こうべビエンナーレと「プーシキン美術館展」

2013年10月16日号

白鳥正夫


アート イン コンテナ
国際展で
大賞の安蔵隆朝さんの
「Light flower of
Two faces」

猛暑の夏を乗り切り、いよいよ美術の秋です。地域型の美術イベントとして2回目の「あいちトリエンナーレ」、初めての「アート・アーチ・ひろしま」を取り上げてきましたが、今回は4回目となる「神戸ビエンナーレ2013」(12月1日まで)を紹介します。テーマは「さく」。混迷を続ける国際、地域社会を切り裂き、そこにアートの花々を咲かそうとの趣旨です。メリケンパーク・神戸港エリアを中心に、ミュージアムロードに立地する3美術館、さらには元町高架下など広い地域で大展開されています。そんな港町・神戸で出会う芸術祭の傍ら、フランス絵画300年の歴史を一望できるとの触れ込みの「プーシキン美術館展」も、神戸市立美術館で12月8日まで開催中です。

「さく」をテーマに多様なアートの世界


準大賞のcircle sideの
「interweave no.2」
(C)TAKESHI NISHIYAMA

「神戸ビエンナーレ」は、アートを活かしたまちづくりを基本方針に、海・山・街といった港町・神戸らしい都市イメージを国内外に発信し、多彩な出会いの場を提供しています。現代アートに限らず音楽や、伝統文化、生活文化にも光を当て、多種多様な芸術文化の交流・融合を図っています。また港を舞台にした作品を募集し、遊覧船の航路上から鑑賞できるなどの特色があります。

とりわけ他の芸術祭と異なり、コンペティション形式により新進アーティストの発掘や育成にも力を注いでいて、その中心がメリケンパークの「アート イン コンテナ国際展」です。輸送用コンテナの内部を展示空間として、アーティストの自由な発想で、作品表現を競い合っています。


海上作品で森佳三さんの
「MUSUHI」

大賞に選ばれたのは千葉県出身の安蔵隆朝さんの「Light flower of Two faces」です。回転体にプロジェクターで映像をあてる仕掛けで、無数の小さな球体がまるで生き物の様に見えますが、突然映像を消しストロボが発光すると隠れていた実体が現れます。同じ回転体を見ているはずなのに、華やかさの裏側に潜む現実の姿も見え隠れさせます。

準大賞は愛知県のcircle sideの「interweave no.2」。アート、サウンド、デザインなどのジャンルを超えた作品を発表するプロジェクトとしてアーティスト、デザイナー、プログラマーら4人によって結成されたそうです。麻糸という旧来の媒介物(メディア)と現代の情報メディアによって紡がれる新たな質感との出会いが制作意図です。鑑賞者自身の情報が作品に読み込まれ変容していく様子は、メディアそのものについての再考を促します。


高架下に展示された
ペインティングアートの
大作

会場にいたメンバーの安積亜希子さんと小笠原寛夫さんは、「物が流通する港のコンテナの中で、『さく』のテーマを意識して仕上げました。麻糸は単なる物でなくなり、固定観念を超えて変化する様子を感じ取ってほしい」と話していました。

コンテナでは、創作玩具国際展やコミックイラスト展、いけばな未来展や野外展、書道展、障がい者公募作品展なども見ることが出来ます。 また国内外の様々な芸術祭との連携とネットワーク化も目的にしており、目下関係がギクシャクしている隣国の韓国・光州作家展や中国・天津作家展も注目されます。

さらにペインティングアート展がJR神戸駅から元町駅間の高架下空間を舞台に、空き地の大きな壁面を活かし新しい絵画表現を繰り広げています。高架下に古くからの商店街が並び、レトロな商品などを販売しており、古さと新しさが混在した風景はとても新鮮な感じを受けます。

二つの美術館で二つの「横尾忠則展」


「兵庫・神戸の仲間たち展」
と現代陶芸展の
優秀作品の展示
(BBプラザ美術館)

まちなかや遊覧船からのアート鑑賞のほか、既存の美術館でも多くの作品が展示されています。ミュジアムロードにあるBBプラザ美術館では、「兵庫・神戸の仲間たち展」が開かれ、2回の会期に分け、日本画・洋画など約100点が出品されます。また兵庫陶芸美術館で開催された「現代陶芸コンペティション入選・入賞作品展」の大賞と優秀作品11点も紹介されています。

圧巻は兵庫県立美術館と横尾忠則現代美術館で同時期開催される二つの「横尾忠則展」です。兵庫県美の「感応する風景」は、文字通り膨大な横尾作品の中から風景画に焦点を当てています。横尾さんは1970年代、雑誌『芸術生活』に「日本原景旅行」と題する紀行原稿に各地の風景画を描いています。


横尾忠則さんの
「感応する風景」展
(兵庫県立美術館)

幼少年時代に過ごした故郷の西脇から様々な土地に触発された作品を、「水のある風景」や「滝」、「洞窟」、「パラダイス」、そして最近のテーマで繰り返し描いている「Y字路」など、単に風景を描写しただけではなく、想像力やヴィジョンを投影した作品が約80点ずらり並んでいます。

横尾忠則現美の「肖像図鑑」の方は、1960年代から現在に至るポートレイトを集めています。そこには俳優や作家、ミュージシャンなど時代を彩ってきた顔のオンパレードです。ここでも人物の大半は写真や絵画の流用・模写でありながら、横尾さんのイマジネーションや交流などから独自の作品に仕立て上げられていて、似顔絵とはひと味違った趣です。


横尾忠則さんの
「肖像図鑑」展
(横尾忠則現代美術館)

会場には絵画だけでなくイラストレーション、デザイン原稿、ポスター、版画などが多彩に展示されています。とりわけ数年来制作が続けられてきた最近作の近代文学者の肖像シリーズ約22点と、日本経済新聞に連載された瀬戸内寂聴さんの『奇縁まんだら』の挿画も出品されていて、見ごたえ十分です。こちらの展覧会のみ来年の1月5日までの開催です。

二つの「横尾忠則展」を企画した意図について、両館の館長である蓑豊さんは「横尾忠則現代美術館が開館してほぼ1周年に、世界で通じる日本人アーティストで、人がやらないことをやり、既成の概念を破った画家の芸術をライブで見ていただくことに意義があります」と話しています。

「プーシキン美術館展」はフランスの名画66点


「プーシキン美術館展」の
開会式

日本で初めての「プーシキン美術館展」は、2005年10月から06年4月にかけて東京都美術館と大阪の国立国際美術館で開催されています。この時は、アンリ・マティスの「金魚」(1912年)などの名画が出品され、話題を集めました。その直後の2006年9月に、私はモスクワの現地を訪ね、再び「金魚」を鑑賞することが出来たのでした。

プーシキン美術館には、クレムリンを見学した後、地図を頼りに歩いて出かけました。その3日前にはサンクトペテルブルクの豪華なエルミタージュ美術館を訪ねていて、外観が見劣りしましたが、絵画、版画、彫刻など収蔵品は67万点を超し、世界的な西洋絵画コレクションを誇っています。1912年に「モスクワ大学附属アレクサンドル3世美術館」として開館し、ロシア革命を機に「モスクワ美術館」と名を変え、さらに文豪アレクサンドル・プーシキンの没後100年を記念して、1937年に現在の名称に改められたとのことです。


ルノワールの
「ジャンヌ・サマリー
の肖像」
(1877年)


ゴッホの
「医師レーの肖像」
(1877年)

アングルの
「聖杯の前の聖母」
(1841年)

ルソーの
「詩人に霊感を
与えるミューズ」
(1909年)

2度目となった今回の展覧会には、ピエール=オーギュスト・ルノワールの「ジャンヌ・サマリーの肖像」(1877年)など名画66点が出展されています。2011年4月から日本での開催を予定されていながら、東日本大震災と、それに伴う福島原発事故の余波で延期されていただけにやっとの思いです。神戸は当初予定と同じ愛知県美術館、横浜美術館に続いての最終会場です。

プーシキン美術館のコレクションは、ロシア人実業家、セルゲイ・シチューキン(1854−1936)とイワン・モロゾフ(1871−1921)が集めた収集品が核となっています。2人は19世紀末から第一次世界大戦までの早い時期にしかも短い期間で精力的にフランス近代絵画を収集したのが特徴です。印象派に端を発し評価の定まっていない芸術家たちの作品も購入するなど、優れた審美眼を発揮し、後世になって質の高いコレクションとして、世界的な評価を得たのです。

ポスターやチラシに使われ目玉作品になっているのが、「ジャンヌ・サマリーの肖像」です。56×47センチのそれほど大きな絵画ではないのですが、胸元の開いた青色のドレスを着た当時の花形女優を、ルノワール特有の柔らかな筆触でピンクを背景に描かれており、一見にして印象に残る作品です。女優の夫からオークションに出され、画廊を通じモロゾフの元へ。

肖像画聖では、フィンセント・ファン・ゴッホの「医師レーの肖像」(1889年)も目を引きます。64×53センチでやや大きな作品です。神経症の治療を受けたゴッホが医師に贈ったとされています。こちらは医師が気に入らなかったのか早々に売りに出され、シチューキンの目にとまったそうです。

ロシア革命後、国外脱出を余儀なくされた2人の豪商によって蒐集され居室を彩ったであろう数々の作品は没収され、国家の所有になったのでした。そしてプーシキン美術館のコレクションとして一つにまとめられ、今日に至っているのです。

このほかフランソワ・ブーシェの「ユピテルとカリスト」(1744年)やクロード・モネの「陽だまりのライラック」(1872−73年)、ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングルの「聖杯の前の聖母」(1841年)、ポール・ゴーギャンの「エイアハ・オヒパ(働くなかれ)」(1896年)、アンリ・ルソーの「詩人に霊感を与えるミューズ」(1909年)など選りすぐりの名画がそろっています。

フランス絵画に魅了されたロシアの2人のコレクターを虜にした名画を鑑賞していると、なるほど伝説になるだけの熱い思いが伝わってきます。愛知で約12万人、横浜で約34万人の入場者があった「プーシキン美術館展」は、看板に偽りなく逸品ぞろいでした。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
新刊
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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