個性派の表現世界アラカルト

2014年10月20日号

白鳥正夫


安野光雅
「バラ(エンプレスミチコ)」
以下3点
(C)空想工房

美術の秋たけなわで、多種多様な展覧会が次々と開催されています。前回は京都で開幕した「日本の美」をテーマとした3つの企画展を紹介しましたが、今回は奈良と兵庫両県下で開催中の個性派の多彩な表現世界アラカルトといった感じで取り上げます。安野光雅さんが天皇・皇后両陛下のお住まいを彩る草花を描いた「御所の花展」が奈良県立万葉文化館で11月24日まで開かれています。兵庫では、その名も「記憶の遠近術 篠山紀信、横尾忠則を撮る」が横尾忠則現代美術館で新年1月4日まで、人形作家で著名な「SIMONDOLL 四谷シモン」展が西宮市大谷記念美術館で11月30日まで、とんねるずの「木梨憲武展×20years INSPIRATION−瞬間の好奇心」が兵庫県立美術館で11月9日までそれぞれ「競演」中です。分野は違いますが、個性あふれる展示が楽しめます。

安野光雅の「御所の花展」は水彩130点の花々


安野光雅
「ヒオウギアヤメ」

まず「御所の花展」から。安野さんは、1926年に島根県津和野町に生まれ、現在も画家だけでなく絵本作家、装幀など幅広く活躍しています。35歳の時、美術教師から自立し、42歳で最初の絵本『ふしぎなえ』(福音館書店)を発表し、その後絵本作家として世界的な評価を受けます。文学や科学、数学などにも造詣が深く、国際アンデルセン賞画家賞をはじめ数々の賞を受賞、2012年には文化功労者に顕彰されています。

私にとっては、司馬遼太郎の『街道をゆく』の挿画を印象深く記憶しています。その安野さんが天皇、皇后両陛下の本の装丁をしたご縁で、2011年初から1年余り、皇居の御所の庭に通い、四季折々の草花を写生する機会に恵まれたのです。展覧会では、御所のお庭を彩る花々を題材として描いた130点の水彩作品が展示されています。


安野光雅
「ユウスゲ」

今年1月に京都・高島屋で開催された展覧会でじっくり鑑賞しましたが、バラ(プリンセスミチコ)をはじめ、梅や桜といったおなじみの花から、ヤマボウシ、ユウスゲ、ススキなどの野の草花まで、淡い色彩で仕上げられています。とりわけ四季の花として、春の訪れを告げるレンゲソウ、蛍のような夏のユウスゲ、秋の深まりと共に咲くワレモコウ、赤い実をつけ冬に彩りを添えるイイギリなど、安野さんならではの表現力で、植物の美しさや生命力を伝えています。

エッセイストでもある安野さんが「昔は、田んぼにレンゲを鋤(す)き込んで肥料にしたこともあり、どこにでも見られる花でしたが、今となっては懐かしい風景といえます。御所の南側土手では、3月になると一面、赤紫色のレンゲの花が咲くそうです」と、一文を添えられていました。

安野さんは『御所の花』(2014年、NHK出版)の中で、「自然は弱肉強食の世界で、そのままにしておけば、たちまちジャングルになってしまうにちがいない。御所には栽培種の植物はごく少ない。自然の植物が自然のままに生きていくために、人が手を添えるというたゆまぬ努力がなくてはならぬことをしった」と、書き記しています。

「篠山紀信、横尾忠則を撮る」展は厳選70点


記者会見する篠山紀信さん

「篠山紀信、横尾忠則を撮る」展は、写真家の篠山さんが撮影した、美術家の横尾さんと彼に影響を与えた人々とが共有した時間に焦点をあてた写真集『記憶の遠近術』(1992年、講談社)によるものです。もともと横尾さんの着想で選ばれたアイドル的な人々とのツーショットによる写真集で、その中から約70点を厳選し写真展として構成しています。

篠山さんは、1940年に東京のお寺の次男として生まれます。衝動的に日本大学の写真学科に進んだことで、写真家の道を歩みます。1973年に『女形・玉三郎展』で芸術選奨新人賞を受賞。75に雑誌『GORO』で歌手の山口百恵特集で使い始めた「激写」は流行語になったほどでした。常に「今」を感じ、時代とともに表現が変わり続け、なお第一線で活躍する写真家なのです。


篠山紀信
「三島由紀夫」
(1968年)

『記憶の遠近術』は1968年に、三島由紀夫との写真から撮影がスタートします。多くはスタジオ撮影で、相手のキャラクターに合わせて横尾さんがコスプレするなどの演出が施されています。遠近を強調したモデルの配置や人体が織りなすフォルムの強調された作品が目立ちます。

両者が多忙を極め一時中断しますが、70年になって横尾さんが郷里の西脇市に10数年ぶりに帰郷する際に同行し撮影が再開されます。この撮影旅行が二人の芸術家にとって転機となり、横尾さんの作品が内面や精神世界へと傾倒しはじめ、篠山さんの写真表現もより自然体のスナップショットへと変化したとされています。

これらの写真は、撮影開始から約四半世紀を経て、ようやく写真集『記憶の遠近術』として出版されます。1960年代から70年代といえば日米安保条約締結による「安保闘争」が繰り広げられた時期でもあり、世相の一断面としても注目されます。


ずらり並んだ篠山作品の展示

作家・三島由紀夫が日の丸を背景に日本刀を左手に、横尾さんの首を右手に抱え込んだ一枚は、衝撃的であり、時代を感じさせます。このほか元巨人軍監督の川上哲治さんとユニホーム姿の横尾さんや、漫画家・手塚治虫と相合い傘で収まった作品、さらには浅丘ルリ子さんや高倉健さんとのツーショットなどがずらり並んでいます。

会場には篠山さんの写真をモチーフにした横尾さんのアクリル画2点も展示されています。内覧会に出席した篠山さんは「横尾ちゃんのスター性で、撮影を断られたことがありませんでした。数多くの時代の寵児と出会い一緒に仕事することが出来ました。昭和の匂いをぜひ体感してほしい」と話していました。

関西初の「四谷シモン」展には46体


四谷シモン
「少女の人形」
(1993年)

四谷シモン
「姉妹」
(2012年)

「四谷シモン」展は関西で初めての個展です。東京・五反田に1944年生まれたシモンさんは、タンゴの楽師である父、ダンサーの母という芸能一家で育ちました。留守がちな両親がお土産として買った人形が幼少期の思い出であり、小学生の頃から粘土やぬいぐるみの人形を作り始めます。
 
1965年になって、古書店で偶然手にした雑誌『新婦人』で、ドイツのシュルレアリストであるハンス・ベルメールの球体関節人形の写真に、強い衝撃を受けたのです。従来の人形は、そのポーズによって、感情や思いを表現しえるものの、形象は固定していました。
 
「人形とは何か」を模索していたシモンさんにとって、関節が動く球体関節人形はポーズをつける必要がなくなったのです。そして人形とは「人のかたち」であり関節で動くものと悟り、以後は独学で球体関節人形の制作に取り組み、新しい人形表現の地平を切り拓き、日本における球体関節人形の第一人者となったのでした。
 
展覧会では、作家の思いを反映した46体の人形が6つの章で構成されています。無垢なるものとしての「少年少女の人形」から、自ら出演していた状況劇場時代の女形としての自身を模した「誘惑するもの―女」、自動人形に挑んだ「機械仕掛の少年」と続きます。


四谷シモン作品の展示

そしてシモンさんの人生に多大な影響を与えた澁澤龍彦へのオマージュとしての「天上のもの―天使、キリスト」、自己愛を表現した「自らを作るもの―シモン」、木枠で出来た少女による「未完なもの、そしてベルメールへのオマージュ」と、シモンドールの世界を紹介しています。

図録になっている書籍『SIMONDOLL 四谷シモン』(2014年、求龍堂)で、担当の下村朝香学芸員らのインタビューに、シモンさんは「人形は日常じゃないんですよね、つまり現実世界のものとは違う。だから、少し自分より上のものとして人形を作る訳です。そういう意味で、人形作家は人形のしもべであると言えるかもしれないね。だから、僕は僕の作る人形に少し高い所に飛躍してもらいたいと思っているんじゃないかな。そして、そう思う背景には祈りみたいなものがあるのかもしれない」と、語っています。

20年にわたる足跡300点の「木梨憲武展」


「セーヌ川」の前で木梨憲武さん

最後に「木梨憲武展」は、テレビでおなじみの、とんねるずの石橋貴明とコンビを組むお笑いタレントの、もう一つの顔であるアーティストして活躍する木梨さんの20年間にわたる足跡を振り返った展覧会です。自由奔放に制作された絵画を中心に、ドローイング、オブジェ、映像など350点が展示されています。
 
木梨さんは、東京・世田谷区の自転車店に生まれ、帝京高校へ進みます。当時はサッカー部に在籍しており、野球部にいた同級生の石橋さんとはよくコンビを組んでネタをやっていたそうです。バラエティ番組「TVジョッキー」の一般参加で、グランドチャンピオン大会に出場した際に石橋さんが友情出演しテレビ初共演となり、1981年にとんねるずを結成します。2010年にはコンビ結成30周年を迎えますが、近年はそれぞれ単独活動が主です、


木梨さんの立体作品も展示

多様な木梨作品の展示会場

木梨さんが絵を本格的に描き始めるきっかけとなったのは、1994年に放送されたバラエティ番組でした。木梨さんが画家に扮し、岡本太郎の名をもじって"憲太郎画伯"として、パリで風景画を描くという内容です。
 
その年に番組企画で初個展を開催したのを機に、タレントとして活躍する一方で、制作も精力的に続け、その後7度にわたって、個展を開いています。今回の個展は20年の節目でこれまでの展覧会とは一線を画す、大規模な展覧会になっています。
 
1994年にパリで描いた「セーヌ川」は、黒色ペン一色で描かれたもので、当時フランスの画家とのコンテストで勝利を収め、自信につながった一作です。2001年になって、現地を再訪し、転写した作品に色づけした作品と並べて展示していました。内覧会の会場に姿を見せていた木梨さんは、「実際は雨で色のない風景でした」とのエピソードを披露していました。
 
アートとタレントの兼ね合いについては、「私にとって線引きはありません。アートも作品を通した一種のライブと思って、取り組んできました」と、笑顔で語っていたのが印象的でした。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

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―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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