京都と神戸で日本ゆかりの三展覧会

2014年7月13日号

白鳥正夫


「バルテュス展」の
テープカットに
加わった節子夫人と
娘春美さん、孫の仙くん

暑い夏を迎えた7月、各地の美術館では新たな展覧会が開幕しました。今回紹介する三つの展覧会は、いずれも海外から発し日本とゆかりの深い作家や作品です。東洋の美をこよなく愛し、日本人の妻を持った「バルテュス展」が9月7日まで京都市美術館で、ハウステンボス美術館が誇る世界屈指のコレクションで、「エッシャー100選 だまし絵の奇才が創る無限の世界」展が7月19日から8月31日まで明石市立文化博物館で、「ギヤマン展―あこがれの輸入ガラスと日本―」展が9月15日まで神戸市立博物館で、それぞれ開催されます。

京都で30年ぶりの「バルテュス展」


バルテュス
「夢見るテレーズ」
(1938年、
メトロポリタン美術館)
Photo: Malcolm Varon.
(C)The Metropolitan
Museum of Art.
Image source:
Art Resource, NY

「バルテュス展」は、約20万人の入場者があった東京都美術館に続き、京都で30年ぶりの大回顧展です。ポンピドゥー・センターやメトロポリタン美術館のコレクションのみならず、公開されることの少ない個人蔵の作品など、世界各国から集めた40点以上の油彩画をはじめ、素描や愛用品など、合わせて約100点が展示されます。また晩年を過ごしたスイスの「グラン・シャレ」と呼ばれるホテルを改装した邸宅に残るアトリエを初めて展覧会場で再現しています。国内最後の会場となっています。

バルテュス(1908−2001)は、フランスの画家で、ピカソをして「20世紀最後の巨匠」と称えられています。バルテュスはルーブル美術館で古典絵画の巨匠たちの作品を模写し、独学で研鑽しました。生涯、20世紀絵画の流派に属することなく、独自の具象絵画の世界を築き上げた画家でもありました。

1962年にパリでの日本美術展の選定のために訪れた際、京都で当時20歳だった出田節子さんと運命的な出会いをし、5年後に結婚しました。節子夫人も画家であり、2人の間には娘春美さんと孫の仙くんがいて、開幕のテープカットには三人そろって参加していました。東洋文化に親しんできたバルテュスは、故・勝新太郎さんを邸宅に招き、居あい抜きや三味線演奏を楽しんだこともあり、内覧会には中村玉緒夫人も駆けつけていました。


バルテュス
「朱色の机と日本の女」
(1967-1976年、
ブレントR.ハリス氏蔵)
  (C)Christie’s
Images Limited 2014

バルテュス
「地中海の猫」
(1949年、個人蔵)

在りし日のバルテュスと、
節子夫人

さて展示作品は、国内では没後初かつ最大規模の大回顧展とあって、初期から代表作、習作を重ねた素描などがそろっています。その中でも注目されるのが、生涯にわたって追求し続けた、神秘的で謎めいた少女の姿を描いた作品でした。画家本人の言葉「この上なく完璧な美の象徴」として、少女を捉えていたことがうかがえます。

初期の「鏡の中のアリス」(1933年、ポンピドゥー・センター)や「夢見るテレーズ」(1938年、メトロポリタン美術館)、展覧会チラシの表紙になっている「美しい日々」(1944-1946年、ハーシュホーン博物館と彫刻の庭)など無垢な少女が扇情的なポーズをとる画面構成が独特です。発表時から称賛の一方で誤解を生んだこともうなずけます。

1963年以降の作品に浮世絵の影響が見られ、日本初公開の「朱色の机と日本の女」(1967-1976年、ブレントR.ハリス氏蔵)はモデルが節子夫人とのことで、着物をはだけ帯でとめた、あられもない姿態には度肝を抜かれる感じすらします。節子夫人をモデルにした作品は素描で「日本の少女の肖像」(1962年と63年、いずれも個人蔵)もあり、興味深く鑑賞しました。

その他では「地中海の猫」(1949年、個人蔵)が印象的です。ナイフとフォークを持った擬人化した猫が、海にかかった虹の弧を通して新鮮な魚がテーブルの皿に飛び込んでくる構図で、画家唯一の海景画です。室内画や風景画を手がけてきた画家の発想の豊かさを感じさせる一品です。

再現されたアトリエには、自宅から運んできたという描きかけの作品や愛用品、机の上にある灰皿とタバコの灰や吸い殻まで当時のままに展示され、孤高の画家バルテュスの芸術が生み出された背景を探っています。

だまし絵満喫「エッシャー100選」展


エッシャー「滝」
(1961年)
以下4枚
(C)Escher Holding
B.V.-Baarn-the Netherlands

エッシャー
「ベルベデーレ(物見の塔)」
(1958年)

「エッシャー100選」展は、明石市制95周年記念夏休み特別展として開催され、だまし絵の奇才、エッシャーが描いた不思議な世界を初期から晩年までの代表作100点を厳選しての展覧会です。マウリッツ・コルネリス・エッシャー(1898−1972)はオランダを代表する版画家です。

エッシャーは、だまし絵(トロンプ・ルイユ)という作風もあって、美術界から長い間、異端視されてきましたが、1968年にオランダのハーグ市立美術館で回顧展が開かれたのを機に再評価され、世界各地で人気を博しています。今やマグリットやダリと並び、「20世紀トリック絵画の三巨匠」の一人に数えられています。

日本との関わりは、土木技術者の父ジョージ・アーノルド・エッシャー(1843−1939)が明治政府の招聘により1873年から5年間、長崎で港湾治水事業に携わっています。父が日本から浮世絵や和紙を持ち帰ったことで、自然に日本の文化を吸収したのでした。ハウステンボスがエッシャー作品を収蔵する由縁にもなったようです。

2009年に兵庫県立美術館で特別展「だまし絵」に、エッシャーの代表作の「滝」(1961年)が出品されていました。水流が落下しジグザグに曲がって流れ、水路がいつしか最初の滝に戻ってしまう構図です。最初に何かの本で見た時から、その巧妙なテクニック描法に驚いたことを覚えています。

今回の展覧会でも「滝」をはじめ、柱や階段をよく見るとありえない構造になっていて平面上でしか存在できない「ベルベデーレ(物見の塔)」(1958年)、目の焦点の当て方によって違った世界が展開する「もう一つの世界」(1947年)、さらには上半分には黒っぽい鳥を下半分には白っぽい魚を相似的に描きこみ、融合していく不思議な構図の「空と水I」(1938年)など、トリック作品のオンパレードです。

エッシャーがこうしただまし絵に到達した軌跡を、初期から晩年の作品を見ることによって、たどることができます。夏休み格好の企画展ですが、大人も子どもも楽しみながら鑑賞できます。


エッシャー
「もう一つの世界」
(1947年)

エッシャー「空と水I」
(1938年)

 

華麗なカットガラス「ギヤマン展」


輸入ガラスの名品が並ぶ
「ギヤマン展」会場

「グラヴュール紋章文蓋付き
ガラス大杯(ポカール)」
(1760年頃、
神戸市立博物館)

「金彩花卉文栓付きガラス瓶・
脚付ガラス杯セット」
(19世紀前半期
中部ヨーロッパ製、
長崎歴史文化博物館)

「薩摩切子紫色
被せガラス大杯」
(江戸時代後期、
薩摩製、個人蔵)

最後に「ギヤマン展」は、桃山から江戸時代、明治時代前期に日本にもたらされたヨーロッパ製ガラスを展示し、日本への影響にも目を向けた展覧会です。表題のギヤマンは、江戸時代後期に日本製の一般的なガラスを指すビイドロと区別して呼ばれ、ポルトガル語のダイヤモンドを意味するディアマンティ(Diamante)に由来するとのことです。まさに日本人を魅了した宝物であり、珍重されたのでした。

17世紀のヴェネツィア系ガラスから18〜19世紀のオランダ、イギリスなどの金彩、カットガラス、その影響を受けた和ガラスまで、約180点を通してギヤマンの世界を網羅的に紹介しています。

展示は、「輸入ギヤマンの黎明」「輸入ギヤマンの華」「日本のびいどろへの影響」「和製ギヤマンの誕生」「文献資料」「近代のギヤマン」と6章に分け構成されていて、16世紀の桃山時代から明治・大正時代の近代までの流れを鑑賞できます。

主な展示品は、展覧会チラシや図録の表紙に使っている蓋(ふた)のある酒杯「グラヴュール紋章文蓋付きガラス大杯(ポカール)」(1760年頃、神戸市立博物館)、シーボルトが諫早候に献呈したと伝えられる「金彩花卉文栓付きガラス瓶、脚付きガラス杯セット」一式(19世紀前半期、中部ヨーロッパ製、長崎歴史文化博物館)、デザインの美しさにうっとり見とれてしまう「カットガラス台付き鉢」(18世紀後期〜19世紀前半期、アイルランドあるいはボヘミア製、神戸市立博物館)などがあり、当時庶民の手の届かなかった逸品が並んでいます。

こうした高級なヨーロッパ製吹きガラスを目にした江戸時代のガラス工匠が作ったビイドロと呼ばれたガラス器や、華麗なカットガラスを模造した和製ギヤマンも紹介されています。「薩摩切子紫色被せガラス大杯」(江戸時代後期、 薩摩製、個人蔵)は最大級の脚付き杯で、これほど大振りの杯は、本器を入れて現在2点しか知られていない、といいます。

一方、神戸市立博物館では8月17日まで「池長孟が愛した南蛮美術」も併催しており、「ギヤマン展」とともに鑑賞できます。こちらは教科書でもおなじみの「聖フランシスコ・ザヴィエル像」や「泰西王侯騎馬図屏風」などの重要文化財を含む絵画・工芸の20件が出品されています。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
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・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
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「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

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定価:1,680円(税込)
発行:三五館
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第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
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定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
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発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
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発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
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定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
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発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

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