華麗な王朝文化を物語る三展覧会

2012年5月10日号

白鳥正夫


「ツタンカーメンの
棺形カノポス容器」

古今東西、場所が異なっても時代が変わっても、権力者が存在しました。いずれは滅びゆく運命ににあっても、一代ないし数代にわたって富を築き君臨しています。その時代に絶大な権力があったればこそ、その名残ともいうべき多くの文化遺産を今に伝えているのです。「ツタンカーメン展 黄金の秘宝と少年王の真実」が6月3日まで大阪天保山特設ギャラリー(前サントリーミュージアム)で、「草原の王朝 契丹」展が6月10日まで大阪市立美術館で、そして日本の「王朝文化の華 陽明文庫名宝展」が5月27日まで京都国立博物館でそれぞれ開催されています。数々の名品を鑑賞しながら、歴史の変転に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

「ツタンカーメン展」彩る黄金の出土品


「ツタンカーメンの半身像」

「ツタンカーメン展」には、エジプト考古学博物館(カイロ博物館)が所蔵する、古代エジプト第18王朝ファラオたちの貴重な秘宝で、ツタンカーメンの王墓から見つかった副葬品約50点を含む120点余が特別公開されています。ただし1965年の高度成長期、東京・京都・福岡3会場合わせ約293万人もの空前の動員を誇ったツタンカーメン王の「黄金のマスク」は出展されていません。

とはいっても今回の展覧会は、2004年のスイス・バーゼルを皮切りに、ボン、ニューヨーク、ロンドン、メルボルンなど世界各都市を巡回し、1000万人以上という驚異的な入場者数を記録している国際巡回展です。エジプト考古学の権威ザヒ・ハワス博士監修のもと日本未公開の展示品も数多く展示されています。

目玉となっているのが、ツタンカーメン王の「黄金のカノポス」。カノポスとはツタンカーメンの内臓が保管されていた器のことで、今回展示されるカノポス内には、防腐処理をされた王の肝臓が入れられていたそうです。容器に描かれた王は殻竿と杖を持ち、上下にエジプトを表すハゲワシとコブラの付いた、ネメス頭巾を被る伝統的な姿で表されています。


「有翼スカラベ付き胸飾り」

実はこのカノポス、本来は別人のために作られたものを少年王が使ったという説もあります。容器に描かれている王の容貌は、ツタンカーメンのミイラを納めていた人型棺とは目鼻立ちが異なることや、容器にツタンカーメンの即位前に短期間統治した王の名前が記されていることがその理由です。

同展では、77センチの「ツタンカーメンの半身像」も展示されています。ツタンカーメンの肖像の中で最も美しいものの一つと言われており、カノポスと見比べてみることができます。肌は赤茶色、眼と眉は黒く塗られており、体は亜麻布のシャツを表すために淡黄色で彩色されています。発掘者のハワード・カーターは、王の衣装掛けか衣服を仕立てる際のマネキンと考えたが、何に使われたかは分かっていません。儀式用の彫像であった可能性もあると考えられています。


「ライオンの飾りのついた
化粧容器」

さらに上エジプトと下エジプトを象徴する王冠(白冠と赤冠)を被った二つの「王像」も金箔がまばゆい。古代エジプトでは紀元前BC3050ごろまで、上エジプトと下エジプトに分かれていたが、その後に統一されたのでした。

このほかツタンカーメンのミイラの上に置かれていた「貴石と黄金の襟飾り」や金・銀・ガラスをちりばめた「有翼スカラベ付き胸飾り」、「ライオン飾りのついた化粧容器」、短剣やガラス製枕なども出品されています。

なおツタンカーメンは紀元前1336年に即位し、紀元前1327年に18歳で死去していますが、その墓室が発見されたのは3300年後の1922年です。古代エジプトの都のあったテーベ近くの「王家の谷」で、盗掘を免れ、ほぼ完全な形で残っていました。


「チュウヤの人型棺」
以上5点
Photographs(C)
Sandro Vannini

今回展示がかなわなかった「黄金のマスク」は、過去にアメリカと日本でしか公開されていません。私は大学生の時、人垣の間から垣間見た思い出があり、2003年末に、カイロの博物館で38年ぶりに再会したのでした。じっくり鑑賞することができ、カメラやビデオの撮影がノーフラッシュで許可されていました。

まだまだ多くのナゾを秘めた古代エジプトですが、監修のザヒ・ハワス博士は、CTスキャンやDNA鑑定など科学技術によって、ツタンカーメン王の健康状態、死因、死亡年齢、親子関係などの研究も進めており、展示解説を通し古代エジプトの歴史の中で最も華やかな時代を生きた少年王の真実や素顔の一端に触れることが出来ます。大阪展後、8月4日から12月9日まで上野の森美術館で開催されます。

「契丹展」は日中共同で保存研究の成果


「彩色木棺」10世紀前半

一方、「契丹展」は、中国・内モンゴルで発掘された3つの墓に葬られていた3人の女性皇族の副葬品を中心に、中国の国宝である国家一級文物45件や世界初公開を含む、選りすぐりの作品120件余から構成されています。美しい宝飾品やガラス細工、陶磁器などの文化財は、10世紀初頭に「遼」を建国するに至った契丹族が生み出した、高い工芸技術を示しています。
 
そもそも契丹は、約1100年前、遊牧系民族が中国北方の草原に樹立した広大な帝国です。唐の滅亡後、916年に国号を「契丹」と定め、遊牧と農耕を中心としながら諸民族と活発な交流を保ち、200年にわたって豊かな国家を形成しました。ところが契丹は歴史書や周辺国による関連史料も乏しいため、長らく草原に消えた「まぼろしの国」とされていました。


「鳳凰文冠」1018年

この展覧会は九州国立博物館が開館前から準備を進めてきた特別展です。九博では2005年から、トルキ山の「彩色木棺」の保存修復と科学的調査を実施しています。2010年8月にはそれまでの共同研究等の実績を踏まえて、さらなる交流を促進するために内蒙古博物院と学術文化交流協定を締結しました。本展は、この交流の成果として実現したのでした。

今回の展示で注目される「彩色木棺」は、2003年にトルキ山古墓が発見された時に水に濡れて鮮やかな輝きを保っていたといいます。しかし、新鮮な空気に触れた木棺は腐ってしまう危険性があるので乾燥する必要がありました。内蒙古文物考古研究所では、ビニール製の覆いを木棺にかぶせて、時間をかけて緩やかに自然乾燥したのです。


「金製仮面」
1018年
(以上3点
内蒙古文物考古
研究所蔵)

日本側が保存処理の相談を受けた2007年6月時には、木棺はすでに乾燥していましたが、脆くなって崩壊している部分もあったそうです。金箔の剥がれが目立ち緑・青・赤の彩色も粉体化していて彩色の上にはホコリや泥が被って全体的に汚れていました。高度の保存技術と慎重な作業が必要でした。

そこで日本の文化財保存技術を内蒙古で継続的に発展させられるように技術移転するという視点に立って、できるだけ現地で入手可能な材料を使いながら、日中の技術者が共同で保存処理を行う基本方針をたてて実施したのでした。

発掘当時の輝きを蘇らせて安全に保存するため、剥落部分の調査、金箔の剥落止め、固着した泥の除去、劣化の激しい部材の強化、欠損部の補填、金箔と彩色の剥落止めの順序で実施して、美しく色鮮やかに復活したのです。中日の文化財保存技術が結実したことで、世界に先駆けて「彩色木棺」が出品されることになったのです。


「釈迦涅槃像」
11世紀前半
(巴林右旗博物館蔵)

展示は4章に分け、黄金の仮面や腕輪、銀の宝冠や靴、銀に玉石をあしらった馬具、シルクロードを経て運ばれた西方のガラス器、瑪瑙・トルコ石のネックレス、北宋よりもたらされた白磁器、なお彩色を遺す壁画や板絵、さらには白大理石の仏像や銀の舎利塔など多様な美術品が並んでいます。

チンギス・ハンに率いられてモンゴル高原から中国、欧州を席巻した蒙古族に比べ、契丹族は、あまり日本でも知られていませんでした。今回、1000年のタイムカプセルから取り出された出品物に興味が尽きません。この展覧会は7月12日から9月17日まで東京藝術大学大学美術館に巡回します。

「王朝文化の華」展には日本最古の日記


「藤原鎌足像」
室町時代

最後に「王朝文化の華」展は、中臣(藤原)鎌足を祖に、平安時代に栄華を極めた道長の系譜に連なる近衞家に伝わる名品の一挙公開です。近衞家は、貴族社会の中心に位置する家系で、昭和13年、首相を務めた同家二十九代の文麿は、同家に伝わる奈良期以来の文書など10数万点を集結させ「陽明文庫」を京都で発足させました。今回の展覧会では同文庫の国宝8件、重要文化財60件の全指定文化財を含む約140件を出展されています。

近衞家の祖先は、大化の改新を成し遂げた鎌足や、最高権力者となった藤原道長に代表される、藤原北家の流れを汲み、摂政や関白に任ぜられる家柄である五摂家の筆頭です。「陽明文庫」は、応仁の乱や戦国時代の動乱を経て近衞家に伝えられてきた、天皇の宸翰などの遺品や、宮廷文化を彩る宝物を保護伝承する施設で、通常は限られた時期に、事前予約のあった団体のみしか観覧できません。


「国宝 御堂関白記」
寛弘五年下巻
[部分]

前記二つの展覧会とは趣を異にしますが、出色は何といっても「御堂関白記」。『源氏物語』の主人公・光源氏のモデルとも言われ、平安時代を代表する貴族、藤原道長(966-1027)の自筆の日記です。道長33歳から56歳までの約24年間にわたる日記が、自筆本14巻、古写本12本として遺されているのです。

1000年の歴史を刻んだ現存する日本最古の日記で、朝廷の中枢人物による記録としても大変希少であることから、昨年春、「ユネスコ世界記憶遺産」に日本政府より初の登録推薦を受けています。展示替えを行いながら、自筆本14巻のすべてを展示するとのことです。
 
また、国宝「倭漢抄」下巻、みやびな和歌の遊びを記録した国宝「歌合(十巻本歌合)」巻第六など、まさに宮廷貴族のライフ・スタイルが垣間見られる貴重な文化財を観賞できる機会です。さらに中国・南宋時代の重要文化財「青磁鳳凰耳花生 銘千声」や「銀細工雛道具」、「御所人形」なども出品されています。


「賀茂祭絵巻」江戸時代[部分]



「青磁鳳凰花生 銘千声」18-19世紀
(以上4点陽明文庫蔵)


              ×      ×

盛者必衰の世にあって、一時代を画した名品の数々は、いつでも見ることが出来ません。今回の王朝を彩った三つの展覧会は、それぞれに一見の価値を持つといえるでしょう。


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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