『アート鑑賞の玉手箱』、4月に出版

2013年3月12日号

白鳥正夫


4月に出版の
『アート鑑賞の玉手箱』の
表紙

大阪あらかると出版局が運営する当文化情報サイト「ぶんかなび」に月1〜2回連載された「白鳥正夫の関西ぶんか考」(http://www.area-best.com/osaka/)が一冊の本になります。2007年10月から今年1月までの内容を再編集し、大幅に補筆や加筆をし、4月に出版されます。タイトルは、『展覧会が10倍楽しくなる! アート鑑賞の玉手箱』(東京・梧桐書院)です。興味の尽きない「アートの世界」を、新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告しています。冒頭に取り上げたのが画廊主の役割です。そのさわりをひと足早く紹介しましょう。

画廊主・山木武夫さんの情熱と挑戦

2012年10月、山木武夫さんはパリのドゴール空港に降り立ちました。世界的な造形・彫刻家として活躍する新宮晋(すすむ)さんのプロジェクト「光のシンフォニエッタ」などを見るためです。帰国直後の11月には、韓国の大邱(てぐ)で開催のテグ・アートフェア会場に参画していました。山木さんは大阪にギャラリー「山木美術」を設立して40数年になります。しかし画商としての舞台は国内にとどまりません。身軽にアメリカへ、オーストラリアへ、欧州各国へ飛ぶ「動」の画廊主です。

山木さんは、1942年富山市生まれ。ガラス製造に携わっていた父親の元、5人兄弟の末っ子として育ちます。富山工業高校の工業化学科を卒業するものの、「サラリーマンにはなりたくない」と、心に決め、「できれば商売で独立し、世界を旅したい」との思いを宿していたのでした。

1959年、高校を卒業するや大阪市高麗橋にあった古美術商の井上柳湖堂に丁稚奉公した。井上柳湖堂に住み込み、みっちり修業を積みます。古美術を扱いながらも、夜学で英語とフランス語を学び、暇があれば、当時着目を集めていた現代美術の「具体美術協会」の中心メンバーであった元永定正さん(1921〜2011)のアトリエに顔を出していたそうです。

次第に画商の心構えを身につけ、仕事に自信を持って、1969年ついに独立を果たします。井上柳湖堂での10年、目利きの旦那、井上正三さんから多くの実務を教えられたが、今も忘れられない言葉は「金もうけより人もうけが大切だよ」。これが山木さんのモットーになりました。

2006年夏に私が開催を準備していた「角偉三郎遺作展」に先んじて、山木美術が2月に角さんの個展を開き、会期中に「角先生を偲ぶ会」を催したのでした。遺族らが招かれた偲ぶ会に私も参加し、亡くなるまで20年来の付き合いだったという山木さんの角さんへの熱い思いを知ったのでした。


「公園 2」


「カムフラージュシティ23
ストックホルム」


「NY 06」

上記3点は山木美術で開催中の「コンラッド・ウィンター絵画展から



山木さんは、能登に生き、際限なく「かたち」を追い求めた角偉三郎さん(1940〜2005)の漆に魅せられ、アメリカでも作品展を開催していました。この偲ぶ会に出席していたのが陶芸家の鯉江良二さん(1938〜)で、私は2009年春、山木さんの協力で「鯉江良二展」を企画することになったのでした。

山木さんと鯉江さんは1992年にアメリカのウエストミシガン大学でワークショップを行い、そこで作った作品を山木が買い上げその金額をミシガン大学に寄付をしています。こうしたスカラシップの設立は2001年にかけて韓国の慶州大学、オーストラリアのシドニー大学、ワシントン州立大学など世界各地で実施し、学生達を日本に招く資金などに役立てています。

私が企画した「陶芸の旗手 鯉江良二展」は、大阪の京阪百貨店守口店で開かれました。初期の茶碗や花器や、壺などの実用陶器をはじめ反核のメッセージを託した「NO MORE HIROSHIMA,NAGASAKI」や「チェルノブイリ」シリーズなどのオブジェ作品など約110点を展示しました。山木さんの助言もあって、「やきものとは何か」を問い続ける鯉江さんの足跡をたどれる展覧会になったのです。

山木美術は高麗橋から中之島、伏見町と移転し、来年には45年目を迎えます。山木さんが扱う作家はジャンルを問いません。絵画があれば版画、彫刻、陶・漆芸、現代美術に至るまで幅広いのです。3月30日まで、オーストリア・ザルツブルグ生まれのコンラッド・ウィンターさんの日本での初個展を開催。アルミニウム板に車両用塗料というユニークな技法で描かれた13点が展示されています。

東日本大震災の年に風で動く新宮晋展


パリのチュイルリー公園の
池で開催された
新宮晋さんの
「光のシンフォ二エッタ」


新宮晋さんの
「Wishes on the Wind」
(2011年、
T's gallery/山木美術
「小さな惑星」展)

山木さんは一時、ロスに名古屋の画廊と共同で開廊していた時期もあり、アメリカでの人脈を培いました。とりわけアメリカ現代ガラスアートの巨匠デイリー・チフーリ(1941〜)を日本に紹介した功績は大です。ニューヨークの大画商からの紹介でチフーリを知るや、彼の住むシアトルを訪ねガラス作品2点とドローイングを求めます。これを機会に急接近し、日本への普及の窓口になったのです。

1999年には、広島市現代美術館開館10周年記念として「現代ガラスの巨匠が創る新・美空間 デイル・チフーリ展」が催され、子供の日は5000人を超す入場者でにぎわったのでした。この展覧会は、チフーリがヒロシマの鎮魂と平和を願っての熱意に山木さんが働きかけ、ガラスアート研究の第一人者でもあった当時の竹澤雄三副館長が応えて実現しました。
チフーリと言えば、アメリカの数少ない人間国宝となり、かつてクリントン大統領の演説会場の舞台に作品が設置され話題になりました。その作品は華麗で大胆な色彩美と造形美を有し、日本でも波状的に広がり、名古屋市の大一美術館には常設展示されるほどになったのです。

冒頭に記した新宮晋さん(1937〜)との出会いは宿命的とも言えます。1970年の大阪万博の会場に実兄でギターリストの幸三郎さんが半年間、レギュラー出演していたこともあり、会場内に設置されていた新宮さんの作品に注目していたのです。

画廊稼業駆け出しの山木さんは「いつか彼の個展を」と、胸に秘めたのでした。それから半世紀近くも経て2010年春、出版デザインに関わる知人の紹介で、兵庫県三田にある新宮さんのアトリエに出向きました。

意気投合した山木さんは、2011年6‐7月、隣接のT's galleryにも呼びかけて合同企画で「―小さな惑星―新宮晋展」を開催しました。新宮さんにとって画廊での個展は初めてでしたが、山木さんの熱意に応えました。


デイル・チフーリ
「シトロン・グリーンと
赤のタワー」
(1998年)


「デイル・チフーリ」展
(1999年)で来日した
チフーリを囲む山木さん
(右から2人目)と
広島市現代美術館の
竹澤雄三副館長(右端)

東日本大震災でそれまで享受してきた自然や水、地球について戸惑いの日々、山木さんは閃いたのでした。「新宮さんは、率直に、じつに謙虚に、しかし動じず、目に見えない自然のちからを、我々の前に作品として提示された。風や水で動く彫刻がそれだ」と。

「小さな惑星」展では、大阪南港の海遊館西側の風で動く作品や関西新空港国際線出発ロビーの天井に飾られたモニュメントの縮小バージョンの作品が展示されました。展覧会後も、新作の「地平線」が両画廊の入る戸田ビルの壁面に取り付けられ、自然の風に動き続けています。

山木さんがわざわざパリに見た「光のシンフォニエッタ」は、チュイルリー公園の池に設置した高さ2・85メートルの彫刻一〇基で、水面に取り付けた円形や三角の帆が風を受けて回り、パリっ子の目を楽しませ、お年寄りたちにもくつろぎを与えていたといいます。パリではジェジェ・ビュッシェ画廊でも個展が開かれていて、あらためて新宮さんの海外展開を堪能したそうです。

山木さんは、今秋10月26日から11月30日に、谷松屋戸田ギャラリー(旧T's gallery)と合同企画で、2回目の「新宮晋展」を開催する準備を進めています。

山木さんの積極的な活動を業界人はどのように見ているのでしょうか。新潟県三条市で福田画廊を経営する福田雄司代表は、数年前から山木美術と、お互いが抱えている作家の交流展を実施しています。「山木さんの行動力と直観力はマネができません。作家の独創性や表現力を見抜く感性は天性のものです。大いに勉強させていただいています」と敬意を払っています。


鯉江良二「壺」
(2000年、
米シアトルで制作)

画廊主としての山木さんの実績で特記すべきことがあります。これまで手がけた作家の作品集を随時出版しており、その数は50冊以上におよびライフワークともなっているのです。「私の仕事が残るとすれば、出版した本を後世だれかが見てくれることでしょう」と話しています。

そして「この仕事を続けて良かった。海外にも自由に行けた。何より尽きない面白さがある。まだまだやらなければならないことはいっぱいある」とは、山木さんの弁です。何事にも情熱をたぎらせ、果敢に挑む真骨頂の山木さんは、数々の物語を紡ぎ、やがて果てしないアートの道、半世紀を迎えます。

「多彩なメニュー、味わうのはあなた」


サボテンを植え込んでの
「奇想天外—鉢合わせ—」展

以上は新刊の第一章「アートを支え、伝える」の1項目の抜粋です。このほか、「多種多彩、百花繚乱の展覧会」「アーティストの精神と挑戦」「迫力満点、現代美術家のメッセージ」「味わい深い日本の作家」「展覧会、新たな潮流」「『美』と世界遺産を巡る旅」「美術館の役割とアートの展開」など八章で構成されています。写真が約350枚も所収されていてどこからでも楽しく読んでいただけます。
 この本に序文を寄せていただいたのは大阪大学名誉教授の木村重信さんです。次のような推薦文(抜粋)を書かれています。

アートは鑑賞者の感受性の水準に正確に応じて存在し、鑑賞者の想像力の大小によって、作品の意味は大きくもなり、小さくもなる。かくして本書では、鑑賞者の感受性を高め、アートをより有効に楽しむための「多彩なメニュー」が用意されるのである。そして著者が鑑賞者にとくに望むのは、頭で理知的にではなく、肌で感覚的にアートをとらえてほしいということである。
 とにかく、本書で取り扱われるアートは、時間的、空間的に全世界に及び、そのジャンルも先述のようにきわめて広く、それらにまつわる関係者も多種である。しかも特筆すべきは、それらがすべて著者自身の体験に即していることである。
かくして、材料は新鮮かつ豊富、包丁のさえは抜群、メニューは多彩、そして盛りつけもあざやかな本書ができ上がった。メイン・ディッシュは多様な和食や洋食であるが、中国料理やエスニック料理も用意されている。それを味わうのは、もとより読者、あなたである。


なお『展覧会が10倍楽しくなる! アート鑑賞の玉手箱』はサイズ220×152ミリ、4色口絵カラー24ページ+本文304ページ。2300円(税別)。4月5日発売。お問い合わせ先は東京・梧桐書院(ごとうしょいん)。TEL03−5825−3620 FAX03−5822−2773 http://www.gotoshoin.com

 


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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