変貌する近隣の台湾を再訪

2013年11月15日号

白鳥正夫


海外からの観光客で賑わう
台湾の故宮博物院

残暑の続く10月中旬、台湾へ行ってきました。関西空港からわずか2時間40分、大阪から東京間とほぼ同じ時間で到着します。2007年12月以来の再訪で、今回も5日間の旅でした。尖閣や歴史認識の問題などで近隣国との関係がギクシャクする中、台湾はかつて日本統治下にありながらも親日的です。中国大陸の中華人民共和国から分かれ、中華民国として政治や行政、経済も独自路線を貫き、アジアの中でも著しい発展を遂げています。いくつかの視点から、その変貌や現況、日本との関わりを伝えます。

【二つの故宮】来年には台湾の名宝の日本展実現


日本でも初公開される
目玉の「翠玉白菜」

今回の台湾行のお目当ての一つが、世界四大博物館とされる故宮博物院の見学でした。入場料は160元(日本円にして約550円)で、平日の開館時間は午前8時半から午後6時半まで(土曜のみ午後8時半)でした。前回と同様、地下の入り口は入場者でごった返していました。約2時間足らずでしたが、青銅器、陶磁器、玉器、彫刻の代表的な文物を中心に鑑賞しました。

とりわけ中国・清代の玉器「翠玉(すいぎょく)白菜」と「肉形(にくがた)石」などが、2014年に東京国立博物館と九州国立博物館で開かれる台北・故宮博物院展にアジアで初めて出品されることが発表されており、ひと足早く見ておきたいとの思いもありました。

「翠玉白菜」は、博物院の数ある名品でも目玉の一つで、ヒスイの玉彫り。清の光緒帝の皇后が嫁入り道具として作らせたとの説もある一品です。買い求めた図録によると、「白菜は清らかで汚れのないことを寓意し、花嫁の純潔を示しており、葉の上に乗った昆虫は多産を象徴し、子孫繁栄を願うもの」とされています。「肉形石」の方は、豚の角煮と見紛うような天然石を上手く活かした彫刻です。

故宮といえば、北京にもあり、こちらも3度訪ねています。台湾の故宮の所蔵文物は約69万件。その多くは1945年の日本統治時代終了後、中国での共産党と国民党の内戦が勃発します。国民党は北京の故宮から戦火を逃れるため精選した文物を、南京などに移した後、台湾に運んだとのことです。

台北の故宮博物院はこれらの膨大な文物を収蔵するために建設されたのでした。台湾政府は現在、台湾高速鉄道嘉義駅の隣にアジア文化をテーマとした故宮南院を2015年の完成を目標に建設工事が進めており、博物院機能の分散化が図られているそうです。

【映画の舞台】『悲情城市』『千と千尋…』の九ふん(にんべんに分)


台湾観光の人気スポットに
なった九ふんの町並み

九ふんは、台湾北部の山あいにある古い小さな町です。山の斜面の坂道や石段、路地などに土産物屋や飲食店がひしめき、レトロな風情があふれる観光地です。もともと9戸しかない寒村で、物を補充する時に毎回9セットを買っていたことから名づけられたといいます。

19世紀末に金の採掘が開始されたことにより発展しましたが、1971年に閉山したのを機に急速に衰退します。その後、1989年に制作され、ベネチア映画祭でグランプリになった台湾映画『非常城市(A City Of Sadness)』のロケ地として使われたことから一躍脚光を浴び、観光ブームが訪れます。


ロケ地となり
「非常城市」の看板のかかる
レストラン

この映画は、日本統治時代の終わりから、中華民国が台北に遷都するまでの4年間の激動の台湾社会を酒家を営む大家族を通して描かれています。日本が敗戦した後の台湾には、連合国軍の委託を受けて日本軍の武装解除を行うために大陸から蒋介石率いる中国国民党政府の官僚や軍人が進駐し行政を引き継ぎます。

ところが1947年2月、台北でヤミ煙草取締りの騒動を発端として、戦前から住む本省人と大陸からやってきた外省人が争う「二・二八事件」が起き、抗争はたちまち台湾全土に広がります。一連の事件での殺害・処刑者は2万人を超えたといわれています。

約40年にわたる威厳令が解除されたのが1987年で、その2年後、規制が緩やかになったタイミングで、侯孝賢(ホウシャオシエン)監督が公開したのでした。この映画を観たのは1994年に私が企画に関わった「朝日シネマの旅」でリストアップしたのでした。名画として観賞しただけでなく、台湾の歴史にもに関心を持つきっかけになったのでした。

九ふんには、アニメ映画の巨匠・宮崎駿監督も滞在し、2001年に公開された作品『千と千尋の神隠し』の物語の舞台モデルにもなっています。

【日本の名残】台湾に生きている、ゆかりの寺も


布袋さまの姿をした
大きな宝覚寺の
弥勒菩薩

日本人居留民
遺骨安置所の墓碑

1895年から50年に及んだ日本統治の歴史ゆえ、現在の台湾には形のある建造物や産業遺産から伝統やしきたり、日本語や日本精神などにも、戦前の「日本」が生きています。台北の中華民国総統府は、終戦までは台湾総督府として使われているほか、旧総督官邸や学校、駅舎などの由緒ある歴史建造物は美術館や公共施設として活用されています。

台中にある宝覚寺は1928年に建立された仏教寺です。本尊は釈迦如来で、臨済宗妙心寺(京都)の管長が道士として台北に赴任していた時に普請に尽力したとのことです。本殿の隣には弥勒菩薩の大仏がそびえています。台湾第二の大きさで高さ30メートル。七福神の布袋さまの姿で笑顔が印象的です。境内には物故した日本人居留民1万4千人の眠る遺骨安置所と墓碑もあります。

【名勝地点在】太魯閣(たろこ)峡谷、日月潭(にちげつたん)、三仙台…


代表的な景勝地・
太魯閣峡谷


793ヘクタールもある
湖の日月潭


美しい太鼓橋が連なる
三仙台

龍虎の七重塔の浮かぶ
蓮池潭

5日間で10都市を周遊しましたが、各地に見どころが点在していました。そのいくつかを紹介します。まず太魯閣峡谷は台湾を代表する景勝地です。峡谷一帯の山岳地帯が国家公園に指定されています。東部最大の都市・花蓮側の入口から終点の天祥まで約20キロもあり、途中には断崖絶壁もあり自然美にあふれています。

前回はバスで数キロ走行し渓谷を散策しましたが、今回は列車の都合もあって、入口付近の眺めを楽しみました。立派な赤い門構えのゲートをくぐり橋を渡ると長春祠が見えてきます。一枚岩の大理石の割れ目から水が激しく流れ出し滝になっていますが、祠は滝を跨ぐ格好で中国宮殿風の建物です。この辺りは大理石の産地で、岩盤をくり貫きトンネルを貫通させた際に殉職した霊を祀っていました。

日月潭は初めて訪れました。台中の南東約40キロ、地図を手にすると、サツマイモの形をした台湾のほぼ真ん中に位置します。総面積が793ヘクタールの湖で、遊覧船が浮かび湖岸にロープウエイもあります。周囲が24キロあり、場所や季節、時間によって湖面の表情を変えます。豪華な中国宮殿式建築の文武廟からの眺めも格別でした。

三仙台は、東部の花東公路(海線)沿いにある大岩礁で、2度目の観光です。地名は海に浮かぶ3つの岩を3人の仙人になぞらえて付けられたといいます。もとは岬だったが、波に浸食され島になったとのことです。浅瀬で干潮時には歩いて渡れたようですが、珊瑚礁を保護するため、美しい太鼓橋が連なっています。

南部の台湾第2の都市・高雄の北部に左営には、蓮が咲く淡水湖の蓮池潭があります。周囲は約7ヘクタールほどですが、湖水には龍虎の七重塔が設けられています。龍の口から入り、虎の口から出ればこれまでの悪い行いが帳消しなるとか。湖水には楼閣や巨龍の背に乗った観音像、巨大な玄天上帝などのも浮かんで見え、湖岸に沿って数多くの出店が並び、国内外の観光客らで賑わっていました。

【新名所次々】101、美麗島駅、LOVE公園…


高さ508メートルの
「TAIPEI101」

「TAIPEI101」は、高さ508メートルを誇り台北のランドタワーです。地上101階、地下5階からなり、名前はこれに由来します。7年間の工期を経て、竣工した2004年には世界一の超高層建築物でした。現在はアラブ首長国連邦の「ブルジュ・ドバイ」の818メートルに追い越されています。101ビルの施工には熊谷組を中心としたJVにより行われ、総工費は約600億元を要したといいます。

5階から展望台のある89階までは約382メートルです。エレベーターは東芝製で、37秒でたどりつきます。世界初となる気圧制御システムを導入していて耳が痛くなりません。2009年時に展望台からのパノラマ風景を満喫しており、今回はパスしました。天気のよい日の夜景は格別とのことで、次回があれば是非ともとねがっています。


世界で2番目に美しい
「MRT美麗島駅」

「MRT美麗島駅」は、高雄市内にあり、世界で2番目に美しい駅との触れ込みです。MRTとは、Mass Rapid Transitの頭文字の略称で、南北を結ぶ紅線と東西の橘線からなり、2008年に開通しました。その交差駅が美麗島で地下駅です。その改札前の広場には、天井の巨大なドーム状の屋根にモダンアート風のポップなデザイン絵が電光に照らされています。広いロビーではグランドピアノの生演奏があり、様々なイベントが行える空間が広がっています。

同じく高雄市内にある寿山公園は、海抜36メートルの寿山の中腹にあり、市や港を一望できます。公園内には樹木が多く市民の憩いの場所です。第二次大戦後、戦死した人々を弔うための忠烈祠もあります。


寿山公園の展望台に設置された
「LOVE展望台」

今年1月「LOVE展望台」が新設され、LOVEの文字には電光が備えられていて、カップルに人気のデートスポットになっています。眼下には、その名も愛河(ラブリバー)という川が流れ、繁華街のひしめく台北と違って、街自体はロマンチック雰囲気をかもし出しています。

【街道をゆく】司馬遼太郎の書いた『台湾紀行』から

私の手元に司馬遼太郎さんの『街道をゆく40 台湾紀行』(朝日文庫版)があります。1993年7月から翌年3月にかけて週刊朝日に連載されていたものです。連載後に掲載された司馬さんと当時の李登輝総統との対談も所収されています。「国家とはなにか。といより、その起源論を頭におきつつ台湾のことを考えたい。これほど魅力的な一典型はないのである」との書き出しで始まります。

司馬さんは1993年の1月と4月に、そして李総統との対談のため3度台湾を訪れて、台北や高雄、台東、花蓮などを旅しています。ジャーナリスティックで詩情豊かに紀行文を綴っています。そして何より半世紀もの長い期間、日本が統治していた台湾の行く末を案じていたのです。李総統との対談「場所の悲哀」の中で、次のような発言をしています。

中国のえらい人は、台湾とは何ぞやということを根源的に世界史的に考えたこともないでしょう。
 
中国がチベットをそのまま国土にしているのも、内蒙古を国土にしているのも、住民の側からみればじつにおかしい。毛沢東さんの初期の少数民族対策は理念としてよかったが、実際には内蒙古もチベットも、住民は大変苦痛のようですね。それをもう一度台湾でやるなら世界史の上で、人類史の惨禍になりそうですね。


              ×      ×

台北の桃園空港で見送ってくれたガイドの朱正宏氏さんの笑顔に応え、また「訪ねます」と口約束をしました。2度目の台湾から帰国の機上で、オランダや日本に統治された台湾が同じ漢民族とはいえ中国大陸に統治されないことを願わずにいられませんでした。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
新刊
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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