「アート・アーチ・ひろしま」と2つの回顧展

2013年9月15日号

白鳥正夫


イサム・ノグチ
「原爆死没者慰霊碑」案
(模型、1952年)

アート鑑賞の楽しみの一つに、美術館独自の企画展があります。今回は広島市内に立地する広島県立、ひろしま、広島市現代の3つの美術館が初めて共通のテーマのもとに10月14日まで同時開催中の「アート・アーチ・ひろしま2013」を取り上げます。3館それぞれの切り口で「ピース・ミーツ・アート!」「イサム・ノグチ〜その創造の源流〜」「サイト−場所の記憶、場所の力−」との展覧会を展開しています。一方、和歌山県立近代美術館はアメリカを舞台に活躍した「石垣栄太郎展」を、姫路市立美術館では近代洋画の奇才「青山熊治展」をいずれも10月20日まで開催。石垣、青山ともそれぞれの郷土出身作家ですが、全容に迫る力のこもった回顧展です。広島3館で初めての試みや、一般にあまり知られていない作家との出会いに、大いに美術館の存在感を実感しました。

イサム・ノグチの作品を機軸に3館連携


木村友紀「桂」(2012年)

広島市内中心部に位置する3つの美術館は、原爆被災地として戦後の文化復興と発展を担ってきました。各館は個性的なコレクションを所蔵し、近世・近代美術から現代美術まで、美術史を通観できます。「アート・アーチ・ひろしま2013」は、原爆記念日や終戦記念日をはさんで7月20日からの長期間開催です。東日本大震災に見舞われた日本にあって、廃墟から立ち上がってきた広島から、アートの力で復興への「希望」を発信しようとの趣旨です。

通底するテーマは「平和」で、イサム・ノグチの作品を機軸に据えています。イサム・ノグチ(1904-88)は、日本人の父とアメリカ人の母のもと、アメリカのロサンゼルスに生まれました。13歳まで日本で教育を受け、その後ニューヨークの美術学校で彫刻家を志し、やがて画家、インテリアデザイナー、造園家・作庭家、舞台芸術家としても活躍しました。

広島市現代美術館の「サイト−場所の記憶、場所の力−」は、場所の記憶にインスピレーションを受けた内外のアーティストらの作品を展示しています。とりわけ「プロローグ」として、イサム・ノグチが丹下健三の依頼でデザインしたものの実現しなかった「原爆死没者慰霊碑」案(5分の1模型、1952年の石膏をもとに1991年制作)や、「広島のための鐘楼」(1950年)、さらには現存する「平和大橋」・「西平和大橋」の資料などが出品されていて、興味深く鑑賞できました。


川俣正
「プレファブリケーション・
広島」
(1994/2013年)

「サイト、喪失の記憶」のコーナーでは、イラク戦争のとばっちりで美術館から盗まれた美術品を、日用品を使って再現したシカゴ在住のマイケル・ラコウィッツ(1973−)の「見えない敵などいるはずがない」(2007年-)が目を引きます。細かい制作を積み重ね、文化財の代え難い価値を訴えていました。

続いて「サイト、懐かしさの記憶」では、祖父の遺品である写真を再構成して展示した木村友紀(1971−)の「桂」(2012年)は、桂離宮の様式美をユニークな発想で表現しています。またブラジル生まれながら海外活動するトニコ・レモス・アウアド(1968−)の「7つの海」(2007年)は、太陽の光と時間の経過が紙の上に残した痕跡によって、故郷と自分を隔てる海を想起させます。

「場所から場所へ、移動するサイト」では、大規模なプロジェクトを発表し国際的にも注目される川俣正(1953−)の「プレファブリケーション・広島」(1994/2013年)は、美術館の内外にインスタレーションされています。日常風景に仮説性のある物置によって非永続性を意識させます。この設置された物置は1994年の「アジアの創造力」展の再利用です。この時、私が在籍していた朝日新聞社との共催で、イナバ物置の会社に懇願し物置100台の提供を受けた思い出があります。 


「ピース・ミーツ・アート!」
の展示

広島県立美術館の「ピース・ミーツ・アート!」は、「再生」「対話」「平和」をキーコンセプトとして、時代やジャンルを超えた多彩な作品が展示されています。第1章の「破壊から再生へ」では、パブロ・ピカソ(1881−1973)の「ゲルニカ(タピスリ)」(1983年)や岡本太郎(1911−96)の「明日の神話」、第二次世界大戦の惨禍を描いた藤田嗣治(1886−1968)の「アッツ島玉砕」(1943年)があれば、原爆による破壊を描いた丸木位里(1901−95)の「原爆の図 第7部 竹やぶ」(1954年)や平山郁夫(1930−2009)の「広島生変図」(1979年)が展示されていて圧巻です。


高橋英吉
「黒潮閑日」
(1938年、
石巻文化センター蔵)

平山作品では、破壊されたサラエボの街中で生きる子どもたちの姿に希望を込めて描かれた佐川美術館所蔵の代表作「平和の祈り-サラエボ戦跡」(1996年)や、東日本大震災で大きな被害を受けた石巻文化センター所蔵の高橋英吉(1911−42)の「黒潮閑日」(1938年)も出品されています。「黒潮閑日」はNHKの「日曜美術館」でも放映され、美術作品によってもたらされる再生への想いを強くしました。

第2章「対話」では、イサム・ノグチの「追想」(1944/1983-84年)や「住人」(1962年)などによって「東西文化の対話」の重要性を提示。他に浦上玉堂、土田麦僊、岸田劉生、グランマ・モーゼス、三宅一生+Realiti Lad、岡田謙三、李禹煥、ルーシー・リー、バーナード・リーチらの作品を通じて、異なった人種・地域の間で、どのように美術作品が生み出されてきたかを探っています。


山本基「迷宮」
(2013年)

第3章の「未来へのアート・アーチ」は、現代美術作品を中心に展示。中でも尾道市出身でアメリカやドイツなど世界各国の美術館で個展を開催してきた山本基(1966−)は、巨大な塩の彫刻作品「迷宮」(2013年)を美術館で制作展示していて圧倒されました。

もう1つのひろしま美術館の「イサム・ノグチ〜その創造の源流〜」展では、日系アメリカ人という複雑な境遇による戦争中の苦悩を作品として昇華させ、国境を超えた「絆」で創作を続けたイサム・ノグチの芸術世界を多角的に取り上げています。ただ前記2館の鑑賞に時間をかけ過ぎ、残念ながら見ることが出来ませんでした。

生誕120年、石垣栄太郎の生涯を辿る


石垣栄太郎「街」
(1925年、
和歌山県立近代美術館蔵)

和歌山県立近代美術館での「石垣栄太郎展」は生誕120年記念として、代表作を中心に初期から晩年までの油彩素描、鉛筆画、資料、関連作品など約110点と、同時代にアメリカで画家として活躍した浜地清松(1885−1947)らの作品20点が展示されています。1997年に開催した「アメリカの中の日本 石垣栄太郎と戦前の渡米画家たち」展以来、16年ぶりの回顧展とのことです。

石垣栄太郎(1893−1958)は和歌山県太地町に生まれ、出稼ぎ移民としてアメリカに渡り、1920年代から40年代にかけてニューヨークを中心に活動しています。石垣はイサム・ノグチはじめ在米日本人芸術家の国吉康雄や野田英夫らと共にニューヨークの「邦人美術展」にも出品しており、交流があったと思われます。


石垣栄太郎「拳闘」
(1925年、
和歌山県立近代美術館蔵)

渡米画家にとって、アメリカに渡った目的はまず生活のためとされ、石垣も数々の職を転々としながら、カリフォルニア州立大学美術学校や、ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグなどに学び、画家としての道を歩み始めています。また日本人キリスト教会で英語を学び、聖書にも親しみ、片山潜との出会いから、社会主義運動に目覚め、作品に反映します。

激動のアメリカで、1920年代には生活・風俗などを描き、大恐慌後の30年代からは、失業、人種差別といったアメリカの抱える問題をテーマに制作し、メキシコ壁画運動の影響も受けより大きな画面へと展開。日中戦争や太平洋戦争が勃発してからは、反戦や反ファシズムを訴える作品を数多く手がけています。

代表作の一つ「街」(1925年)は2点存在し、和歌山と神奈川両県立近代美術館がそれぞれ所蔵しています。もともと一枚のキャンパスに描かれたことが遺された写真で明らかになっています。街を行きかう若い女性や母子、尼僧、戦争で片足を失った男、メガホンで募金を呼びかける女性などが画面いっぱいに描かれています。


石垣栄太郎「腕」
(1929年、
東京国立近代美術館蔵)

「拳闘」(1925年)や「腕」(1929年)、「キューバ島の反乱」(1933年)、「群像」(1935年)、「抵抗」(1937年)など一連の作品は、一貫して暗褐色を基調に、民衆の姿を追い求めていて、作家の悲痛な心境が伝わってくるようです。

1951年、帰国して東京に住んでいたが、日本では本格的な作家活動ができないまま1958年死去しています。石垣の死後、故郷の太地町に妻の綾子さんが私財を投じて建設した太地町立石垣記念館があります。

担当の奥村一郎学芸員は「今回の展覧会では、石垣記念館での調査で新たに見いだされた作品や資料も出品することができました。新宮中学校時代のスケッチ、石垣が画家を志すきっかけとなり影響を受けた女性彫刻家ガートルド・ボイルの作品、ハーレム裁判所の壁画画稿、大量の素描などです。これらの作品とともに、国内にある石垣作品のほとんどが会場に集まり、石垣の生涯を辿る展覧会になっています」とのコメントを寄せていただきました。

開館30周年を記念して青山熊治回顧展


青山熊治「金仏」
(1911年、
但陽信用金庫蔵)

姫路市立美術館の「青山熊治展」の方は、開館30周年記念として開催。白瀧幾之助、和田三造とともに生野の3巨匠として、開館当初から収集の対象としてきた画家の一人であり、和田、白瀧に続いての企画展です。初期の習作や、現在行方の知れない初期代表作「九十九里」の下絵、生涯最大で最後の作品となった「九大壁画」の下絵など103点におよぶ作品に合わせて数多くの資料を展示し、こちらも熱のこもった回顧展となっています。

青山熊治(1886−1932)は兵庫県朝来郡生野町(現朝来市)に生まれ、生野小学校を卒業後、大阪、そして東京へと移り、同じ生野町出身の先輩である白瀧、和田の後を追うように画家をめざし、1903年から洋画家の高木背水に師事します。1907年に東京勧業博覧会に出品した「老坑夫」(1906年)が二等賞となるなど早くに頭角を現します。石垣栄太郎とほぼ同時代に生きながら、46歳で生涯を終えます。


青山熊治「高原」
(1926年、兵庫県立美術館蔵)

青年期の1914年、大連からシベリヤを経てヨーロッパに入り、放浪の旅を続けます。日本の地を再び踏むのは1922年のことで、苦学をしながら画技を磨きます。1926年、満を持した大作「高原」を第7回帝国美術院展(帝展)に出品し特選と帝国美術院賞を受け、翌年の「雨後」とともに、洋画壇の注目を集めたのでした。

初期の代表作の「金仏」(1911年)は、粗末な赤いマントのような服装をまとった老人が左手に杖を広げた右手に金銅仏を手にした姿を描いており、暗くて醜悪な画面ですが、見るものを引き付ける作品です。一瞬、酔っ払いや廃兵、皺だらけの老婆などを描いた鴨居玲(1928−1985)の作品を連想しましたが、青山の作品の方が先ですので、鴨居の作品が似ていると言った方が的確かもしれません。


青山熊治
「ロシアの女」
(1915年、但陽信用金庫蔵)

「高原」は、ロシアの野原で水浴する裸の女性たちを描たといわれており、自然に溶け込んだ人物の表現が穏やかな色調に一変しています。「雨後」は、三里塚の牧場で数ヵ月写生し、広間2室を借りて制作したという大作です。「高原」と同じような色調ですが、独特の色彩感覚で描かれ印象的です。

岸野裕人館長は「青山の生涯は決して長くはありませんが、本展では、この画家の初期から晩年にいたる生涯の各時代を、代表する主要作品と資料で回顧するものです。明治に生まれ、ヨーロッパに渡り、大正、昭和初期に文展、帝展で活躍したこの画家の歩みを紹介することは、近代の日本洋画の姿を推し測る上で貴重な機会を提供するものと考えています」と、強調しています。


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

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新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
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発行:三五館
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第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
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第四章 アーティストの精神と挑戦
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新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
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発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

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