あいちトリエンナーレと「貴婦人と一角獣」

2013年8月17日号

白鳥正夫


ヤノベケンジさんの
「サン・チャイルド」

真夏日の続く8月10日、2回目となった国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2013」が開幕しました。今回は、「揺れる大地―われわれはどこに立っているのか:場所、記憶、そして復活」をテーマに掲げ、愛知芸術文化センターや名古屋市美術館を中心に各所で10月27日まで、34の国と地域から、122組のアーティストらが参加します。一方、大阪ではタピスリーの最高傑作で国立クリュニー中世美術館所蔵の「貴婦人と一角獣」展が10月20日まで、国立国際美術館で開催中です。6面のタピスリーすべて日本初公開で、フランスの至宝で国外に貸し出されたのは1974年にアメリカのメトロポリタン美術館だけといいます。いずれも普段、お目にかかれない展覧会ですが、ロングラン開催ですので、この機会に多様なアートの世界をのぞいてみてはいかがでしょうか。

大震災から復興への願いを託した出品


オノ・ヨーコさんからの
メッセージ
「生きる喜び」

あいちトリエンナーレ2013」のメイン会場の愛知芸術文化センター地下2階には、ヤノベケンジさんが東日本大震災からの復興への願いを託し製作した全長6・2メートルの巨大モニュメント「サン・チャイルド」が設置されています。近くの名古屋テレビ塔などにはオノ・ヨーコさんからのメッセージ「生きる喜び」が映し出されています。

ヤノベさんは10階の展示室でも「太陽の結婚式」を発表し、アンリ・マティスの版画のほかビートたけしさん原画のステンドグラスや三宅一生さんの花嫁の着衣室などとコラボレーションの結婚式のできる祝祭空間「太陽の神殿」を手がけています。開幕日には実際に新郎新婦が結婚式を行うパフォマンスも。ヤノベさんは「今回の作品に込めた重層的な意味やテーマをみぬいてほしい」と語っています。


ソン・ドンさんの
「貧者の智慧:借権園」

オノさんも5つの作品を出展。8階の展示室では、「光の家の部分」で光に満ちた空間を、回遊歩廊での「マイアミ・イズ・ビューティフル」やテレビ塔1階のタワースクエアでの「ウィッシュ・ツリー」では、参加者も自身の愛や願いを表現することができ、「七夕」の短冊のように、私も「人の絆の大切さ」の言葉を記し飾りました。中国のソン・ドンさんの「貧者の智慧:借権園」は、古い家具や廃屋を再利用し、庭園を創出しています。借景と借用権とをつなぎ、貧しくとも美的な空間を表現した試みでもあります。


藤森照信さんの
「空飛ぶ泥舟」

名古屋市美術館では、建築家の青木淳さんとチリの印す多レーション作家のアルフレッド・ジャーさんらが組んで黒川紀章設計の同美術館をリノベーションするユニークなプロジェクトもあります。美術館の屋外では、藤森照信さん「空飛ぶ泥舟」は宙に浮かぶ茶室でなんともユーモラスな作品です。

さらに川合健二設計の「コルゲートハウス」や、愛知県指定文化財の豪商町屋建築の「伊藤家住宅」など15の名建築もガイド付きで見学ができます。芸術監督の五十嵐さんは、「建築も含めたアートにいま何ができるのか、いまだからできることは何なのかを考える機会になれば」と強調しています。


印象的な青木野枝と國府理の独自表現


名和晃平さんの
「フォーム」


青木野枝さんの
「ふりそそぐもの」

國府理さんの
「暗い庭」

開幕前日の内覧会に駆けつけ5会場を駆け足で回りましたが、膨大な展示をじっくり鑑賞するとなると何日もかかると思われます。印象に残った作品をいくつか取り上げてみます。名和晃平さんの作品「フォーム」は、納屋橋エリアとされる東陽倉庫テナントビルの3階の暗い空間が展示室です。発泡ウレタンなどの素材を用い、湿った土の上の水面から会場一面に泡が隆起していて、まるで雲海を歩く風情を楽しめます。

青木野枝さんも東陽倉庫ビルの吹き抜け空間で「ふりそそぐもの」を出品していました。青木さんといえば鉄板を切断し、巧みに溶接して円や丸などしなやかで縦横に造形表現する稀な女性彫刻家として知られています。昨年10−12月にかけて愛知県の豊田市美術館と名古屋市美術館で同時期に大々的な展覧会を開いています。今回は名古屋市美と、岡崎エリア松本町会場にも出品しています。

最後に國府理さんの作品は、中央広小路ビル一階で3点がインスタレーション展示されています。今年6−7月、西宮市大谷記念美術館で「未来のいえ」をテーマに開催され、ただ造形表現するだけでなく実際に機能する存在の着想に驚かされました。今回の展示コンセプトについてお聞きすると、次のような丁寧なメールを寄せていただきました。

「虹の高地」は、反転させた車体底面に苔を張りめぐらせ、ギアナ高地のような人間の文明と隔絶された土地をあらわしている。「焦熱の大地」は、同様に反転させた車体底面に破砕したコンクリート屑を敷き詰め、コンクリート屑は電熱線によって熱せられている。「暗い庭」は上を向いたパラボラアンテナ状の器にはコンクリート屑の上に苔と樹木の風景を作った。そして、それぞれに同様に定期的に雨を降らせる。「虹の高地」では苔を潤し、「焦熱の大地」では水蒸気となって蒸発する。これらは、雨という恵みの受け取り方の違いをあらわす端的な状況の提示である。「暗い庭」ではコンクリート屑の上の苔の庭を育てることによって、瓦解した文明の上に再生ししていく世界を示している。

人間の五感など表現した6面のタピスリー


タピスリー
《貴婦人と一角獣「触覚」》
以下5枚は1500年頃
羊毛、絹 
以下6枚とも
cRMN-Grand Palais
(musee de Cluny
- musee national du
Moyen-Age) /
Michel Urtado /
distributed by AMF


タピスリー
《貴婦人と一角獣「味覚」》

タピスリー
《貴婦人と一角獣「嗅覚」》

タピスリー
《貴婦人と一角獣「聴覚」》

タピスリー
《貴婦人と一角獣「視覚」》

一転、「貴婦人と一角獣」は美術愛好家の知人から「現地で見てすばらしかった。ぜひ機会を見つけて鑑賞してください」との話を聞いていました。2010年にフランスを訪ねた際も、気にかかりながらモネの邸宅と庭のあるジヴェルニーに行き、 所蔵のクリュニー中世美術には足を延ばせませんでした。ところが、「貴婦人と一角獣」が日本に出向いてくれたのです。

早速5月、最初の会場となった国立新美術館に出向きました。天井が高く自在に壁が移動できる空間がうまく活かされていました。6面のタピスリーはいずれも高さが3・7メートル前後、幅が3〜5メチルもありますが、半円形の空間にすっぽり収まり、会場に入るなり、周囲を優美な絵模様に満たされる展示演出が施されていました。

クリュニー中世美術館は、パリ・セーヌ左岸、ソルボンヌ大学に隣接した一角に、15世紀末の館と古代ローマの公共浴場の遺構を利用して、1843年に創立されています。5世紀から15世紀までのヨーロッパ中世美術の傑作を数多く所有し、「貴婦人と一角獣」に代表されるタピスリーや彫刻、金細工、ステンドグラスなどのコレクションは2万3千点以上にのぼるとのことです。

この展覧会では、「貴婦人と一角獣」をはじめタピスリーに描かれた貴婦人や動植物などのモティーフに関連する彫刻、装身具、ステンドグラスなど約40点が出展され、中世ヨーロッパに花開いた華麗で典雅な美の世界を堪能できます。

「貴婦人と一角獣」は、制作年や場所は不明ですが、1500年頃の制作とされ、パリで下絵が描かれ、15世紀末にフランドルで織られたものとみられています。1841年、小説家でもあったプロスペル・メリメが現在のクルーズ県にあるブーサック城で発見しました。後に小説家ジョルジュ・サンドが『ジャンヌ』(1844年)の作中でこのタペストリーを賛美したことで世の関心を集めることとなったのです。1882年、この連作はクリュニー美術館に移され、現在に至っています。

大阪の国立国際美術館では報道発表と内覧会に駆けつけ、じっくり鑑賞することができました。こちらも長方形の広い会場の一室に、「貴婦人と一角獣」の連作6面が全長22メートルにわたって展示されていて迫力満点です。高精細デジタル映像を大画面シアターで楽しむこともできます。

6連作は千花文様が鮮やかな大作で、うち5面はそれぞれの画面に登場する貴婦人たちと、動物たちの仕草や行為から、「触覚」「味覚」「嗅覚」「聴覚」「視覚」という人間の五感を表現したものと考えられています。残る1面の「我が唯一の望み」については、画面中央の背後に配された、青い大きな天幕の銘文から取られているそうですが、この言葉は何を意味しているのについては、ナゾに包まれています。

まず「触覚」では、まっすぐ前方を見つめて直立する貴婦人が右手で旗竿を持ちながら、左手で一角獣の角に軽く触れています。 動物が旗竿を支えていないのは、この画面だけで、「味覚」では、貴婦人が侍女の捧げる器から右手でお菓子のような食べ物を取り、左手にとまるオウムに与えています。旗竿は貴婦人の両隣の一角獣と獅子が前足で支える姿が描かれています。

「嗅覚」では、貴婦人は侍女が支える皿から花を選びながら、花冠を編んでいます。 ここにも猿が貴婦人の背後で花の香りを嗅いでいます。「聴覚」では、 豪華な織物を掛けたテーブルの上に、小さなパイプオルガンがのっています。 貴婦人はオルガンを演奏し、一角獣と獅子は振り返ってオルガンの音に耳を傾けています。

「視覚」では、草地の上に腰を下ろす貴婦人の膝に、一角獣が前脚をのせ、憩っています。貴婦人は右手で鏡を支えながら、左手で一角獣のたてがみを撫でています。もっとも大きなタピスリーの「我が唯一の望み」は、この言葉は何を意味しているのについて、 五感を統べる第六の感覚として、心や知性、精神であるとも言われます。また銘文からは、愛や結婚といった説も出されているとのことです。
大阪会場の開会式にも来日していたフランス国立クリュニー中世美術館長は図録の冒頭に次のように記しています。

「貴婦人と一角獣」の名声は、その歴史、謎、伝説にある。だが、とりわけそれを有名にしているのは、一人の貴婦人を演出する魅力的な構成である。(中略)その構成の中で、獅子と一角獣が果たす役割は複数の要素を含んでいる。また構成のデッサンが単純であるために、豊かな装飾の中央にいる人物像をあの背地から浮かび上がらせている。かつては赤色であったが時の経過とともに独特のピンク色を帯びてきたあの有名な背地である。寓意的かつ人間的な意味が、各場面そして連作全体を通して展開される。それは尽きることなく溢れ出すように思え、想像力をかきたて、この連作タピスリーの抗しがたい魅力をさらに増幅させているのである。


《一角獣の形をした
手洗い用水差し》
1400年頃
ブロンズ(鋳造)、堀金

 

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
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第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
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「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

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定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
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定価:1,680円(税込)
発行:三五館
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定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

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三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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