三者三様の平山、中村、夢二展

2011年11月21日号

白鳥正夫


新居浜市立郷土美術館の
平山郁夫展のチラシ

現代アートから一転、今回は独自の境地を開いた3人の作家を取り上げます。まず日本画壇の重鎮であった平山郁夫画伯です。1昨年12月2日に逝去され、まもなく三回忌を迎えますが、60年余に及んだ画業と、内外の文化財の保存に多大な業績を遺された画伯を追悼する企画展「次世代へのメッセージ」が、愛媛県の新居浜市立郷土美術館で11月26日から開催されます。日本美術院の院展の中心的存在であった平山画伯とは異なり、日展を脱退し、日本画の既成概念を超越した作品に挑んだ「日本画壇の風雲児 中村正義 新たなる全貌」展が名古屋市美術館で開催中です。もう一人は大正浪漫を代表する詩人画家であり、数多くの美人画を遺し一世を風靡した竹久夢二の展覧会です。今回の展覧会は川西英コレクション収蔵記念展「夢二とともに」は京都国立近代美術館で開かれています。いずれも12月25日までの会期です。生き方も作品の描き方も三者三様ですが、絵画表現の巧みさや魅力を存分に味わえます。

次世代へメッセージ、平山郁夫展


「浅春」
(1955年、平山郁夫美術館蔵)

まず今回の平山郁夫展は大きく分けて二つのテーマがあります。その一つが画伯の故郷の風景であり、もう一つが悠久の歴史を持つシルクロードの作品です。故郷の風景を描いた作品は、日本画家としての原点となりました。少年時代を過ごした瀬戸田の風景をこよなく愛し、数多くの作品を残してきました。中でも戦後の昭和20−昭和35年代と、平成11年のしまなみ海道の開通に合わせての作品によって、時代の変遷をたどることができます。

初期作品で注目されるのは大下図の「浅春」(昭和30年)です。生家近くの海岸で仕事をする人たちを描いていますが、もともと一人ずつスケッチしたものを画面上で構成したものです。本作は第40回院展に出品された同名作の下図ですが、色を施した本画では見られない線の魅力がよく分かります。

生家や近くの国宝の向上寺三重塔、父母の顔を描いた素描などに加え、「瀬戸田曼荼羅」(昭和60年)は、瀬戸田町に音楽ホールがつくられた際、緞帳の原画として依頼されて描いた名作です。しまなみ海道を描いた作品では、瀬戸内のパノラマ展開の中で長大橋を描いた幅が5メートルを超す大作「天かける白い橋」(平成12年)をはじめ、「白い橋 因島大橋」、「因島大橋 夕陽」(いずれも平成11年)などの本画が出展されますが、そのスケールの大きさや豊かな色彩に見ごたえがあります。


「瀬戸田曼荼羅」
(1985年、平山郁夫美術館蔵)

日本文化と仏教の源流を探り続けた平山画伯は東西文化の交流へと視点を広げます。仏教東漸のシルクロードは、ライフワークとなりました。トルコのカッパドキアから、アフガニスタン、インド、イラン、シリア、チベット、敦煌、楼蘭などへの旅につながりました。シルクロード行は約200回も数え、現地に息づいている歴史や文化、人の営みに触れます。そこから様々なスケールの大きい作品の着想を得たのです。遺跡を単なる風景としてではなく、豊かな文明交流の視点で描きました。そこには文明への深い洞察力があります。旅で目にした遺跡の荒廃は、文化遺産を風化や紛争から守る「文化財赤十字構想」の提唱につながったのです。

平山作品といえば、熱砂のシルクロードを行くラクダや、果てしない沙漠などを思い浮かべる人も多いことでしょう。本展にも「流沙浄土変」(昭和51年、ジャパンヘルスサミット蔵)と「アンコールワットの月」(平成5年)の名作が出展されています。このほか「バーミアン大石仏を偲ぶ」(平成13年)と「破壊されたバーミアン大石仏」(平成15年)は、文化財赤十字活動への思いを象徴する作品です。さらに「マルコ・ポーロ東方見聞録」(昭和51年、ジャパンヘルスサミット蔵)は、この展覧会の図録表紙になった大作です。


「マルコ・ポーロ東方見聞行」
(1976年、
ジャパンヘルスサミット蔵)

今回の出品リストを作成した別府一道学芸員は「初期の作品と、シルクロードシリーズ以降の作品には、共通点がないように思われるかも知れないが、後年のシルクロードシリーズにも純粋な自然の美しさを切りとるような風景画がほとんどないように、ごく少数の例外を除き、常に人あるいは人の営為の痕跡が描かれていて、そこに単なる写生ではない歴史や文化、伝統までも描き込められた特徴がある」と指摘しています。

また平山館長は「画家としてだけでなく、文化財保存活動や、それを通しての国際交流など、多方面に活動した兄でしたが、道なかばにして倒れたという印象は禁じ得ません。この展覧会は、平山郁夫の三回忌を期して、その画業や活動を改めて振り返り、生涯をかけて訴えたそのメッセージを次世代に伝えてゆくきっかけになればと思い企画したものです」と、語っています。
 
なお今回の企画展は、来年末にかけて名古屋の名鉄百貨店、岡山の瀬戸内市立美術館、明石市立文化博物館、北九州市立美術館分館にも巡回し開催の予定です。

日本画壇の風雲児、中村正義展


中村正義作品
「二人の舞妓」を
解説する名古屋市美術館の
山田諭学芸員


「雪景色」
(1929年、
岡崎市美術館蔵)左と
「日」
(1969年、山種美術館蔵)

第2回从展の
展示風景に擬しての
「顔」の展示

「源平海戦絵巻
第3図 玉楼炎上」
(1964年、
東京国立近代美術館蔵) 

次いで中村正義展です。この作家の名前は知っていましたが、作品のイメージは思い浮かびません。どっかの美術館か美術誌で見たことがあったのかもしれません。正直に言えば名古屋市美からの内覧会の招待状が届かなければ見逃していたかもしれません。記者説明会に便乗して、担当の山田諭学芸員の解説を聞きながら館内を回りました。総数230点余におよぶ作品は、先入観なく鑑賞していたら、きっと何人もの作家の作品だろうと思うに違いありません。具象もあれば、抽象もあり、デフォルメ的な作品もあり、紙本着彩に混じって油彩やアクリル・ガラス、テラコッタの作品まであります。まさに「日本画壇の風雲児」にふさわしい展覧会です。
 
あらためて来歴をパンフレット等から引用しますと、1924年、愛知県豊橋市に生まれ、中村岳陵に入門しています。1946年の2回日展に初入選、第6回日展では最年少で特選を受賞しています。1951年から無鑑査となり、第8回日展でも再び特選を受賞し、36歳の若さで日展審査員に。しかし生来の批判精神と日本画壇の因襲への反発心から、1961年に日展を脱退しています。

その後は画風を一変、自らの内面世界を強烈な色彩と筆致で表現した「男と女」や「舞妓」のシリーズなど、従来の美意識や秩序に挑むような自由で革新的な創作を試みます。さらに映画『怪談』のための大作「源平海戦絵巻」などの前衛的な作品を制作しています。1974年には、前衛画家によるグループ「从会」を結成して、現代社会に生きる人間の「顔」に現われた心の闇を描いた作品群を発表。また一方で、鮮やかな静けさを湛えた風景画「太陽と月」シリーズや仏画など独自の画風を探究し続けます。しかし、1977年、肺癌のため52歳で夭逝したのでした。

今回の展覧会では、日展への出品作をはじめ、各時代の代表作、シリーズの作品も網羅し、さらにこれまで知られていなかった初期の作品や新たに発見された作品まで豊富な回顧展となっています。山田学芸員は図録の中で「中村正義の芸術を回顧してみると、そこには一人の画家とは思えないほど質量ともに充実した『限りなく変貌を続ける絵画』が遺されている。20世紀という激動の時代を生きた日本画家の激烈な生き様とともにその作品は21世紀を迎えた現在においても輝かしい光明を放射し続けている」と絶賛しています。戦後、新しい時代の新しい日本画の創造をめざし駆け抜けた中村正義は、まさに異端児の面目躍如といったところでしょうか。

川西英コレクション、竹久夢二展


屏風「浜名山賦」
(竹久夢二伊香保記念館蔵)を見る
京都国立近代美術館の展示

「夢二とともに」展は、京都国立近代美術館がこれまで未公開だった竹久夢二(1884−1934)の肉筆画の紹介に加え、創作版画で名高い川西英さん(1894−1965)が収集し保管してきた多数の夢二作品を通して、新たな夢二像を探ろうという趣旨で企画されました。夢二展は毎年のように各地で開かれ、このサイトでも取り上げていますが、国立美術館での開催は初めてとのことです。
 
川西英さんと言えば、港・神戸の風景など鮮やかな色彩で描いた作品で親しまれ、神戸市立博物館でも何度か作品展を拝見しています。三男の祐三郎さんも父の指導で木版画家となり、昨年秋に神戸市博で「受贈記念 川西祐三郎展 〜版の軌跡〜」を鑑賞したばかりです。親子二代の版画家で、祐三郎さんの作品は神戸に、英さんの作品を含む一大コレクションがまとめて京都に収まることになったのです。京近美では2006年度より調査を進め、10月に1000余点から成るコレクションのすべての収蔵が終わったのでした。


竹久夢二
「男の像(かちかちと」
(京都国立近代美術館蔵)

英さんがなぜこれほどの夢二コレクターだったのでしょう。「夢二追憶」と題した文章には「私の青年時代に一番感動をうけたのは夢二の画であった。文学的な取材とアノ黒眼勝ちの丸い眼に魅せられない人はなかったでしょう」と書き記しています。10歳年上の夢二を師と仰ぎ、書簡などを通じ交流を重ねています。独学で地歩を築いている夢二に共感したと思われます。
 
注目すべきは、夢二の肉筆画6点をはじめ、「セノオ楽譜」の表紙絵、「どんたく絵本」などほぼすべての装丁本など、コレクションの三分の一が夢二の作品や資料です。肉筆画6点については、7月に先行して記者発表され、間近に見ることができました。「ショールの女(ふらんすの)」「女(貧しさが)」「男の像(かちかちと)」の3点が初公開とのことでした。いずれも1920年代の日本画技法による軸装の作品です。それぞれに夢二流の短歌が添えられ、「男の像」には「かちかちと冬の入歯が音にたつる 男やもめの家のうちそと」とあります。


竹久夢二
「ショールの女
(ふらんすの」
(京都国立近代美術館蔵)

川西英コレクションには、自身の水彩や素描の作品をはじめ、交流のあった創作版画家たちの代表作、そして富本憲吉やバーナード・リーチら工芸作家の版画、さらに後に「前衛」表現をリードする恩地孝四郎や村山知義らの貴重な作品も含まれています。祐三郎さんによると、当時は作品も安く、同時代の版画家や画家たちが作品を交換し合ったそうです。
 
美人画で名を馳せた夢二ですが、着物の図案や千代紙、便箋や封筒のデザイン、さらには本の装丁、ポスターなど幅広く活躍しており、今回の展覧会にも数多く展示されています。こうした川西英コレクション以外にも、竹久夢二伊香保記念館や個人蔵の作品も出品されていて、京近美ならではの重厚な展示になっています。
 
今回担当の山野英嗣学芸課長は『美術フォーラム21』のシンポジウムで、「竹久夢二は伝統的な軸装や屏風形式による日本画の制作、そして版画や浮世絵などにも強い関心をしめしていた。しかしながら、夢二の創作活動の、そのイメージの源泉、幅広い活動の展開が示唆するものは、フランスのみならずヨーロッパ美術からの影響をも綜合した、きわめてスケールの大きな事例であったと思われる」と論評しています。
           ×       ×


竹久夢二の
セノオ楽譜
「蘭燈」
(京都国立近代美術館蔵)

今回は平山郁夫、中村正義、竹久夢二という三者三様の絵画世界を紹介しました。展示作品と対峙していると、それぞれの境遇の中から、新たな表現を模索し、格闘する作家の真摯な生き様までが透けて見えてくるようです。だからこそ、後世に感動を与える作品が生まれたのでしょう。

 

 

 

 

 


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

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