看板に偽りなし!草間彌生展とポロック展

2012年1月12日号

白鳥正夫


トレードマークの
水玉衣装で挨拶する
草間彌生さん

無限の宇宙を探しても、こんな芸術家はほかにいない――との触れ込みの「草間彌生 永遠の永遠の永遠」が大阪の国立国際美術館で4月8日までロングラン開催中です。初公開のカボチャの巨大彫刻など最新の作品約100点が紹介されています。一方、ピカソを超えた男――と謳う「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」が名古屋の愛知県美術館で1月22日まで開かれています。こちらは日本初の回顧展で64点の一挙公開です。いずれもキャッチフレーズが大げさで巧みですが、実際に観賞してみると、納得のいくスケール感のある展示になっています。

多彩な芸術歴、大阪で初の草間展


水玉がいっぱいの
展示室の一つの水玉に
草間さんの顔も


草間彌生展は2005年1月に京都国立近代美術館で開かれていますが、大阪では初めての本格的な展覧会です。世界的に注目されている美術家とあって、開幕前日の内覧会には760人を超す人たちが押しかけていました。赤い水玉模様の看板の前で挨拶に立った草間さんはトレードマークの赤いおかっぱ頭に、白い水玉衣装。「人生の最後の最後まで創作を続けたい」と語り、82歳の年齢を感じさせない達者振りでした。

まずは草間さんのプロフィールですが、とてもユニークで、いかに異能のアーティストであるのかが分かります。1929年、長野県松本市生まれ。幼いころからスケッチに親しんでいましたが、少女時代に病により幻覚や幻聴を体験します。このイメージを小さな紙片に描き留めることが、草間芸術の原点ともなりました。


連作「愛はとこしえ」の展示

長野県松本高等女学校を卒業後、京都市立美術工芸学校に進み日本画を学びます。松本や東京での個展を経て1957年に単身渡米し、ニューヨークを中心に約16年間活動します。増殖する網目と水玉のイメージをモチーフにした平面作品をはじめ、立体作品など様々な造形に挑みます。

1973年に帰国し、拠点を東京へと移した後も精力的に制作を続けます。1993年にヴィネツィア・ビエンナーレに日本代表として参加し、世界的に評価され、活動が再び活発になったのでした。2000年以降は毎年のように、世界各地でのビエンナーレに出品しているのをはじめ、日本各地で個展を展開しています。


連作「わが永遠の魂」の展示

とりわけ2011年5月からマドリッドのソフィア王妃芸術センターを皮切りに、パリのポンピドー・センター、ロンドンのテート・モダン、ニューヨークのホイットニー美術館を巡回する大規模な回顧展を開催中です。

半世紀にわたって、水玉や網目の作品など独創的な作品を生み出す一方、活動分野は絵画のほか、ソフトスカルプチャー、コラージュ、版画、環境芸術、野外彫刻、映像、文学など多岐に渡ります。

この間、平和・反戦運動にも関わっています。1968年には自作自演の映画『草間の自己消滅』が第4回ベルギー国際短編映画祭に入賞したほか、1978年に処女小説『マンハッタン自殺未遂常習犯』を発表、1983年の小説『クリストファー男娼窟』で第10回野生時代新人賞を受賞するなど多くの著作もあります。

さらに写真家の荒木経維とのフォト・コラボレーション、作家村上龍原作・監督の「トパーズ」に出演、ミュージシャンのピーター・ガブリエル、ファッション・デザイナーの三宅一生とのコラボレーションなど多彩に活躍しています。

底知れない先駆的表現力の魅力


3枚の大作が並ぶ自画像

地下3階の企画展の展覧会場に足を踏み入れるなり、そこは「草間ワールド」。いきなり草間さんが身にまとっていた衣装と同じ水玉の部屋です。そんな水玉の中の一つに草間さんが顔をのぞかせています。

そこを抜けると、「愛はとこしえ」の世界が広がります。2004年から3年間で一気に描き上げたという50点のパノラマ展開です。白いキャンパスに黒いマーカーで描いたモノクロの線画作品を元にシルクスクリーン作品へと仕上げたものですが、床にも大きなモノトーンのオブジェがインスタレーションのように設置されていて、不思議な展示空間に迷い込んだ趣です。


光と水と鏡を使った
「魂の灯」


しかし作品の一点一点を鑑賞してみると、その細やかな表現に圧倒されます。「春のめざめ」、「夢の中の女たち」、「夜明けの波」、「青春への道標」、「無限の宇宙」といったタイトルが付けられ、味わい深いのです。詩人でもある草間さんは「すべての人々に愛はとこしえと叫びつづけてきたわたし」というフレーズがあります。

次なる部屋は一転、色彩に満ちています。2009年から取り組み140点以上を仕上げたという「わが永遠の魂」と名づけられた連作です。いまも制作中のシリーズから47点の出品です。こちらも「果てしない人間の一生」、「花園にうずもれた心」、「月の夜の河」などの文学的なタイトルが付けられています。作家の限りない想像力の広がりを感じさせます。

会場の中ほどの部屋は「チュ−リップに愛をこめて、永遠に祈る」。ここも草間ワールドの水玉が壁面を覆う中、チューリップの彫刻が花開いています。そして3枚の大作の自画像「神をみつめていたわたし」、「青春を前にした我が自画像」、「青い目の異国で」は、本展に向けて制作したという最新作です。


「大いなる巨大な南瓜」

「魂の灯」は、光と水と鏡を使ったインスタレーションです。大小の色とりどりの球形が闇のなかで、LED電球の光と壁一面に張られた鏡から増殖を重ねる光景はファンタジーです。まさに体感型の作品です。このほか、地下2階のフロアには水玉模様で彩られた「大いなる巨大な南瓜」のオブジェもあります。

担当学芸員の安來正博・国立国際美術館主任研究官は図録のテキスト「永遠の道程―草間彌生のゼロ年代絵画を巡って―」の末尾で次のように記している。

例えば、多くの人々の目には04年の時点で、既に草間の芸術は完成していると映っていたことだろう。その先に「愛はとこしえ」のような作品が待ち受けていたとは、誰一人想像できなかっただろうし、さらに「愛はとこしえ」が完成すると、今度こそ本当の草間芸術の集大成だと思ったに違いない。しかし、その予想は「わが永遠の魂」の出現によって、またしても見事に外れてしまった。
こうして草間の作品はこれからも変化し続け、それにともなって、この二つのシリーズを巡る解釈も刻々と変わっていくだろう。草間が創作の歩みを止めない限り、われわれはいつまでも彼女の後を追いかけていくことしかできないのかもしれない。



国立国際美術館玄関や
朝日新聞大阪本社ビルでも水玉が増殖

 
いつも「前衛芸術家の草間です」と名乗るこのアーティストの先駆的な表現力は底知れない魅力です。この展覧会は、草間さんならではの具象と抽象が絶妙のバランスで織り成す創作の世界を楽しめます。

話題満載、生誕100年ポロック展


「インディアンレッドの
地の壁画」
(1950年、
テヘラン現代美術館)
(C)Tehran Museum of
Contemporary Art


一方、ポロック展は、広報担当の会社から早くに案内をいただき、内覧会に出向いたという大阪の画廊主からも「必見の価値有り」と前宣伝を聞いていました。機会を待って観賞できたのは会期後半になってからでした。展覧会は引き続き東京国立近代美術館で、2月10日から5月6日まで巡回開催されます。

ポロックのことは、私の本棚に保存している『美術手帖』(2000年12月号)の特集記事「20世紀の美術100」に「大聖堂」(1947年)が紹介されており、その他の美術誌などでアメリカを代表するアーティストとして拝見していました。なにしろ2006年にポロックの作品が、1億4000万ドル(当時のレートで約165億円)で、一枚の絵画として史上最高額で取引されているのですから驚きです。

アメリカが生んだ異端の天才画家と称されるポロックは、1912年ワイオミング州生まれ。18歳の時、芸術家を志してニューヨークへ。第二次世界大戦中、アメリカに亡命していた画家たちとの交流や、ピカソ、ミロの影響もあって、無意識から湧き上がるイメージを重視した抽象的なスタイルを確立させていきます。


「ナンバー11,1949」
(インディアナ大学美術館)
(C)2011,Indiana
University Art Museum


やがて床に広げたキャンバスに缶入りの絵具やペンキを、棒や絵筆の先から滴らし、流し込み撒き散らす独自の技法で注目を集めます。ピカソ後の絵画芸術の新しい地平を拓き、モダンアートの中心をパリからニューヨークへと移す存在となったのです。

しかし1956年、自動車事故によって44歳の若さで亡くなりました。その激しい生涯を描いた映画『ポロック/2人だけのアトリエ』が2000年に上映されています。

展覧会の構成も時系列で、ポロックの人生をたどるように第1章「1930−1941年 初期―自己を探し求めて」、第2章「1942−1946年 形成期―モダンアートへの参入」、第3章「1947−1950年 成熟期―革新の時」、第4章「1951−1956年 後期・晩期―苦悩の中で」となっています。


原寸大に再現された
ポロックのアトリエ
(以下の写真は
愛知県美術館提供)


話題満載の展覧会ですが、最大の目玉作品は「インディアンレッドの地の壁画」(1950年、テヘラン現代美術館)です。1976年にパーレビ国王時代にイランのコレクションになっていますが、イラン革命によって門外不出とされ、国外の貸し出しは日本が初めてとなる代物です。主催者によると、大手競売会社による最新の評価額は約200億円とも言われています。

ポロック作品が日本に初めてお目見えしたのは1951年の第3回読売アンデパンダン展で、その時出品された「ナンバー7,1950」(ニューヨーク近代美術館)と「ナンバー11,1949」(インディアナ大学美術館)も60年ぶりにそろって展示されています。さらにポロックのアトリエを原寸大で再現しています。


内外から集められた
ポロック作品の展示室


国内にあるポロック作品28点と海外からの36点を加えての展覧
会を企画した有数のポロック研究者とされる愛知県美術館の大島徹也学芸員に話をうかがうことができましたが、「孤独な闘いから生まれた作品の数々。これだけの質と規模の展覧会は、二度と不可能かもしれません」とのことです。
        ×        ×
20世紀の中期、同じニューヨークを舞台に現代アートで活躍したポロックと草間彌生さんですが、二人が出会うことはありませんでした。しかし共に芸術の新たな境地を求めてのパイオニアであり、二つの展覧会は、その芸術家魂と創作世界のすごさを感じさせるに十分でした。


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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