白紙に戻った大阪市立近代美術館の現状

2013年1月13日号

白鳥正夫


空き地のままの
大阪市立近代美術館
建設予定地

橋下徹市長の方針で白紙に戻っていた大阪市立近代美術館(仮称)構想をめぐって、大阪市は天王寺にある市立美術館と統合し、中之島に新設する検討を始めました。老朽化している市立美術館との統合で展示を充実させ、集客効果を高めたいとの意向もあります。3月までに建設を決めないと国に違約金を支払わなければならず、にわかにその動向が注目されます。2013年初にあたって、大阪市立近代美術館(仮称)構想の現状と、美術館のあり様も探ってみました。

随時、企画展開催の心斎橋展示室も閉幕


天王寺公園内に立地する
大阪市立美術館

大阪府・市では、市民らから大阪市立近代美術館コレクションと大阪府20世紀美術コレクションを代表するモダンアート作品100点を候補に昨年7月末までの約3ヵ月間、「ホンモノを見てみたい、私の好きな作品」を募集しました。その結果、8371人から2万779票が集まり、前・後期合わせ50作品を、「ザ・大阪ベストアート展」として昨年9−11月、大阪市立近代美術館(仮称)心斎橋展示室で開催しました。
 
作品では佐伯祐三(1898〜1928)の「郵便配達夫」(1928年)が一位を獲得し、二位にアメデオ・モディリアーニ(1884〜1920)の「髪をほどいた横たわる裸婦」(1917年)、三位にも佐伯の「レストラン(オテル・デュ・マルシェ)」(1927年)が選ばれました。佐伯作品の最大のコレクションを誇る大阪市だけに、人気が裏付けられた形です。


佐伯祐三
「郵便配達夫」
(1928年)




アメデオ・モディリアーニ
「髪をほどいた横たわる裸婦」
(1917年)

同時に作品への思いや思い出を尋ねていて、佐伯の「郵便配達夫」については「亡くなった夫と最後に見た祐三の絵です。ひきこまれる様な迫力に改めて作品の深さを思います」(八十代女性)、森村の「肖像(ファン・ゴッホ)」では「昔、子供の頃、誰もが一度は考えたことがあるかもしれない、『絵の中に入ってみたい衝動』。森村さんはそれを大人になってから実現した。とてもファンタジックな人で、あこがれちゃいます」(四十代女性)など多くのコメントが寄せられました。
 
心斎橋展示室は近代美術館が整備されるまでの間、出光美術館大阪のあった場所に2004年10月から開設されました。民間ビルを借りているため年間約3000万円の経費がかかっていました。しかしこれまで約8年間に27回の企画展を開き、延べ22万人以上の入場者がありました。開設記念の「佐伯祐三―熱情の巴里―」が3万人を超え、最後の「ザ・大阪ベストアート展」は約2万2829人で四番目です。
 
しかし「ザ・大阪ベストアート展」の会期中に心斎橋展示室の閉館も発表されたのです。大阪市では、2013年度以降はより多くの地域で、民間事業者とも連携したビジネスモデルを探りたい、との意向です。最終日の前日、大阪市立近代美術館建設準備室の菅谷富夫・研究副主幹に事情を聞くと「会場のスペースや天井の高さなどから、ここでの役割は終えたと考えています。これからは様々な場所での可能性を探り、コレクションの公開を続けていきます」と話していました。

近・現代美術コレクション4500点


大阪ベストアート展の
展示会場

そもそも大阪市立近代美術館は1983年に大阪市制100周年事業として基本構想が浮上しました。5年後には構想委員会が発足し、その翌年に30億円の美術品等取得基金も設置、1990年には準備室が設置されました。その後、建設用として大阪・中之島にあった大阪大学医学部跡地を1998年と2003年に計約1万6000平方メートル購入しています。

この間、実業家の故山本發次郎氏のコレクションをはじめとする寄贈作品3400点に加え、153億円かけて1000点を購入し、すでに4500点を超える国内屈指の近・現代美術コレクションを形成しています。これらの評価額は約256億円と見積もられています。さらに昨年春、実質閉館したサントリーミュージアム[天保山]からポスターのコレクション約1万8000点の寄託を受けています。

「6年後には開館見通し」との誘いで、1990年の準備室発足に備え迎え入れられた熊田司・現和歌山県立近代美術館長は当時を振り返りながら次のように話されました。「すでにバブルがはじけ、情勢変化の兆しはありましたが、大阪の都市規模からして、10年後のオープンは疑いませんでした。定年後も三年仕事に携わりましたが、ついに陽の目を見ませんでした。しかしあれほどの作品を持っているのですから、期待を持って見守っていきたい」。


ルネ・マグリットの
「レディ・メイドの花嫁」
も並ぶ

1998年に策定された基本計画によると、地下一階、地上八階建ての施設を約280億円(土地代除く)かけて2004年度までに建設する予定でした。ところが国から購入した用地に環境基準値を上回る土壌汚染が判明したため、完成予定が大幅に遅れていた上、2002年に礒村隆文市長が財政非常事態宣言を、さらに2004年には関淳一市長が財政難を理由に計画を凍結したのです。

2007年に就任した平松邦夫市長は「非常に厳しい財政状況だが、将来の大阪の発展のため整備に取り組みたい」と、計画を再開する意向を示したのです。新たな計画案では、延べ床面積を当初の2万4000平方メートルから1万6000平方メートルに縮小し、建設費も280億円から122億円に圧縮。2014年度に着工し、2016年度の完成を目指す考えでした。
 
2011年に橋下徹市長が就任し、近代美術館の計画を白紙に戻して府市統合本部で検討する方針を表明しました。「(仮称)中之島4丁目市有地活用マスタープラン検討会」設置し、文化・集客施設の整備方針を諮るとのことです。検討会では、世界的な視点から市有地の在り方を協議する有識者で構成し、広域行政の視点から見た新たな美術館に求められるコンセプトやコンサートホールの整備の必要性などを検討することになりました。この方針に基づいて、大阪市が2013年度に基本計画を策定することにしています。

身近に「夢のコレクションズ」展を期待


倉俣史朗
「ミス・ブランチ」 (手前左)
などの椅子も展示

近代美術館構想が二転三転した背景に財政難があります。と同時に行政トップの考え方が原因で揺らいできたのも事実です。一度建設してしまえば、規模によるが年間数億円の維持管理費等も毎年必要になります。一方で、大阪市立美術館(天王寺)と大阪市立東洋陶磁美術館(中之島)の所蔵美術品とは異なる貴重な近代・現代美術のコレクションが長らく塩漬け状態にされているのも大きな問題です。
 
建設準備室所蔵のコレクションは今後、市立美術館や歴史博物館のほか市内の民間倉庫に、また資料・図書等は準備室事務室内や市関連倉庫などに分散保管されています。これらを一堂に集めるだけでも約1000平方メートルの収蔵庫が必要だといいます。作品は毎年100点の寄贈が予測され、それへの対応も考慮する必要があります。
 
建設の是非論は様々ですが、美術評論家の加藤義夫さんは「大阪の芸術文化はこれまで民の活力で支えられてきた。その民は住友に代表される。つまり膨大な税金を使ってまで美術館が必要なのかと言った考えが官民の根底にあると推測される。同時に大阪に仕事場を持つ人々は、京阪神という広域に住む。それらの住民にとって、京都や神戸に多くの美術館があり、これまで切迫感がなかった」と分析します。


森村泰昌
「肖像(ファン・ゴッホ)」
(1985年)

当初の構想から30年の歳月が流れました。その間、美術館を取り巻く環境が大きく変化しています。大阪市、府民の間では深刻な問題にかかわらず、歴史的に無関心過ぎたのではと思われます。せっかくの文化遺産を「ノアの方舟」のように、いつまでも流浪させていいのでしょうか。

加藤さんは、「19世紀初頭に一般公開がはじまったパリのルーブル美術館と後発の大阪市立近代美術館(仮称)とでは比べようもないが、同じ美術館という名でも、大阪は21世紀型美術館を目指さなくてはならない」と前置き。「アートをメディアとしたコミュニケーションセンターのような市民に開かれた美術館が必要だろう。まず市民に対して作品公開義務があるとするなら、予算規模としてもルーブル美術館型の大規模な美術館構想ではなく、小さな美術館建設を進め、後に増築していく方法もあると考えられる。まず段階的に作品を常設的に見せる場が必要であり急務だろう」と提言します。
 
今後の美術館の在り様を考える上で、2007年1−3月に大阪市立近代美術館建設準備室が国立国際美術館とサントリーミュージアム[天保山](2010年閉館)の共同企画の「大阪コレクションズ」が想起されます。国立・公立・私立といった形態の枠を超え連携し、各館が所蔵する名品を貸し借りする特別展が、それぞれの館で開かれることは、美術館運営の新しい動向として注目されました。


ヤノベ・ケンジ
「あとむ・スーツ・
プロジェクト—大地の
アンテナ—」
(2000年、
大阪府20世紀美術
コレクション)

国立国際美術館の「夢の美術館」展では、展示72点中35点が大阪市の所蔵品でした。中でもモディリアーニの「髪をほどいた横たわる裸婦」とルネ・マグリット(1898〜1967)の「レディ・メイドの花束」(1957年)は、場所を変えて何度か見ている有名な作品ですが、国立国際の広い会場で鑑賞すると格別な感がしました。他にもサルバドール・ダリ(1904〜89)の「幽霊と幻影」(1934年頃)、ジョルジォ・デ・キリコ(1888〜1978)の「福音書的な静物」(1916年)など、大阪市の重厚な所蔵品に改めて魅了されました。

それぞれの館で散発的にしか展示されなかった多彩な作品を、まとめて見ることができたのも評価できます。世界のメジャーな美術館の名品展が目白押しにやってくるが、大阪にある作品でも3館が連携すれば、20世紀美術の流れが俯瞰できるのです。期間中、3館で15万人を超える入場者があったことからもうかがえます。

国立国際美術館の島敦彦学芸課長は、「何よりも身近なコレクションの魅力に触れてもらおうと企画した展覧会です。しかも、一つの美術館だけでは充分な厚みを持ちえないところを補い、より見応えのあるコレクション展が実現できるのではないか。ひいては、それぞれの美術館のコレクションの存在それ自体に興味を持ってもらう絶好の機会になるのではないか」と、展覧会図録で3館共同企画の趣旨を述べていました。
「ザ・大阪ベストアート展」に寄せられた名画への思いは、市民の生の声です。身近に貴重な作品があるということは銘記すべきです。文化的に不毛とさえいわれる大阪でも、連携すればこれだけの総合力があるということを伝えたことにも意味があったといえます。


2011年10月開催された
中之島コレクションズの
開会式

大阪市立近代美術館建設準備室は2011年10−12月にも、国立国際美術館を会場に両館の名品による「中之島コレクションズ」を開催し、やがて隣り合わせになる両館が友好と連携を図り「大都市で暮らす楽しさ、豊かさを実感できる美術館」に向けて、大いに盛り上げていたのです。
 
1998年につくられた大阪市立近代美術館(仮称)の基本計画に盛られた一説には「優れた大阪の近代・現代美術を紹介するだけでなく、20世紀美術の体系を名作によって示し、わたしたちの精神文化の基盤を明らかにしようと考えています。そして21世紀の豊かな感性の誕生をうながし、新しい芸術活動の拠点となることをめざします」とあります。
 
最後に、建設準備室の学芸員を18年務めた橋爪節也・大阪大学総合学術博物館教授が『視覚の現場―四季の綻(ほころ)び』(醍醐書房、2009年第1号)に記した文章「なぜ、大阪市立近代美術館建たないか」の最後の下りを記しておきます。

黒澤明「七人の侍」のラストシーンで生き残った侍が「こんどもまた、負け戦だったな」とつぶやく。公立美術館の学芸員なんてみんなそうだ。大阪の美術館の建設停滞は、市民にも行政にもマスコミにも「負け戦」である。問題は、それが建たないことで失ったものの大きさを自覚しない愚かさにある。

 


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
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発行:三五館
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第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
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定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
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「大人の旅」心得帖
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発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
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定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
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定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

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