神戸と大阪で魅力的な企画展

2014年11月19日号

白鳥正夫


ハトシェプスト女王像の頭部
Rogers Fund, 1931
(31.3.153)

関西では国内外の展覧会が近年になく充実し、まさに「競演」の趣です。なかでも神戸と大阪で長期開催中の魅力的な展覧会を紹介します。神戸市立博物館では、世界三大美術館の一つ、ニューヨークのメトロポリタン美術館が誇る「古代エジプト展」が「女王と女神」をテーマに約200点の至宝を日本初公開しています。一方、大阪のあべのハルカス美術館では、絵画の革新として注目された「新印象派 ─ 光と色のドラマ」が、オルセー美術館やメトロポリタン美術館をはじめ世界12ヵ国、約60の美術館や個人コレクションから集められた約100点を展示しています。いずれも来年1月12日までのロングランですので、この機会に鑑賞をお勧めします。

「古代エジプト展 女王と女神」は  
約200点の至宝を日本初公開


ハトシェプスト女王の
スフィンクス
Rogers Fund, 1931
(31.3.94)

ハトホル女神の象徴が
ついた建物装飾
Gift of Joseph W. Drexel,
1889 (89.2.214)

アクエンアテン王と
ネフェルティティ王妃の
ゴブレット 
Gift of Edward S. Harkness,
1922 (22.9.1)

二つのガゼルの頭がついた冠
Purchase,
George F. Baker and
Mr. and Mrs. V. Everit Macy
Gifts, 1920 (26.8.99)

アメン・ラー神の歌い手
ヘネトタウィの人型内棺と
ミイラ板 
Rogers Fund,
1925
(25.3.183a, b; 25.3.184)

「古代エジプト展」の展示
(神戸市立博物館) 

メトロポリタン美術館は、ニューヨーク・マンハッタンの中心地セントラルパーク内に1870年に創設されました。世界のあらゆる地域から集められた200万点にのぼるコレクションは、先史時代から現代までを網羅し、年間500万人以上の来場者が訪れます。これらのコレクションは市民による募金活動や大富豪からの相次ぐ寄贈により所蔵を増やし、「見る美術百科事典」とも称されるほどです。  

エジプト部門は、1906年に設立され、直後にエジプトへ調査団を派遣し、ハトシェプスト女王葬祭殿の発掘などで、1930年代までに重要な成果を上げました。さらにアメリカ人考古学者セオドア・デイヴィスらによる寄贈や英国貴族カーナーヴォン卿らが所蔵する個人コレクションの購入などにより、あらゆる年代にわたる、約3万点におよぶ世界有数のエジプト・コレクションが築かれ、現在もなお最新の研究が進められています。  

今回の展覧会では、古代エジプトにおいて最も重要な女性ファラオ(王)として知られるハトシェプスト女王に焦点を当てています。神秘の女王ハトシェプストは、第18王朝のファラオとして政治を行い、内政と交易の強化に力を入れ、平和外交によって古代エジプトを繁栄させ文化的最盛期を築きましたが、近年までその存在は多くの謎に包まれていました。  

この展覧会では、ハトシェプスト女王の約20年の在位中に自身が造営した巨大葬祭殿から発掘された彫像など出土品をもとに女王の実像に迫っています。男性の役割だったファラオの伝統に沿って頭巾やつけひげをまとった「男装の女王」としての彫像をはじめ、古代エジプトの繁栄に大きく貢献した神秘の女王ハトシェプストにまつわる品々が見どころです。  

多神教である古代エジプトには男性神とほぼ同じ数の女神がいました。古代エジプト神話には多くの女神が登場します。女神たちはそれぞれ役割を持ち、当時の人々から篤い信仰を集めていました。愛と美と豊穣を司り、牛の頭を持ったハトホル女神を中心に、当時の人々から篤い信仰を集めた女神たちの彫像やレリーフ、ステラ、護符、さらに王家の女性たちを美しく彩り、時には呪術的な役割も果たした豪華な装身具、デザイン性に溢れた精巧な化粧道具、楽器なども展示されています。  

展示は7章で構成され、第1章の「ファラオになった女王ハトシェプスト」で、葬祭殿を飾っていた「ハトシェプスト女王像の頭部」(前1473−前1458年頃、石灰岩・彩色)が出展されています。元は高さ3.4メートルもの全身像で、頭には上下エジプトを統一し、エジプト全土の支配者を意味する赤冠と白冠を組み合わせた二重冠をかぶっています。ハトシェプスト女王葬祭殿の模型も展示されています。  

第2章の「愛と美の女神 ハトホル」では牛の耳を持つ「建物装飾」や「牛の女神の頭部」「弧形シストラム」など、第3章の「信仰された女神たち」では「セクメト女神像」「イシス女神とアシュートのウプウアウト神の像」、第4章の「王妃、王女たち」でも「王妃あるいは女神の像の上部」「弧状ハープ」など、古代エジプト特有の彫像や文物が並んでいて興味を惹きます。  

第5章の「王族の装身具」、第6章の「王族の化粧道具」は、きらびやかな宝飾品や、現代でも驚くほど精巧なデザインの化粧道具に目を見張ります。第7章の「来世への信仰」では、トトメス3世の「3人の外国人の妻の墓」から発見された金製品や装飾の施された棺、女性の顔をかたどったカノポス容器など、来世における永遠の幸せを願った王家の死生観に迫っています。  

「新印象派 ─ 光と色のドラマ」も  
世界12ヵ国から約100点集結


ポール・シニャック
「髪を結う女、作品227」
(1892年、個人蔵)
(C)Droit Reserve

ポール・シニャック
「クリシーのガスタンク」
(1886年、
ヴィクトリア国立美術館)
(C)National Gallery of
Victoria,Melbourne

「新印象派」の登場は1886年、最後となる第8回印象派展においてでした。カミーユ・ピサロの後押しで初出品したジョルジュ・スーラとポール・シニャックの作品が、かつてない描法だったことから注目されたのです。それらの作品は、印象派における色彩の役割を継承しながらも、光学や色彩に関する科学的理論に基づいて色調を分割し、細かな点描で画面を構成するというものでした。

それまでの印象派は、揺れる水面や陽光のうつろいなど、自らの目に映る世界を描き出そうとし、それに相応しい様式を作り出しました。その明るい画面を作り出す様式を、新印象派は最新の光学や色彩理論を援用して、より発展させていました。そして目に見える世界をそのまま再現することよりも、色彩そのもののもつ表現力へと関心を移していき、20世紀初頭のフォーヴィスム(野獣派)誕生への橋渡しになったのでした。  

「新印象派」と名づけられたこの画期的スタイルが絵画の革新を推し進めた運動の一つとして、数多くの作家たちを巻き込みながら国際的な発展と変遷を遂げ、20世紀美術の色彩表現に多大な影響を与えます。この展覧会では、約20年間のプロセスを時間軸に沿って、世界各地から集められた優品の数々によってたどります。


ジョルジュ・スーラ
「セーヌ川、
クールブヴォワにて」
(1885年、個人蔵)
(C)Droit Reserve

アンドレ・ドラン
「コリウール港の小舟」
(1905年、
大阪新美術館建設準備室)

展示は、印象派のクロード・モネの作品から始まり、スーラ、シニャックによる新印象派初期の作品、その後フランスやベルギーで次々と生み出された多様な新印象派の作品、さらにアンリ・マティス、アンドレ・ドランの色彩溢れる作品などが続きます。スーラの描いた静かで小さな点が、マティスのダイナミックで強い色彩の表現へ至るまでの変化の軌跡を、年代順に24人の作品によって鑑賞できます。  

新印象派の作品の多くは、点描画ですが、ポスターやチラシに紹介されているのがシニャックの「髪を結う女、作品227」(1982年、個人蔵)です。洗面台の前で身づくろいする女性の後姿を描いていますが、ひと目で印象に残る作品です。「もっと近くでみつめてほしいの。」といった宣伝文句で謳われているように、近くで見ると点描が鮮やかです。絵の具を混ぜずに色の粒を重ね、その配色によって、色彩効果を高めています。モデルがシニャックの恋人ベルトといい、二人の親密さを物語るような画面構成です。  
シニャックの代表作「クリシーのガスタンク」(1886年、ヴィクトリア国立美術館蔵)は、屋根の赤と草地の緑、空の青と地面の黄色が配置されていて、補色対比で色を際立たせる点描のマジックを感じさせる作品です。

点描の生みの親でもあるスーラの「セーヌ川、クールブヴォワにて」(1885年、個人蔵)や「《グランド・ジャット島の日曜の午後》の習作」(1884−86年)の4作品などは、従来の印象派の風景画とは、明らかに一線を画するものです。「グランド・ジャット島の日曜の午後」の本作は出品されていませんが、会場では大阪出身の漫画家・武田秀雄さんが、90万本以上の「まち針」を使って実寸大で 再現した「グランド・ジャット島の日曜の午後」が特別出品されています。


「新印象派展」の展示
(あべのハルカス美術館)

色とりどりの「まち針」の頭の部分を点描に見立てたこの作品は、遠目に見れば1枚の絵画作品にしか見えませんが、近寄って見れば点の集まりであることが分かります。点描について実に分かりやすく教えてくれるとともに、点描技法の特異性を実感できます。絵画技法を実証する作品であり、その根気強い作業は、見る者を圧倒します。

展覧会は新年1月24日から3月29日まで東京都美術館に巡回します。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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