京都で洋画と日本画の巨匠回顧展

2014年6月18日号

白鳥正夫


初公開の「グレーの原」
(1890年頃)   
以下6点、
いずれも黒田清輝画、
東京国立博物館蔵、
作品の画像提供:
供、東京文化財研究所

季節は真夏へ向かって梅雨に入っています。雨の日が続き、出不精の方もいるようですが、この時期、美術館で名画をじっくり鑑賞してはいかがでしょうか。京都では、一時代を画した洋画と日本画の巨匠展が開催中です。女性美を描き脚光を浴びた「没後90年 近代日本洋画の巨匠 黒田清輝展」が京都文化博物館で7月21日まで、格調高い花鳥画を追求し続けた「上村松篁展」が京都国立近代美術館で7月6日まで開かれています。いずれも代表作を含む本画や素描、スケッチなど100点を超す大がかりな回顧展となっており、なじみの作品を見直してみる絶好の機会です。

重文の「湖畔」や「智・感・情」など
「黒田清輝展」は代表作約160点展示


重要文化財
「湖畔」(1897年)

京都では戦後初めての「黒田清輝展」は、「パリ留学、そして転進」「パリからグレー=シュル=ロワンへ」「白馬会の時代」「文展・帝展時代」の4つのセクションに分けられ、各時代の代表作約160点と、写生帖・書簡なども展示されています。

京都を訪れて着想を得た「昔語り」の関連作品群を展示しています。フランスに留学中、パリ郊外の村グレー=シュル=ロワンに滞在しているときに描かれ、近年確認された「グレーの原」(1890年ごろ)は、初めて公開とのことです。


重要文化財、
「智・感・情」
(1899年)と、
手前は蛍光画像と
近赤外線画像の展示

年譜によれば、「近代洋画の父」と称えられる黒田清輝は1866年、島津藩士・黒田清兼の子として鹿児島市に生まれました。後に伯父の子爵・黒田清綱の養子となり上京。1878に高橋由一の門人・細田季治につき、鉛筆画と水彩画を学びます。東京外国語学校を経て、1884年、法律家をめざしフランスに留学します。パリで洋画家の山本芳翠や藤雅三らに出会い、画学修業を進められます。

1886年に画家になることを決意し、ラファエル・コランに師事します。1894年に芳翠の生巧館を譲り受け、久米桂一郎と洋画研究所天心道場を開設し、印象派の影響を取り入れた外光派と呼ばれる作風を日本に紹介します。96年には白馬会を発足させ、東京美術学校(現・東京藝術大学)の西洋画科の発足に際して教員となり、以後の日本洋画の動向に大な影響をもたらせます。


「くもるる日影」
(1914年)

さらに東京美術学校教授や最初の帝室技芸員に選ばれ、帝国美術院院長などを歴任しています。1917年には養父の死去により子爵を継爵、第5回貴族院子爵議員互選選挙にて当選し、20年に貴族院議員に就任しています。24年、58歳で亡くなりますが、遺言により遺産を美術の奨励にと記されていました。

この黒田の遺志に基づき黒田記念館が建設され、東京文化財研究所の黒田記念室で展示されています。2007年より、国立文化財機構が運営する東京国立博物館によって管理されています。なお黒田記念室は現在、耐震工事のため休室中です。

黒田といえば、思い浮かぶことが二つあります。鹿児島市の目抜き通りにブロンズ像が設置されています。1914年に鹿児島に滞在中、桜島の大噴火に遭遇しました。創作意欲を刺激された黒田は、この爆発を主題に絵を描きました。一連の絵は現在、鹿児島市立美術館に収蔵されていて、何度か見ています。像は噴火中の桜島をスケッチするため、弟子と港に向かう姿です。


「祈祷」(1889年)

もう一つが、代表作で重要文化財の「湖畔」(1897年、東京国立博物館蔵)です。1967年切手趣味週間の図柄になっていて、私が今も大切に保管しています。上品な色香を漂わせた女性が、清涼な青い湖面を背景にたたずむ姿を描いていて、一度目にしただけでも印象に残る作品です。今回の展覧会のお目当ての一品でした。
 
この作品は、黒田が避暑として箱根の芦ノ湖を訪れた際、後の夫人をモデルに湖畔の岩に腰掛ける姿を近景に、遠くには小高い山々が広がっています。その描写からは、高地の夏と湿度の高い空気を感じることができます。会場には、芦ノ湖畔の実景写真の拡大パネルも展示されていて比較しながら鑑賞できます。1897年の第2回白馬会展に「避暑」という名称で展示されたほか、1900年のパリ万博へも出品されています。


「ダリア」(1913年)を説明する
京都文化博物館の
植田彩芳子さん

「湖畔」と並び注目の傑作は、「智・感・情」(1899年、東京国立博物館蔵)です。この作品もパリ万博へ「裸婦習作(Étude de Femme)」として出品され、銀賞の受賞に輝いています。3枚一組の裸婦作品で、日本人女性をモデルに制作された油彩です。金地を背景に裸婦の全身のみを配し、極めて写実的な描写で、こちらは単に女性美だけでなく、モデルのポーズにも魅了されるものがあります。
 
黒田自身の言葉によると、智・感・情は「智」は理想派、「感」は印象派、「情」は写実派と、それぞれ「画家の三派」と位置づけられ、それぞれを喩えたものであるとのことです。近年行われた近赤外線撮影と高精細デジタル撮影によって何度も修正を加えられた痕跡が発見されています。会場では、東京文化財研究所の協力による蛍光画像・反射近赤外線画像をあわせて展示し興味を引きました。
 
開会前日の記者発表に駆けつけ、担当学芸員の植田彩芳子さんの案内で会場を回りました。植田さんは「展示構成に工夫をこらしています。数多く作品を展示していますので、黒田作品に描かれた光を感じ取ってほしい」と、話していました。

画業80年をたどる「上村松篁展」は
「花と鳥の美人画」ずらり100点余


「山鹿」
(1936年、京都市美術館蔵)
以下5点は上村松篁画

一方、「上村松篁展」は、画業80年をたどる大回顧展で、花鳥画の代表作や人物画の大作など初期から晩年までの本画約75点と、挿絵原画や素描約30点を展示しています。百貨店催事などで過去に何度も開催されていますが、これだけ作品が集結した展覧会を見るのは初めてでした。会場に所狭しと鶴や水禽、鶏が遊び、鹿や羊が憩い、桃や木蓮、葵、蓮の花が咲き乱れ壮観です。
 
上村松篁は1902年、日本画家・上村松園の長男として京都市内に生まれます。京都市立絵画専門学校に入学し、西山翠嶂に師事。卒業後は研究科に進み、在学中の第3回帝展で初入選、1928年の第9回展では特選となるなど官展系展覧会を中心に活躍しました。


「山鹿」の前で説明する
長男の上村淳之さん

ところが、戦後の1947年、第3回日展で審査員をつとめたところ、旧態依然とした審査に失望し同展を脱退します。その翌年には、奥村厚一、秋野不矩、福田豊四郎、吉岡堅二、山本丘人らとともに創造美術協会(新制作協会日本画部を経て現在創画会)を結成し、日本絵画の創造を期して制作を続けました。

画業の傍ら、1936年から68年の定年退官まで母校の京都市立絵画専門学校(後、京都市立美術大学)で後進の指導にあたります。こうした功績により、1983年に文化功労者となり、翌84年、母子二代での文化勲章を受章します。2001年に98歳で生涯を閉じました。


「星五位」
(1958年
東京国立近代美術館蔵)

今回の企画展では、京都画壇を代表する花鳥画家として活躍し続けた上村の代表作をずらり展示しており、その足跡を主要作品によってたどれます。

図録の解説などを参考に紹介します。初期の「山鹿」(1936年、京都市美術館蔵)は、動物園の鹿を徹底的に写生した後、奈良公園に毎日通い、四国の伊予北条まで足を延ばし野生の鹿を観察し描いた作品です。単なる外見だけでなく、その生態まで表現しようとした画家の執念を感じられます。

「星五位」(1958年、東京国立近代美術館蔵)は、画面に5羽の五位鷺が配された作品ですが、余白を意識して描き、見る側に余韻を感じさせます。タイトルは、鷺を星に見立てたのでしょう。


「万葉の春」
(1970年_近畿日本鉄道株式会社蔵)



「孔雀」
(1983年、
京都国立近代美術館蔵)
「万葉の春」(1970年、近畿日本鉄道株式会社蔵)は、奈良にちなんだ壁画制作の依頼を受け、万葉の時代をテーマに描いた人物画の大作です。横7メートルを超える大画面に古代の人物を描くのは初めてでしたが、母・松園の美人画を見て育ったので他人に笑われない程度のものは描ける自信があったといいいます。近鉄奈良駅の奈良歴史教室に飾られていました。

展覧会の表紙にもなっている「孔雀」(1983年、京都国立近代美術館蔵)は、緑や青の鮮やかな羽の色彩より際立っているのは、孔雀の高貴な佇まいで、背景に塗り込めたキラキラと光る白地と抑制の利いた羽の色調が、厳粛な趣と幽玄の美をもたらしている、としています。実際に孔雀を飼い、その生態を間近で見ていた画家にのみ描き得た作品となっているのでしょう。


企画展担当の
京都国立近代美術館
主任研究員の
小倉実子さん
上村は「描く喜び」と題して現代日本画全集(1982年、集英社)に、「温かいさわやかな心持で自然に没入していって、そこに現われた美しさに一生懸命打ち込んでいく、そしてもしその仕事に自分の心が入ったら見てくれる人たちにもそれが伝わるんじゃないかと」との文章を寄せています。

今回の企画展担当の京都国立近代美術館主任研究員の小倉実子さんは、図録末尾に、梅原猛さんが朝日新聞に寄せた追悼記事の「氏の描く花鳥画も、母松園女史の絵のように美しい花と鳥の絵である。花と鳥の美人画といってよろう」(2001年3月13日夕刊)を引用し、次のような文章で結んでいる。

松篁は、小さい時から花鳥に興味があり、花鳥の美を格調高く描き止めることを一筋に追い求め、幼い頃から亡くなるに至るまで、親しみ憧れた金魚や花や鳥、かつまた古典に描かれた花鳥を目標としていた。とすれば、道は違っていたとしても、求めていることは同じことであり、それ故に、松篁の芸術を「花と鳥の美人画」と呼よんだとしてもあながち間違いではなく、一言で表すとすれば、他にこれほど適当な言葉もないと思うのだが、果たして、今展を御覧になる方々はどのように思われるであろうか。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
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発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

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