「横尾忠則現代美術館」がオープン

2012年11月12日号

白鳥正夫


横尾忠則さんが
デザインした
美術館開館PRポスタ

文化の日、関西に新たな美術館が誕生しました。兵庫県出身の美術家、横尾忠則さんの作品コレクションや資料を集めた「横尾忠則現代美術館」が神戸市灘区の原田の森ギャラリー西館をリニューアルしてオープン。開館を記念して来年の2月17日まで、絵画93点を展示した記念展「反反復復反復」を開催中です。同館は、横尾さんから寄贈・寄託を受けた絵画、版画、ポスターなど3000点以上の作品や資料等を収蔵し、保管・研究、さらには一般に公開するとともに、横尾作品を中心とする展覧会の開催や、公開制作、著名人との対談など様々な事業を展開するセンターで、美術館「新名所」として期待されています。

「サケが生まれた川に…」と横尾さん


「横尾忠則現代美術館」
の建物

開会の前日に内覧会及び開会式、レセプションが催され、兵庫県や美術館関係者、アーティストら約500人が出席しました。これまで世界的に活躍してきた横尾さんとあって、建築家の安藤忠雄さんやデザイナーの三宅一生さん、さらには作家の瀬戸内寂聴さんらも駆けつけ、お祝いのスピーチをしました。横尾さんは「私にとって神戸は就職、結婚と人生が決まった場所です。サケが生まれた川に戻るように神戸に美術館が出来ました。サケの産卵みたいに作品を作っていきたい」と抱負を語っていました。

横尾さんは1936年、兵庫県西脇市に生まれています。幼少の頃から絵画の模写に興味を持ち、高校時代には、地元の商店街や商工会議所のポスターを制作するなど、早くから美術やデザインに対する才能を開花させます。


開会式で挨拶する横尾さん

1960年、日本デザインセンターに入社し、制作の拠点を東京に移すと、その活動の幅は広がりをみせます。独特なイラストとデザイン感覚にあふれる、代表作の「腰巻お仙」をはじめとする劇団状況劇場のポスターなどで、たちまち若い世代の支持を集め、大衆文化を具現する時代の寵児となったのでした。

横尾さんのグラフィック・デザイナーとしての仕事は、ポスターからイラストレーション、ブックデザインなど、様々な印刷メディアへと展開し、さらに版画や絵画、映画といった芸術分野にまで広がっていったのです。


同じ構図で
繰り返し描かれた作品

横尾さんの膨大な作品を収蔵する美術館構想は、6年前に持ち上がったとのことです。横尾さんが作品の保管場所を確保したいとの希望を聞いた井戸敏三・兵庫県知事が、その活用方策を学識者に諮ったところ、ちょうど改修中であった原田の森ギャラリー西館を活用して横尾作品を収蔵・展示することが望ましい、ということになったそうです。2007年8月に横尾さんが作品の寄贈を申し出て、2011年に兵庫県との間で基本的に合意したのでした。

美術館の建物は、建築家・村野藤吾さんの設計として知られている「旧兵庫県立近代美術館」の西館を、約10億円をかけリニューアルしたものです。高さは地上4階建て、地下は収蔵庫となっています。2・3階に約600平方メートルの展示室はじめ4階がアーカイブルーム、1階フロアにはオープンスタジオが設けられ、ガラス張りの開放的な空間でレクチャーやワークショップ、コンサート、公開制作などのイベントが開催できます。

繰り返し描かれた作品を比較展示


「お堀」など一連の作品

記念展は、代表作と新作を織り交ぜ、さらにタイトルに「反反復復反復」と謳っていますように、横尾作品の特徴でもある、特定のモチーフを 何度も繰り返し描いている作品を並べ、比較しながら鑑賞できるようになっています。

例えば1960年代の絵画シリーズ「ピンクガールズ」は、90年代に再び登場し、近年にまたまたモチーフとなり描き続けられています。中でもパンツ姿の裸婦を描いた「モナリザ」(1966年)は「隠されたモナリザ」(2003年)や「モナリザとタトゥー」(2003年)「もうひとりのモナリザ」(2012年)といった具合に、同じ構図で背景やタイトルを変えながら再生産されます。

よだれを流す女性の構図は「よだれ」(1966年)から「香港」(1997年)、よだれのない「エルザの叫び」や「そして薔薇」(いずれも2005年)、「燃える空」(2008年)になり、再びよだれの「香港ナイト」(2008年)へ。城を背景に泳ぐ女性の姿を描いた「お堀」(1966年)は風呂に変わり「銭湯」(2002年)が描かれ、再び城のある「お堀」(2005年)を経て「夜のスイマー」や「描き忘れた城壁の窓」(いずれも2011年)、さらには「海を泳ぐ」(2012年)と変化します。


「男の死あるいは
三島由紀夫とR。
ワーグナーの肖像」
(1983年)


「理想の実現」
(1994年)

また、2000年以降の代表的なシリーズ「Y字路」についても、「暗夜行路」のタイトルで四度、近作の「Y字路を描く」(2012年)に変貌を遂げます。今回の展覧会では繰り返し描いた横尾さんの代表作と新作を所蔵品のみならず、東京都現代美術館や京都国立近代美術館、国立国際美術館、個人蔵などから借り受け充実した内容となっています。

同館学芸課長の山本淳夫さんは、今回の企画展について「二度ある美は、三度ある」と、端的に次のような文章を記しています。

元来、横尾芸術においては、既存のイメージを描き写すこと="模写"が極めて重要な要素のひとつです。さらに、自らの作品をも"模写"の対象とする態度は、極めて独特だといえるでしょう。それは単なる自己模倣ではなく、いわば確信犯的な営みであり、「作品は年代を追って展開するもの」、あるいは「美術作品にとって、唯一無二のオリジナリティこそが重要である」といった常識に対する、批判精神に裏打ちされているのです。

全ポスター約800点の展覧会も


作品を見入る観客

横尾さんは1972年にニューヨーク近代美術館で個展を開催しているのをはじめ、パリやヴェネチア、サンパウロなど世界各地のビエンナーレに招待出品するなど、国内外で相次ぎ個展を開いています。

2010年7−9月には、国内で初めての「横尾忠則全ポスター」展が国立国際美術館で開催されています。ポスターは、広範囲にわたる横尾さんの仕事の中でも、その出発点であり、創作活動の中心でもありました。初めてポスターを手がけた1950年代から、現在に至るまでの約60年間に制作された全ポスター約800点を展示する画期的な展覧会でした。

国立国際美術館ではこの10年余、横尾さんの全ポスターを、一部購入を含め、作家自身からの大量の寄贈により収蔵しています。これまでも常設展示や他館の展覧会への貸し出しなどによって、部分的に紹介してきましたが、その全貌を展観することはなかったのでした。全ポスターに加え、下絵、版下等の資料も展示し、横尾のデザイナーとしての活動を通観出来る絶好の機会といえました。


「暗夜行路N市-II」(2000年)


「暗夜行路N市-II四度」(2003年)



横尾さんの作品で忘れられないのは、私も研究会スタッフの一員として参加した「戦後文化の軌跡 1945−1995」展でのポスター・チラシ・展覧会図録などへの依頼でした。仕上がった作品は、いかにも横尾さんらしく、焼け野原にたたずむ一冊の本を脇下に、小さな袋をかつぐ背を見せた男の周囲に、鉄腕アトムや巨人軍選手、国旗、その他戦後の美術作品などを散りばめたものでした。


戦後文化の軌跡ポスター

正直言って当時の私には、煩雑で展覧会名も読みづらくなじめなかったのですが、学芸員らは「さすが横尾」と絶賛していました。時を経て、展覧会で数あるポスター作品の中から見つけることができました。妙に懐かしく、「よくぞ限られたスペースに、展覧会の意図を凝縮したものだ」と感心したのでした。

横尾さんのポスター展は京都国立近代美術館の4階一室でも12月24日まで展示されています。1965年から1974年までの32点を見ることができます。ポスターに関しては、「横尾忠則現代美術館」が保存と展示用含め1800点を所蔵する予定で、随時鑑賞できると思われます。

横尾作品の一大拠点となった美術館では、横尾さんを通じて様々なジャンルの前衛芸術に触れることのできる場として活用し、若者たちが世界的アーティストとの出会いを体験できるイベント、さらには子どもを対象に、アートに親しむイベントなどを開催しようとの方針です。


特製ケーキに
ナイフを入れる横尾夫妻

開会に先立っての記者会見で、友人の安藤忠雄さんも同席し、「関西にとって大きな発信力が出来る美術館として大いに期待したい」と話していました。

横尾さんは「神戸にフランチャイズの活動拠点ができ、光栄なこととうれしく思うと同時に責任を感じています。いつ行っても同じ作品が並ぶ常設館にはしたくありません。年四回の企画展や各種イベントを展開したい」と抱負を語っています。

約60年という半世紀を超す長い時代を、常に先駆的なイメージの創出と独自の斬新な想像力を失わずに、膨大な作品の創作を持続してきた横尾さんの今後の活動に注目したいと思います。


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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