「時」を語り、「時」を描く中西繁

2012年10月15日号

白鳥正夫

まず「南三陸」と題した一枚の絵をご覧になってください。現物は130号を4枚合わせた超大作で、高さ1・94メートル、幅6・48メートルに及びます。ネットの画像では、その迫力を伝えられませんが、この絵を初めて見た者は、その大きさ以上に描かれた東日本大震災による津波の惨状に息を呑むことでしょう。写真では表現できないリアリティに衝撃を受け感動を憶えます。鎌倉在住の洋画家、中西繁さんの作です。今回は「時」を語り、「時」を描く迫真の画家の活動を紹介します。


幅が6メートル超す大作の「南三陸」

「南三陸」はじめ「フクシマ」の超大作

私が初めて中西さんとお会いし作品を見たのは、今年6月末に大阪の山木美術で開かれた個展会場でした。冒頭の「南三陸」はじめ、水素爆発を起こした福島第一原子力発電所を取り上げた「フクシマ」、そして原発事故で巨大な石棺となった「チェルノブイリ」、さらには神戸・淡路大震災の街を描いた「神戸」の、大作4点がずらり展示されていたのです。


爆発した福島第一発電所を描いた「フクシマ」



巨大な石棺となった
「チェルノブイリ」

震災と原発事故で無残に廃墟と化した大画面を目にして、しばし呆然と立ち竦んだものです。お話を伺うと、震災直後救援活動に向かった南三陸の気仙沼を歩き、福島原発へも接近できる所まで行き、川内村で取材し、報道機関に公開された写真を元に情景を描いたのでした。

チェルノブイリについては、ウクライナ共和国の危機管理省に視察の申請を出して、事故から15年後の姿を現地に見てきたのです。1995年の阪神・淡路大震災でも被災直後の「瓦礫の街」に入ったのでした。中西さんの大作は、現場を踏んで、目に焼き付けた光景を描いており、見る者にその空気を感じさせるのです。


阪神・淡路大震災直後の街を
描いた「神戸」

上記の4点は「廃墟と再生」をテーマにしたシリーズの特別出品で、「欧州の旅U」と名づけられた今回の個展会場には、「朝のセーヌ」(パリ)や「アルバート・ドック」(リバプール)、「ポルトフィーノ」(イタリア)などの街の情景を描いた24点が並べられていました。モチーフに建物の景観が多いのは建築家としての視点が発露されているからでしょうか。パリの街角を描いた荻須高徳や佐伯祐三とは趣が異なり、叙情性にあふれた作品です。

会期中ばの一日、夕刻から伝統と格式の中之島公会堂の小集会室を借り切って「中西繁講演とワインパーティー」が催されたのも特記すべきことでした。約100人の参加者の中には高知や広島からも駆けつけていて、これも驚きでした。


山木美術画廊での
中西繁さん

まず中西さんが「チェルノブイリとフクシマ」と題して、スライドを上映しながら現況を講演。「兵器のために使われている莫大な費用を、平和と環境のために、貧しさの克服のために向けなければならない」と強調していました。いかに中西さんが作品にメッセージを込めているかを実感しました。

数々の展覧会を鑑賞し、多くの作品や作家を見てきた私にとって、まさに「時」を描き、「時」を語るアーティストの登場といえました。「近々にアトリエを訪ねたい」と約束して別れましたが、中西さんのことは、「中西繁アート・トーク」のブログを開設しており、事前にプロフィールなどを詳しく知ることができました。
http://nakanishishigeru-art.at.webry.info/

神戸の「瓦礫の街」を機に廃墟を描く


「欧州の旅U」の作品展示

1946年、東京・神田に生まれた中西さんは、幼い頃から車や飛行機など乗り物と絵が好きでした。スケッチを楽しんでいましたが、高校時代は音楽にもなじみます。芸術では食っていけないだろうと、東京理科大学工学部建築学科に進んだのです。建築学科の授業で美術の時間が月一回あり、東光会会員の非常勤講師の指導を受けたのでした。
講師から東光会の重鎮で洋画家の森田茂先生(1907−2009)を紹介され、作品を見ていただくと「雰囲気がある」との言葉をいただいたと言います。気を良くし、大学二年生の時、東光展に工場風景を描いた60号を初めて出品し、入選を果たします。1969年に大学を卒業し、設計事務所に就職。建築家として数々の設計を手がける一方、東光展には毎年出品します。

1985年の第51回東光展で会友賞に続き、1988年には現代洋画精鋭選抜展で銀賞を受け、この年東光会会員に推拳されます。その2年後の第56回東光会で会員賞とともに現代洋画精鋭選抜展でも金賞に輝き、1993年には東光会の審査員に抜擢されます。


大阪中央公会堂での
パーティー会場

この間、1991年に「一枚の繪銀座美術館」で、「哀愁のパリ」をテーマに初の個展を開き、その後は、風景や街角を題材に日本の「古都の旅」から、「ニューヨーク・ニューヨーク」そして「北欧・冬の旅」「逸楽と憂愁のプラハ」「懐かしのリスボア」「イベリア半島の旅」「ポーランドの春」「エーゲ海の旅」「地中海の旅」など、ヨーロッパを旅し、毎年のように個展で新作を発表します。

一方、1995年の阪神・淡路大震災に、月刊美術誌『一枚の繪』から取材依頼があり、現地に入り「瓦礫の街」を描いたのです。これがきっかけに「廃墟」シリーズを描き始めることになったのでした。また長崎の軍艦島を描いた「棄てられた島2001」で第33回日展の特選を受賞します。

数々の実績を積み、2000年5月を期して、ついに建築家から画家一本に転進したのです。2004年9月から2年間、パリに留学します。知人を介してのアトリエを兼ねた寄宿先は、なんとゴッホがアルルに赴く前に住んでいた部屋だったそうです。ここを起点にフランスの各地のほか、オランダ、ベルギー、イタリア、アメリカにも旅をしています。


横浜のアトリエで
作品の説明をする
中西さん

フランスから帰国後、全国12ヵ所で「哀愁のパリ」をテーマに巡回するなど精力的に活動します。とりわけサラエボをはじめ、ベオグラード、チェルノブイリ、アウシュビッツに取材した一連の大作「棄てられた街」シリーズを2002年1月に東京・銀座で発表し、横浜の赤レンガ倉庫1号館、次いで名古屋で巡回展をスタート。2006年以降も山形や福岡、愛媛、沖縄など各地を回り、2009年3月には大阪府立現代美術センターでも開催しています。

「廃墟と再生」をタイトルにした個展は2012年10月で11会場を数え、2013年には原爆を落とされた広島の県立美術館で8月26日から9月2日まで開催が決まっています。中西さんにとって、「棄てられた街」や「廃墟」を描くことがライフワークとなったようです。

個展と講演、研究会やブログで伝える


山形展会場での
ギャラリートーク

9月になって横浜のアトリエを訪れました。マンション一階の一室ですが、特別仕様になっていて、「廃墟と再生」の大きなパネルも何層にも立てかけられています。思う存分絵筆を揮える空間で、個展やそれ以外の活動についてもじっくりお聞きすることができました。

長丁場でハードな新聞小説の挿絵を二度にわたって担当しています。2002年3月から1年余の『湾の篝(かがり)火』と2010年9月から翌年6月の『時の行路』で、いずれも「赤旗」に連載されました。作者はともに第26回小林多喜二・宮本百合子賞を受賞している田島一さんです。


高知での中西繁講演会

中西さんは「カラーの水彩で1枚仕上げるのに平均3時間はかかります。旅先のホテルでも描きつないできましたが、追われる毎日でした。締め切りに遅れた悪夢も良く見たものです。最後の1枚を描き終えた時には本当にほっとしました」と述懐しています。

『時の行路』は、自動車メーカーにおける派遣労働や非正規雇用の問題を取り上げた作品で、中西さんの現場主義はここでも活かされ、自動車工場を訪ね、生産ラインや労働組合事務所、裁判所などへも取材に出向いています。またこの小説は実際の題材を扱っていて、中西さんは作品の売り上げの一部を労働組合のカンパにも当てていました。


高知展での学生への講座

中西さんは現在、日展委嘱で、東光会理事・常任審査員を務めていますが、2008年から画商から離れ自立しているため、すべて自分でプロデュースしなければなりません。ネットのホームページもその手段だったと言います。このため個展で知り合った方たちとのつながりを大切にしています。

絵を志す人のために、銀座の画廊でアトリエを開き制作実演や、沖縄などの展示会で公開制作の試みも実施。また横浜をはじめ大阪、松山、高知でボランティア研究会を立ち上げています。5年続けた横浜は区切りを付け閉じましたが、それ以外には3ヵ月ごとに出向き、個人指導にあたっているとのことです。作品の講評はブログを通じ公表しています。


松山での第1回研究会

高知の母親大会の依頼で講演をしたり、その懇親会の話から、今年の11月には小学校の一日美術授業を受け持ち、「南三陸」の大作を自費で横浜から高知まで運び込む予定です。「これからの子どもたちに生の感動を与えてあげたいと思います」。中西さんの熱い心意気はなお盛んです。

ある日のブログに陸前高田の「奇跡の一本松」の保存をめぐって、中西さんは次のように書き込んでいました。一本松は保存せず、その姿は文学や美術で語り継げればとの考えです。私も全く同感でした。

一本だけ残った松は、残念ですが、枯死してしまったのです。死んだ松を人工的に加工しても、生き返るわけではないのです。これは「自然」なことではありません。残念ながら「死」を受け入れなければいけません。津波の直後は生き残ってみんなを励ました。しかし、その後、松は死んでしまったのです。多くの方々が津波の犠牲になり死にました。この松だけ「剥製」にして立てて、偶像にするのですか?「剥製」を観光資源にしたいのですか?生と死。自然と人間。「無常」という言葉も古来からあります。これは「哲学」の問題でもあります。人工的な、科学・技術ばかりに今、私たちは頼り過ぎていませんか?



 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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