文化意識を高め成熟社会へ

2003年11月20日号

白鳥正夫

 ある日、視覚障害者からのメールにこんなメッセージが綴られていました。
 「私たちの中には、絵が見えなくても、その説明を聞き、絵の世界を楽しむ者もいます。俳句などを点字で読んだ時にも、その風景を絵画としてイメージすることも楽しいです」
 健常者の立場からは、目の不自由な人は旅行してもつまらないだろうと思いがちですが、まったく違った想像の世界があるのです。これもメールで知ったことですが、熱海の海岸を観光した者は、貫一・お宮の銅像を触って物語を皮膚で確かめ、富士山登頂に挑戦した者は、ポテトチップスの袋がパンパンに膨らんでいることから高度を感じたりするのです。
 五官に恵まれた健常者が、空気のような存在になり、日ごろ気づかない「文化」の恩恵を認識してもらいたいものです。戦後を駈け抜けてきた私たちは、ともすれば物質的な豊かさを追い求めてきまました。しかし同時に心の豊かさと結びかないことを気づき始めたのです。
 シルクロードを旅した時、多くの貧しい暮らしをする人々と出会いました。車やテレビなど文明の利器がない生活です。しかし自然の恵みを感じ、土地の風習や祭りを楽しむ姿に、文化的な豊かさを感じました。

 さて私たちの周辺には「文化」という言葉があふれかえっています。
 「文化の日」に始まって、「文化勲章」、「文化遺産」や「文化財」、身近に「文化会館」や「文化住宅」、さらに「文化交流」や「文化人」……。
 ところが日常生活の中に、文化的な豊かさが息づいているでしょうか。
 美術館でピカソやルノアールの大作を見たことを、コンサートでベートヴェンやモーツアルトの曲を聞いたことを上げる人もいるでしょう。あるいは茶道や華道など伝統文化に親しんでいる人も多いでしょう。文学や建築、考古学などの研究に興味のある方は、「文化」についてそれぞれ専門的な知識をお持ちでしょう。
 もちろんスポーツを好きな人は、見て楽しむことも「文化」と言えるでしょう。もっと広義に解釈すれば、パチンコもカラオケも、時代とともに人間生活に関わる何もかもが「文化」につながります。ただ「文化」を見聞し、触れ合うだけでは「文化」の豊かさを享受したことになりません。研ぎ澄ました感性の中に宿るのです。

  二十世紀は激動の時代でした。日本は戦前、アジアでの覇権をめざし、一にも二にも軍事優先。国民の基本的人権より国益が追求され、「軍事大国」として君臨しました。敗戦後、朝鮮戦争に伴う特需や日本人の勤勉さもあって、あっと言う間に「経済大国」としてのし上がりました。しかし長くは続かずバブルがはじけ、その地位の低下を余儀なくされています。
 二十一世紀、世界から求められているのは「文化立国」の道ではないでしょうか。「文化」の比重がますます高まってきているが、国や地方の文化行政は決して豊かとは言えません。地方でも立派な文化施設ができましたが、内実は伴っていません。
 私たちの日常生活でも、経済的な富が必ずしも心の豊かさを意味しないことを認識するようになりました。それゆえ人間の豊かさと切り離せなくなった「文化」を、感じ見つめてほしいものです。国や地方の行政に注文をつける一方で、私たち自身の意識も問われています。成熟した社会へ、私たちは異文化との触れ合いや文化貢献への理解を深める必要があります。
 それは、私たちの生き方の「質」を高めることに他なりません。
 (新刊『「文化」は生きる「力」だ!』プロローグより抜粋)


しらとり・まさお
朝日新聞社大阪企画事業部企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から、現在に至る。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。


新刊
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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