行楽シーズン、展覧会も百花繚乱

2015年4月13日号

白鳥正夫

季節は春から初夏へ移ろい、絶好の行楽シーズン迎えます。各地の美術館では3−4月、一斉に新たな展覧会の開幕ラッシュが続きました。その内容も日本画・洋画・水墨画の美や陶芸の美、現代美術の多様な表現世界など百花繚乱の趣です。月一回のこのサイトでは消化し切れませんので、今回と次回はこれまでの取り上げ方と異なり、できるだけ多くの展覧会の特徴を紹介することにしました。

特別展覧会「桃山時代の狩野派 永徳の後継者たち」
 4月7日(火)〜5月17日(日)
 京都国立博物館


狩野光信「重文 四季花木図襖」(滋賀・園城寺)

光信、山楽、探幽…らの名品70件


狩野山楽
「唐獅子図屏風 部分」
(京都・本法寺)

豊臣から徳川へと天下の趨勢が一変した大坂の陣から400年にあたる今年、桃山時代を彩った狩野派の変革期に焦点を当てた過去最大規模の展覧会です。桃山時代に信長・秀吉と続いた天下人に仕え、数々の障壁画を手がけた棟梁の永徳の死、ライバルの長谷川等伯の台頭などもあって、最大のピンチを迎えた狩野派の後継者たちの華麗なる競演の絵画世界を国宝1件、重要文化財23件、重要美術品1件、初公開作品3点を含む70、件の出品でたどっています。

永徳の急逝に伴い、若くして狩野派の棟梁となった。長男の光信(1565−1608)は、永徳の豪壮な大画様式とは対照的な理知的で穏やかな作風で花鳥画を得意とします。長谷川派とも親和を図り、永徳から自立し、探幽を中心とする江戸狩野への橋渡しの役割を担います。代表作に豊臣秀頼の命で描かれた重要文化財の「四季花木図襖」(1600年、園城寺)があり、画面中央にサクラ咲く春の景観が配されています。
重文の「豊臣秀吉像」 (1599年、宇和島伊達保存会、〜4/26展示)も出色です。


特別出品の狩野探幽
「八尾狐図」

秀吉の推挙で永徳の弟子となったといわれる山楽(1599−1635)は、豊臣家滅亡後は徳川幕府から追われますが、事なきを得て京都に留まり、京狩野の祖となります。永徳の豪放さを継承し、永徳の大作で知られる同名の「唐獅子図屏風」(本法寺)が出品されています。風にたなびくたてがみや尾などに装飾的な表現が施されているのが特徴です。

注目の一品は京都府内の個人宅にあり、裏書きなどから探幽(1602−74)筆と判明した「八尾狐図(やおのきつねず)」(1637年)が特別出品されています。徳川家光の夢にキツネが現れ、絵師に描かせたとの記録があったそうです。このほか国宝の長信筆「花下遊楽図屏風」(東京国立博物館、4/28〜5/17)や、初公開の山楽筆「槇に白鷺図屏風」、孝信筆「北野社頭遊楽図屏風」などの逸品も見ごたえがあります。

「名品とともに水墨を楽しむ」展
 4月4日(火)〜5月10日(日)
 西宮市大谷記念美術館

名だたる水墨画の名作42点


冨田渓仙
「三保の富士」
(富山県水墨美術館)

狩野派のライバル・長谷川等伯の代表作に「松林図屏風」があります。日本の水墨画における最高傑作として著名な作品です。色彩豊かな西洋絵画と比べ、墨の濃淡のみによって描く水墨画、東洋の美の極致でもあります。日本特有の風土と伝統に育まれた水墨画の名品を中心に収蔵する富山県水墨美術館コレクションの代表作42点がずらり展示されています。

チラシの表紙になっているのは、冨田渓仙(1879−1936)の「三保の富士」です。墨色で描かれた山並みの中に、群青色の富士山が鮮やかです。渓仙は水墨淡彩を重視した南画の筆づかいから装飾性豊かな琳派を融合した独自の画風を確立しますが、その特色が見て取れます。

渓仙と同世代活躍した都路華香(1870−1931)も写実から装飾へ幅広く作風を展開した作家ですが、晩年の「白龍図」(1928年)は、淡色で大きく描かれた龍の姿に迫力があります。このほか近代最後の文人画家とされる富岡鉄斎(1836−1924)の大胆なタッチで描かれた「四暢図」(1894年頃)など、名だたる名作のオンパレードです。


都路華香
「白龍図」
(1928年、富山県水墨美術館)

「没後30年 シャガール展」
 4月4日(土)〜5月31日(日) 
 姫路市立美術館
 
愛と色彩に満ちた作品約160点


マルク・シャガール
「青い恋人たち」
(1948〜53年、
宇都宮美術館) を
鑑賞する観客

マルク・シャガールの
リトグラフ
「ダフニスとクロエ」
が展示された会場

「美白」に輝く姫路城を眺めながら会場に向かいます。5年有余の歳月をかけて保存修理された17世紀の城郭建築の美しさに、さすが日本での世界遺産第1号と感動すら覚えます。そのお膝元の会場での「没後30年 シャガール展」は、姫路城グランドオープンを記念して、「愛と色彩のファンタジー」をテーマに開催されています。
 
20世紀を代表する巨匠の一人、マルク・シャガール(1887−1985)はロシアのユダヤ人家庭に生まれました。1911年にパリに渡り、最先端の芸術を吸収しながら独自の画境を切り拓き、鮮やかな色彩で幻想的な画風を展開しました。ほぼ一世紀の生涯で数多くの作品を遺しましたが、その大半が版画であり、世界各地の美術館に所蔵され、日本でも色彩の詩人、愛の画家と親しまれ、毎年のように展覧会が開催されています。

今回は宇都宮美術館の良質なコレクションを中心にして、「パリと故郷のはざまで」「ユダヤ人画家の原郷」「物語とシャガール」「シャガールと日本」の4章に分けてシャガールの油彩画や版画に加え、戦前からシャガールに影響を受けた川口軌外や国吉康雄、里見勝蔵らの作品や資料など約160点を展示しています。

主な油彩画の中で、「青い恋人たち」(1948〜53年、宇都宮美術館)は、ナチス・ドイツの迫害から逃れ亡命先のアメリカで喪った最愛の妻ベラを追悼しての作品です。「天蓋の花嫁」(1949年、AOKIホールディングス)は、赤い天蓋の下で抱き合う花嫁と花婿が舞うかのような作品ですが、花嫁の顔がベラと後に生活を共にする女性が半々に描かれていて印象的です。

ユダヤ人として旧約聖書に題材をえた版画本の「聖書」や「出エジプト記」は精神性の高い作品で、じっくり鑑賞したいものです。またギリシャの詩人の原作をもとに構成した「ダフニスとクロエ」は、シャガールのリトグラフで最高傑作とされています。新装の姫路城と合わせて美術鑑賞はいかがでしょうか。

「高橋由一から藤島武二まで 日本近代洋画への道」
  4月4日(土)〜5月17日(日)
 明石市立文化博物館

山岡コレクション中心に草創期の130点


高橋由一「鮭図」
(1879〜80年、
笠間日動美術館)

黒田清輝
「黒田清兼像」
(1907年、
笠間日動美術館)

シャガールらが名画を発表していた19世紀から20世紀にかけて、日本は江戸時代後期から明治時代になりますが、この頃はまさに近代洋画の黎明期といえます。西洋絵画の油絵具で描かれた油彩画が流入し、日本の画家を魅了し、たちまち普及したのでした。実業家の山岡孫吉氏(ヤンマーディーゼル創業者)によって蒐集されたコレクションを中心に、笠間日動美術館蔵の約130点を展示し日本近代洋画誕生の時代を振り返る展覧会です。

手探りで技法を学び日本近代洋画の父と称えられる高橋由一(1828−94)の作品は11点出品されています。中でも代表作の「鮭図」(1879〜80年)は着目されます。由一の「鮭図」といえば、東京藝術大学所蔵の作品は重要文化財として有名ですが、こちらは鮭の骨が丸見えで、背景は板目をそのまま生かしており、味わい深い作品です。合わせて「鯛図」や「丁髷姿の自画像」なども並んでいます。

由一と並び大きな足跡を残した黒田清輝(1866−1924)は実父を描いた「黒田清兼像」(1907年)など4点、洋画界の振興に尽力した山本芳翠(1850−1906)も「日の出」など7点が出品されています。日本の風土を意識し独自の画風を追求した藤島武二(1867−1943)や夭折した青木繁(1882−1911)の作品もそれぞれ2点あります。

由一に影響を与えたとされるロンドンに生まれ横浜で没したチャールズ・ワーグマン(1832−91)の作品は、「東禅寺浪士乱入図」や「武士の図」など18点も紹介されています。さらに会場内に展示された荻原碌山が恋いこがれた夫人の面影を彫ったとされる「女」が目を引きます。

「川喜田半泥子物語 その芸術的生涯」
 3月17日(火)〜5月10日(日)
 あべのハルカス美術館

偉大なる趣味人の多彩な芸術


川喜田半泥子の志野茶碗
「赤不動」
(1949年、東京国立近代美術館)

川喜田半泥子の伊賀水指
「欲袋」
(1940年、石水博物館)

「東の魯山人 西の半泥子」並び称された川喜田半泥子(1878−1963)は、江戸時代から続く津の豪商の家に生まれ、百五銀行の頭取を務めるなど実業家として活躍するかたわら、陶芸や書画、俳句、写真などに豊かな才能を発揮しました。美食家で知られる北大路魯山人(1883−1959)は料理のための陶磁器を、半泥子は茶の湯に対する深い理解から茶碗を主とした陶器作りに専念します。ともに自邸に窯場を設けて、既成の概念にとらわれることなく、自由な発想で膨大な数の作品を制作したのでした。

今回の展覧会は、「川喜田家とは」「若き日の半泥子」「陶芸の世界へ・千歳山窯」「自在の境地・廣永窯」の4章にわたって、半泥子の作品だけでなく、川喜田家代々の史料や、交流の深かった作家の作品も合わせ約150点を展示し、その芸術と生涯を浮き彫りにしています。
 
明治維新によって、将軍家や諸侯の庇護を失った陶芸界は、昭和初期にかけて苦難の時代が続きます。こうした時代、半泥子は専門陶工にはない趣味人からの発想によって当意即妙な意匠の世界に新境地を拓いたのでした。こうした半泥子の作品と人となりは、荒川豊藏、金重陶陽、三輪休和ら若き陶芸家たちと交流を重ね、昭和における陶芸復興の礎ともなったのです。

「青磁のいま―受け継がれた技と美 南宋から現代まで」
  3月7日(土)〜5月24日(日)
 兵庫陶芸美術館

透明感のある青緑色の名品約120点


板谷波山
「青磁蓮花口耳付花瓶」
(1944年、出光美術館)

深見陶治「屹」
(2012〜14年)

青磁は、透明感のある青緑色のやきものです。本展では、多くの人々を魅了してやまない中国・南宋時代の名品をはじめ、近代陶芸史に名を残す板谷波山(1872−1963)や岡部嶺男(1919−90)、清水卯一(1926−2004)らの物故作家の優品や、さらに先達たちから受け継いだ技術と精神を現代に生かす人間国宝の中島宏や新進気鋭の若手作家の最新作まで、時代を映し出す青磁作品約120点を通してその魅力に迫っています。

展示は3章構成で、第1章「日本に伝わった青磁―中国・南宋時代から明治時代初期―」では宮廷用の官窯や龍泉窯で焼かれた青磁を通し、後世の手本となった名品を紹介しています。第2章の「近代の陶芸家と青磁―写しと創作―」では初代諏訪蘇山ら11名の物故作家による個性豊かな作品を展示しています。


そして第3章「現代の青磁―表現と可能性―」では、斬新なデザインや自身の想いを作品に注ぎ込んだ10名の作品を展示しています。とりわけ深見陶治の「屹」や「立」はほぼ2メートルの作品で、目を見張ります。

 

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
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・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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