『シルクロードの現代日本人列伝』を出版

2014年12月21日号

白鳥正夫


新刊 『シルクロードの
現代日本人列伝』の表紙

今年最後の寄稿となりましたが、今秋に『シルクロードの現代日本人列伝』を出版しましたので取り上げます。シルクロードの旅は、玄奘三蔵の求法の道をたどりながら、中国の西域から中央アジア、そしてインドへと至り、さらには中東のイラン、トルコ、ギリシャ、イタリアへと断続的に17回を数え、ライフワークのようになっています。その「シルクロードの始点と天山回廊経路網」が今年6月のユネスコ世界遺産委員会で、世界文化遺産に登録されました。シルクロードは古来、交易の道であり仏教伝来の道でもありますが、何より「人の道」です。だからこそ平和の道にしなければなりません。

世界文化遺産の陰で貢献する日本人


タクラマカン砂漠を行く
ラクダの隊列
(元NHK「シルクロード」
取材班団長・鈴木肇さん提供)

今回のシルクロードの世界文化遺産は、中華人民共和国に加え、カザフスタン、キルギス両共和国と三国共同で申請された初めての本格的なシリアル・ノミネーション(複数の連続性有る遺産の推薦)でした。国境を超えての包括登録という新しい手法で、かつてないスケールの構想が動き出した意義は大です。とはいえ東西の人や文化や往来した大動脈のほんの一部であり、将来的には西方の「交易の道」であった地中海地域へ繋がれていくのは確実です。東に延長させて、日本でも沖ノ島、太宰府を経て奈良に至る「仏教伝播の道」への可能性も秘めています。

「シルクロードが世界遺産に」のニュースの陰で、国際貢献に尽くす日本人がいることは余り知られていません。「絹の道を世界遺産に」と着想し、口火を切ったのは、日本画家でユネスコ親善大使であった故・平山郁夫さんでした。国連文化遺産年の2002年12月に中国の西安で開催されたユネスコ・シルクロード国際学術シンポジウムで提唱したのです。後日、平山さんは「シルクロードを国際交流や平和の道に」との趣旨を盛った書簡を、当時のコフィー・アナン国連事務総長に送っています。

【文化財保存に尽くした故・平山郁夫画伯】


タクラマカン砂漠の西域南道で
写生をする平山郁夫さん
(1981年、平山郁夫美術館提供)

平山郁夫さんの転機となった作品は「仏教伝来」(1959年、佐久市立近代美術館蔵)です。白血病と宣告され死に脅え、生活苦に悩まされる日々、「一枚でも心に残る絵を描きたい」と思いあぐねていました。インドへ命がけの求法の旅に出た唐僧・玄奘三蔵の姿が、あたかも天の啓示を受けたかのように浮かび上がり、玄奘がオアシスにたどり着いた場面を描いた作品が出世作となり、被爆画家の切なる平和への願いを絵筆に表現し、世界の文化財を守る活動に邁進されたのです。

玄奘の旅を追体験する旅はシルクロード全域に広がり、168回もの旅で遺跡や風景、そこに暮らす人びとを描き続け、文字通り「シルクロードの画家」と呼ばれるようになりました。 「文化を守ることは民族の誇りを守り、人々の心を守ることにつながる」が信念の平山さんは、画業と文化財保護活動を通じて、人びとの心に平和の大切さを呼びかけたのでした。人類共通の文化遺産を守る活動による国際交流や平和活動に、平山さんの「次世代へのメッセージ」が込められています。


「仏教伝来」(1959年、佐久市立近代美術館蔵)


「流沙浄土変」(1976年、エール蔵王 島川記念館蔵)


【キジル千仏洞修復の小島康誉さん】


日中共同ニヤ遺跡学術調査で
現地に向かう小島康誉さん
(1995年)

以下3枚、小島さん提供

宝石商を興した小島康誉さんは、宝石の買い付けで中国の新疆ウイグル自治区へ出向いた1986年、キジル千仏洞を参観することができました。当時は対外開放されていず、外国人旅行証を取得してのことです。敦煌、雲崗、龍門と並ぶ四大石窟の中でも、もっとも古いキジル千仏洞は、3世紀から8世紀にかけて約3キロにわたって開削され、寺院や僧坊が造営されていました。

断崖をうがって掘られた約200以上の石窟の中には仏像が祀られ、延べにして1万平方メートルに及ぶ壁画が描かれていたのですが、外国からの探検隊が持ち去った上、破損行為、不心得者の盗掘、さらには長年の風雪で、キジル石窟の貴重な壁画も荒廃してしまっていたのです。

小島さんは心を痛め、キジル千仏洞の修復に私財を投じ、ニヤやダンダンウイリク遺跡の日中共同学術調査団を組織するなど約30年にわたって、学術研究の支援を続けています。


修復後のキジル千仏洞(1989年)


地面に点在する約2000年前のニヤ遺跡遺構)

【仏教遺跡発掘を続ける92歳の加藤九祚さん】


ウズベキスタンの
ダルベルジンでの発掘作業
(2008年、
奥野浩司さん撮影)


4年8ヵ月もシベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは、定年まで国立民族学博物館教授として、シベリアの歴史と文化の研究に携わりました。引き続き勤めた創価大学では、加藤さんの提案によってシルクロードの学術研究調査に乗り出すことになり、ウズベク共和国ハムザ記念芸術学研究所との間に協定を結び、遺跡調査を開始したのでした。北方ユーラシア民族学が専門の加藤さんは、図らずも日本側の調査団長として中央アジアで遺跡の発掘にかかわることになったのです。

創価大学退職後も、加藤さんは特別許可を得て、現地に「加藤の家」を持ち、本腰を入れ発掘に取り組んだのです。1998年、ついにカラテパで10数メートルを超える方形の巨大なストゥーパ(仏塔)を掘り当て、92歳の現在もウズベキスタンの仏教遺跡の発掘ロマンを持続しています。発掘成果の日本での展示も実現し、年に2度渡航し、著書の執筆に精励する日々です。


加藤九祚さんらが発掘した
カラテパ遺跡のストゥーパ基壇
(2001年、筆者撮影)


カラテパ北丘の3〜4世紀の僧院址全景
(2005年頃、加藤九祚さん提供)


【バーミヤン再生に情熱を燃やす前田耕作さん】


壁画のコピーを
現場の壁画に合わせている
前田耕作さん(2004年)
以下3枚、前田さん提供


和光大学名誉教授の前田耕作さんがアフガニスタンを初めて訪れたのは、1964年、第一次名古屋大学アフガニスタン学術調査団の一員として、約3カ月間現地に滞在しました。バーミヤン地域の仏教遺跡の調査と、玄奘三蔵が口述筆記させた『大唐西域記』の天竺への道筋を踏査するのが目的でした。

前田さんは1969年に第二次調査を実施し、花の髪飾りを着けた供養天や、金色の髪飾りを着けた菩薩立像と比丘などを確認しています。その後、前田さんは和光大学人文学部へ奉職しますが、非常勤講師を兼任していた成城大学でも新たに学術調査団を形成して、1975年と77年にもバーミヤンに出向いています。

玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やしています。ソ連の侵攻前から現地に入り、2003年から始まったユネスコの保存・修復活動の中心的役割を担っています。


2003年に世界文化遺産に登録されている
バーミヤン渓谷の全景(2003年)


「歴史と文化が生き残れば、
国もまた生き残ろう」
の言葉が掲げられていた
カブール博物館の入り口
(2003年)


世界遺産シルクロードを平和の道へ

広大なユーラシア大陸の上に展開したシルクロードは、交易の道として栄え、いくつもの国を通過し、東西交流の豊かな文化を生み出してきました。しかし紀元前にはアレクサンドロス大王が東征し、紀元後もチンギスハーンが征西するなど幾度となく興亡の歴史を刻んだ戦の道でもありました。現在もアフガニスタンやシリアで内戦が続きます。さらに新疆ウイグル自治区では、深刻な民族問題を抱えます。

今回の世界文化遺産は、玄奘のたどった道とも重なり、遺骨を祀っている西安の興教寺や、経典を翻訳し納めた大雁塔、立ち寄った高昌・交河故城、キジル千仏洞、スバシ仏寺などが含まれています。言葉や自然の壁を超えて交流し無事に求法の目的を成し遂げた玄奘や、交易のためにオアシスを通過し幾つもの国を旅した隊商の人びとに、「平和への道」のあるべき姿を見いだすことができます。

今後、シルクロードを単に観光開発の対象としてではなく、「平和と国際交流の道」にすべきであろう。わが国にとっても、シルクロードは仏教や、様々な文物が伝わってきた日本文化の源流であり、ユーラシア大陸と密接に繋がってきた歴史を理解し、一層の国際貢献が望まれます。

アジアとヨーロッパを結ぶ大動脈のシルクロードが、人類共有の普遍的価値を持つ文化遺産であると同時に、人類悲願の国際平和の象徴としての役割を担ってこそ、真の価値があるからです。そんな願いを込めて書き進めた一冊です。

新刊の構成は下記の通りです。

序 章 体験的シルクです。ロードの旅 玄奘三蔵の足跡をたどる
第一章 求法と鎮魂、玄奘の道を追体験
  平山郁夫・平和願い文化財赤十字への道
第二章 新疆ウイグルで遺跡保護研究
  小島康誉・日中相互理解促進へ命燃やす
第三章 ウズベキスタンで遺跡調査
  加藤九祚・90歳超えても発掘ロマン
第四章 バーミヤン遺跡の継続調査
  前田耕作・アフガニスタン往還半世紀
終 章 玄奘の生き方指針に平和の道へ
  それぞれのシルクロード、わが想い

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『シルクロードの現代日本人列伝』(三五館、四六判、並製。本文240ページ+カラーグラビア16ページ。1500円+税)。「ぶんか考で知った」と明記すれば税・送料サービス。
三五館(TEL 03−3226−0035 FAX 03−3226−0170)

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。

シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。

玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。
シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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