デュフィ久々の回顧展と、こどもを描いた名画

2014年8月18日号

白鳥正夫

「手を替え品を替え」とは、まるで手品師のようですが、展覧会もまさに、そうした趣があります。大阪の天王寺地区にある二つの美術館では、19世紀から20世紀にかけて活躍した巨匠の魅力的な作品世界を鑑賞できます。関西では久々の回顧展となる「デュフィ展 絵筆が奏でる色彩のメロディー」が、あべのハルカス美術館で9月28日まで、ルノワールやモネ、ピカソらが描いた「こども展 名画にみるこどもと画家の絆」が、大阪市立美術館で10月13日まで開催中です。独自の描法を確立した巨匠の回顧展は美術の豊かさを、切り口を替えたテーマ展には美術の多様さを味わうことができます。


デュフィがデザインした
「夏のドレス 1920」
(島根県立美術館)の展示

関西で久々の「デュフィ」回顧展
約150点で「色彩の魔術師」の軌跡


デュフィ「ニースの窓辺」
(1928年、島根県立美術館)

ラウル・デュフィ(1877−1953)は、20世紀初頭にアンリ・マティスらと並び強烈な色彩表現を特色とするフォーヴィスム(野獣派)の代表作家に数えられています。明るい明感のある色彩とリズム感のある線描はユニークで、「色彩の魔術師」と称されています。とりわけ音楽に造詣が深く、服飾デザインの仕事を通じて会得した持ち味を活かし、明るく都会的なセンスに満ちた画風で知られています。
 
展覧会企画に携わっている私は、2006年に大阪の大丸ミュージアム・心斎橋をはじめ福島、静岡、東京に巡回した「ラウル・デュフィ 美、生きる喜び」展に関わったことがあり、それ以来のまとまった作品に再会できる楽しみもありました。この時は、デュフィの主題の一つであった「水」をテーマにした海や川、レガッタ、港の情景などの作品を中心に構成していました。


デュフィ「馬に乗ったケスラー一家」
(1932年、テート)
(C)Tate London 2013

今回の回顧展は、デュフィが故郷のル・アーヴルからパリに出て国立美術学校に入学する1899年から晩年に至るまでを紹介しています。パリ市立近代美術館、パリ国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)はじめ、ル・アーヴルのアンドレ・マルロー近代美術館、ロンドンのテートなどから、油彩画の代表作のほか、版画やテキスタイル、陶器、家具など約150点が展示されています。


デュフィ「モーツアルト」
(1941年頃、
大分県立芸術会館)

展示構成は、ほぼ時系列に並べられ、第1章の「1900−1910年代 造形的革新のただなかで」は、パリで学び始めた頃からの作品で、「夕暮れ時のル・アーヴルの港」や「マルティーグの港」など暗い色調で描かれていて、別人の作品を見ているようです。その後、印象派に始まって、マティスやセザンヌの影響を受け、模索する画家の変遷が見てとれます。
 
第2章は「木版画とテキスタイル・デザイン」で、画家として独自の道を確立出来ずにいたデュフィが一時期、アポリネールの『動物詩集』のための木版画などの制作に力を注ぎます。1909年にフランスを代表するファッション・デザイナーのポール・ポワレと出会ったことが転機となり、テキスタイル・デザインの数々を手掛け、デュフィの中に眠っていた色彩感覚を開花させたのでした。同時に画家としても新たな表現境地を確保したのでした。


デュフィ「電気の精」
(1952-53年、パリ国立近代美術館、
ポンピドゥー・センター)の展示

第3章の「920−1930年代 様式の確立から装飾壁画の制作へ」は、まさに円熟期の私たちが想像していたデュフィ作品のオンパレードです。ポスターやチラシの表紙となっている「馬に乗ったケスラー一家」(1932年、テート)は、イギリスの裕福な一家7人(5人の娘と両親)を装飾的に描いています。木の葉が地面まで覆い、独自の色彩感覚にあふれています。


デュフィがデザインの椅子
や花器の展示

この章には、1937年に開催されたパリ万博のパヴィリオン「光と電気館」内に設置された高さ10メートル、幅60メートルもの巨大な壁画「電気の精」(現在は、パリ市立近代美術館所蔵)の縮小版の「電気の精」(1952-53年、パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター)が展示されています。
 
縮小版といっても細かく描きこまれた画面の詳細を見ることができ、この一枚を見ただけでも「魔術師」たるデュフィの凄さが分かります。上部には古代から現代に至る「技術の発展」が、下部にはそれに寄与した108名の「科学者・技術者の姿」が右から左へと経年的に描かれています。デュフィは綿密な時代考証を行った上で、これらの人物の姿を描いたとのことです。人物の側には、エジソンやベルらの名前が記され、左から右へ時代を遡る順序で列挙されています。


ピエール=オーギュスト・ルノワール
「ジュリー・マネの肖像、あるいは猫を抱く子ども」
(1887年、オルセー美術館)
(C)RMN-Grand Palais (musee d'Orsay) /
Herve Lewandowski /
distributed by AMF ? DNPartcom

最後の第4章では、「1940−1950年代 評価の確立と画業の集大成」として、自ら築き上げた芸術を総括した時期で、遺したくないデッサンと水彩画300点を処分したそうです。この時期、音楽をモチーフにした作品が多く、「オーケストラ」(1942年、石橋財団ブリヂストン美美術館)や「コンサート」(1948年、鎌倉大谷記念美術館[大谷コレクション])、「モーツアルト」(1941年頃、大分県立芸術会館)などもてんじされています。
 
明るい色面に軽快な筆さばきで線描をする独特の様式で知られ、「生きる喜び」や「幸福に満ちた世界」を創出した「色彩の魔術師」デュフィの素行錯誤の軌跡を知る、お勧めの展覧会です。

ルノワールやモネ、ピカソ……
47人の画家の描いた「こども」86点


ベルト・モリゾ
「庭のウジェーヌ・
モリゾとその娘」
(1883年、個人蔵)
(C)Christian Baraja,
studio SLB

一方、「こども展」は、タイトルに説明を要する展覧会といえます。その内容は、ルノワールやモネ、マティス、ピカソらの巨匠たちを含む47人の画家がこどもを描いた作品がずらり並ぶ希少な美術展です。オルセー美術館、オランジュリー美術館のほか、ルーヴル美術館、マルモッタン・モネ美術館、そして画家の遺族が大切に所蔵してきた個人コレクションから86点が出展されています。

パリのオランジュリー美術館で開催され、約20万人を動員した企画展「モデルになったこどもたち」の作品を選び直したという触れ込みです。出品の3分の2が日本初公開とのことです。画家たち自身のこどもや友人のこどもたちに深い愛情のまなざしを感じさせる作品に心和みます。


クロード・モネ
「玉房付の帽子を被った
ミシェル・モネの肖像」
(1880年、
マルモッタン美術館)
(C) The Bridgeman Art Library

こちらの展覧会は、こどもの肖像を描き始めた先駆者の作品を紹介した序章に始まり、「家族」、「模範的な子どもたち」、「印象派」、「ポスト印象派とナビ派」、「フォーヴィスムとキュビスム」、「20世紀のレアリスト」といった、流派などに分類して6つの章立てで構成されています。
 
ここでは、章ごとよりも、巨匠の作品を中心に取り上げておきます。やはり目を引くのが第3章のルノワールです。チラシや図録にも使われている「ジュリー・マネの肖像、あるいは猫を抱く子ども」(1887年、オルセー美術館)のモデルは、マネの弟とモリゾの一人娘といいます。8歳の娘の肖像画を依頼され描いたもので、ルノワール特有の優美な作品です。ルノワール作品は、わが息子を描いた「道化姿のクロード・ルノワール」(1909年、オランジュリー美術館)など4点が出品されています。


アンリ・ルソー
「人形を抱く子ども」
(1904-05年、オランジュリー美術館)

モリゾの作品も4点あります。モリゾはマネに学び、その弟と結婚し、ルノワールに描いてもらった娘と父親を描いた「庭のウジェーヌ・マネとその娘」(1883年、個人蔵)のほほえましい作品も出品されています。成長した娘のジュリー・マネも画家になり、甥を描いた「オーギュスタンの肖像」(1911年、個人蔵)も出品されています。


「人形を抱く子ども」
などの作品が展示された
「こども展」会場

風景画を得意としたモネも家族の肖像画を制作していました。「玉房付の帽子を被ったミシェル・モネの肖像」(1880年、マルモッタン美術館)は、最初の妻である画家のカミーユとの間に生まれた2歳の次男で、帽子を被ったあどけない表情を、柔らかい筆触で捉えています。息子を描いたモネの3点は、一連の「睡蓮」や「積みわら」、「ルーアン大聖堂」などと違って、日ごろ見られない肖像作品です。
 
ひと目で印象に残るのが、第2章のアンリ・ルソー作「人形を抱く子ども」(1904-05年、オランジュリー美術館)です。赤いドレスを着た少女は細い腕に人形を抱き、長い靴下を履いた足の太さ、そして大人びた顔つきの表情などアンバランスもあって、真っ青な空と少女の姿が目に焼きつきます。ルソーには7人の子がいたとされていますが、モデルは不明です。


モーリス・ドニの
「トランペットを吹くアコ」
(1919年、個人蔵)
(C)Archives du
catalogue raisonne MD
Photo: Olivier Goulet

第4章では、象徴的な作風のナビ派の一員、モーリス・ドニの「トランペットを吹くアコ」(1919年、個人蔵)も気にかかる作品です。少女のような髪形をしたモデルはドニの息子フランソワ(愛称アコ)とのことです。いたずらっぽい青い瞳でトランペットを吹きながら自分を描いている父親をみているのでしょうか。
 
第5章では、何といってもピカソの作品に存在感があります。具象的な「玩具で遊ぶクロード」と「玩具で遊ぶパロマ」(ともに1954年、個人蔵)は息子と娘を色も線も抑えて描いたデッサンです。その傍ら、色鉛筆の太い線で輪郭を描き彩色を施した「パロマ」(1952年、個人蔵)など合わせて7点も出品されています。
 
第6章には、レンピッカやキスリング、パスキンらの作品とともに、レオナール・フジタ(藤田嗣治)の「少女とギターを持つ少年」(1924年、個人蔵)と、君代夫人がパリ市近代美術館に寄贈した大作「フランスの48の富」(1960-61年)と「機械化の時代」(1958-59年)が、フランスでの展覧会に加えられています。

 
純真な子どもの表情や、あどけない仕草は、いつの時代にも輝き、美しい対象です。画家がわが子や友人たちの家族に注いだ優しい目は、見る者の心にも癒しを与えてくれます。この展覧会には子どもたちを描いた作品を鑑賞できるとともに、画家たちの子ども観や絵画技法の変遷などの切り口にも注目です。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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