洋の東西の陶芸展に新たな視点

2012年4月3日号

白鳥正夫


多彩なトラモンティ作品の
展示
(東京国立近代美術館工芸館)

寒さが続いた今冬もやっと陽春の訪れです。陶芸の美を新たな視点で観賞できる展覧会に足を運んでみてはいかがでしょうか。洋の東西の伝統の産地で生まれた作品は味わいに満ちています。イタリアのファエンツアに育まれた色の魔術師との触れ込みの「グェッリーノ・トラモンティ展」は、西宮市大谷記念美術館で4月7日から5月27日まで開催。一方、名もなき職人たちによって作り出された丹波焼に美を見出した民藝運動の指導者、柳宗悦との関わりを紹介する「柳宗悦と丹波の古陶展」は、兵庫陶芸美術館で同じく5月27日まで開かれています。

イタリアの「トラモンティ展」は
多彩でカラフルな作品約150点


「猫」(1969-75年頃)
以下3点グェッリーノ・
トラモンティ財団所蔵

ファエンツア市は中世からヨーロッパでは有名なマヨリカ焼の陶芸地です。100年の歴史を誇る国際陶芸博物館をはじめ国立窯業試験所、国立陶芸学校があります。岐阜県の土岐市と30年前に姉妹都市を結び、日本で現代イタリア陶芸展を、イタリアで樂歴代展、古伊万里展などを催し、陶芸を通じて日本との交流を深めています。

そのファエンツア出身のトラモンティ(1915−1992)は、陶芸学校で陶技の基礎を学びながら、彫刻に関心を寄せ、16歳ごろからイタリアの国内彫刻展で受賞するなど若くして才能を発揮しています。やがて絵画にも興味を持ち、こうした陶芸、彫刻、絵画のそれぞれの技法を様々に応用して創作活動の場を広げていきます。


「二重構造のフォルム」
(1965-66年)

1950年代に入り、美術学校で造形美術の教鞭をとり、その後は陶芸学校や美術学校の校長を歴任しています。指導者として重責を担いながらも、マヨリカ作品から高温のストンウエアー(F器)の作品まで幅広い材質で制作しました。油彩画でも多様な作品を遺しました。

トラモンティは日本でほとんど知られていませんが、現地では陶芸だけでなく彫刻、テラコッタ(素焼きの彫刻)、絵画など幅広く手がける多才な芸術家として、注目されています。日本で初めての回顧展は、4年前に開催されたファエンツア出身のイタリア現代陶芸の巨匠、カルロ・ザウリ(1926−2002)に続く企画で、日本との交流を図る展覧会です。


「水瓶」
(1961年)

今回の展示作品は、初期から最晩年までの陶芸や彫刻をはじめ、テラコッタ、絵画など多岐にわたり、約150点で構成しています。マヨリカ特有の多彩でカラフルな絵付けや、厚手のガラス質の釉薬に特徴があります。絵画作品は布や板に、黒で縁取りされており、形を単純化して描く独自の表現方法を取り入れています。

作品のモチーフは人物や猫をはじめ、瓶、果物、野菜など身近な静物が多く、親しみやすく楽しい芸術世界を展開しています。とりわけ1968年から1985年にかけて制作したガラス釉の作品は詩情豊かです。

私がトラモンティを知ったのは3年前の2009年春です。ファエンツアにアトリエを構える陶芸家で兵庫県出身の平井智さんからイタリアで発行された図録を見せていただいたのでした。日本の陶芸作品と違って、絵画的であり彫刻的で、とても新鮮でした。そして独特の色彩感覚が印象的でした。


「女性と猫」
(1990-91年)
個人蔵

平井さんから、日本での開催の相談を受け、西宮市大谷記念美術館を紹介したのでした。平井さんはザウリ展のコーディネートも務めています。現地から陶芸専門でなく、できれば絵画展を開催する美術館を希望されていたのでした。2009年11月に、ローマのベネツィア宮殿博物館で開かれたトラモンティ展に誘われたのですが、参加できませんでした。

日本での回顧展は2011年9月、東京国立近代美術館工芸館でスタートし、山口県立萩美術館・浦上記念館を巡回し、西宮の後、6月9日から7月29日まで瀬戸市美術館でも開催されます。東京会場には開会内覧会に駆けつけました。図録で見ていましたが、やはり実物の存在感は強烈でした。


トラモンティ作品による
茶室展示
(東京国立近代
美術館工芸館)

展覧会の企画構成を担当した唐澤昌宏工芸課長は「トラモンティという芸術家の活動は、イタリアにおける創作活動と日本の創作活動との差異を示すが、それは日本における創作活動の特異性を探る手がかりにもなるのである。さらには、日本にはない、新たな視点による全く新しい作品、あるいは表現を生む手がかりになるかもしれない」と、指摘しています。

開幕日の4月7日に、唐澤さんが「グェッリーノ・トラモンティの創作活動について」、4月22日には神戸大学大学院人文学研究科の宮下規久朗准教授が「イタリア美術とグェッリーノ・トラモンティ」の講演があります。

「柳宗悦と丹波の古陶展」には
無名の職人たちの作品150点


「柳宗悦と丹波の古陶」の
開会式テープカット

一方、丹波焼は日本六古窯の一つ数えられ、平安時代末期から鎌倉時代の初めに発祥したと言われています。桃山時代までは「穴窯」が使用され小野原焼と呼ばれていました。江戸時代に入り、朝鮮式半地上の「登り窯」が導入されてからは、丹波焼や立杭焼などと呼称され、1978年に「丹波立杭焼」の名称で国の伝統的工芸品の指定を受けています。

当初は、壺や甕、すり鉢などが主製品でしたが、江戸時代前期に、水指や茶入など茶器類などで多くの名器を生み、後期には篠山藩の保護育成により、名工が腕を競ったのでした。

明治、大正、昭和と受け継がれた丹波焼は、太平洋戦争後の苦境を乗り越え、現在も窯元が60軒ほどあり、全国的に陶芸産地と知られています。その評価のきっかけを創ったのが戦後で、民藝運動の指導者である柳宗悦(1889−1961)だったとのことです。


「台壺」
(室町時代中期)
以下いずれも
日本民藝館所蔵 


「手桶型水」
(江戸時代前期)



今回の「柳宗悦と丹波の古陶展」では、日本民藝館が所蔵する柳のコレクションから壺や甕、水指、徳利などの丹波の古陶をはじめ、「静かな渋い布」と讃えた丹波布も併せて約150点を展示しています。

丹波焼の山里にある美術館で、柳が見つめた丹波焼と触れ合うことが出来、ひときわ観賞の趣を高めてくれます。会場には展示作品の要所に柳の言葉が掲示されていて、より味わい深い構成となっています。

柳宗悦と言えば、2月末に大阪歴史博物館で「柳宗悦展 −暮らしへの眼差し− 」を観賞したばかりです。このサイトでも昨年6月「用の美 民藝作品の美しさ」を紹介しています。民藝とは民衆的工藝の略で、陶芸家の河井寛次郎や濱田庄司らと、日常生活の道具の中に、真の美を求める新たな美の価値観を打ち立てたのでした。


「甕」
(江戸時代中期) 


「蝋燭徳利」
(江戸時代後期)

無名の職人たちの手によって生み出された日用雑器に美を見出し、日本各地の手仕事を調査、蒐集し、その拠点として東京駒場に日本民藝館を開設します。大阪日本民芸館は、1970年の大阪万博のパビリオンの一つです。暮らしの中で培われてきた工芸品の実用性に即した美しさを見てもらおうと、「日本民芸館」を出展した翌年、展示館の建物を引き継いでオープンしたのです。


柳は丹波焼について「最も日本らしき品、渋さの極みを語る品、貧しさの富を示す品」と評しています。晩年、柳は丹波焼の蒐集にも情熱を傾け、その成果を『丹波の古陶』(1956年)として一冊の本にまとめています。


ずらり並んだ丹波の古陶

その古書に「灰被は素直な工人達への自然からの返禮だとも云へる。古丹波に繰返し見られるこの灰の技は、他力の妙技である」と記していますが、日常雑器の自然釉を人の手の届かない無作為の美、他力による美として絶賛しています。

展覧会の仕立て方は様々ですが、今回の企画展は、柳の目を通して、「産地」としての丹波を見直し、その作品を新たな視点で再評価する工夫が凝らされていることを感じました。担当学芸員の松岡千寿さんは、図録の中で次のように締めくくっています。

柳宗悦と丹波焼の関係は、お互いに働きかけ影響を及ぼす相互作用であった。柳は、「他力美」の深まりを、丹波は、「産地としての自覚」を、それぞれ生み出すこととなったのである。柳宗悦、そして民藝との出会いは、丹波焼の歴史において、大きな画期となった。
  
それから半世紀を過ぎ、技術の進歩や社会がめまぐるしく変化する現代においては、なかなか「産地」としての意味が見出しにくくなっている。丹波焼はこの21世紀、どのような歴史を刻むのであろうか。

私は今後も「産地」というキーワードを通して、丹波焼を見続けたいと思っている。

 


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

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高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
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定価:本体1400円+税
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内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
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定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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