国宝級ずらり「中国 王朝の至宝」展

2013年2月17日号

白鳥正夫


「中国王朝の至宝」展の
テープカット
(神戸市立博物館で)

日中国交正常化40周年の昨年10月に東京国立博物館でスタートした「中国 王朝の至宝」展が今年2月から4月7日まで神戸市立博物館で開催中です。悠久の歴史を持つ中国では4000年の間に、いくつもの王朝の盛衰がありました。もっとも古い「夏」から「宋」の時代にわたる中国歴代の王朝の都や中心地域から出土した国宝級の一級文物をずらり揃え、約170点を展示しています。日本の文化にも多大な影響をもたらせ、一衣帯水といわれる日中関係の節目に記念する特別展ですが、尖閣諸島をめぐる緊張が続いていることは残念です。こうした時期だからこそ、歴史の大局的見地に立って、展覧会を観賞したいものです。

金色に輝く「阿育王塔」を初公開


「阿育王塔」[一級文物]
(北宋時代、
南京市博物館蔵)

昨年は、故田中角栄元首相と故周恩来元総理とが交わした1972年の日中共同声明40年になり、年初に東京国立博物館で「北京 故宮博物院 200選」展が、初夏には「草原の王朝 契丹」展が大阪市立美術館でそれぞれ開催されました。この40年間には、「中国国宝展」はじめ「誕生!中国文明展」や「故宮博物院展」のほか、数々の中国文物展が開かれ、日本で初公開されてきました。

6000年の歴史を誇り、13億人もの人口を擁する超大国の中国は、経済の高度成長に伴って建設ラッシュが続き、なお次々と国宝級の文化財が出土しています。毎年のように企画される中国展はやや食傷気味ではありますが、今回の展覧会は、新たな視点で展示するなどいくつかの見どころが用意されています。


「金製仮面」[一級文物]
(殷〜西周時代、
成都金沙遺址博物館蔵)

その一つが、「対決!2つの王朝」という取り上げ方で、黄河と長江流域に築かれた王朝、統一された王朝の違いや、南北朝の対比など、多元的に形成された文化の多様性を、それぞれの特徴的な文物によって比較しながら観賞できる手法です。

これに伴い展示構成は、第一章 王朝の曙「蜀」vs「夏・殷」、第二章 群雄の輝き「楚」vs「斉・魯」、第三章 初めての統一王朝「秦」vs「漢」、第四章 南北の拮抗「北朝」vs「南朝」、第五章 世界帝国の出現「長安」vs「洛陽」、第六章 近世の胎動「遼」vs「宋」となっています。


「人頭像」
(殷時代、
四川広漢三星堆博物館蔵)

展示作品は、紀元前2000年から約3000年間にわたる貴重な文化財で日本初公開を含む国宝級の一級文物約60%を占めています。出展先は中国社会科学院考古研究所をはじめ10省から30の博物館や研究機関に及んでいます。

なかでも、2008年に江蘇省南京市の長干寺(ちょうかんじ)地下から発見されて大きな話題をよんだ一級文物の「阿育(あいく)王塔」(北宋時代、南京市博物館)が特別出品されています。中国政府の特別な計らいにより、地元の南京市以外では初めて公開ということです。


「犠尊」[一級文物]
(戦国時代、
斉国故城遺址博物館蔵)

「阿育王塔」は、銀製・鍍金の仏塔で内部は木組です。この種では他を圧倒する大きさで、高さが1・19メートルもあります。展示室では、ぐるり回って見ることができますが、金色に輝く外観は存在感たっぷりです。

「阿育王塔」という名前は、古代インドの阿育王(アショカ王)が8万4000の仏塔を建立した故事にちなむものです。側面には釈迦にまつわる説話の図像がびっしりと彫られていて、水晶や瑪瑙などの丸い玉がふんだんに納められています。「塔の王様」とも呼ばれるのもうなずけます。

王朝を六章構成、文物を比較展示


「羽人」[一級文物]
(戦国時代、
荊州博物館蔵)

第一章は「王朝の曙」です。最初の王朝とされる黄河中流域の「夏」や「殷」では、細緻で強靭な造形を備えた青銅器や玉器を作り、漢字の元となる文字を初めてに用いるなど、中国文化形成の礎となりました。ほぼ同じ頃に長江上流域の四川盆地では、人の姿をした神や各種の動物を崇め、金を多用した高度な文化をもつ「蜀」という異なる勢力が並存しました。

このコーナーで、まず目を引くのが「金製仮面」(前12〜前10世紀、成都金沙遺址博物館)です。幅が5センチにも満たない小さな作品ですが、金板を巧みに加工して、神か人かの顔を表現しています。また20世紀後半に発見された「突目仮面」(前13〜前11世紀、四川広漢三星堆博物館)も大きめの仮面で、つり上がった目が飛び出し 尖った耳と裂けた口の異形の顔で注目されます。

第二章の「群雄の輝き」では、黄河の下流域では「周」の流れを組む「斉」や「魯」栄え、一方の長江中流域では「楚」という国が隆盛しています。「斉」の都付近から発見された「犠尊」(前4〜前3世紀、斉国故城遺址博物館)は豚のような謎の動物の形の酒器は、背中に円形の蓋があり口から酒を注ぐそうです。「楚」の文化の実態を示唆する「羽人(うじん)」(前4世紀、荊州博物館)も、ガマの上に水鳥が乗り、その上に羽人という珍貴な置物です。


「跪射俑」
[一級文物]
(秦時代、
秦始皇帝陵博物院蔵)


「跪俑」[一級文物]
(秦時代、
陝西省考古研究博物院蔵)
のある展示会場



第三章は「初めての統一王朝」で、初めて中国統一を成し遂げた始皇帝による「秦」の絶対権力が生んだ破格の美と、その後に続き前後400年程にわたって全土を統治した「漢」の安定と洗練が育んだ様式美の「漢」の時代の比較展示です。
ここでは何といっても始皇帝が生前から造営した6000体以上もの兵士や馬の人形が埋められていた兵馬俑坑の一つ「跪射俑(きしゃよう)」(前3世紀、秦始皇帝陵博物院)が挙げられます。片膝を付いて上を見上げ、弓を構える等身大の俑ですが、顔には金メッキが残っていて、当時の姿を想像させます。


「天人龍虎蓮華文柱座」
[一級文物]
(北魏時代、
山西博物院蔵)

第四章になると「南北の拮抗」で、「漢」の後、三国志で有名な魏・蜀・呉の三国時代を迎え、それを統一して「晋」が生まれますが、また分裂して五胡十六国時代という乱世が訪れます。その後に北方民族の諸国を総称する北朝と、華南では漢民族の南朝に分かれた南北朝が続きます。五胡十六国の乱世を収束し、439年に華北を統一した「北魏」は、平城(山西省大同市)を中心に従来の中国に見られなかった清新な文化を築きます。

「天人龍虎蓮華文柱座」(484年、山西博物院)は、「北魏」の高官の墓から出土した石製品。蓮華が大きくかたどられた上面の中央に円孔が開けられていることから、何かの柱を立てた台座とみられます。

第五章は「世界帝国の出現」で、いよいよ「唐」の時代です。南北朝の対立は「隋」によって300年ぶりに再び統一されましたが、僅か40年程度で滅亡し、「唐」が支配します。都の長安は国際都市として栄えますが、副都の洛陽も繁栄を競います。


「金剛神坐像」
[一級文物]
(唐時代、
西安博物院蔵)

「金剛神坐像」(8世紀、西安碑林博物館)は、大理石で作られた唐時代盛期を代表する密教系仏像です。髪は逆立ちし金剛杵を振り上げ、あぐらをかいた力強い姿表現されています。唐の時代に空海ら遣唐使が中国に渡って密教を学び日本に伝えたほか、唐の文化は日本の平城や平安の都の造営など、多方面に影響をもたらせたのでした。

また「女性俑」6体(いずれも8世紀、西安博物院)が出品されていて、ふっくらした顔立ちで優美な姿です。三彩陶もあり、緑色の上衣と黄色のまとっており、着物の中で組んだ手の上に藍色の布を掛け花形の盆を載せた立像です。解説によると、この藍色の釉薬は唐三彩では珍しいとのことでした。

最後の第六章「近世の胎動」は、唐が滅びた後、五代十国時代という小国が興亡する時代となり、それを統一したのが「宋」です。同じ頃、北方では契丹族の「遼」が興ります。ここにはそうした時代の作品が並んでいますが、北宋の「金製龍」(11〜12世紀、浙江省博物館)は、全身を金で覆われた長さ11センチの動きのある龍の置物です。寺院の奉納品の一部であったと見られています。


「女性俑」
[一級文物]
(唐時代、
西安碑林博物館蔵)

一方、「遼」の墓からの出土した「銀製仮面」(10〜11世紀、遼寧省博物館)は、一枚の銀板から制作した仮面で、死者の顔に被せたもの。遼を建国した契丹族の顔立ちを反映したものでしょうか。民族色に富んだ「遼」の埋葬習俗を示す文物です。

出土文物に歴史的・芸術的な価値

この手の込んだ展覧会を総括して、東京国立博物館の松本伸之・学芸企画部長は図録に「千景万色―夏・殷から宋までの中国歴代王朝の出土文物をめぐって―」に次のようなコメントを寄せています。

歴史的な文化遺産である文物には、制作当時の時代・地域の社会や文化の特質が無数の情報となって凝縮されていることは改めていうまでもない。そうした情報を読み解いていくことは容易でないが、個々の文物の詳細な観察を通じて、形や色や文様、そして技法や材質などの特徴を抽出し、全体として一つの様式観を組み上げていくならば、過去に生きた人々の精神に、より近く寄り添うことも可能になるはずである。この意味で、今回の展覧会に出品されている文物について、それらがもつ歴史的・芸術的な価値に共感し、それを存分に享受していただければ幸いである。

今回の「中国 王朝の至宝」展は、日本に大きな影響を与えてきた中国の歴史や、日本とは異質の中国の多様で興味深い文物に触れる好機です。期間中の3月9日午後2時から「四川古代王国と秦始皇帝陵の出土文物」と題して曽布川寛・京都大学名誉教授の講演会があります。

また子ども向けプログラムとして、3月20日に「こうべ歴史たんけん隊−神戸の中の中国を訪ねて−」、3月24日にも「春休み親子鑑賞会」が実施される。いずれも事前申し込み制です。詳しくは、神戸市立博物館公式ホームページへ。
http://www.city.kobe.lg.jp/museum/

なお展覧会は、名古屋市博物館(4月24日〜6月23日)と、九州国市博物館(7月9日〜9月16日)にも巡回します。


「金製龍」
(北宋時代、浙江省博物館蔵)

ところで今後も大規模な中国文物展が予定されています。「台北故宮博物院展」が2014年6〜9月に東京国立博物館で、10〜11月に九州国立博物館で、さらに「兵馬俑展」が2015年秋から2016年秋にかけて東京、京都、奈良、九州の国立博物館で、それぞれ開催の方向で準備が進められています。

 


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!
 

 

もどる