「反芸術」と称されたアーティストの創作世界

2013年12月10日号

白鳥正夫

今年最後の寄稿は、高度経済成長の続いた1960年代初頭に特異な表現で「反芸術」と称されたアーティストの創作世界です。年末から新年にかけて各地を巡回する「あなたの肖像―工藤哲巳回顧展」と、「ハイレッド・センター:直接行動の軌跡展」を取り上げます。この1年を振り返って、政権が変わり景気が上向き、再び東京でのオリンピックも決まり、祝祭ムードの世の中。とはいえ福島原子力発電事故後の廃炉や近隣外交の行き詰まり、特定秘密保護法をめぐっての暗雲もあり、閉塞感も漂います。こうした時代背景の中で、半世紀前に注目を集めた先駆者たちの精神に触れることは有意義といえます。時代と真剣に向き合い、既存の概念を破った作品の数々の新鮮さに驚き、美術の世界を超えた時代や社会へのメッセージが感じられ、大いに刺激を受けました。

「あなたの肖像―工藤哲巳回顧展」
日本で初公開を含む約200点集結


工藤哲巳 
1971年
撮影:工藤弘子
(C)ADAGP,
Paris & JASPAR,
Tokyo,2013


工藤哲巳
「X型基本体に於ける
増殖性連鎖反応」
1960年
東京都現代美術館蔵
(C)ADAGP,
Paris & JASPAR,
Tokyo,2013


工藤哲巳
「あなたの肖像」
1963年
高松市美術館蔵
撮影:高橋章
(C)ADAGP,
Paris & JASPAR,
Tokyo,2013

工藤哲巳
「愛」1964年
倉敷市立美術館蔵
(C)ADAGP,
Paris & JASPAR,
Tokyo,2013

工藤哲巳
「あなたの肖像—
種馬の自由」
1973年
米津画廊蔵
撮影:福永一夫(C)
ADAGP,
Paris & JASPAR,
Tokyo,2013

工藤哲巳
「石油と放射能の間
での瞑想」
1979年
福岡市美術館蔵
(C)ADAGP,
Paris & JASPAR,
Tokyo,2013

工藤哲巳
「ブラックホールと
ワルツをどうぞ……」
1982年
個人蔵
(C)ADAGP,
Paris & JASPAR,
Tokyo,2013

まず工藤哲巳を知らない読者も多いことでしょう。近年、フランスやアメリカで企画展が開かれ再評価の機運が高まっているとのことですが、何しろ国内では20年ぶりの回顧展なのです。私が工藤作品を初めて意識して見たのは1991年10〜12月に大阪・千里の万博公園にあった国立国際美術館での「芸術と日常 反芸術/汎芸術」の展覧会でした。

その時、出品されていた「遺伝染色体の雨の中で啓示を待つ」(1979年、国立国際美術館蔵)は、多色の糸が絡み垂れる鳥かごの中に両手を揃えて祈るおぞましき人間の姿を造形していました。一度見たら忘れられない強烈な印象でした。この展覧会は、既成の芸術概念からの自由を主張する「反芸術」であると同時に、すべてが芸術すなわち「汎芸術」であるとの問いかけを日常や社会に投げかけたものです。私たちが抱いている美意識を根底から覆すものでした。

その後、私も企画担当者の一員だった「戦後文化の軌跡 1945−1995」展(1995年、兵庫県立近代美術館などで開催)で、「反芸術」の旗手の一人として取り上げられました。「X型基本体に於ける増殖性連鎖反応」(1960年、東京都美術館蔵)がリストアップされました。タイトルといい難解な作品ですが、核反応を閉じ込める原子炉のように、外界から隔離されている状態を制作の舞台に設定し、紐やタワシなどの物体を媒体にして従来の絵画や彫刻の枠組みを取っ払った工藤の表現の意図が読み取れました。

そこで工藤なる作家についてですが、過去の図録などを参考に紹介しておきましょう。工藤哲巳(本名哲美)は1935年、大阪に生まれます。父は青森県五所川原出身で中学校の美術教師を勤めていました。父の死後、母の郷里である岡山市に移り高等学校に進みます。在学中より神戸在住の小磯良平の個人指導を受け、東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻に入学し、画壇の異端児とされていた林武に師事します。

在学中、オーソドックスな絵画から挑発的な前衛芸術へと関心を移します。1958年の卒業の年、読売アンデパンダン展に出品したのを手始めに、同展が打ち切られる62年まで毎年出品。その62年、国際青年美術家展での大賞受賞で半年間のフランス留学の機会を得ます。その後はパリを拠点に「あなたの肖像」「遺伝染色体」シリーズなど、「不能の哲学」をベースとした挑発的な作品を次々と制作。パリ青年ビエンナーレやベネチア・ビエンナーレなどを舞台に活躍します。

1969年には一時帰国し、千葉県にある鋸山の断崖に、大きなモニュメントを制作し、再びパリへ戻ります。70年代半ばごろから、内省的な作品が増え、自らの日本人としてのアイデンティティや日本の社会を考察した作品などを手がけます。87年には母校の藝大教授に就任しますが、90年に55歳の若さで他界したのです。

さて1月19日まで開催の国立国際美術館での「あなたの肖像―工藤哲巳回顧展」では、工藤が最も好んで使用した題名である「あなたの肖像」を冠し、初期の絵画から鳥かごや水槽などを使ったオブジェやデッサン、デッキチェアや乳母車を用いた60年代半ばの作品群、さらにハプニングやパフォーマンスの記録写真や関連資料など、日本初公開の作品を含む約200点を一堂に集めています。

とりわけ1962年の読売アンデパンダン展で発表した「インポ分布図とその飽和部分に於ける保護ドームの発生」(1961−62年、ウォーカー・アート・センター蔵)は、50年ぶりにアメリカから里帰りしています。種の保存手段としてのセックスを否定した「不能の哲学」に基づくもので、天井に網が張り巡らされ、そこから男性器を模した物体が増殖するように垂れ下がったインスタレーション作品で、その後の制作のベースをなした伝説的な作品です。

人間の臓器や染色体、植物や動物をモチーフに、一見して不気味な印象が強い工藤の作品ですが、テクノロジーや環境問題と共に生きざるを得ない現代を逆説的パラダイスとして表現したもので、約30年に及ぶ創作活動が代表作によってほぼ網羅されています。性や公害、原子力、遺伝子などの問題に斬り込んだ作品は、現代のテーマでもあります。
 
また、特筆に価するのが展覧会図録です。出品作の図版とリストをはじめ論文、基礎資料類や、文献目録や作品総目録、さらには新発見の写真までまとめられています。何と640ページ、厚さ5.5センチにもなります。担当した国立国際美術館の島敦彦副館長兼学芸課長は、美術館ニュースに連載していた「工藤哲巳入門」を図録にも反映してますが、「なぜ今、工藤哲巳なのか?」について次のようなコメント(抜粋)を記載しています。

福島の原発事故は、(中略)福島以後の人類、日本、世界に、どんな選択の余地が残されているのか。(中略)よかれと思ってせっせと作ってきた世の中のシステムやメカニズムが、これほど不可逆的で硬直した、立ち止まることを許さないものであるとは(中略)。救いようのない絶望感から出発するしかないところまで、我々は追い詰められている。今こそ、工藤哲巳の「インポ哲学」を見直し、工藤の問いかけに耳を傾け、誰もがその答えを模索しなければならないのである。

島敦彦(2013)「あなたの肖像―工藤哲巳回顧展」図録403頁より

 なお、同展は新年2月から3月にかけて東京国立近代美術館、4月から6月には青森県立美術館に巡回します。

「ハイレッド・センター:直接行動の軌跡展」
前衛芸術グループ結成50年を記念して展示


高松次郎
「No162」
1966年
府中市美術館蔵


高松次郎
「扉の影」
1968年
東京都現代美術館蔵

一方、「ハイレッド・センター:直接行動の軌跡展」は、名古屋市美術館で12月23日まで開催。新年2−3月に東京・渋谷区立松濤美術館に巡回します。ハイレッド・センターとは、高松次郎(1936−98)、赤瀬川原平(1937−)、中西夏之(1935−)の当時20歳代の3人により、1963年に結成された前衛芸術グループで、メンバーの名前の頭文字の「高」=ハイ、「赤」=レッド、「中」=センターを組み合わせたものです。真紅の「!」がシンボルマークです。
 
こちらも「戦後文化の軌跡展」で取り上げられ、3人の作品は各地の美術館で個別に見ていました。今回は3人の同時期の作品が体系的に展示されているとあって、開幕前日の報道内覧会に駆けつけると、「芸術と日常」展にもリストアップされ、兵庫県立美術館で2012年に大々的に個展が開催された神戸在住の榎忠さんも来場していて、プロにも注目度の高い展覧会であることが窺えました。

展覧会の趣旨に則りますと、安保闘争後、高度経済成長の道を邁進する60年代の日本において、ハイレッド・センター(HRC)は、平穏な「日常」のなかに「芸術」を持ち込むことで、退屈な「日常」を「撹拌」しようと試みた、とあります。


赤瀬川原平
「不在の部屋」
1963(1995)年
名古屋市美術館蔵

赤瀬川原平
「大日本零円札」
1967年(手前)と
「《大日本零円札》と
両替された現金の瓶詰め」
1968年
いずれも名古屋市美術館蔵

その活動は、1964年のオリンピックを前に警戒が強まる東京の路上で、秘密組織的な印象を漂わせた行動を起こしたり、逆に過度に公的機関の重要事業を装ったりと都市を撹乱するもので、路上や電車の中、ホテルなどの公共的な場所で非日常的な行為を行う過激な「イベント」をセンセーショナルに繰り広げたのでした。

展覧会では、HRCの活動を文献や記録写真も駆使し、多角的に取り上げられていました。直接行動としては、結成前の「山手線のフェスティバル」を先駆けに、HRCの武器(紐、梱包、洗濯バサミ)を公開した「第5次ミキサー計画」や、核時代の世界の現実を背景として帝国ホテルで行われた「シェルター計画」など型破りな発想で実施されました。

また東京オリンピックが開催中の銀座の並木通りで白衣にマスク姿で行われた「首都圏清掃整理促進運動」、さらに東京地方裁判所の701号法廷を舞台に千円札裁判の「法廷における大博覧会」に至るまで、様々な「イベント」を仕掛け、同時代の社会における「芸術」的な陰謀として実行されたのでした。HRCは、「行為」としての「芸術」を展開した代表的なグループとして、アメリカやヨーロッパの美術界から熱い注目を集めているのです。


中西夏之
「男子総カタログ」
(左から赤瀬川原平、
中西夏之、和泉達)
1966年
個人蔵

この展覧会の図録は開幕に間に合わず後日送られてきましたが、奇抜なデザインと編集です。直接行動ごとに作品や写真、資料で裏付けられ、どんな活動を展開してきたが具体的に記され興味深いものに仕上がっています。

企画した山田諭学芸員は、図録に「ハイレッド・センターの正体」と題したテキストに「1960年代の日本社会の状況に揺さぶりを掛けるための実験を繰り返してきた」「直接行動の計画を立案、実行することを通して、自己を充足させ、更新することが目標であったように思われる」などと言及し、「現代の若い世代の芸術家にとっても、HRCの直接行動を追体験することは大きな刺激となるのではないだろうか」と結んでいます。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
新刊
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
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・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
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・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
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定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
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アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
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発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
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定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
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発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

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