虎もテーマ、関西では充実の特別展

2013年4月23日号

白鳥正夫

昨秋に続き、今春の関西の美術館はまさに花盛りといった風情です。とても全部は紹介できませんので、まずは日本の近世絵画や文化財を中心に、開催中の美術館ごとの特別展を取り上げます。その前に、日本に生息していなかった虎を江戸の絵師たちが描いた作品が京阪神の3会場にお目見えしています。虎といえば人気の阪神タイガースの由来もあって、なじみが深いのでないでしょうか。いずれ劣らぬ練達の作品を見比べてみるのも一興です。


長沢芦雪の「龍図虎図襖」(無量寺蔵、前期のみ)


「龍虎図襖」(部分)

虎を描いた襖や屏風、掛け軸の数々

その名も「とら虎トラ」展は、西宮市大谷記念美術館で5月19日まで開催しています。江戸時代を代表する絵師・伊藤若冲をはじめ円山応挙、長沢芦雪らが描いた虎や、長崎派による独特の表現で描かれた虎、さらには岸駒(がんく)、竹内栖鳳、大橋翠石ら表現力豊かな虎の日本画約60点が一堂に集まり壮観です。

中でも長沢芦雪(1754−99)の重要文化財「龍図・虎図襖」(1786年)は出色です。和歌山県の串本町にある無量寺の所蔵で、2011年10月に現地の応挙芦雪館を訪ね鑑賞していただけに感慨もひとしおでした。襖12面に描かれた大作で、虎だけで3面を使っています。残念ながら4月23日までの前期での展示ですが、現地は年中無休です。


円山応挙の
「水呑虎図」
(個人蔵)

このほか今年1月に大阪市内で見つかった円山応挙(1733−95)が描いた「水呑虎図」(1782年)や、伊藤若冲(1716−1800)の「虎図」(18世紀)、岸駒(1749−1839)の「猛虎之図」(1775年)など、日本画における虎の表現の多様さを鑑賞できます。ただし若冲の「虎図」は25日からの後期の出品となっています。

時代は下ると、トラは想像上の存在から動物園などで実際に見ることができるようになって、リアリティが増すようになります。竹内栖鳳(1864−1942)の「雄虎」(1940年)は2曲1双の屏風絵で、虎の体全体が輪郭線で描いていました。大橋翆石(1865−1945)も「猛虎図」(1895年)など3点も出品されています。

同展では、「甲子園の歴史と阪神タイガース」というコーナーもあり、写真やグラフィック資料、名選手のユニフォームなども展示されています。内覧会の後のセレモニーで、館長を務める河野昌弘・西宮市長は「応挙や芦雪らの作品から虎の力強さを感じてほしい。阪神タイガースも強さを発揮してもらえれば」と挨拶していました。

海を渡った名品のボストン美術館展

ボストン美術館所蔵の日本美術の名品70点を紹介する「ボストン美術館 日本美術の至宝」展は、大阪市立美術館で6月16日まで開催されています。この展覧会では、長谷川等伯(1539−1610)の「龍虎図屏風」(1606年)が出展されています。雨を降らせる龍と、風を呼ぶ虎が向き合うおなじみの構図ですが、等伯晩年の代表作とされています。


長谷川等伯の「龍虎図屏風」(左隻)

この展覧会は東京国立博物館、名古屋ボストン美術館、九州国立博物館を巡回して、大阪は最後の会場になっていますが、昨年の名古屋でも鑑賞していました。展示品の中でひと際精彩を放っていたのが、曽我蕭白(1730〜1781)の作品群で、エネルギーにあふれ見ごたえがあります。


曽我蕭白の
「雲龍図」(部分)

とりわけ「雲龍図」(1763年)の巨大な龍は会場を圧します。ボストン美術館に収められた1911年当時から、襖から剥がされた状態で保管されてきました。今回の修復作業により元通り襖絵8面に改装され、初めて公開が可能となったのでした。こちらは蕭白34歳の作で、勢いがあります。

なにしろボストン美術館は、100年以上にわたる日本美術の収集で、「東洋美術の殿堂」と称されます。アーネスト・フェノロサや岡倉天心に始まり、10万点を超え、海外にある日本美術コレクションとしては、世界随一の規模と質の高さを誇っています。

今回の展覧会には、日本に残っていれば国宝や重要文化財の指定を受けてしかるべき、仏画や仏像を含む絵画17点や彫刻4点も出展されています。中でも注目されるのが、快慶作の「弥勒菩薩立像」で、像内に納められた経典の奥書きより、文治5年(1189年)に制作されたことが判明し、現存する快慶作品中、もっとも若い時に造られた仏像だとされています。その均整がとれた造形美にはうっとりします。

さらに海を渡った二大絵巻とされる遣唐使・吉備真備の活躍をユーモラスに描く「吉備大臣入唐絵巻」(平安時代・12世紀後半)と、平治の乱を濃密で計算された画面構成でダイナミックに描く「平治物語絵巻」(鎌倉時代・13世紀後半)がそろって全巻、全場面を全期間展示されます。


「吉備大臣入唐絵巻」(部分)

このほかにも、釈迦が諸尊や衆生に囲まれ法華経を説く「法華堂根本曼荼羅図」(奈良時代・8世紀)や、病を消し生命力を増すという「普賢延命菩薩像」(平安時代・12世紀中頃)、伊藤若冲の「十六羅漢図」と・「鸚鵡図」(ともに江戸時代・18世紀後半)、尾形光琳、狩野派など名画・名品のオンパレードです。

山楽・山雪そろっての初の大回顧展

京都国立博物館で5月12日まで開催中の特別展「狩野山楽・山雪」でも、山楽筆の重要文化財「龍虎図屏風」(桃山時代・17世紀初、妙心寺)が登場しています。風雨を巻き起こしながら降りてくる右隻の龍に向かって、左隻の雄虎がすさまじい形相でにらみ、まさに一戦を交えようとする姿がリアルに描かれています。また雌虎(豹)が側にいるのも特徴です。


狩野山楽の「龍虎図屏風」(左隻)


狩野山楽(1559−1635)は永徳の有力門人として活躍し、永徳亡き後は豊臣家の画事を一手に引き受けたことが災いし、豊臣残党狩りの標的になりました。窮地を救ったのは山楽自身の非凡な画才とされ、二代将軍秀忠らの尽力で、京の地で再び描き続け、濃厚な画風を山雪に伝えたのでした。

山楽の作品では、巨大な松の幹と枝振りを描いた「松鷹図襖」と、紅梅のピンクが金地に映える「紅梅図襖」、華麗な牡丹が咲き乱れる「牡丹図襖」がいずれも桃山時代・17世紀初の作品で、大覚寺の障壁画群を成しています。

一方、狩野山雪(1590−1651)は、山楽の門人で娘婿となり、画業を引き継ぎ昇華させます。学究的、文人的な資質をもち、独特の造形美を築きます。こちらの展覧会も、山雪の作品がアメリカの3都市とアイルランドから里帰りしています。ことにミネアポリス美術館の「群仙図襖」はメトロポリタン美術館の「老梅図襖」と表裏をなしていた襖絵で、故郷の京都で50年ぶりに再会を果たしたのです。


狩野山雪の「軍仙図襖」


狩野山雪の「老梅図襖」


山雪の作品では、重要文化財の「朝顔図襖」(1631年)は、22年ぶりに妙心寺の塔頭天球院からの展覧会への出品だといいます。朝顔の弦が優雅に延び金地に花の青・白、葉の緑が鮮やかで、京狩野の精華とされる作品です。ほかにも重要文化財の「雪汀水禽図屏風」(江戸時代・17世紀前半)や「蘭亭曲水図屏風」(江戸時代・17世紀前半、随心院)など逸品がそろっています。

この展覧会を担当した京都国立博物館学芸部の山下善也・連携協力室長は、展覧会図録に厳選の山楽から、山雪の全貌へ―京都の狩野派は濃い」と題した解説文を書き、その最後に、次のような文章で締めくくっています。

今後、これらの作品をベースにして研究が飛躍的に進み、多くの研究者によって山雪や山楽の絵画の魅力が抽き出されていくことを期待したい。そして何よりも多くの方々に、若冲や蕭白、芦雪より一世紀先駆けてこんな魅力的な絵描きがいたことを知っていただき、その独特な会が世界を楽しんでいただければと願っている。

1300年の歴史當麻寺の初の特別展


「持国天立像」などが並ぶ
「當麻寺」

奈良国立博物館では6月2日まで特別展「當麻寺―極楽浄土へのあこがれ―」が開催されています。當麻寺といえば本尊がその名も「當麻曼荼羅」ですが、1300年もの歴史を持ち、寺に伝わる仏像など数々の文化財を一堂に出品するのは史上初めてとのことです。

国宝の「綴織當麻曼荼羅」(中国・唐または奈良時代)は、根本の本尊で23日から5月6日までの展示です。退化して肉眼では見づらいのですが、曼荼羅は4メートル四方もあり、整然とした画面構成と文様パターンを高度な綴織技術で織られていて、世界的にも珍重されています。また長く信仰のされ続けた奇跡の万田とも言えます。


「面観音立像」(當麻寺)


「中将姫坐像」(當麻寺)

展示品には国宝の「當麻曼荼羅厨子扉」(鎌倉時代、當麻寺)や国宝の「當麻曼荼羅縁起」(鎌倉時代、神奈川・光明寺)をはじめ當麻寺以外の「当麻曼荼羅」など関連作品も数多く出品されています。また天平宝字7年に一人の高貴な女性(中将姫)の極楽往生を願う思いによって一夜にしておられたという伝説により、「中将姫坐像」(室町時代、當麻寺)なども展示されています。

仏像も重要文化財の「11面観音菩薩立像」(平安時代、當麻寺)や「聖観音菩薩立像」(平安時代、當麻寺南院)、「吉祥天立像」(平安時代、當麻寺)などが目白押しといった感じです。このほか「金銅威奈大村骨臓器」(飛鳥時代、四天王寺)や、国宝の「倶利伽羅龍蒔絵経箱」(平安時代、當麻寺奥院)も出開帳されています。

なお展覧会期中は無休で、當麻寺において国宝の「梵鐘」(飛鳥時代)を特別公開します。今回は鐘楼に足場を設け、間近に干渉できるようになっています。公開にあたっては、ボランティアによる現地での解説もあります。

 


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
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新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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