兵庫県美に行けば三つの展覧会

2013年7月15日号

白鳥正夫

連日、真夏日が続き、今年も猛暑の気配です。こんな夏の一日、美術館で過ごすのはいかがでしょうか。兵庫県立美術館に行けば、三つの展覧会が楽しめます。18世紀フランス王妃の激動の生涯をたどる「マリー・アントワネット物語」展と、アメリカ屈指の印象派コレクションで知られるクラーク美術館の名品がそろった「奇跡のクラーク・コレクション―ルノワールとフランス絵画の傑作―」展が、ともに9月1日まで開催されています。また常設展示室では特集展示として「信濃橋画廊コレクションを中心に」と「美術の中のかたち―手で見る造形 近いかたち、遠いかたち」は、11月10日まで開かれています。華麗な宮廷生活やフランス名画、そして多様な現代美術まで鑑賞でき、夏の一日、涼しくゆったり過ごせます。


エリザベト・ルイーズ・
ヴィジェ・ルブラン
「王妃マリー・アントワネット」
(1778年、ブルトゥイユ城蔵)
以上5点、
(C)La Vie de
MARIEANTOINETTE 2012-13

マリー・アントワネットを彩った美の数々


エリザベト・
ルイーズ・
ヴィジェ・ルブラン
「王妃マリー・
アントワネットと
子供たち」
(1786-87年、
ジャン・ド・
ベアルヌ伯爵蔵)

私がマリー・アントワネット(1755−1793)はあまりにも有名な歴史上の人物で、昨年発行された『世界史1000人』(世界文化社)でも取り上げられています。14歳で嫁ぎ、37歳で刑死した波乱の一生は、多くの人の興味をそそります。この展覧会名に「物語」と付け、数奇な生涯をたどる構成になっているのもうなずけます。展示品はパリ市立カルナヴァレ博物館やナポレオン財団、フランスの名門貴族家に代々受け継がれてきた家宝など120件が集められています。

プロローグは、ウィーンのハプスブルグ家からパリのブルボン家に嫁ぎ、14歳のプリンセス誕生までのコーナーで、オーストリア皇女時代のマリー・アントワネットや母親で皇后のマリア・テレジアの肖像、ヴェルサイユ宮殿礼拝堂での王太子ルイとの結婚式の様子などを描いた油彩やエッチングが出品されています。まさに政略結婚でしたが、可憐で優雅な皇太子妃にフランス国民は熱狂し、豪華な祝宴が9日間も続いたとのことです。


ジャン・ジョゼフ・
バリエール
「マリー・アントワネットの
肖像画で装飾された小箱」
(1774年、ナポレオン財団蔵)


「首飾り事件」の王妃の
首飾り
(復元、1980年、
ステファン・マラン蔵)

1章では、物語の舞台をヴェルサイユ宮殿に移します。民衆の大歓迎を受け迎えられたマリー・アントワネットは18歳で王妃となります。しかし格式を重んじる宮廷生活に嫌気がさし、親しみの持てる取り巻きに囲まれ、自由に振る舞い、祝宴と快楽の日々を楽しみます。結婚後8年余にして王女マリー・テレーズを出産し、やがて4人の母親となりますが、その享楽生活が国民の反感をかってしまいます。

このコーナーには「王妃マリー・アントワネットの大理石の胸像」や、ルイ16世の戴冠式のエッチング、オルセー河岸からの眺めなど当時のパリの風景を描いた油彩画などが出品されています。中でも「王妃マリー・アントワネットと子供たち」(1786−87)は、公式肖像画としてヴェルサイユ宮殿に収蔵されていますが、それを縮小した油彩作品です。画面には1789年に死去した次女の空っぽの揺りかごと、母親に寄り添うマリー・テレーズと2人の王太子の姿が愛らしく描かれています。

2章は、マリー・アントワネットの愛した「美」に焦点を当て、愛用品や装身具、そしてファッションなどを紹介しています。彼女が愛用したと思われる、特別仕立ての卓上糸車や時計、扇、小物入れなど、どれも高い美意識が感じられます。また専属のスタイリストを抱え、毎年170着もオーダー・メイドし、その金額は年間10億円にも及んでいたという豪華なドレスは現存していませんが、会場では5着を復元しています。


コンシェルジュリを出る
マリー・アントワネット」
(1885年、
カルナヴァレ博物館蔵)

最後の3章は、凄まじい享楽と浪費の悪評は民衆にも広まり、有名な「首飾り事件」によって地に堕ちてしまいます。王妃に売りつけようとした首飾りは2800カラットのダイヤモンドで製作されており、この事件の背後には陰謀が隠されていたのですが、王政崩壊の端緒となり、ついにはフランス革命に発展したのでした。ルイ16世に続き、マリー・アントワネットも断頭台へ向かい、誇り高く最期を遂げたのでした。

ここでは、「首飾り事件」を引き起こした首飾りの復元品をはじめ諷刺画、幽閉先の監獄から両手を縛られ刑場へ向かうマリー・アントワネットの姿を描いた油彩などが展示されています。世界史の中で断片的に記憶していたマリー・アントワネットの数奇な一生を多くの展示品や史料で裏付けるまたとない展覧会です。

クラーク美術館のルノワール22点公開


「ルノワールと
フランス絵画の傑作」
展会場

「奇跡のクラーク・コレクション―ルノワールとフランス絵画の傑作―」展は、マサチューセッツ州にあるクラーク美術館から、19世紀フランス絵画の73点が出品されています。このうち日本初公開が59点といいます。同館が安藤忠雄さん設計による改修のため、世界巡回展が実現し、日本では東京の三菱一号館美術館に続いて、安藤さん設計の兵庫県美での展覧会に実を結んだとのことです。

クラーク美術館は、シンガーミシン創業者の孫であるスターリング・クラークと妻でフランス人の女優であったフランシーヌが収集したコレクションを紹介するため1955年に開館しました。ルネサンスから、近代に至るまでのヨーロッパ絵画をはじめ陶器や銀器などの工芸まで幅広い作品を収蔵しています。とりわけ30点以上に及ぶルノワールによる油彩画は、優品が多く大変貴重とされています。


ピエール=オーギュスト・ルノワール
「鳥と少女(アルジェリアの民族衣装をつけたフルーリー嬢)」
(1882年) 以上4点、クラーク美術館蔵、
(C) Sterling and Francine Clark Art Institute,
Williamstown, Massachusetts, USA

見どころは、何といっても22点も出品された魅力的なピエール=オーギュスト・ノワール作品。チラシの表紙に採用されているのが「鳥と少女(アルジェリアの民族衣装をつけたフルーリー嬢)」(1882年)です。一見してルノワール作品と分かりますが、実際にアルジェリアの家で描かれたとされ、少女の衣装に異国情緒があり、全体に青を基調としていて清新さを感じさせます。


ピエール=
オーギュスト・ルノワール
「劇場の桟敷席
(音楽会にて)」
(1880年)


クロード・モネ
「小川のガチョウ」
(1874年)

ジャン=
フランソワ・ミレー
「羊飼いの少女、
バルビゾンの平原」
(1862年以前)

「劇場の桟敷席(音楽会にて)」(1880年)も印象的です。着飾った二人の若い女性が劇場の桟敷席で演奏が始まるのを待っている優雅な姿を捉えています。興味深いことに、当初、女性たちの後ろに一人の男性が描かれていたとのことで、その後塗り込められてしまったそうです。実際の作品を見ると、消されてしまったその男性像の痕跡を肉眼でも窺うことができます。

ルノワールとモネの親交ぶりを裏付ける作品がここにもありました。「モネ夫人の肖像(読書するクロード・モネ夫人)」(1874年頃)」です。豪華なソファに腰掛けて本を読む夫人はモネの最初の妻であった画家のカミーユです。壁に飾られた日本の団扇はルノワールが新居祝いに贈ったものかもしれないと図録で解説されています。2011年9月に京都市美術館で鑑賞したワシントン・ナショナルギャラリー展でも「モネ夫人と息子」(1874年)が出品されていました。

ルノワールを中心に、印象派の名画が並んでいます。モネの作品も「小川のガチョウ」(1874年)や「ジヴェルニーの春」(1890年)、「海景、嵐」(1866−67年)など6点が展示されています。「小川のガチョウ」はユニークな構図で、オレンジと黄の葉叢がまばゆい秋の光景に満ちています。

エドガー・ドガの「稽古場の踊り子たち」(1880年)は、画家特有でおなじみのモチーフながら動きのある踊り子たちの動作や仕草が工夫されていて面白く感じました。カミーユ・コローが「水辺の道」(1865−70年頃)など5点、カミーユ・ピサロも「道、雨の効果」(1870年)など7点、他にもジャン=フランソワ・ミレーの「羊飼いの少女、バルビゾンの平原」(1862年以前)などの傑作を見ることができます。

上記二つの展覧会はともにフランスで、18世紀に華開いたマリー・アントワネットの「宮廷の美」と、19世紀に世界をリードした「絵画の美」を期せずして同じ美術館の企画展で同時期に開催されており、この機会に避暑を兼ねて鑑賞してみてはいかがでしょうか。

閉廊した信濃橋画廊コレクション展も


「信濃橋画廊コレクションを
中心に」 展の元永定正
「あおといろいろ」(1995年)

もう一つ、兵庫県美で開催されているのが「信濃橋画廊コレクションを中心に」と「美術の中のかたち―手で見る造形 近いかたち、遠いかたち」展です。2010年に閉廊した信濃橋画廊(1965年オープン)には幾度となく訪れていました。大阪市西区のビルの地下にメインの展示室を設け、ビルの5階などの小さな小部屋を合わせ4つの展示スペースがありました。独自の表現を追求する作家たちや現代美術を志す若手らの作品発表の場として、広く活用されてきました。このサイトでも植松奎二さんや森口ゆたかさんらの個展を紹介しています。


「近いかたち、遠いかたち」展の
会場風景

兵庫県美では2012年度に640点の寄贈を受けていますが、中でも信濃橋画廊主であった山口勝子さんから45年間にわたって購入したり、作家から贈られ収集した583点のコレクションを一括して寄贈されたのでした。今回の新収蔵品紹介では151名の168点を展示しています。

信濃橋画廊コレクションの特徴としては、版画作品が各年代をカバーしています。また兵庫県立近代美術館で2年に一度開催していた「アート・ナウ」の1980年代の出品作家による作品が多数含まれています。故人となられた元永定正さんや森口宏一さんらの作品に加え、なじみの山本容子さん、坪田政彦さん、呉本俊松さんらの作品もあって興味が尽きませんでした。これらの作品は、1970〜2000年代の関西における多様で幅の広い表現活動をみてとれます。

「美術の中のかたち」は、毎年夏に開催している手で触れて鑑賞する展覧会です。今年は「近いかたち、遠いかたち」をテーマに、関西在住の岡普司・重松あゆみ・中西學の3人の美術家による作品を展示しています。このうち岡さんと中西さんはそれぞれ信濃橋画廊でもしばしば新作の発表をしています。鉄、陶、木製パネルをメイン素材に三者三様に「かたち」を表現しており、作品に手で触れて鑑賞できます。

 


 

しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
新刊
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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