密教美術と日本画の伝統美

2015年2月15日号

白鳥正夫


「弘法大師坐像
(萬日大師)」
(室町〜桃山時代
16〜17世紀、
金剛峯寺)

弘法大師空海が密教修業のため高野山を開創してから1200年、高野山では4月2日から5月21日までの50日間、総本山金剛峰寺で大法会が営まれます。その節目の年、運慶・快慶が刻んだ仏像をはじめ国宝14件、重要文化財32件がずらり一堂に展示された「高野山開創1200年記念 高野山の名宝」展が、あべのハルカス美術館では3月8日まで開催中です。一方、内外の美を描き文化財保護活動を続けた「世界遺産登録10周年記念 平山郁夫―熊野路を描く―」展が田辺市立美術館で3月22日まで、日本絵画を追求し多様な表現を駆使した「生誕150年記念 竹内栖鳳」が姫路市立美術館で3月29日まで、それぞれ開かれています。いずれも記念の特別展とあって、充実した内容で日本の伝統美を堪能できる展覧会です。

国宝・重文ずらり「高野山の名宝」展
圧巻は「八大童子像」、運慶作6童子像


国宝「諸尊仏龕」
(中国・唐時代 8世紀、
金剛峯寺)

空海は804年、遣唐使の留学僧として唐の都・長安に渡り、真言密教を学びました。2年で帰国後、平安京に程近い高雄山寺(現在の神護寺)などを拠点にして、都に密教を広めます。そして816年、根本道場の理想の場所として世俗を離れた深山の高野山を探し求めたのでした。

それより約200年前の唐王朝初期の629年、唐僧玄奘は真の仏法を求め天竺・インドに留学し、17年の歳月をかけ帰国し、般若心経などを訳しています。私は朝日新聞時代1999年に「西遊記のシルクロード 三蔵法師の道」を開催した際、金剛峯寺霊宝館を訪ね、「深沙大将立像」(鎌倉時代)を借用した思い出があります。


国宝・八大童子像のうち
「制多伽童子像」
(運慶作、鎌倉時代 12世紀、
金剛峯寺)

時を経て昨秋、高野山を訪ね宿坊に一泊しました。海抜1000メートルの峰々に囲まれた山上の聖地に点在する大本山の伽藍や寺々をめぐり、霊宝館の企画展も鑑賞したのでした。とりわけ前夜の奥之院萬燈会や宿坊での朝のお勤め(勤行と説法)などにも参加できたことは印象深いことでした。

開創以来、天皇はじめ公家、武将、庶民らから篤い信仰を集めてきた高野山は、多くの宝物が寄進され、「山の正倉院」と称されるほどです。高野山を訪ねた余韻もあり、「高野山の名宝」展の開催を待望していました。3章で構成された会場の1章「大師の生涯と高野山」は、空海が62歳のとき、高野山奥之院において入定しますが、空海直筆の決意の書をはじめ、伝記や伝説をまとめた絵巻、法具などが展示されています。

中でも国宝の「諸尊仏龕(しょそんぶつがん)」(唐時代 8世紀、金剛峯寺)は、師から密教のすべてを伝授された空海が日本に持ち帰った由緒深いもの。白檀材の香木を縦に三分割し、蝶番でつないでいて高さ約23センチです。中央に如来を中心に11尊、左右の龕には菩薩を中心に各7尊が緻密に彫り出されています。両扉となる龕を閉じれば、携帯でき、枕本尊とも呼ばれています。


重要文化財「四天王立像」
(快慶作、鎌倉時代
12〜13世紀 
金剛峯寺)

重要文化財
「孔雀明王坐像」
(快慶作、鎌倉時代・
1200年、金剛峯寺)

国宝
「澤千鳥螺鈿蒔絵小唐櫃」
(平安時代12世紀、
金剛峯寺)

2章「高野山の密教諸尊」では、密教の教えが奥深く難しいため経典・経論などの文字に頼るだけでなく、絵画や彫刻などの造形が理解の助けにと、仏像や仏画などで表現し、壮麗な密教美術が展開します。

国宝「八大童子像」(金剛峯寺)は、今回の展覧会の目玉です。運慶作の烏倶婆ガ、清浄比丘、恵喜、矜羯羅(こんがら)、制多伽、恵光の6童子(鎌倉時代12世紀)と、後年に補われたものと考えられている阿耨達(あのくた)、指徳の2童子(南北朝時代14世紀)で、霊宝館に行ってもそろってみることが出来ない文化財を揃いで、しかもガラスケース無しで間近に鑑賞できます。

快慶作の重要文化財「孔雀明王坐像」(鎌倉時代、金剛峯寺)は、豪華な金の孔雀に乗った手が四本の四臂(しひ)の明王で、重要文化財1200年に落慶した高野山孔雀堂の本尊です。他にも国宝の「五大力菩薩像」(平安時代 10-11世紀、有志八幡講)や、重文の「天弓愛染明王像」(鎌倉時代13-14世紀、金剛峯寺)などの名宝が居並び、壮観です。

3章の「多様な信仰と宝物」では、世俗の混乱から隔絶され、信仰に基づく多様な仏教美術を生み出し、受け継がれてきた仏教美術を紹介しています。快慶監修の元で複数の仏師によって造られた重要文化財「四天王立像」(鎌倉時代12-13世紀、金剛峯寺)は、多聞天、持国天、増長天、広目天とも勇壮な姿ですが、快慶が直接手がけたとされる広目天は、肉体の把握や彫りの鋭さが際立っています。

さらに国宝「澤千鳥螺鈿蒔絵小唐櫃」(平安時代12世紀、金剛峯寺)などの工芸品や、像内から銘が見つかり快慶作と認定され近年新たに重文に指定の「執金剛神立像」(鎌倉時代、金剛峯寺)なども注目です。

【史上初めて秘仏「弘法大師尊像」を公開】


立木観音境内にある
弘法大師像

厄除け観音として知られる滋賀県大津市の立木観音(立木山)でも今年、開山1200年を迎えることから、秘仏の「弘法大師尊像」を史上初めて特別公開します。期間は春期が5月31日まで、秋期が9月1日から11月1日までです。

立木山は弘法大師が諸国を修業中の815年、瀬田川のほとりで光を放つ霊木を見つけ、聖観音像を刻んだことから開山し、「多聞天(毘沙門天)」、「広目天」と合わせ四つの仏像を安置してきました。期間中、現代アートと仏の世界を融合した展示も開催されています。

熊野路を描いた名作展示の「平山郁夫」展

高野山とともに2004年に世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」の一角を占めるのが熊野古道です。「平山郁夫」展は、世界遺産10周年を記念し、熊野路の作品を特集した展覧会で、「熊野路・古道」(1991年、早稲田大学図書館)などの名作が出品されています。


「熊野路・古道」(1991年、早稲田大学図書館)

平山は1930年、広島県豊田郡(現・尾道市)瀬戸田町に生まれ、東京美術学校(現・東京藝術大学)に学んだ後、前田青邨に師事し、日本美術院を軸に日本画の重鎮とし活躍しますが、2009年に他界しました。


「高野山奥之院」
(1998年、新見美術館)

15歳の時に勤労動員先で被爆し後遺症に苛まれながら29歳の時に描いた「仏教伝来」(1959年、佐久市立近代美術館)により、画家として新たな境地を切り拓き、仏教や日本文化の源流を求めてのシルクロードの旅は160回以上に及んでいます。その傍ら、日本各地の美を探しての作品も数多く遺しています。

今回の展覧会では、平山芸術を「生涯と仏教」「シルクロード」「熊野路」の三つの視点で構成しています。熊野路は日本文化の原点が宿る場所として注目し、何度も足を運び取材を重ねて仕上げた作品です。

第76回院展の出品作「熊野路・古道」と、「高野山奥之院」(1998年、新見美術館)は、いずれも前景に大木が林立し奥へと誘う風景を描いています。ともに聖域の静謐な空気が漂い、「紀伊山地の霊場と参詣道」のテーマに即した作品です。平山は画集に「熊野詣によって日本の自然から日本文化の原点を感じとり、独自の精神文化を形成してきた」と記しています。


「法然偏依善導図」(1979年、知恩院)

最晩年には美知子夫人の故郷でもある和歌山県九度山の風景「九度山八景」を描く構想を抱いていましたが叶わず、残されたスケッチ6点(2007年、九度山町)が展示されています。ほかに「法然偏依善導図」(1979年、知恩院)や「絲綢の路 パミール高原を行く」(2001年、平山郁夫美術館)などの代表作も出品されています。

「竹内栖鳳」展に唯一の油絵公開


「絵になる最初」
(1913年、
京都市美術館蔵)

「小春」
(1927年、
海の見える杜美術館)

「竹内栖鳳」展は一昨年秋、京都市美術館開館80周年記念の大規模な回顧展として開催されていますが、今回の姫路市美では、栖鳳唯一の油絵で長年行方が分からなくなっていた「スエズ景色」(1901年、海の見える杜美術館)が見つかり、113年ぶりに一般公開されたとあっては見逃せません。

近代日本画の世界で「東の大観」、「西の栖鳳」と並び称された巨匠、竹内栖鳳(1864〜1942)は、京都に生まれ、円山四条派をはじめ伝統的な流派を習得しながらも、西洋絵画なども取り入れ、革新的な画風を確立します。また画塾を主宰し、上村松園や土田麦僊らを輩出するなど京都画壇の黄金期を築いた立役者です。

この展覧会には、画家の目の前で裸になろうとする恥じらい女性を捉えた「絵になる最初」(1913年、京都市美術館)や、ネコの柔らかい毛を巧みに描いた「小春」(1927年、海の見える杜美術館)、77歳でソテツにからむ2頭のトラを自由闊達な筆で表した意欲作「雄風」(1940年、京都市美術館)など代表作が並んでいます。

栖鳳は1900年、パリ万博の視察などで約半年間にわたって欧州を旅行し、ターナーやコローらの影響を受けます。京都市美にも展示されていた「羅馬之図(ローマの図)」(1903年、海の見える杜美術館、3月1日までの展示)は、六曲一双の屏風にセピア色で描かれた古代ローマの風景は異彩を放っています。                               
話題作の「スエズ景色」は、1901年の関西美術会(現在の関西美術院)の第1回展に出品された作品で、縦44センチ、横60・5センチで、予想より小さい作品でした。砂漠地に何本かの緑の木々、光が反射し鏡のような水面の運河のほとりに憩う
人やラクダを描いています。

栖鳳の支援者だった滋賀・長浜の実業家が所蔵していましたが、昭和初期以降、行方がわからなくなっていました。栖鳳の作品や関連資料を収集している海の見える杜美術館が3年前、京都市の画商から購入したといいます。専門家らが調査し、関西美術会の展示目録に掲載された白黒の図版や作品のサインなどから真作と判断したそうです。

さらに展覧会では、栖鳳の長女の嫁ぎ先に栖鳳の絵が施された打掛や茶道具、盆などが残されていて、各種まとめて展示されました。愛情深い栖鳳の一面がうかがうことができ、興味をそそりました。


「スエズ景色」(1901年、海の見える杜美術館)

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。

シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。

玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。
シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!
 

 

もどる