神話の世界と東大寺の歴史、二つの特別展

2012年8月10日号

白鳥正夫


国宝「古事記」
(南北朝時代)

この夏、歴史に興味のある方には魅力的な展覧会が京都と奈良で開催中です。日本最古の歴史書である『古事記』編纂1300年と60年ぶりに来年営まれる出雲大社の大遷宮に合わせた特別展「大出雲展」が京都国立博物館で9月9日まで、鎌倉時代における東大寺の復興の軌跡をたどる特別展「−東大寺再興を支えた鎌倉と奈良の絆− 頼朝と重源」が奈良国立博物館で9月17日まで開かれています。いずれもゆかりの文化財を圧倒的なスケールで展示していて、さすがに国立博物館ならではの構成です。歴史にあまり興味のない方も、暑い夏、避暑を兼ね勉強するには絶好の機会です。

古事記写本や大社本殿の柱、銅剣・銅鐸
「大出雲展」は神々の国の文化財一堂に


重文「埴輪鹿」
(古墳時代、平所遺跡出土)


国宝「宇豆柱」
(鎌倉時代、
出雲大社境内出土)

出雲の国は、『古事記』にスサノヲが「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」と詠んだと記され、『出雲国風土記』では壮大な国引き神話として登場します。その神々の国・島根県では、『古事記』1300年にちなんで、出雲大社周辺エリアに特設会場を設け「神話博しまね」を11月11日まで大々的に催されています。

隣りの伯耆・因幡の鳥取県に赴任していたこともあり、出雲地方には何度か足を運んだことがあります。とりわけ荒神谷遺跡と加茂岩倉遺跡から出土した大量の青銅器などの発見には考古学ファンならずとも大いに関心を寄せていました。出雲大社には昨春、10数年ぶりに訪ねましたが、御本殿はすっぽり素屋根に覆われていました。御本殿の大屋根は約180坪、軒先の檜皮は厚さ約1メートルで檜皮を64万枚使うとのことでした。

「大出雲展」には、開催前日に開かれた記者発表に駆けつけました。当日は京都国立博物館に加え島根県立古代出雲歴史博物館の担当者から展示構成に基づいて約1時間の説明を受け、展示室へ。両博物館の共同調査の成果による新発見や初公開など展示品が出揃い話題性に事欠きません。


古代出雲大社の
1/10推定復元模型

展示は、第1章から順に「神話とはなにか―古事記と神話の成り立ち―」「神話世界の出雲」「出雲大社の創始」「出雲の青銅器祭祀」「出雲の神と仏」「出雲の神宝」の6章で構成され、考古学的にも美術史的にも幅広く、国宝10件、重要文化財35件を含む約200件によって「神々の国」を浮き彫りしています。

見どころは、まず『古事記』の中で最古の写本とされる国宝の「古事記」(1370年、愛知・大須観音宝生院)と、『出雲国風土記』に関しても最古の写本である「細川家本」(1597年、東京・永青文庫)がそろって出展されています。

また2000年に出雲大社境内遺跡から出土した重要文化財の宇豆柱(うづばしら)は初めて島根県外への出品です。この杉柱は、直径と高さが約1.3メートルもあり、推定重量が約1トン。3本たばねて直径約3メートルで一本の柱とし、鎌倉時代に遷宮された大社本殿を支えていたのではとみられています。約48メートルの高さとされている「いにしえの出雲大社の推定復元模型」(10分の1)も目を引きます。


国宝「銅剣」
(弥生時代、
荒神谷遺跡出土)


「摩多羅神坐像
」(鎌倉時代、島根・清水寺)

さらに1984、85年に荒神谷遺跡で銅剣358本、銅矛16本、銅鐸6個のという大量の青銅器が発見され、1996年にも加茂岩倉遺跡から日本最多の39個の銅鐸も出土されました。今回の展覧会には、荒神谷遺跡の銅剣42本、銅矛16本、銅鐸5個、加茂岩倉遺跡の銅鐸15個と合わせて計78点が出品されているのも圧巻です。

このほか1978年に松江市教育委員会が石屋古墳を発掘調査で、数多くの埴輪片を出土しました。その埴輪片を本展に出品するため、2年前から整理し、埴輪片を組み合わせて当時の形を復元し、5世紀中頃の力士や武人など6体の人物埴輪を確認しました。それらは写実的で製作技術も優れており、人物埴輪群としては日本国内最古級です。

図録の冒頭に、島根県立古代出雲歴史博物館名誉館長で京都大学名誉教授の上田正昭さんは「参観の方々を古代出雲の歴史と文化の世界へといざない、いかに古代出雲が魅力あふれる歴史と文化の豊かな地域であったかを、印象深くあざやかにうけとどめていただけるにちがいない」との文章を寄せています。

「頼朝と重源展」は東大寺再興の軌跡
 運慶・快慶らによる仏像の数々も展示


東大寺と鶴岡八幡宮の
合同法要

一方、「頼朝と重源展」は、俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)の指揮のもと、源頼朝をはじめ多くの人々の支援により成し遂げられた鎌倉時代の東大寺再興の大事業の軌跡をたどっています。頼朝公と重源上人の信頼関係がどのようにして築かれ、頼朝公がなぜ東大寺の再興に力を注いだのか、知られざる歴史にスポットを当てています。

東大寺と鶴岡八幡宮は、昨年の東日本大震災の国難を受けて、相互に合同の祭事・法要を、鎌倉と奈良の地で執り行なっており、第3回目の被災地復興への祈りを奈良の特別展会場で法要を執り行ない、800年前に展開された復興の歴史を顕彰したのでした。


重文「後白河法皇坐像」
(江戸時代)

開幕前日の内覧会では、手向山八幡宮狛犬を両脇に従えた国宝の「僧形八幡神坐像」(東大寺)を中心に鶴岡八幡宮・吉田茂穂宮司や東大寺より北河原公敬管長らの立ち会いの下、東大寺に伝わる「バラバラ心経」をお唱えし、神職や僧侶らによる玉串拝礼もあり、神仏混淆の場に直面したのでした。

治承4年(1180年)、平清盛の命を受けた息子の重衡(しげひら)の南都焼き打ちで、東大寺は伽藍の大半を失うとともに、盧舎那(るしゃな)大仏にも甚大な被害が及びました。この未曾有の法難に際し、仏法を再生すべく大勧進として再興事業を指揮したのが重源です。重源は後白河法皇の後押しのもと大仏の鋳造や大仏殿の建立などを次々に成し遂げますが、法皇が崩じた後、源頼朝は資金や物資の調達など大事業を支えたのでした。


重文「東大寺大仏縁起 下巻」(室町時代)

展示はこちらも6章で構成され、「大仏再興−仏法・王法の再生−」「大勧進重源」「大仏殿再建−大檀越(だいだんおつ)源頼朝の登場−」「栄西そして行勇へ−大勧進の継承−」「頼朝の信仰世界−鎌倉三大寺社の創建と二所詣」「八幡神への崇敬」の順です。鎌倉時代を代表する仏師運慶・快慶らによって生み出された仏像の数々や、重源の思想が色濃く反映された宝物、再興の経過や当時の時代の空気を伝える品々を一堂に集め、国宝16点、重要文化財54点を含む計112点によって、半世紀余りに及んだ復興の歩みをたどっています。


国宝「重源上人坐像」
(鎌倉時代)

国宝「源頼朝像」
(鎌倉時代)

重文「舞楽面陵王」
(鎌倉時代)

展示室に入ると、重要文化財の「後白河法皇坐像」が目に留まります。京都・長講堂の秘仏で、寺外公開は初めてとのことです。何かを見据えた強い目が印象的で存在感ある像です。同じく重文の「東大寺大仏縁起」(東大寺)や国宝の「金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅」(岩手・大長寿院)などは展示替えがあります。

第2章では、国宝の「重源上人坐像」(東大寺)は本来、年2回しかご開帳にならない秘仏ですが、東大寺展などで何度か見ています。両手で大きな数珠をまさぐり、深いまなざしをたたえて首を前に突き出して座っています。快慶作の秀麗な「阿弥陀如来立像」と「地蔵菩薩立像」(いずれも東大寺)が並んで展示されていて、その美しさに見とれます。

第3章では、教科書でおなじみの国宝の「源頼朝像」(京都・神護寺)の登場です。絹本着色で等身大の大きさで描かれています。8月19日までの展示で、21日からは神護寺の頼朝像を模写した江戸時代の「源頼朝像」(福岡・聖福寺)が展示替えされます。この章では、「四天王立像」(東大寺)も迫力があります。

このほかいずれも重文の、「阿弥陀如来立像」(兵庫・浄土寺)「善導大師像」(京都・知恩院)「運慶作の重文「帝釈天立像」(愛知・瀧山寺)、鶴岡八幡宮に伝わる重文の「舞楽面」や「菩薩面」などが出展されていて、解説文などに目を通していると2時間はたっぷりかかります。
 
現在NHK対河ドラマで放映中の「平清盛」の特別展を今年2月末に神戸市立博物館で鑑賞しました。清盛は世界遺産となった広島・宮島に厳島神社を造営したのでした。平安から鎌倉への移行期、源平合戦を繰り広げた清盛と頼朝ですが、800年余の歴史を経て、後世に残る一大事業を成し遂げていたのです。時代を見据えた権力者の見識と慧眼に驚くばかりです。

 


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!
 

 

もどる