夢のある新宮晋プロジェクトと番画廊閉廊

2014年1月13日号

白鳥正夫


三田市の
兵庫県立有馬富士公園に
設置された「里山風車」

新年最初は夢のあるアートを取り上げます。昨年11月、三田市の兵庫県立有馬富士公園に設置された「里山風車」は、同市内に在住の造形作家・新宮晋さんが制作しました。新宮さんは、「アート作品ですが、発電も出来ます。将来を担う子どもたちに自然のすばらしさや大切さを知ってもらいたい」と抱負を語っています。福島での原発事故をきっかけに風力発電所など自然エネルギーが見直されている中、風や水で動く新宮さんの芸術作品は、風が吹くと、実際に発電する仕組みです。里山に生まれた風車は新春の風で回り続けています。一方、意欲的でユニークなアート作品の発表の場であった大阪市北区の「番画廊」が昨年末で閉廊しました。時代を映すアートを取り巻く現況も合わせて報告しておきます。

風のミュージアム構想の「里山風車」


設置を記念して
子どもたちの作った
「元気のぼり」も

「里山風車」は高さ約6・9メートルで、六角形の小屋の上に、船の帆などに使われる厚手の布を張った羽根の風車を備えています。4枚の羽根が風を受けて回ると発電する仕組みになっていて、夜間は小屋に取り付けた照明が風車を照らし出します。小屋には人が入ることができ、催しなどの際に開放されます。

兵庫県阪神北県民局では、三田、宝塚、川西、伊丹の4市と猪名川町に残る北摂里山地域を保全して活性化を図ろうと、自然公園を展示物に見立てた「北摂里山・風のミュージアム」構想を進めており、「里山風車」はそのシンボルでもあります。


「里山風車」の前で
左から筆者、
井戸敏三兵庫県知事、
新宮晋夫妻

「里山風車」の設置を記念して、式典と新宮さんの講演会がありました。あいにくの雨模様でしたが、風車の周辺には、幼稚園児から高校生らが作った約40本の「元気のぼり」がはためいていました。

式典で井戸敏三・兵庫県知事は「古くから、私たちは里山の豊かさを享受し、その恵みに感謝しながら生活を営んできました。全国育樹祭のメーン会場となったこの地に、新宮さんから寄贈いただいた風車は、北摂里山の情報発信のシンボルです」と、挨拶されていました。

この後の講演会で、新宮さんは、「風車は2009年からテストを重ねて仕上げました。今後、市民らの憩いの場に溶け込んで、自然のエネルギーを間近に感じ取ってほしい」と、話していました。


有馬富士共生センターで
開かれた新宮晋さんの講演

新宮さんは2011年、三田市藍本のアトリエ前で、野外彫刻展「田んぼのアトリエ」を開催しています。田植えから稲刈りまでの4ヵ月間、季節の変化の中で子どもたちと一緒に、自然について、さらに地球の未来や生き方を学ぼうというプロジェクトでした。

「風のミュージアム」構想もその一環で、新宮さんら芸術家による実行委員会が2013年7月に設立され、今回の「元気のぼり」など子ども向けワークショップなどを計画しています。

自然と人間の共存のあり方を探る表現


「星空」
(2013年、
谷松屋戸田ギャラリー/
山木美術「小さな宇宙」展)

新宮さんは1937年に大阪で生まれ、今年77歳になります。1960年に東京芸術大学絵画科を卒業後、イタリア政府奨学生としてローマ国立美術学校で絵画を学びます。1966年にミラノ、ブルー画廊で初めて立体作品を発表してから内外の彫刻展で大賞を受賞しています。

とりわけ風や水など自然のエネルギーだけで動く彫刻を作り続け、自らの芸術活動を通じて、自然と人間の共存のあり方を探ってきたのでした。1987年に「ウインド・サーカス」と称してヨーロッパ、アメリカの大都市で巡回野外彫刻展を、2000年から2001年にかけては、三田を皮切りにニュージランドやモンゴルなど世界6つの地域の大自然の中で、風で動く野外彫刻展「ウインド・キャラバン」を開催し、世界の注目を集めました。


「Wishes on the Wind」
(2011年、
T's gallery/
山木美術「小さな惑星」展)

こうした活動が2011年10月、NHKの「新日曜美術館」で、「風の彫刻家 新たな挑戦〜新宮晋〜」のタイトルで放映されました。番組では、三田のアトリエを訪ね、新宮さんの制作意図などを聞き、動く立体彫刻に目を向け、自らの芸術を確立していく創造の軌跡をたどり、その思想と芸術の核心に迫っていました。

その年6月、大阪市内の山木美術とT's galleryでは、合同企画で「―小さな惑星―新宮晋展」が開催されました。大阪南港の海遊館西側の風で動く作品や心斎橋のルイ・ヴィトン前にあったモニュメントの縮小バージョンの作品が展示され、展覧会後も新作の「地平線」が両画廊の入る戸田ビルの壁面に取り付けられ、自然の風に動き続けています。

さらに昨年10−11月、山木美術と名称を変更した谷松屋戸田ギャラリーでは、2度目の個展「小さな宇宙―新宮晋展」を開催しました。新作の「星空」は、和紙のように見える樹脂の板が、微風を受けて気ままに宙を舞っていました。この展覧会では彫刻8点とアクリル画4点、版画5点が展示されました。


「光のシンフォ二エッタ」の展示
(2012年、
パリのチュイルリー公園)

新宮さんは、2012年秋にフランスで「光のシンフォニエッタ」プロジェクトを開催しています。チュイルリー公園の池に設置した高さ2・85メートルの彫刻10基が、水面に円形や三角の帆が風を受けて回り、パリっ子の目を楽しませ、お年寄りたちにもくつろぎを与えていたといいます。
 
国際的な芸術活動を展開する新宮さんの作品のイメージはどこから生まれ、どこへ向かうのか―を伝える映画と著作も昨年発表されました。映画『ブリージング・アース:新宮晋の夢』(トーマス・リーデルスハイマー監督)は、作品制作や様々な人との交流を通じ、地球に対する想いや未来に託す願いをメッセージしています。
 
著作『ぼくの頭の中』(ブレーンセンター刊)は、文字通り、新宮さんがこれまでの15のプロジェクトについて、その誕生秘話や裏話を、手描きのデッサンと和英の文章で綴っています。「世界に一つしかないもの」がどのようにして生まれてくるのか、創造の軌跡がたどれます。

現代美術の一翼担い34年の歴史に幕


早川良雄さんデザインの
「番画廊」の扉上の看板の文字

アートは時代とともに変化し、作家の多様な表現は尽きることがありません。新宮さんの活動が注目された年、残念なことにまた一つ名門画廊の灯が消えました。現代美術のギャラリー「番画廊」が、オーナーの松原光江さんの死去(享年68)に伴い、34年間の活動に終止符を打ったのです。

大阪・西天満のレトロな建物、大江ビルヂング(大正10年建築)の一階にあった「番画廊」の扉上の看板の文字は、グラフィックデザイナーの早川良雄さんのデザインでした。わずか30平方メートルの小さな展示空間でしたが、大正期の建築を活かした落ち着いたスペースで、作家や美術愛好者に親しまれてきました。


松原光江さんの遺影も
飾られた受付

「サ・ヨ・ナ・ラ 松原光江さん」
の思い出の写真

最後の展覧会「サ・ヨ・ナ・ラ bangarow」は12月23−25日開かれ、画廊を彩ってきた作家ら約300人が出品。「さよなら三角、またきて四角」の言葉になぞらえて10センチ角の小作品が展示されました。最終日の夕刻には会場でパーティが催され、多くの美術関係者らが別れを惜しみました。

「番画廊」は、1979年6月に松原さんが現代美術のギャラリーとして開廊。画廊の名は「様々な作家が順『番』に展示する作品の『番』をしたい」とい思いを込められたといいます。「個性を生かし、伸び伸びと展示を」という松原さんの姿勢に共感する作家は多く、開催した展覧会は約1600回に及びました。松原さんは2年前より闘病していましたが、昨年10月に逝去したのでした。


最後の展覧会は
画廊を彩ってきた作家ら
約300人の小作品

最初の展覧会は抽象画家の泉茂さん、洋画家の三尾公三さん、造形作家の元永定正さんによる3人展でした。これまでの出品者には早川良雄さんをはじめ、抽象画家の津高和一さん、建築家の磯崎新さん、イラストレーターの黒田征太郎さん、現代美術家の横尾忠則さんや森村泰昌さんらそうそうたるメンバーが名を連ねます。
 
毎年のように、ここで個展を開く作家もおり、2011年に80歳で亡くなった彫刻家で美術家の森口宏一さんもその一人でした。1981年のグループ展が最初で、2010年までに20数回は重ねているのではないでしょうか。その半分以上に顔出しした私は、展示会場の片隅にある椅子に腰掛け、作家を囲んで松原さんや美術評論家、新聞社の美術記者らと懇談した思い出があります。


常連作家の
森口宏一さんの個展
(2010年)

2006年に番画廊で開かれた個展「ある日」には、その半年後に他界した版画家の吉原英雄さんと出会わせました。吉原さんは「夜店のように並んだ一点一点が小曲であり、全体で組曲を構成している」と評していました。この時の展示は、死んだ金魚が散華したような写真盤の上に生きた金魚が泳ぐ鉢を置いた作品や花びらの写真盤の上でミニチュア人形が回る作品アドを展示されていました。
 
松原さんが入退院を繰り返していた時期に、35年の節目にと発行された『番画廊1979−2012記録集 番33』(番33記録集編集委員会刊)が手元にあります。巻頭に松原さんはその刊行を喜び、「私の出版の夢は次回送りとして、いつの日か何か出来ることを願っております」の言葉を寄せていたのですが…。
 
編集後記に兵庫陶芸美術館長の三木哲夫さんが「番画廊」の存在意義について次のように締めくくっています。

今回の資料集をまとめてみて、番画廊、そして松原光江さんが、多岐にわたって関西の現代美術の現場を支えてこられたことを改めて実感するとともに、750名超す京阪神を中心とした現代美術を志向する作家たちの活動の場として、積極的に寄与されたことに深く敬意を表する次第である。    最後に、この『番33』が一画廊の記録集にとどまらず、1979年以降の関西の現代美術の一断面を証言する記録集として、皆様に活用していただければ幸いである。

 

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
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第三章 生きているかぎり生きぬきたい

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第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
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・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
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・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

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定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
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定価:1,680円(税込)
発行:三五館
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定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
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定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
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