初夏も開幕ラッシュ、多種多様な展覧会

2015年6月10日号

白鳥正夫

季節は春から夏へ向かっていますが、京阪神の美術館では企画展の模様替えです。4、5月の2回は百花繚乱の展覧会を取り上げてきましたが、引き続き多種多様な展覧会を紹介することにしました。今回は絵画だけでなく、歴史や寺社所蔵の文化財をテーマにしているものがあれば、日本古来の仮面や世界の民族衣装とバラエティーに富んでいます。百聞は一見にしかず、関心のある展覧会に行って見ましょう。

徳川家康没後400年記念特別展 大関ヶ原展
 京都文化博物館 6月2日(火)〜7月26日(日)

天下分け目の合戦ゆかりの186点


重要文化財
「造徳川家康坐像」
(江戸時代前期、知恩院)

展覧会を仕立てる切り口に、「歴史もの」も効果的な手法といえます。その証しにNHKでは大河ドラマに連動した企画展を毎年開催され根強い人気を博しています。今回は朝日系列のテレビが主催して、家康没後400年に絡め天下分け目の関ヶ原を取り上げています。歴史的な事件にちなむゆかりの武具や甲冑をはじめ、合戦を描いた屏風や武将の図像など前後期合わせ、国宝1点、重要文化財16点を含む186点もの出展です。


「関ヶ原合戦図屏風(左隻)」
(江戸時代後期、行田市郷土博物館蔵)

この展覧会は江戸東京博物館に続いての開催で、福岡市博物館にも巡回します。当時の政治の中心地が京都で関ヶ原合戦の戦端となる伏見城や大津城での攻防などもあり、京都会場では、等身大の重要文化財「木造徳川家康坐像」(江戸時代前期、知恩院)と同じく重文で「唐物肩衝茶入 銘 初花 大名物」(梵記念財団蔵、6月14日まで)が公開され、京都限定出品が42点を数えます。


「薙刀直し刀骨喰藤四郎
」(鎌倉時代、豊国神社蔵)

「金扇馬標」
(安土桃山時代、
久能山東照宮)

「石田三成像」
(江戸時代前期、
個人蔵)

関ヶ原の戦いは慶長5年(1600年)9月15日、岐阜県の関ヶ原の地で数多の武将達が東西に分かれ参戦した戦国史上最大の戦いとして知られていますが、たった一日で決着がついたのでした。勝利を収めた東軍の徳川家康は天下統一を果たし、15代265年にわたる江戸時代の幕を開けたのでした。

展示構成は、「プロローグ〜描かれた戦場〜」「再乱の予感」「合戦の前夜」「決戦・関ヶ原」「戦後の世界〜天下人への道のり」「徳川家康の素顔」「エピローグ」の7章に分かれ、合戦屏風をはじめ合戦前日に密約を交わした誓約書や合戦にまつわる貴重な古文書など数多く展示されています。有力武将たちの信頼や裏切り、権謀術策や凋落などを読み解く基調な史料が出展されていて、宣伝文句に「すべての戦いには人の思いがあった」と謳われています。

最初の展示が合戦図です。「関ヶ原合戦図屏風」(江戸時代後期、行田市郷土博物館蔵、前期6月28日まで)は京都だけの展示で、六曲一双の左隻に本戦、右隻に先立つ杭瀬川の戦いが描かれています。「関ヶ原合戦絵巻」(江戸時代後期、東京国立博物館蔵、前期)など、細かい描写ながら興味を引きます。

武具では重文の「薙刀(なぎなた)直し刀 骨喰(ほねばみ)藤四郎)」(鎌倉時代、豊国神社蔵、前期)が注目の一品です。京都粟田口の刀工・藤四郎吉光の作と伝えられ、斬る真似をするだけで骨まで砕けるとの逸話があるほどとされています。具足も朱塗り、黒塗りの胴に様々な意匠が施され、まるで戦国ファッションを見る趣です。兜の形態もデザインが奇抜なものがあって面白いです。

戦場で家康の所在をしめす馬標(うまじるし)として使われた「金扇馬標」(安土桃山時代、久能山東照宮)は、2メートルほどもある巨大な金の扇です。敗戦の将・光成ゆかりのものでは、「石田三成像」(江戸時代前期、個人蔵)や書状、覚書なども展示されています。関ヶ原の戦いについて、歴史書などで予習しておけば、鑑賞がより有意義です。

昔も今も、こんぴらさん。─ 金刀比羅宮のたからもの ─
  あべのハルカス美術館 5月22日(金)〜7月12日(日)

応挙・若冲・由一らの名画など約120点


「船模型・表菱垣廻船金比羅丸」
(1796年奉納)

「讃岐のこんぴらさん」で親しまれる金刀比羅宮の歴史は、伝承だと1001年まで遡ります。一条天皇の勅令によって社殿・鳥居が修築されたと言うことです。徳川幕府によって寄進などを受け、江戸時代に金毘羅講が組織され、海の神、農業の神などとして金毘羅参りは伊勢神宮へのお陰参りに次ぐ庶民の憧れとなります。現在、金刀比羅宮には年間400万人の参詣者でにぎわっています。


重要文化財 円山応挙
「遊虎図」
(部分、1787)

今回の展覧会では、重文11件を含む約120点が展示されています。まず「海の神様、こんぴらさん」の章では、群船を描いた珍しい「船絵馬」や「船模型・表菱垣廻船金比羅丸」などで、江戸末期から「こんぴら船々」と歌われた変遷をたどります。第2章の「憧れのこんぴら参り」では、名物の讃岐うどんの店も描かれている伝狩野清信の「象頭山(ぞうずさん)社頭並大祭図屏風」(元禄末年頃)や重文の「木造十一面観音立像」(平安時代)などが出品されています。

見どころは第3章の「こんぴらさんの宝箱」で、書院を彩る円山応挙や伊藤若冲の障壁画から、近代洋画の先駆者・高橋由一の作品まで文字通り名品が並んでいます。特に応挙の障壁画は、表書院と同じ配置で展示し、応挙の空間芸術を体感できる構成です。金刀比羅宮の名宝が一堂に公開されるのは、大阪では初めてとのことです。


伊藤若冲
「花丸図」
(1764)

円山応挙(1733〜95)の「遊虎図」(1787年)が圧巻です。金刀比羅宮の表書院と呼ばれる客殿広間の襖絵で、東、北、西の三方の襖16枚に8頭の虎が描かれています。中でも「八方睨みの虎」はどの角度から見ても、その視線に射すくめられるように描かれています。当時、日本には虎が生存していなかったこともあって、愛くるしい猫のような白い虎や、豹のように斑点模様の虎も横たわっています。

伊藤若冲(1716〜1800年)の「花丸図」(1764年)は奥書院上段の間を飾る4面の襖絵です。それぞれに10図の花々が規則正しく配置され、まるで植物図鑑のようです。緻密な描写と色づかいですが、1点1点に目を凝らすと葉がしおれたものや枯れたり、虫に食われたものがあり、若冲らしい表現です。


高橋由一
「豆腐」
(1877)

もう一人、わが国における油絵の先駆者、高橋由一(1828〜94)の作品も8点展示され、見ごたえがあります。「鮭」で有名な由一が描いた「豆腐」「なまり節」「巻布」などが、実物のような質感で描かれています。由一は明治12年に開かれた第2回琴平山博覧会に37点の作品を出品し、自らが創設した画塾への資金援助を願い出て、うち35点を奉納したのでした。

愛媛出身の私は金刀比羅宮には何度か訪れ、2007年秋に現地で開かれた「金刀比羅宮 書院の美―応挙・若冲・岸岱から田窪まで―」を鑑賞しており、あらためて美術館で名画を間近に見られて堪能しました。奥社まで1368段の長い石段が続きますが、2000年以降、琴平山再生計画も実施され、四国の金比羅宮にも注目です。

特集陳列「日本の仮面 人と神仏、鬼の多彩な表情」
  京都国立博物館 6月9日(火)〜7月20日(祝・月)
 
伎楽や行道、能・狂言などの仮面35面


東大寺に伝わる伎楽面
「迦樓羅」
(奈良時代、
京都国立博物館蔵)

仮面は古来から洋の東西を問わず、世界各地に分布しています。民族によって用途や意味も多岐にわたっていますが、主として祭儀や舞踏、演劇などに使用されてきました。その形態や表情など造形的にも興味をそそるものです。京都国立博物館の平成知新館では、京都周辺の社寺に伝来した仮面35面(重文11面)を展示しています。日本は世界でも指折りの仮面おう大国だそうで、その歴史を知る貴重な展覧会です。
 
伎楽は推古20(612)年、朝鮮半島の百済から伝来したといわれています。伎楽面は東大寺大仏開眼会などに使われ、正倉院に171面,東大寺に30面などが現存しています。会場には東大寺に伝来した「迦樓羅(かるら)」(奈良時代、京都国立博物館蔵)1面が展示されています。
 
迦樓羅という名はインドや東南アジア地方でいうガルーダで、古代の神話に出てくる毒蛇を喰う霊鳥です。伎楽は古代日本で演じられた仮面舞踊劇で、現在でも薬師寺では毎年5月の玄奘三蔵法要で天理大学雅楽部の学生らが様々な伎楽面を被って、玄奘の苦難の旅を演じています。


丹後国分寺に伝来した
「毘沙門天」
(鎌倉時代)

行道面は寺社で行う練供養で用いた仮面です。神聖な輿や宝物を持運ぶとき、菩薩や八部衆、十二天などの仮面をつけ守護神に仮託しました。京都の丹後国分寺に伝来した「毘沙門天」(鎌倉時代)が出品されています。このほか東寺の五重塔供養法会で用いられた十二天面のうち「自在天」「帝釈天」「火天」「日天」「梵天」「風天」「多聞天」(いずれも京都国立博物館蔵、平安時代)や、八部衆面のうち「迦樓羅」「阿修羅」(いずれも鎌倉時代、東寺蔵)などもあります。
 
さらに神社に伝来した能面(南北時代〜江戸時代)や狂言面・老翁(いずれも室町時代)などを鑑賞することが出来ます。仮面は、祭祀や供養などの儀礼に使われ、能や狂言に欠かせなく現在に至って受け継がれています。今回の展覧会では、それぞれ造られた時代による造形の特徴を見ることが出来、その多彩な表情に注目です。

企画展「市田ひろみコレクション 世界の衣装をたずねて」
 龍谷大学 龍谷ミュージアム5月30日(土)〜7月20日(月)
 
世界を旅して集めた民族衣装58点一堂に


民族衣装のコレクションについて
ギャラリートークの
市田ひろみさん

世界を旅していて、文化の違いで際立っているのが衣服と食事です。私はシルクロードを17回も旅しましたが、それぞれの土地の風土や習慣に根ざした民族衣装があり、デザインや色彩が多彩で目を楽しませてくれました。服飾評論家の市田ひろみさんは、世界各地を訪れて貴重な民族衣装を収集しています。その市田コレクションの中からシルクロードでつながるアジアを中心にヨーロッパ、アフリカ、中南米の58点を一堂にしての展覧会です。今回の展示では龍谷ミュージアムが所蔵する仏教に関連した品々も展示し、仏像の衣装の違いなどにも目を向けています。

市田さんは1968年に着物のデザインを研究するためギリシャなど11カ国を訪問したのがきっかけで、これまでに40年以上かけて世界100ヵ国以上から約430セットの衣装を収集し保存、研究に取り組んでいます。


ヨルダンのサルト地方の服で
世界最大級の「カラカ」

注目の一点は、ヨルダンのサルト地方の服で世界最大級の「カラカ」で、長さが3メートル以上、袖丈も約2メートルあります。防寒用でもあり、頭から被り、たくしあげた部分で小物を入れたりして実用化されていたというから驚きです。しかし1960年以降は暮らし向きが西洋化し、使われなくなり貴重な衣装になっているそうです。

開幕内覧会には市田さんも来場し、ギャラリートークをして「気候や風土、文明や宗教の違いで衣装も変わります。細やかで精緻な刺繍、レース編みなど衣装に込められた民族の思いも汲み取っていただければと思います。コレクションの中には、技術が伝承されず、失われつつあるものもたくさんあります」などと話していました。衣装に縫いこまれた伝統の美しさや、文化の多様性を見つめる機会でもあります。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。

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シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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