異文化堪能、京都の企画展めぐり

2013年5月15日号

白鳥正夫


ルーベンス
「クララ・セレーナ・
ルーベンスの肖像」
(1616年頃)

新緑のさわやかな季節、美術館めぐりにとっても格好の時機です。とりわけ京都では、日ごろ見ることのできない企画展がそろっています。ヨーロッパ名門貴族の美術コレクションを日本で初めて紹介する「リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝」展は6月9日まで京都市美術館で開催されています。また『インカ帝国展―マチュピチュ「発見」100年』は6月23日まで京都文化博物館で、「平山郁夫 悠久のシルクロード」は画伯の画業だけでなくシルクロードの美術コレクションも展観し6月30日まで龍谷ミュージアムでそれぞれ開かれています。いずれも海外の異文化に触れる展示構成となっています。

リヒテンシュタインから侯爵家の秘宝


ラファエッロ
「男の肖像」
(1502-04年頃)

まずリヒテンシュタインという国について、興味を覚えました。ハプスブルク家の臣下のことは文献を調べていて目にしていましたが、18世紀になって神聖ローマ帝国に属する候国として成立したことや、オーストリアとスイスの間にあり、小豆島程度の小国であることなどは、この展覧会で知りました。まして国家元首たる侯爵家が個人としては英国王室に次ぐ世界屈指の約3万点にのぼる美術コレクションを有していたとは驚きです。

第二次世界大戦以降、2004年にウィーンの「夏の離宮」で一部が公開されるようになりましたが、ニューヨークのメトロポリタン美術館で1985-86年に開催されて以来、ほとんど海外展示の例がなく、日本では初めての公開です。昨年10月下旬、上京の機会に国立新美術館で鑑賞しましたが、予想以上の重厚な展示に1時間半では不十分でした。その後、高知県立美術館を経て、最終は京都で3月中旬からのロングラン開催となっています。


ダイクの
「マリア・デ・
タシスの肖像」(1529-30年頃)
以上3点
(C)The Princely Collections,
Vaduz-Vienna

内覧会で再び鑑賞の機会を得たのです。来日していた侯爵家ディレクターのヨハン・クレフトナーさんが、「選りすぐりの絵画作品と、それを囲む空間の総合芸術の粋を見ていただけます」と強調していました。展覧会には、ペーテル・パウル・ルーベンスをはじめ、ラファエッロ・サンティ、レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン、アンソニー・ヴァン・ダイクら16〜18世紀の絵画など88点が展示されています。

中でもルーベンス作品は世界有数の質と量を誇り、30点余のうち8点を一挙に出展しています。愛娘を描いた「クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像」(1616年頃)は、5歳の頃の長女を描いた傑作です。作品の前に立つと、澄んだ大きな瞳でこちらを見つめていて、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」(1665年頃)と同様に印象に残る一点です。

「マルスとレア・シルヴィア」(1616−17年頃)は、縦・横が2メートルを超す大作で、軍神マルスの恋の成就の姿が暗示的に描かれています。「キリスト哀悼」(1612年頃)は、イエスの母親が、痛めつけられた亡骸を清めようとするリアリティのある作品です。


ヨハン・クレフトナーさんが
解説する
「バロック・サロン」の展示

ルーベンス以外の絵画では、16世紀ルネサンスを代表するラファエッロの「男の肖像」(1502-04年頃)や、17世紀バロック名画として、レンブラントの「キューピッドとシャボン玉」(1634年)、ダイクの「マリア・デ・タシスの肖像」(1529-30年頃)、ヤン・ブリューゲルの「若きトビアスのいる風景」(1598年)など目白押しです。

この展覧会での圧巻は、ヨハン・クレフトナーさんも強調していた総合芸術としての空間、名づけて「バロック・サロン」です。ウィーン郊外ロッサウにある侯爵家の「夏の離宮」は、華麗なバロック様式を特徴とし、その室内には今も宮廷さながらに、絵画、彫刻、工芸品、家具調度が一堂に並べられているそうです。本展でも、その室内装飾と展示様式にもとづき、絵画をはじめ彫刻、工芸品、家具やタペストリーなどで飾った壮麗な部屋が再現されています。

ナゾと神秘に満ちたインカ文明出土品


天空の文明都市、
マチュピチュ遺跡
(2010年、筆者撮影)

「インカ帝国展」も昨年4月、東京の国立科学博物館で見ていましたが、時を経て会場も変わると新鮮な感じがします。15世紀前半に南米アンデスの高地に興り、16世紀前半には南北4000キロに広がる大帝国を築きながら、スペインに征服され滅亡したインカ帝国はナゾと神秘に満ちています。南米ペルーの世界遺産を2010年1月に訪ねており、今回の展覧会は興味津々で楽しみにしていたのでした。

とりわけ第九代のインカ王が築いたといわれるマチュピチュは、「幻の都」を捜し求めていたアメリカ人探検家のハイラム・ビンガムによって1911年に「発見」されたのです。標高2400メートルもの断崖絶壁の、わずか5平方キロの尾根に築かれたまさに天空の文明都市で、いち早く1983年に世界遺産に登録されています。

今回の展覧会は、マチュピチュ「発見」100年をサブタイトルに、「インカ帝国の始まり」、「帝国の統治」、「滅びるインカ、よみがえるインカ」、「マチュピチュへの旅」の4部から構成されており、ほとんどが日本初公開という約160点が出品されています。


「ドン・アロンソ・
チワン・インガの肖像」
(18世紀、
ペルー国立クスコ大学・
インカ博物館)


「小型女性人物像」
(15〜16世紀、
ペルー文化省・
トゥクメ遺跡博物館)
以上2点の撮影:
義井 豊

インカは文字をもたなかったこともあり、帝国の全貌が解明されていないのも、好奇心をくすぐります。展示会場もナゾ解きをする解説がほどこされています。インカ道を行き来した飛脚は「キープ」という情報記録具を持っていて、縄の結び目で数や情報を記録したとされ、色分けもされているのもあります。

ケロは儀礼用に使われたコップで2個一組になっています。インカ王や王妃の姿が絵付けされたもの、ジャガーや人の頭部の形をしたものなど様々です。合金や金製の小型人物像をはじめ水盆や壺、儀礼用容器などユニークな形態や色彩に特徴があって見飽きません。


ジャガーや
人の頭の形をした
儀礼用のコップ
「ケロ」などの展示

怖いものみたさで、ミイラも注目の展示です。成人男性、若い男性と女性など4体分の生々しい姿も公開されています。いずれも脚を折り曲げ座った形態で、これまでエジプトや中国などから出土したものも見比べても、大きく相違しています。褐色の糸で顔の形を描いたミイラ包みは初めて見ました。生前の顔に似せて描いたのでしょうか。

マチュピチュの旅では、一泊2日をかけ遺跡をくまなく歩き、前方にそびえるワイナピチュ山にも登りました。居住区域内には庶民、聖職者、貴族の住居があり、主神殿や太陽神殿、コンドルの神殿、さらには陵墓や石切り場、水汲み場などの建築群が整然と配置されていました。農耕地区には段丘を利用した段々畑や灌漑施設が備わっていました。

そのパノラマ光景が、展示の最後のコーナーに特設された「3Dスカイビューシアター」で再現されています。世界で初めてという広範囲な三次元計測で実現したバーチャルリアリティー技術を用いて、マチュピチュ遺跡の壮大な姿を空から体感でき、感動的です。

平山画伯の名画とシルクロード文化財


平山郁夫
「入涅槃幻想」
(1961年、
東京国立近代美術館)

平山郁夫展に関しては、このサイトで何度も取り上げていますが、今回は「悠久のシルクロード」をテーマに画業を振り返り、収集した文物も併せた展覧会として注目しました。独自の絵画世界・資料27件とともに、ライフワークとなった文化遺産保護活動への貢献に関わる「平山コレクション」や、日本で受け入れた「アフガニスタン流出文化財」などの文化財127件を展観しています。

平山画伯は1930年に広島県の生口島に生まれ、画業60年余にわたって活躍されましたが、2009年に79歳で没しています。1945年に学徒動員の広島市で被爆しており、後遺症に苦しむ中で発表した「仏教伝来」(1959年)が高く評価され出世作となりました。それ以降、仏教やシルクロードを題材として世界各地を取材し、数々の大作を表してきました。静謐で幻想的ともいえる画風と、取材の過程で世界各地の文化に触れ提唱した「文化財赤十字構想」は、世界から共感を呼んでいます。


「シルクロードを行く
キャラバン」手前
(2005年、
平山郁夫シルクロード美術館)
などの展示

展覧会は2部5章建てで構成されていて、第1部は「シルクロードと仏教伝来」です。日本文化の源流を探る平山画伯の構想を、仏教とシルクロード各地に取材した作品によって辿ります。第1章の「釈迦の生涯」では、初期の代表作である「入涅槃幻想」(1961年、東京国立近代美術館)や「受胎霊夢」(1962年、広島県立美術館)が原寸大の下図とともに出品されています。

第2章は「シルクロードから日本へ」で、「バーミアン大石仏を偲ぶ」(2001年)と「破壊されたバーミアン大石仏」(2001年、ともに平山郁夫美術館)、「シルクロードを行くキャラバン」(2005年)、そして「平成の洛中洛外(右隻)」(2001年、ともに平山郁夫シルクロード美術館)などの代表作のほか、素描によってシルクロードの風景を紹介しています。


「仏陀立像」
(2-3世紀)


「ゼウス神像左足断片」
(前3世紀)

第2部に移り「多様な文化遺産と保護活動」では、世界各地の文化に対する平山画伯の深い理解を示す「平山コレクション」とともに、日本で受け入れた「アフガニスタン流出文化財」を展観しています。

ここから第3章となり、「ガンダーラの美術と東西文化の融合」では、「仏陀立像」(2-3世紀)や「執金剛」(3-4世紀)はじめ、平山画伯が集めた数多くの「仏伝浮彫」が展示されています。第4章は「コインに見るシルクロードの歴史」で、「アレクサンドロス3世大王銀貨」(前336-323年)や「カニシュカ1世金貨」(2世紀半ば)など豊富なコレクションが並びます。

最後の第5章は「流出文化財の保護」です。アフガニスタン内戦の中、海外へ流出した「文化財難民」といえるもので、将来本国に返却するために日本で一時保管されている「ゼウス神像左足断片」(前3世紀)や「仏陀坐像壁画」(7-8世紀)、「カーシャパ兄弟の仏礼拝図」(2-3世紀)といった貴重な文化財(いずれも流出文化財保護日本委員会保管)などが特別出品されています。


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
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第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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