備前の森陶岳さん、85メートル登り窯に火入れ

2015年1月19日号

白鳥正夫


「寒風新大窯」の火入れ式
受付会場の寒風陶芸会館

年明け最初の寄稿は、でっかい初夢をつかもうとする陶芸家の取り組みを紹介します。その主は、備前焼の岡山県重要無形文化財保持者・森陶岳さんです。瀬戸内市牛窓町長浜に全長85メートル、幅6メートル、高さ3メートルもの巨大登り窯「寒風(さぶかぜ)新大窯」を築き、新年正月に火を入れました。陶岳さんのことは、このサイトの2006年5月5日号で、「紫綬褒章を受けた孤高の人」として寄稿していますが、前人未到の壮大なプロジェクトがいよいよ実現に向け始動し、まさに正夢になろうとしているのを機にあらためて取り上げます。

「歴史に残るようなやきものを」と抱負


神職から授けられた火を持つ
森陶岳さん

「新大窯」の初窯火入れ式の神事は4日午前10時から行われ、祝詞や玉串の奉てんなどが営まれ、作業の安全と焼成の成功を祈願しました。私も大阪から馳せ参じ、約150人が見守る中、神職から授けられた火を、陶岳さんが窯の焚き口に積まれた割り木に移すと、赤々とした炎が燃え上がりました。

今春78歳になる陶岳さんは、桃山時代からの歴史を持つ「古備前の美」を追求し、1970年代から研究を重ねてきたのです。その結果、昔と同じような土づくり、成形、そして何より大窯でたくしかない、という結論にたどりついたのでした。かつての備前焼は何人もの陶工が集まり、一つの大窯で作陶していたのです。


窯の焚き口に積まれた
割り木に移す陶岳さん

1998年に「新大窯」の準備を始め、2000年から一門の8人の陶工たちとの築窯に着手してきました。個人窯としては世界でも類を見ない巨大窯は、傾斜14度の半地下構造の直炎式登り窯です。

焚き口側に「うど」と呼ばれる焼成室から、窯の上部に向かって32の「焼き台」があり、窯の最上部に「けど」と呼ばれる焼成室が設けられています。すでに空焚きや焼成試験を済ませており、1200度の高温を確認しています。

「新大窯」には、高さ1・65メートル、胴径1・4メートルもある「五石甕(ごこくがめ)」84個と四・三・一石甕など大小の甕や大壺など約1〇〇個が詰められました。この大甕には、一門がこの日に備えた花器や茶器など数千点が入れられ、11回に分け窯詰めされました。


お供えの背後で燃え盛る火

火入れ式後、煙を窯に送り込む「くゆし」も終え、ほぼ約3ヵ月にわたって、まき約4千トンを焚(た)き続けます。その後、同じく3ヵ月かけ自然にゆっくりと冷まし、夏ごろから年末にかけて窯出しされる予定です。

構想から四半世紀、陶岳さんは「やっと長年の悲願であった大窯に火入れができました。しかし何が起こるか分からない不安もあります」と話す一方で、「長く人々の心に生き続ける歴史に残るようなやきものが生まれることを念じています」と抱負を語っていました。

試行錯誤を繰り返し、大窯焼成に自信


「歴史に残るような
やきものを」と
抱負を語る陶岳さん

備前焼は、古代の須恵器に源流を持ち、中世六古窯の一つで、釉薬(ゆうやく)を使わずに1200度もの高温で焼き締めていく様式を貫いているのが大きな特徴です。平安末期から鎌倉初期にかけて、この素朴な味わいが茶人の好むところとなり、発展しました。やがて大窯が築かれ数々の名品が生み出され、室町末期から桃山、江戸初期にかけ繁栄しました。その後は、昭和初期まで低迷期が続くことになります。  

黄金の桃山陶への回帰をめざしたのが金重陶陽です。そして人間国宝となる藤原啓とその息子の藤原雄、山本陶秀らを輩出し、再び隆盛期を迎えたのでした。イサム・ノグチや川喜田半泥子、加藤唐九郎が備前を訪れ作陶し、北大路魯山人をして「備前焼こそ料理を最高に生かすやきもの」といわしめた逸話も伝えられています。


85メートルの「寒風新大窯」

備前焼の神髄を究めたいとの思いから、試行錯誤を繰り返しながら、その手段において、もっとも大胆さと繊細さを持ち合わせたのが陶岳さんでした。「桃山時代に作られ、何百年もたったものが、今もなお感動を与える。その源泉は何なのか」を問い続けることになったわけです。それがだれもが試みなかった大窯による作陶の道でした。

陶岳さんは1937年、室町時代から続く由緒ある備前焼窯元の家に生まれ、小学生の頃から自作を焼いて育ったといいます。岡山大学教育学部特設美術科を卒業後、いったんは中学の美術教師になりますが、「やはり窯を焚いてみたい」との思いが強まり、25歳で作陶生活に入ります。  


長い巨大登り窯を覆う屋根の
周辺に積まれたまき

無口でひたむきな人柄で、ストイックな姿勢は地道なやきものづくりに向いていたようです。川砂をまぜたり、象眼技法を採り入れたりして、独自の造形を生み出します。1963年の第10回日本伝統工芸展で「備前大壷」が初入選、1969年には日本陶磁協会賞を受賞したのです。加守田章二、江崎一生らとの陶芸三人展などで意欲的な作品の発表を続け陶芸界に頭角を現します。  

しかし作れば作るほど、陶岳さんは自分の作品に満足できなくなったのです。「400年も前に作られた古備前の存在感や、秘められたエネルギーをどうすれば現代によみがえらせることができるのか……」。陶岳さんは室町、桃山時代の古備前と比べて、自分の作品が焼き締めの点で見劣りすると悩みます。


「寒風新大窯」の航空写真
(牛窓観光協会提供)

その答えは大窯での作陶で、兵庫県相生市に築いた全長46メートルの大窯で初の窯焚きをしたのです。土づくりから成形方法、窯詰め、焼成温度や時間管理など一つ一つの工程をテストする実験炉ともいえたのです。そして1985年以降、備前須恵器の発祥の地、寒風に全長53メートルの大窯を築き、ほぼ4年おきに焼成を繰り返してきました。

試行錯誤の末、極限に近いまでの高温での焼成によって、まるで釉薬をかけたように黒く変色したり、灰が火に溶けて雪崩のように流れて玉垂れの模様を作り出すなど、深みのある絶妙の窯変が起こったのでした。陶岳さんは「予想を超える色合いだ」と、大窯での焼成に自信を深めたのです。  

「古備前を超えた」作陶の集大成


自然釉大壺
(1967年、以下の作品4点は
「古備前を超えて 森陶岳」
展図録より)

條文壺(1990年)

つるくび花入(1999年)

四石甕(1999年)

私が陶岳さんに会ったのは1997年の秋ですから、まもなく20年になります。朝日新聞社時代、現地で取材する同僚記者からの紹介でした。牛窓近くの邑久(おく)に、竹下夢二の生家があります。失礼ながら夢二にも関心があったので、寒風訪問となったのでした。

陶岳さんは174センチ、82キロの堂々とした体格の上、見事に頭を丸めた風貌で、ひと目でただならぬものを感じたのでした。案内されたアトリエには、手造りしたという高さ1メートル以上の大きな甕が10数点も居並び驚かされました。宙を見ながら、土づくりのこと、ロクロを使わない成形のこと、これまでの試行錯誤のことなどをぽつぽつと語る陶岳さんの姿を、今もよく覚えています。

陶岳さんの限りない情熱と挑戦に感動した私は、「古備前を超えて 森陶岳」展を企画し、1999年9月の東京を皮切りに、約7カ月にわたって大阪、京都、広島、奈良を巡回開催しました。初期から約40年間の代表作101点を展示し、5会場合わせて5万人を超す観客を集めたのでした。

この展覧会に、通算4回目の53メートルの大窯での新作17点も出品されました。展覧会のタイトルは、監修者の乾由明・元金沢美術工芸大学学長が名付けました。大窯から窯出しされた表情豊かな褐色の肌、激しい玉垂れの力、多彩な玉虫色の窯変など存在感のある作品にふれ「古備前を超えて、まったく新しい美の世界を示している」と感嘆されたからでした。  

見かけや形の美しさにとらわれず、やきもの本質に迫ろうとする陶岳さんは、手探りから学んできた蓄積をもとに一歩一歩、古備前の世界を切り拓いてきたのです。「まったく八方ふさがりで行き詰まっていた時に、ひらめいていたことが的中しました。これは神のお導きとしか思えません」と述懐しています。知恵と情熱と先人から受け継いだ細胞の記憶から、本来の古備前の輝きを確信できるまで挑む陶岳さんはどこまでも信念の人です。  

また陶岳さんは、「一以貫之」という言葉をよく使います。かつて古い備前焼に出会った感動から、様々な試みをしてきた自分の道を信じ作陶に取り組むという覚悟の言葉と受け取れました。めざすものは、古備前を超えるどころか、土と炎のなせる陶芸の神秘的な新しい世界を切り拓くことではないか、と思われます。

「何かに突き動かされてきました。後には引けません。陶芸人生のすべてをかけた挑戦です」。静かな口調ながら並々ならぬ闘志をみなぎらせる陶岳さんにとって、「新大窯」はまさに集大成であり、備前焼のみならず陶芸界にとっても画期的な一大プロジェクトなのです。


53メートル大窯の前に立つ陶岳さん (1998年)

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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