊されました。現在の博物館は韓国政府の厚生館を大幅に増築したものですが、建物の内部はそれ相応に立派です。
 1908年に設立された李王家博物館を母体として出発し、考古、美術、歴史を総括した総合博物館です。旧石器時代から朝鮮時代にわたる各分野の文化財をはじめ中国、日本、中央アジアなど周辺国家の文化財など総数10万余点を所蔵しています。
 1階の展示室は高麗磁器、朝鮮粉青沙器、朝鮮白磁などの陶磁器類が並んでいます。2階は先史室のほか、原三国、高句麗、百済、伽耶、新羅、統一新羅などの展示室があります。この博物館では文化財の発掘、調査、研究なども行っており、さらに文化講座や現場学習なども担っています。
 3度目の訪問となりましたが、高句麗室を重点に見ました。このコーナーで5月20日更新の「中国・高句麗遺跡の旅」に紹介しましたが、中国にある出土品を見ていて興味を感じたからです。土器や軒丸瓦など、当然ながら類似していました。文化は伝播し交流し、日本にも大きな影響を与えてきたと痛感しました。
 もっとも注目したのは平南龍岡里の壁画古墳の双楹塚にあったとされる騎馬人物壁画です。断片とはいえ実物です。中国の集安で見ることができなかっただけに驚きました。日本の高松塚、キトラで壁画の退色が問題になっていますが、こうした温度・湿度・照明など管理した施設内で公開保存の方法もあるわけです。
 高句麗以外では、韓国の国宝である弥勒菩薩の「金銅三山冠半伽思惟像」(三国・6世紀後半、高さ93.5cm)も見ごたえがありました。弥勒といえば、わが国でも広隆寺と中宮寺のものが有名で、いずれも国宝です。とりわけ広隆寺のものと酷似していますが、この寺は山城国最古の寺院で、聖徳太子建立七大寺の一寺です。たびたびの災禍にあっているものの伝承された菩薩像は、赤松材で新羅からの渡来仏であろうと推測されています。

博物館の代表的な所蔵品
「金銅三山冠半跏思惟像」
(6世紀後半)


 韓国に仏教美術が伝来したのは4世紀末とされていますが、6世紀末から7世紀半ばにかけて、菩薩像は厳格な直立姿勢から新しい様式のものが流行するのですが、身体の屈曲が美しく表現されていて見飽きないものでした。
 このほか1階の陶磁器類も見どころでした。中でも「白磁鉄絵雲龍文壷(朝鮮・16‐17世紀、高さ35.8cm)に代表される白磁です。純白に対する朝鮮の人々の美感を反映しており、朝鮮建国以来、世宗年間まで王室専用でしたが、それ以降広く一般に普及しています。

「白磁鉄絵雲龍文壺」
(16−17世紀)



文化財の公開や保存へ交流

 韓国は日本の植民地時代の暗い歴史がありますが、今後は文化を通して隣人としての交流が期待されています。日韓併合時代の1930年代から40年代の前半に朝鮮王室「李王家」が収集した日本画、洋画、彫刻、工芸など日本の優れた作品のコレクション約200点が韓国国立中央博物館に収められたのでした。
 博物館が所蔵する日本の美術品を里帰りさせた「日本近代美術展」(朝日新聞社など主催)が昨年5月に京都国立近代美術館で開かれました。日韓文化交流の一環として、2002年の韓国に続いて日本でも初公開されたものです。
 この展覧会では日本画と工芸品70点を精選して展示されましたが、李コレクションの確かな目を感じたものでした。戦時下にあってなお、敵方の作品をこれほど無傷で保存していたこにも驚かされました。心に残った作品としては、鏑木清方の「鰯」(1937年、75.7×88cm)があります。夕餉の支度に魚売りの少年から鰯を買っている構図ですが、作者の日常生活への鋭い観察眼が表現されていました。

里帰りした「鰯」
(鏑木清方 1937年)


 また二代宮川香山の「萬暦赤絵意百子閣塔形香炉」(年代不詳、30×21cm)も印象に残る作品でした。塔身が二重構造になっていて中国明代の萬暦年間(16世紀ごろ)の様式に倣っています。金彩で塔身に鳳凰文や唐草文をあしらい細やかな筆線で僧侶を描いています。こうした作品を見ていると、中国大陸から朝鮮半島を経て日本への文化の根は同じであることがよく分かります。

「萬暦赤絵意百子閣塔形香炉」
(二代宮川香山 不詳)


 一方、大谷光瑞が日本から旅順へ移った時、かなりの量の発掘品がめぐりめぐって朝鮮総督府に渡り、このコレクションを中心に博物館が開設されたのでした。朝鮮戦争中にコレクションは一時、博物館を離れますが、後にソウルに戻り、韓国中央博物館で陳列されます。これが韓国に保管されている大谷コレクションです。
 いま、大谷探検隊が13年間(1902〜1914)をかけて収集した中央アジアの壁画60余点をめぐって、日韓で保存事業が進んでいます。来年開館予定の新博物館での展示をめざしています。この事業に関し独立行政法人文化財研究所と東京文化財研究所は韓国と研究交流の協定を結んでいるのです。

大学博物館の展示も充実

 今度の旅で、ソウル大学および高麗大学の博物館にも足を運びました。ソウルの方は、あまり広くないものの建物は新しく、展示品も充実していました。自然光の取り込み、解説パネルも一部英語で表示されていました。入館者名簿に記入すると、受け付けから連絡を受けた大学の研究者が声をかけてくれました。懇切丁寧な説明の上、非売品の発掘報告書などを提供していただきました。

高麗大学が来年5月にオープンする博物館・図書館の完成予想図


 高麗大学では、主に朝鮮文化の至宝や貴重な古文書を多数収容していますが、大学100周年記念のモニュメントとして図書館と併設した新博物館の造営が現在急ピッチで進められていました。旧館は閉じていましたが、私と同行した知人が館長を知っていたため、特別に一部収蔵品を見せてくださいました。
 1998年、金大中元大統領が日本向け太陽政策で日本の映画や音楽を解禁しました。さらにW杯サッカーの共同開催以降、日韓では「友好」の文字が踊り、文化の交流が進んでいることを実感しました。さらに突然の日本社会における「冬のソナタ」人気です。韓国のホテルには、撮影舞台をめぐる日本人向けの一日ツアーのパンフレットが置かれていました。
 帰国前夜お会いできた国立中央博物館の李健茂館長は「今年、ソウルで世界博物館大会が開かれます。先祖の精神と知恵の結晶である韓国の貴重な文化遺産を保存するとともに、それらを通じて韓国内外の人々に夢と希望、そして喜びをご提供できるよう努力していきたい」と話していました。しかし「日本近代美術展」が日本における歴史教科書問題で政治的に延期された経緯がありました。不幸な歴史を直視し、今後の成熟した日韓新時代を定着させねばならないことを考えさせられた旅でした。   


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。


「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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