英仏の二大美術館のコレクション展

2014年2月11日号

白鳥正夫


「テート・ブリテン」の
外観
(「ターナー展」図録より)

春がすぐそこですが、寒い日が続いています。出不精になりがちな季節、神戸に英仏二大美術館のコレクション展が開かれており、注目です。イギリスの名門テート美術館からは、英国最高の風景画の巨匠とされる「ターナー展」が神戸市立博物館で4月6日まで、フランスの現代美術の拠点から「フルーツ・オブ・パッション ポンピドゥー・センターのコレクション」が兵庫県立美術館で3月23日まで、開催中です。いずれも国立ミュージアムならではの充実した展示内容です。ターナー展は東京都美術館からの巡回ですが最終会場で、ポンピドゥーの方は神戸のみの開催であり、この機会に見逃さないで鑑賞してほしいものです。

ターナー展はテートから113点


展覧会について説明する
監修者の
イアン・ウォレル氏
(天井には照明のシャンゼリゼ)

イギリスを初めて訪れたのは、ウイリアム王子とケイトさんのご結婚直前の2011年春でした。帰国前の3日間がロンドンでした。大英博物館はじめヴィクトリア&アルバート博物館、ナショナル・ギャラリーなどを精力的に回りましたが、テート・ブリテンまでは時間切れでした。

なにしろ「大英帝国」の名残でもあり、世界の美術品を集め、しかも主要ミュージアムは無料です。ところがフランスやオランダ、イタリア、スペインなどと比較して偉大な画家や彫刻家が少ないことも事実です。そうした中、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775−1851)は、英国絵画の地位を飛躍的に高めた風景画の巨匠として傑出しています。

そのタ―ナーは遺言で、ナショナル・ギャラリーの中に自身の展示室を設けることを条件に申し出て、最終的に約300点の油彩画と、水彩画や素描など約2万点が国家に遺贈されたのでした。1897年に開館したテート美術館は、テート・ブリテンのほか、テート・モダンなど4つの館に計約7万点もの作品を所蔵し、ターナー・コレクションでは質、量ともに世界最大を誇っています。


「月光、ミルバンクより
眺めた習作」(1797年)
以下5枚はテート美術館
(C)Tate2013-2014

テート・ブリテンを見逃していた私はいささか心残りでしたが、こんなに早く、タ―ナー作品の30点以上に及ぶ油彩画を含む傑作113点をまとめて見られるとは思いもかけませんでした。約30万人の入場者があったという東京都美に駆けつけ、神戸では内覧会と、その後もう一度出向き、じっくり鑑賞することができました。

神戸市博の岡泰正・展示企画部長によると、「日本では北斎の時代、やはり下町で育ち、幼い頃から優れた画才を発揮しました。1986年と1997年に開かれたターナー展と同規模ですが、初期から最晩年までの作品を展示し、千変万化した様子が分かり、ターナーを再発見できるのではないでしょうか」と話しています。

神戸展開幕前日の報道説明会には、元テート美術館のキュレーターで本展監修者のイアン・ウォレル氏が来場していて、「展示作品は、ダイナミックな光の表現とモダンな作風を選んでおり、その想像性を見てほしい。スケッチブックなども展示し、画家のプロセスにも着目しています。時代性を感じていただくために、展示室の壁や、シャンデリアを使い照明にも配慮しました」と強調していました。

変化する画風、風景画の新境地拓く


「グリゾン州の雪崩」
(1810年)

展示は、ほぼ時系列ながらテーマごとに、生涯を通して風景表現を追究し変化する作品で構成されています。10代で英国の風土や名所旧跡を描く水彩画家としてスタートし、20代では躍動感にあふれる波の表現や風をはらんで進む船など海景画を発表します。

40歳を迎えてから、憧れのイタリアに何度か旅をし、多数の油彩画と水彩スケッチを残します。50歳を超えたターナーがたどり着いた最大のテーマは、光や大気を描き出すことでした。靄がかった大気の中に、かたちあるものがすべて溶け込んでいくような画風が顕著となり、晩年には抽象絵画を思わせるような独特の画風が生み出されました。

印象に残った作品を取り上げます。初期の作品では「月光、ミルバンクより眺めた習作」(1797年)は、ロイヤル・アカデミー展のデビューの翌年で22歳の時の油彩作品です。画面の満月が鮮やかで、川面に月明かりと、シルエットで照らされる川辺の光景が、静穏さを遺憾な表現しています。

「グリゾン州の雪崩」(1810年)は、私の所持している『BSSギャラリー世界の巨匠 ターナー』(美術出版社刊)では「雪崩で破壊された小屋」のタイトルで取り上げられています。雪崩で落下する巨大な岩が小屋を破壊する様子を迫力満点に描いています。その解説で、先輩画家の同じテーマの作品に対抗して、「自然の脅威とはこうして描くものだ」と自己主張したかったのでは、と指摘していました。


「ヴァティカンから望むローマ、ラ・フォルナリーナを伴って
回廊装飾のための絵を準備するラファエロ」
(1820年)


「ヴァティカンから望むローマ、ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ」(1820年)は、なんとも長いタイトルです。ターナーが初のイタリア旅行の成果としてロンドンで発表された作品とのことです。幅が3メートル超す大作には、巨匠やその作品などを手前に様々な主題を盛り込んでいます。画面右の回廊や中央の風景が見事に遠近法で描かれていて、その技巧に感心しました。


「平和—水葬」
(1842年)

「湖に沈む夕陽」
(1840−45年頃)

「平和―水葬」(1842年)も印象に残る一点です。友人の画家の葬儀をモチーフに描いています。半旗を掲げた蒸気が炎上しているように見えますが、舷を松明が照らしていることが、ターナーの詩集に「真夜中の松明は、蒸気船の舷側を照らし メリットの遺体は潮の流れにまかされた」と記載されているのです。

「湖に沈む夕陽」(1840−45年頃)は晩年の作です。湖面が夕陽に染まる光景を描いているのですが、輪郭線がぼんやりとしていて、まるで抽象画です。未完の作ではとの指摘もあり、展覧会などで発表されることはなかったそうです。靄がかった大気の中に、形あるものがすべて溶け込んでいくような画風は、晩年になるほど顕著になります。

鮮やかな色彩と光で満ちた作品群を鑑賞した後の晩年の風景表現は、実験的な試みとして制作されたように思えます。様々な画風のこれらの作品を見ていると、幼時から優れた画才に恵まれたターナーは、「イギリスらしい美術」をめざし、その表現を模索し、新境地を探求し続けていたかを見て取ることが出来るのではないでしょうか。まさにイギリス風景画の黄金期を構築し、後世へ大きな影響を残したといえます。


ポンピドゥーからは現代美術31点

一方、「ポンピドゥー・センターのコレクション」は、世界的な現代美術の拠点であるポンピドゥー・センターのパリ国立近代美術館に加わった「最新」コレクションです。フランスには二度訪問していますが、ルーブルやオルセー美術館などの泰西名画に浸り、ポンピドゥー・センター訪問は持ち越しとなっています。それだけに何度か来日の所蔵展には足を運んでいます。


ポンピドゥー・センターの外観
(C)Centre Pompidou/Georges Meguerditchian

 


「フルーツ・オブ・パッション展」の
展示

ファラー・アタッシ「作業場」
(2011年)
(C)Farah Atassi   
Photo(C) Centre Pompidou,
MNAM- CCI/Georges
Meguerditchian/Dist.RMN-GP

エルネスト・ネト
「私たちはあの時ちょうどここで
立ち止まった」
(2002年)
(C)Ernesto Neto   
Photo(C) Centre Pompidou,
MNAM-CCI/Georges
Meguerditchian-/Dist. RMN-GP

ツェ・スーメイ
「エコー」(2003)
(C)Su-Mei Tse

今回の展覧会の中心は、国立近代美術館友の会が2002年に立ち上げた「現代美術プロジェクト」によって、この10年間に収蔵された新作です。その作者の多くはヴェネツィア・ビエンナーレなどの国際展を舞台に活躍するアーティスト19人と、現代美術の巨匠とされる作家を加え25人の31点が出品されていました。

こちらも印象に残った作品を紹介しておきます。ファラー・アタッシ(1981−、ブリュッセル生まれ)の「作業場」(2011年)は、布に油彩で赤、青、白、黒、わずかにクリーム色をモザイク状に配した作品ですが、一見、色取りが少ないのに鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる感じです。平面的であり立体的な不思議な絵画空間を構成しています。

エルネスト・ネト(1964−、リオデジャネイロ生まれ)の「私たちはあの時ちょうどここで立ち止まった」(2002年)は、天井から半透明の布が伸び広がり、まるでストッキングのような先端に塊が垂れ下がった作品です。塊の中身はクローブ、ウコン、胡椒などだそうです。作品名とイメージは結びつきませんが、近づけば触ってみたくなり、遠くから見れば美しく感じます。

ツェ・スーメイ(1973−、ルクセンブルグ生まれ)の「エコー」(2003年)は、映像と音声によるインスタレーション作品です。大きな自然の中で、ちっぽけな人物がチェロを奏でています。人と自然、音楽と美術が融合するような豊かな潤いを体感させられます。


この展覧会のサブタイトルは、まさに「現代美術プロジェクト」メンバーによる「情熱の果実」です。それだけに作品も絵画から彫刻、映像、写真、そしてインスタレーションと幅広いのも特徴です。こうした表現世界の最前線の展示をポンピドゥー・センターの協力を得て実現にこぎつけたことも評価したいと思いました。

 

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
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